第11話 行尸走肉④『雷光の魔術師』
「伏せろ一条君!」
リーゼウスが悠の前に飛び出し、爆破魔術でガーゴイルを吹き飛ばす。リーゼウスはすぐに悠と女性に結界を張る。
悠は女性の死体を見て立ちすくんでいた。
その様子を見たリーゼウスは悠に「大丈夫か?」と声をかける。悠は小さく頷くだけで女性の前から動かない。
そこにさらに数体のガーゴイルが茂みから出てくる。リーゼウスは舌打ちをして杖を構える。悠はというとすでに戦意喪失しているのか、魔具も手放して膝をついていた。
「一条君、この世界じゃこういうことはよくあるんだ。今は生き延びることだけを考えて魔具をとってくれ」
リーゼウスは悠に呼びかけるが悠は反応しない。リーゼウスは悠の結界を解き、胸ぐらを掴んだ。
「魔術もなにも知らないくせにこの世界に飛び込んできたのは君だ!この世界で戦う覚悟を決めたんじゃないのか!この程度でもう投げ出すのか!」
「おれ……弱いのに……悪魔と戦えてると思い込んで……油断して……」
「これから強くなればいいんだ。そのためにおれやアレンさんがいる。今は自分の弱さと向き合うんだ」
リーゼウスは悠に魔具を渡す。
「悪いがここでメンタルケアをしている余裕はない。生き延びたければ武器をとれ。目的を果たしたければ戦え。全てはそれからだ」
悠は魔具を受け取ると、吹っ切れたとは言わないが気持ちを多少切り替えることができたのか、ナイフを抜き、前を向いた。
「向こうにおれが結界で守っている一般人が二人、あと奥の方で数人隠れているのを確認した。……守るぞ、一条君」
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その頃、魔術会本部ではデイビッドが報告を受けていた。内容はリーゼウスたちの任務についてだ。報告を聞いたデイビッドは手にしていたボールペンをパキン、と真っ二つに折った。机にインクが飛び散るが本人は気にしない。
「おれが聞いていた報告ではイレギュラーの扉が開いたが一般人はおらず出てきた悪魔も低級が数体だったはずだが?」
今回二人に任務を与えたのはデイビッドだ。被害者もおらず低級数体という話だったので腕試しの名目で二人を指名していた。
「どうやら監視役が嘘の情報をこちらに流していたらしく。その監視役は既に逃走していて現在追跡中です」
デイビッドの部下のデルタは報告しながらため息をつく。
「日本でも監視役が闇堕ちしたんだったな。この前それで苦言をぶつけてきたばかりだというのに……どうするよ、これ」
完全にブーメラン状態である。
「ガーゴイルが数十体に一般人が多数……あの二人では荷が重いだろう。実質リーゼウス一人で戦うようなものだ。支援のほうは……?」
「既に手は打ってあります。今回についてはこちらに落ち度がありましたので、うちの陣営の最高戦力を派遣しています。すぐに終わるでしょう」
デイビッドが抱える「最高戦力」、それは魔術会副会長たるデイビッドですら本気でぶつかったら負けるのではないかと思うくらいの実力者。アレンも「あれはイカれてる」というほどの者。
「あいつが出張ったなら今回の件はこれで終わりだな」
「追跡のほうについては我々が情報を手にするより前にアレンさんが入手していたようで、一足先に出ています。我々も追いかけたんですが、あの人速すぎですよ。本当に人間ですか?」
それを聞いてデイビッドは笑う。
「お前面白い子と言うな。まあ――――」
デイビッドは小さく呟く。奴こそ本物の悪魔だからな、と。
※ ※ ※
悠たちの目の前に雷が落ちた。目の前にいて落雷を受けた悪魔はゆっくりと倒れる。死んだということはこの雷は魔術ということになる。
悠はリーゼウスのほうを見る。リーゼウスは自分ではないと首を横に振る。そして程なくして白スーツの男が一人結界に入ってきた。
「ここまでよく戦った。後は私に任せておけ」
白スーツの男はまだ多くいるガーゴイルに杖を構えながら近づく。ガーゴイルたちは白スーツの男を驚異と認識したのか、興味が完全にそちらに移っていた。
ガーゴイルたちが一斉に襲いかかる。
白スーツの男は杖を構えたまま動かない。男はぶつぶつと「まだ、まだ……」と呟いていた。ガーゴイルは男の目と鼻の先まで迫ってきていた。そしてあと数センチというところで男は呪文を唱えた。
「雷撃」
ドン、と轟音が鳴り響く。男の周りのガーゴイルはバチバチと音を立てて倒れていった。だがその後ろから更にガーゴイルが襲いかかる。その後ろでは赤い魔法陣を展開するガーゴイルもいる。
男の表情を見て悠はぎょっとした。男はこの状況で恍惚の表情を浮かべていた。まるで危険を楽しんでいるかのようだった。
「ふふふ……おまえたちなら私をイカせてくれるのか?」
そう言うと杖を掲げる。杖先に電撃の玉が出来上がる。それを見てリーゼウスは悠を地面に伏せさせた。
「雷撃弾」
電撃が弾丸となってガーゴイルに襲いかかる。敵も味方も関係なく、四周に向け電撃が繰り出される。
「ダメ押しだ」
そう言って杖を振り回すと、電撃がうねり、龍のような形を取り出した。
「電撃龍の咆哮!」
一閃。一瞬の出来事でよく分からなかった。強い光で目の前が真っ白になり、視界が戻ったときに目に入った光景は全ての悪魔がぐちゃぐちゃになり、辺りの木々が燃えていた。
悠とリーゼウスが呆然とそれを見ているのに気付いた男は、白い歯をニッと覗かせながら「大丈夫かい?」と寄ってきた。
燃え盛る炎のオレンジ色が男の白スーツによく映えていた。
これが悠と『雷光の魔術師』オルタナ・ヘイロスの出会いだった。