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いつか、「おかえり」を言わせて  作者: とくたじか
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第一話

 身体が重力に引っ張られて、地面へとその体重を預ける。その衝撃を感じる寸前...


「っはぁっ…!はぁ…はぁ…っ」


 身体がものすごい勢いで布団をはねのけて起き上がった。心臓がうるさい。幸い隣で寝ている人はすやすやと寝息を立てている。

 もう何度この夢を見ただろうか。自分が、母親から突き落とされる夢。

「もう、2か月も前のことなのにな…」

 そう思うものの、未だにその記憶は薄れることを知らず、すべてが鮮明に描写されている。何度「いっそ夢の中だけでも殺してくれ」と願っただろうか。いつも起きれば汗はびっしょりで、それなのに身体は異様な寒気のせいで震えている。


 眠るのが怖い。

 関わった人に突き放されるのが怖い。

 けど、死ぬのはもっと怖い。


 毎日その葛藤に襲われて、苦しくなって、考えることから逃げるために結局、睡眠を使う。それで、同じ夢を見る。いくら逃げようとしても恐怖が俺を見逃すことはなかった。


 それでも世界は無情で、そんなことを考えても腹は空くし、喉も乾く。それに今も、尿意に襲われている。

 俺は、生きている。それはどうしようもないことで、体は動くし、今も自然とトイレに向かっている。部屋にいるみんなを起こさないように扉を開け廊下に出る。前に見える階段は、今でも少し怖い。孤児院に来てすぐは、当然そんなことは絶対ないとわかっているのだが、後ろから押されるのではないかと怖かった。ただ、そのことを言えば気を使われ、みんなと距離が開いてしまうと思って言っていない。自分はなんて面倒な人間なんだと思いながら、階段を下りる。

降りると、今日の朝ごはんであろう焼き立てのパンのおいしそうなにおいが鼻を通り過ぎていった。


「おはよう。優」


 一階の廊下を少し歩くと、後ろから院長に名前を呼ばれた。俺はその声に少しびっくりして、ぎこちない動きで首を回転させる。


「…おはよう…ございます…東さん…」


 最後の言葉をしりすぼみにしながら返答する。

 少し白髪が増えてきた彼ではあるが、それでもその容貌からは、若々しさが漂う。

 聞いた話では六十台ということだが、正直信じられない。六十にしては筋肉が隆々としすぎているし、白髪こそ生えているが、彼の顔や手にはしわやシミがほとんどない。見る度、さすがに六十は言いすぎだと思う。

 でも今の彼は困ったような顔をして、年相応に顔にしわを浮かべて、こちらを見てくる。そういう風にみられるのは嫌で、院長から逃げるようにトイレの扉を開ける。


「いつになったらその敬語を取り払ってくれるかな…」


 扉を閉めたところで、院長が呟く声が聞こえた気がした。


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