第10話 行尸走肉③『怒り』
絵にしたらきっとグロいのいっぱいの物語です。
目の前の景色が崩れていく。だが崩れた先にある景色は何も変わらない。悠はわけがわからないまま立ち上がる。
その様子を遠く離れた場所で見ている人影が小さく舌打ちした。
「チッ……もう解けたのか」
その影はリーゼウスのほうに向かっていった。
リーゼウスは大量の悪魔に囲まれていた。影は小さく笑うとナイフを取り出し茂みからリーゼウスに向けてナイフを飛ばしたのだった。
※ ※ ※
ナイフを見てリーゼウスは怒りに震えた。
悪魔はナイフを使わない。そんなものなくても人間など一瞬で殺せるからだ。そもそも悪魔にナイフなどの文化はない。リーゼウスはすぐに一つの答えに行き着いた。
リーゼウスは歯軋りして怒りを全面に露わにする。
「どこの誰だか知らないがやってくれたな……!裏切り者が!隠れてないで出てこい!」
リーゼウスは身体強化魔術をかけ、近くの悪魔の頭を掴み、握り潰す。バゴン、と鈍い音を立てて悪魔が崩れ落ちる。それを見た影は静かに闇に消えていった。
「置き土産だ、しっかり守れよ魔術会」
そう言うとリーゼウスの視界にとんでもないものが映り込む。
リーゼウスに向かってくる悪魔の他に人の腕と思しきものを加える悪魔がいた。その奥では数人の一般人が震えていた。
「なんで人が……!というかいつから……!?」
そこからのリーゼウスの動きは早かった。
「転移」
転移魔術で一般人のもとに移動し、近くの悪魔を吹き飛ばし、保護する。リーゼウスは行動こそ冷静だったが頭の中は動揺しまくっていた。
「認識阻害魔術……!」
そこにあるものを無い、無いものをある、というふうに人の認識に妨害をかける魔術で、魔術戦においてはブービートラップな扱いの魔術だ。
初歩的な術にかかっていたことに恥ずかしさを覚える。
悪魔たちはゆっくりとリーゼウスを囲む。リーゼウスは一般人に結界を張り、悪魔に向き直り、悪魔を観察する。
「……!よく見たらガーゴイルじゃないか」
ガーゴイル――――元々魔除けの存在であったが、闇の魔力を注がれたことにより悪魔となった。彫刻の体で、とにかく他の彫刻と見分けがつかない。らしい。全部アレンの入れ知恵である。
リーゼウスは魔力探知で悪魔の位置と数を確認する。リーゼウスの周りにまだ二十以上、悠の周りにニ体。そして一般人がまばらにいることが確認できた。
「悠が魔術師ならとりあえず任せることができるんだが……」
ガーゴイルは中級悪魔だ。下級悪魔ですら命懸けだというのに中級悪魔相手となるとほぼ間違いなく死ぬ。悠は魔具のみで戦っている。しかも一般人を守りながら。おそらくすぐに崩れる。
リーゼウスはこの場を速やかに離脱する必要があると判断し、荒業に出ることにした。
「おれは極大魔術は使えないが……多重魔術ならなんとかなるだろう」
リーゼウスの周りで無数の魔法陣が展開される。それに呼応するようにガーゴイルたちも赤い魔法陣を展開する。
「だから言ってんだろ、遅えって」
――――多重魔力弾
魔力弾の上位魔術である多重魔力弾は名前の通り大量の魔力弾を一斉に放つ魔術だ。対多数で役立つ上に簡単で、中級以下の魔術師は悪魔の群れと戦うとき好んで使う。
魔力弾の雨がガーゴイルを貫く。
それはガーゴイルがリーゼウスの前から完全に消滅するまでは続いた。轟音が鳴り響き、地面が揺れる。そして砂煙が落ち着いたとき、立っていたのはリーゼウスのみだった。
リーゼウスはすぐに悠のもとに向かう。
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悠は目の前に突然女性が現れ呆然とした。なぜ、いつ、どこから。色々と頭の中で考えが駆け抜けるが、すぐにやるべきことを理解し、女性の前に立ちナイフを構える。と同時にガーゴイルの尻尾が目の前に来ていた。
悠は火花を散らして尻尾を払う。そして女性を抱えてすぐにその場を離れる。少しでも距離をとりたい考えあっての行動だ。
女性は突然の出来事に戸惑い、悲鳴を上げる。
「きゃあああ!?何!?どういうこと!?」
「とりあえずここは危険です!離れます!」
だが悠はただの人間。魔術を使わないとなると悪魔から逃げ切ることは容易ではない。事実、ガーゴイルは一瞬にして悠との距離をゼロにしてみせた。
悠は闇雲にナイフを振り回す。そして運良くそのナイフはガーゴイルの腕と翼を切り落としてみせたのだった。
ガーゴイルは怯み、その隙に悠は女性を連れて逃げるのだった。
「……なんだ、どっかで見たことあるな」
悠は胸にモヤモヤを抱えながら逃げる。そしてガーゴイルの腕と翼を切り落としたことで慢心してしまった。自分は戦えると。
茂みを抜け、結界の境となる入り口に出る。安全装置として働く結界は、魔術師の出入りのみを許し、内の悪魔が出ることを拒む。
「そういえば、公園の入り口にも同じようなものがあったような……」
なんてことを思っていると茂みからリーゼウスが現れた。遠目で見てもわかるくらいリーゼウスの顔には焦りがあった。そして悠の胸のモヤモヤは解消した。
「あ……」
どこかで見たことがあると思ったら、公園の入口にも似たような彫刻があった。そもそも公園の入口にバケモノみたいな彫刻が置かれているなんて景観的にありえないしそもそもここの公園に彫刻なんてない。そして彫刻はちゃんと結界の中。
悠は女性のほうを見る。
予想通り、入口にあった彫刻はガーゴイルで、女性の背後で大きな口を開いていた。
「逃げ――――」
逃げろ、と言い終わる前にバクンと大きな音を立ててガーゴイルは女性の左肩から腰にかけてを食べた。肉が無くなり、血が噴き出る。女性は声を上げることもなく静かに倒れた。
「あ……あ……」
ガーゴイルは口元についた内臓をニチャニチャしながら笑う。
「うぉあぁああああああ!!!!」
悠はガーゴイルにナイフを突きつけた。