ありのままで…編
帰りの足取りは軽かった。
僕は何だか、生まれ変わった様な気持ちで
こういうの、清々しいとか晴れやかとか言うんだろうな…
そんな気持ちで、一歩一歩踏みしめて進む。
ちっちゃな事でウジウジ悩んでた自分が、急にちっぽけに思えていた。
ふと振り向いて麗華さんが言う。
「こーた!今日は美味しいお酒で乾杯しよう!」
「はい!」
子供の様に素直に返事が出た。
帰り着くと、葉山さんと未玖ちゃんが迎えてくれた。
「今日は、未玖とキノコ取ってきたんですよ、これで鍋にしましょうね」
「わぁ!ありがとうございます
楽しみだなぁ!未玖ちゃんありがとう」
未玖ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに笑ってる。
「じゃあ、お風呂入っておいで!その間に準備しとくから」
「え!麗華さんが先に入って下さいよ」
「何言ってんの、こーたは一応お客様なんだからw」
「あ、そっか…じゃあ遠慮なく…ん?一応?」
「ん?何か聞こえた?」
「いーえ!何にも聞こえませんでしたっっw」
そんなやり取りをしながら、みんなでワハワハ笑った。
こんなに笑ったの、何日ぶりだろう。
思えば、最近の僕が思い切り笑ったのって、稀恵梨ちゃんと話してる時ばっかだったもんなぁ…
僕は湯船に浸かりながら、稀恵梨ちゃんとの会話を思い出し笑いしていた。
僕はただ稀恵梨ちゃんに笑ってて欲しいんだ。
彼女のあの笑顔が見てたいんだ。
よし!気合い入れていくぞ!頑張れ洸太!
僕は、自分に喝を入れてザバっと風呂から出た。
今日のご馳走も最高に美味しかった。
大学からずっと一人暮らしのせいで、日頃の僕はなかなか鍋を囲むって事が無い。
みんなでキノコ鍋を囲んで、美味しいお酒も頂いて、何だか家族の一員になった様な気分だった。
夕飯も終わって未玖ちゃんが先に寝た後、僕は気になっていた事を麗華さんに聞いた。
「未玖ちゃんって学校はどうしてるんですか?
こんな山の中、通うの大変そうだなって思ったんですけど…」
「あぁ、未玖はフリースクールなのよ、周りに馴染めなくて…
別に無理して通う必要無いからってね」
「え…そうなんですか、すみません変な事聞いちゃって」
「全然!変な事でも無いし、今そういう学校多いんだよ
フリースクールって、色んな子が居てね〜
未玖は特にイジメとかでは無かったんだけどあたしに似てちょっと変わってるから、なかなか友達出来なかったみたい…
だんだん学校行きたがらなくなって」
「全然変わってなんか無いと思うけどなぁ」
「何て言うかさ、今時の子供って人と同じじゃ無いと受け入れ難い…
みたいな空気あるんだよね」
「そうなのか…」
「でも、そんな大袈裟な事じゃ無いと思うのよ!
あたしには、眉毛太いとか、エクボ出来るとか位の違いにしか感じられないもん♪
それぞれ違って当たり前だもんね」
その麗華さんの言葉がドカンと僕の心にぶち当たった。
そうか、そうだよなぁ
別に犯罪犯してる訳じゃ無いんだし、人と違うって自分を卑下する必要ないんだよな…
僕はまた麗華さんの言葉に助けられた気がした。
翌日、麗華さん一家に別れを告げた僕は、家までの運転中必死で、稀恵梨ちゃんにどう話を切り出すべきか考えていた。
「あなたの鼻ほじに惚れました!」
じゃ、まじで警察呼ばれそうだし
「鼻ほじ友達からお願いします!」
じゃ、意味分からんしなぁ
第一、それじゃあ僕のカミングアウトにもならないや…
やっぱり、ここは正直に自分の特殊性癖を打ち明けるしかないよなぁ
いや、待てよ、まず稀恵梨ちゃんに何があったのか、僕で相談に乗れない話なのか聞くべきだよな。
家まであと少しの所で僕は一旦車を停め、稀恵梨ちゃんの携帯に電話をかけた。
一度家に帰り着いたらまた勇気が出ずに、何だかんだと自分に言い訳してしまいそうだったからだ。
3回…4回とコール音が鳴る…
もう諦めようかと思った時
「もしもし、水島さん?」
と、稀恵梨ちゃんが電話に出た。
「あぁ良かった繋がった、今まだ仕事中かな?」
「あ…いえ、今日はお休みなんです
そう言えば香澄ちゃんから聞きました
日曜わざわざお店にいらして下さったんですよね?
ご心配おかけしてすみませんでした」
「うん、様子が変だったから気になって…
まさか、あれからずっと寝込んだりしてるの?」
「いえ、大した事ないんです、少し風邪をひいてしまって…」
「そうか…良くなったんなら安心したよ
ところで、試作品の事なんだけど…」
僕が言い終わらないうちに
「あれはもう、ほんとに気にしないで下さい!
私まだまだ修行が足りなかったんです
水島さんに試食してもらおうなんて、自惚れてました」
遮る様に稀恵梨ちゃんが言った。
「もしかして、オーナーさんにバレちゃった?
それで何か言われたんじゃないの?」
「あ…そうですね、これでもかって位ダメ出しされたんで、また基礎から勉強し直します…」
ん?何だ?この違和感…
稀恵梨ちゃんの性格なら、ダメ出しされて諦める筈ない。
彼女なら、次もっと美味しく作る!って逆にやる気出すはずじゃないか?
これは、やっぱり何か隠してる!そう直感した僕は
「ね!ちょっと飯でも付き合ってくれないかな?」
と、勢いで言ってしまった。
我ながら思い切ったもんだとびっくりしたが、言ってしまったからには後に引けない。
「急にどうしたんですか?」
「今日ちょっと遠出してて、もう腹ペコなんだw」
「そう言えば、私も腹ペコです」
稀恵梨ちゃんは、クスッと笑いながら答えた。
「良かった!ありがとう」
僕は、稀恵梨ちゃんの家の近くまで迎えに行く約束をして電話を切った。
ここまで来たら、もうなるようになれだ!
僕は、覚悟を決めて再び車を走らせた。
稀恵梨ちゃんの家に近づく頃には、もう辺りは暗くなり始めていた。
もう一度携帯を鳴らすと、今度はすぐに繋がった。
「遅くなってごめんね、何が食べたい?」
「そうですね…ホッとするような家庭料理が良いです」
「あぁそれなら良い所知ってる!」
「水島さんのお勧めのお店なら、きっと美味しいんでしょうね」
「それは保証するよ♪」
「それは、楽しみです」
僕は、麗華さんと良く行ってた小料理屋に稀恵梨ちゃんを連れて行った。
ここの料理は本当に美味くて、あの頃からずっと、ゆっくり飲みたい時もちゃんと食事をしたい時も、僕のお気に入りの店だった。
ただ最近はこんなご時世なんで、僕も久しぶりだ。
「大将、お久しぶりです」
「やぁ、いらっしゃい元気そうだね」
「今日は飯食いに来ました、お勧めは?」
「あ!水島さん良かったら少し飲みませんか?」
「え?あ…僕は良いけど、稀恵梨ちゃんは構わないの?」
「はい!せっかくこんな素敵なお店に連れて来てもらったのに、お酒飲まずに帰るの何だかもったいないでしょ?」
「あはは、確かに!じゃあまずは肉じゃがだ、大将肉じゃが2つとビール…で良い?」
注文しながら稀恵梨ちゃんに聞くと彼女はこくりと頷いた。
僕らの前に、肉じゃがとビールがコトリと置かれると、稀恵梨ちゃんは早速出された肉じゃがを一口食べ
「美味しい!お母さんの肉じゃがみたい!」
と、やっと彼女らしい笑顔を見せた。
「でしょ?これは外せないんだよな〜他にも食べたい物あったらどんどん頼むと良いよ
今日は僕の奢りだ」
僕は、自分が褒められた様に嬉しくなって言った。
「そんな事言って大丈夫ですか?お財布すっからかんになっちゃいますよw」
「良かった、やっと稀恵梨ちゃんらしくなった」
「あ…ごめんなさい、心配かけてしまって…」
「僕で良ければ話し聞かせてもらえないかな?」
僕の問いかけに稀恵梨ちゃんは、ふぅっとため息をついた。
「オーナーに見つかっちゃったんです」
「やっぱり…それで何か言われたんだね?」
「はい、お前は新作なんか考えなくて良いって…」
「それはちょっと酷いな…
こないだのケーキ美味しかったよ
アイディアも面白かったし、僕は他のも食べてみたいと思ったけどな」
「でしょ?オーナーも悪くない出来だとは言ってくれたんです」
「え?褒められたって事?」
「はい」
「え?どう言う事?」
僕は、さっぱり訳がわからず、思わず聞き返した。
「話せば長くなるんですが…」
そう言って稀恵梨ちゃんは、ゆっくりとオーナーとの出会いから話しはじめた。
「私がオーナーに初めて会ったのは、製菓学校に通ってた頃なんです
私、一度は会社勤めをしてたんですが、どうしてもお菓子作りをやりたくて、会社辞めて学校に行きました
そこに講師として教えに来てたのが木崎さんなんです」
「そうなのか、あ…でも、あのお店まだ出来て1年経ってないよね?」
「はい、その頃まだ木崎さんはホテルのパティシエとして働いてて、私も卒業後少し修行させてもらいました
木崎さんが独立する時、来ないか?って誘ってくれて、今のお店は、立ち上げからお手伝いさせてもらってます」
「と、いう事は、稀恵梨ちゃんの腕は初めから認められてるって事か…
だったら、どうして?」
「私もそう思ってたから、少しでも早く商品になるものを作りたくて頑張ったんです
それをあんな風に言われたからかなりショックで…
だから、私言ったんです!理由を教えて下さい!って」
「そしたら?」
「そしたら、木崎さん
お前はここにいるだけで良いんだ…って
酷いと思いません?せっかくパティシエになれたのに居るだけで良いなんて!私、いつまでもペーペー扱いされたくありません!」
稀恵梨ちゃんの話に、僕は唖然とした。
もしかしてそれって、遠回しにプロポーズされてないか?
まさかこの子は、全然気付いてないのか?
これって僕が指摘するべきなのか?
いや、待て待て!
稀恵梨ちゃんが気付いてないなら、わざわざ恋敵に有利になる話するべきじゃないだろ!
何と答えたもんかと焦りながら、僕はジョッキに半分ほどのビールを一気に飲み干した。
余計なことを言って、稀恵梨ちゃんが木崎さんの気持ちに気付くとまずい事になるなぁ
「そうだよね、酷いよね」
我ながらつまんない返事だと思うが、色々言うと自分からポロッとばらしそうで当たり障りの無い返事しか出来ない。
「ホントですよ!いくら私がコルネとかシュークリーム作るの超大好きって言っても、そればっかりやってる訳にいかないんですから〜」
「あぁ稀恵梨ちゃんの担当って言ってたもんね」
「子供の頃からお菓子作りは好きで、シュークリームはめっちゃ作ってたんです
だからプロ顔負けの出来栄えでしたよ
コルネみたいなお洒落なお菓子は当時まだ無かったですけどね〜」
良い感じに、子供の頃の思い出話になってきたぞ!
僕は、稀恵梨ちゃんが子供の頃の話をしはじめたのに乗っかって
「稀恵梨ちゃんって小さい頃どんな子だったの?」
と、聞いた。
「私ですか?私、変な子だったんですよ〜だから、小学校の頃友達出来なくて…
2年生からだったかなぁ…おじいちゃんのとこに預けられてたんです」
「おじいちゃんって、稀恵梨ちゃんが変わり者って言ってた?」
「そうそう!おじいちゃん、すっごい田舎の山奥で暮らしてて、私、おじいちゃんっ子だったから…
おじいちゃん私の事心配して、しばらく俺が預かるって言ってくれて、そこの小学校に通う事になったんです」
「へぇ〜そうだったんだね」
「でも、お陰で友達出来ましたよ♪
みんなおおらかって言うか、人に対して寛大って言うか、大人も子供も、稀恵梨ちゃん変!とか、誰も言わなかったんですよね」
「あぁ、そういう感じ何か分かる気がするなぁ
僕も昨日、大自然味わって来たんだ
あんなの見ちゃうと、この人変わってるとかそんな事、どうでも良くなるんじゃないかな?」
「そうかも知れないですね…
だから、私、おじいちゃんにはほんとに感謝してるんです
私はこのままで良いんだって思える環境与えくれたから」
「良いおじいちゃんだね」
「はい!あ〜懐かしいな〜おんぼろ小学校…
あの穴どうなったかなぁ」
ん?穴?
今、穴って言ったよな?何だ?穴って…
聞き間違いかと自分の耳を疑いながら稀恵梨ちゃんを横目でチラリと見やった。
程よく酔いのまわった様子の彼女は、ぽわんとした顔つきで、更に昔話を続けはじめた。
僕もほろ酔いになりながら、稀恵梨ちゃんの話に相槌を打つ。
彼女の話はこうだった…
「私、小さい頃から穴を見つけると、無性に何か詰めたくてしょうがなかったんですよ」
「穴に何か詰めるって?どう言う事?」
「例えば、板塀に節穴って空いてたりするじゃないですか、そう言うの見ると必ず指突っ込みたくなるんです」
「あぁ、そういうの、分からんでもないかなw」
「あと、公園のジャングルジムのパイプ穴に、片っ端から土とか木の枝とか芋虫とか…
せっせと詰め込んだりもしてました」
「わははは!それはすごい!!」
「そのせいで同級生とかから嫌われちゃって…
稀恵梨ちゃん変!って…」
「あ〜なるほど、それでおじいちゃんとこに?」
「そうなんです、で、田舎だったから小学校の床にも節穴があって…
今度はその穴に、消しゴムのカスとか服の糸屑とか、また毎日せっせと入れてて…」
「うんうん」
「クラスの子には、変!とは言われなかったんですけど、大人からしたら、そんなとこにゴミ捨てちゃダメ〜ってなりますよね」
「そりゃそうだw」
「学校の先生からは叱られたんですけど、おじいちゃんは、理由を聞いてくれたんです
何であんな所にゴミなんか捨てたの?って」
「へぇ、おじいちゃん凄いな…僕も叱っちゃうかも知れない
稀恵梨ちゃんは何て答えたの?」
「私は、ゴミを捨ててるつもりなんて全然無くて…
ただ穴に詰め込むのが楽しかったからって…
そしたら、『分かった、でもな、あの穴に色々入れるのは、床下にゴミを捨ててしまう事になるから、もうやっちゃダメだ、おじいちゃんがもっと楽しい事教えてあげよう!』って…
それでシュークリームの作り方教えてくれたんです」
「あぁ〜!だからシュークリーム得意って言ってたんだ?」
「そうなんです♪おじいちゃんと一緒に毎週のように作ってました
シューに開けた穴からクリームをムニムニムニ!って絞る瞬間の快感!
あ〜たまんない!!」
僕はなぜか、その時の稀恵梨ちゃんの表情に何かザワザワするものを感じていた。
僕のザワザワが何なのか、その時は自分でも気づかなかったが、ふと疑問に思ったのは、だったら何で学校卒業して直ぐ製菓学校に行ってないんだろうって事だった。
おじいちゃんにお菓子作りの楽しさを教えた貰ったんなら、高校出て直ぐ学校に行ってそうなもんだよな…
僕は、微妙な違和感を憶えつつ稀恵梨ちゃんに聞いた。
「それでパティシエ目指そう!とかでは無かったんだ?」
「ん〜そうですね〜その時はただクリーム詰め込むのが楽しくて楽しくて、ただそれだけだったんですよね…」
「じゃあパティシエになろうと思ったきっかけって何だったの?」
「そうですね〜会社勤めしてると色々ありますよね?
仕事でミスって落ち込んだり、人間関係で上手くいかなかったり…
ストレス溜まるじゃないですか何かと…
そういう時、無性に詰めたくなるんですよね
あ〜もう何でも良いから詰めたい!ってw
で、ある日ふと、これ仕事にしたら一石二鳥じゃない?!って気付いちゃったんですよね〜w」
何だ何だ?サラッと話してるけど、これって稀恵梨ちゃんもかなりぶっ飛んだ癖の持ち主なんじゃないか?
僕は、さっきから感じていた違和感の原因が少し見えてきたような気がして、思い切って言ってみた。
「稀恵梨ちゃん…
それって、もしかしたら、僕らは同じ穴のムジナ…
う〜ん、いや、ちょっと違うな…
何て言うか、その…違う穴の狐と狸…だと思うんだけど?」
歯切れの悪い僕の例え話に、稀恵梨ちゃんは、ぽかんとした顔のまま
「へ?何ですか?それ」
と、僕の顔を見返していた。
もう、当たって砕けろだ!
しかし、大将にこんな話聞かれるのはまずい。
僕は、少し声をひそめて
「稀恵梨ちゃん、今から少々おかしな話をするけど、引かないで聞いてほしいんだ」
と、話し始めた。
「君はあまり思い出したくないかもだけど、僕が君の…その…
ほじほじしてる姿をバッチリ目撃してしまったのには、訳があるんだ」
稀恵梨ちゃんは小さく目を見開き、顔を赤くして
「やだ…恥ずかしい…もう忘れちゃってたw」
と、苦笑いをうかべた。
「思い出させてしまって申し訳ないw
実は、僕には少し変わった癖があるんだ
そのせいで、あの時僕の目は、君に釘付けになってしまったんだ」
「変わった癖?」
僕は更にひそひそ声で続けた。
「そう、言いにくいんだけど、僕は、実は…
鼻をほじってると何だかエッチな気分になっちゃうんだ
だから、僕にとっては、え〜?こんなとこでそんな事やっちゃうの?って感覚だったんだ
朝っぱらからエッチ画像見ちゃったみたいな…
あの日はもう1日中ずっと思い返しちゃって…
それで帰りの運転中、対向車が来る事も忘れてつい自分の鼻に指が伸びちゃって、それを逆に稀恵梨ちゃんにも見られちゃったって訳
でも、稀恵梨ちゃんも、ただホジホジしてた訳じゃ無くて、穴に突っ込みたい衝動抑えられなくてやってたのかなぁって思ったら、何だか親近感と言うか、僕と似てるような似てないような、そんな気がするんだけど…」
あ、ヤバい!
つい勢いで言っちゃったけど、こんな風に言ったら、稀恵梨ちゃんも変態なんだろ?って言ってるみたいじゃないか!
しまった〜言い方ミスった!
恐る恐る稀恵梨ちゃんの方を見ると、彼女は考え込むような顔で俯いてる。
やっべ!怒らせた!
僕の脳裏に、稀恵梨ちゃんから、ぶっ殺す!って言われたあの時の光景が頭をよぎり僕は咄嗟に身を固くした。
「あの…稀恵梨ちゃん、ごめんね
僕は決して稀恵梨ちゃんが変態だって意味で言ったんじゃないよ
ただ、変わった子だって言われてた頃はきっと君も、僕と同じ様に自分は変なんだって悩んじゃってたのかな?って思ってさ
共感したっていうか…」
僕が言い終らない内に、押し殺した様な声で稀恵梨ちゃんが言った。
「水島さん、続きは歩きながら話しましょうか」
ひぃっ!!
今度こそ本当に殺される!!!!
「は、はいっ!」
ここは僕が、いえそんな悪いですから…みたいな、キャッキャしたお会計を想像してたのに、きっちり割り勘して僕らは店を出た。
稀恵梨ちゃんはあれからずっと黙ったまま、眉間に皺を寄せて歩いている。
道端をふと見ると、公園というには無理がある、ベンチだけがぽつんとある広場みたいなものが目に入った。
稀恵梨ちゃんの迫力に、生きた心地がしない僕は、上ずった声で
「と、とりあえず、そこで座って話そうか?」
と、やっとの思いで聞いた。
「そうですね」
「じゃあ、座ってて!何か暖かい物でも買ってくるよ」
広場の入り口にあった自販機で、僕はコーヒーとココアを買って稀恵梨ちゃんの隣に座った。
すると稀恵梨ちゃんがいきなりガバッと僕の方に向いて
「水島さん!すごい!
私、長年の謎が解けました!」
と言った。
「え!?」
耳を疑う一言に、僕はただ、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
そんな僕に構わず、稀恵梨ちゃんは続ける。
「すごい!すごい!
私のこの妙な感じ、ずっと何なんだろうって思ってたんです!」
「えっ?えっ?」
「私、今までそんな風には考えた事なかったんで…
あ!そんな風っていうのは、エッチな話って事です!
水島さんの話聞いて、何で自分があんなに色々突っ込みたくててウズウズするのか、分かった気がします!
私、穴フェチなんですね!?」
「えっ?あぁ、そうか、穴フェチっていうのかも知れないねw」
僕は、予想もしてなかった展開に逆に急に恥ずかしくなり、ヘラヘラしながらそう言った。
「水島さんもそうなんですよね?いや、鼻の穴限定だから違うのかな…
ちょっと待って下さい調べてみますね」
稀恵梨ちゃんは、スマホでポチポチと検索を始め
「あ!あった!これかも知れない
水島さん、きっとこれですよ!」
と、僕にスマホの画面を向けた。
そこには、『ナソフィリア』と書かれていて、鼻の穴に対する性的なあれこれが羅列されていた。
自分でも、これって異常性癖なんだろうなとは思っていたが、ここまで露骨に現実と向き合った事が無かった僕は、自分の事ながら軽くショックを受けた。
「ごめん、僕ってほんと変態だよね…気持ち悪いでしょ?」
「なに言ってるんですか?
私と水島さん、違う穴の狐と狸じゃないですかw」
「あ…それ、さっき僕が言ったヤツ」
「はい!何か、フェチ同士とか言うより良いですよねw」
「稀恵梨ちゃんはやっぱり凄いね…
いつも、僕の想像の斜め上に行っちゃうんだもんなぁ
君と話すたびに、僕は君には敵わないなぁって思うよ」
「だって、嬉しいじゃないですか!
今まで、何だか分かんない感情を抱えた、何だか分かんない存在だった自分が、『あなたはちゃんと分類された、こういう人間なんですよ』って教えてもらった気分です」
それを聞いて僕は、やっぱり稀恵梨ちゃんの事好きだなぁという想いで胸がいっぱいになって
「稀恵梨ちゃんのそういうとこ、やっぱ好きだなぁ」
と、思わず言ってしまっていた。
「私も水島さんの事好きですよ」
にこにこしながら稀恵梨ちゃんは、いつも店内で僕と話してる時と変わらない調子でそう言った。
あちゃ〜そうだった…
稀恵梨ちゃんは、鈍かったんだ
まさか僕が自分に恋愛感情持ってるなんて、思ってもないんだよなぁ
これは、きちんと伝えないと伝わらないぞ〜
人生2度目の告白を決意した僕は、稀恵梨ちゃんの方に向き直ってきっぱりと言った。
「僕の好きは、ちゃんと女性として好きって事だよ」
「え?あ…でも私、まだそんなプレイした事ないんで、上手くできるか分かりませんよ」
彼女の言葉に、僕は思わずぷっと吹き出した。
「そんな、僕がやる事しか考えてないみたいな言い方、ひどいなぁw」
「え〜でも、お互い大人だし、そういうの考えないのも変じゃないですか〜」
「まぁ確かに、そうか」
「そうでしょ?」
「ん?それって、どういう…」
僕が言いかけると
「だから、そういう意味です」
稀恵梨ちゃんは頬を赤くして、ちょっと怒った顔で僕を見た。
「えっ?うそ?」
彼女の返事に、今度は僕が赤くなる番だった。
「そういう意味って、そういう意味?」
我ながら頭悪い事言ってんな…と思いつつ、他に言葉が見つからない。
「もぅ!何度も言わせないで下さい」
稀恵梨ちゃんはまだちょっと膨れっ面をしていたが、この時の僕はもう、彼女のこの物言いが、照れ隠しだって知っていた。
「抱きしめても良いかな?」
唐突に口をついて出た言葉に、心臓がドキドキしはじめる。
僕の言葉に
「はい」
稀恵梨ちゃんは、小さくはっきりと答えてくれた。
彼女の背中にそっと腕をまわすと
「水島さん、背中あったかいですw」
そう言ってクスクス笑った。
僕はまだ、両手にコーヒーとココアの缶を握りしめていたのだ。
全く、こんな時に締まらないよな…
でもまぁ、僕らしいっちゃ僕らしい…
「あ…コーヒーとココアどっちが良い?」
僕は、稀恵梨ちゃんを抱きしめながら聞いた。
「水島さんは?どっちが好きですか?」
全然ロマンチックな展開にならない会話に
「ココアかなぁ」
「やっぱり?甘党ですもんねぇ」
なんて言い合いながら、僕達はしばらくの間お互いの体温を分け合った。
どれくらい抱き合っていただろう…
稀恵梨ちゃんがふと顔を上げて僕を見た。
「水島さん、あの…私、上手くできるか分からないんですけど、指入れても良いですか?」
「え?あ…指?う…うん…
何か、改まって言われると恥ずかしいもんだなぁ」
「マズいですか?」
「いや、マズくはないんだけど、どんな顔すれば良いか分かんなくなって来た」
「いつも通りで良いじゃないですかw」
「いや、そうなんだけど…
うん…じゃあ、お願いします」
稀恵梨ちゃんの綺麗な人差し指が僕の鼻にすーっと近づいて来る。
耳の内側に心臓があるのかと思うくらい、ドキドキ鳴っていた。
そして、ゆっくりと僕の鼻に稀恵梨ちゃんの指がはまった。
「水島さん、こんな感じで良いですか?」
僕を気遣う様な優しい声に、不覚にもウルッときてしまう。
もちろん、ムラムラもしてくるんだけど、彼女を大切にしたいって気持ちの方が勝っていた。
「うん
でも、無理しないで
少しづつお互いを知っていこう」
僕は、稀恵梨ちゃんの手をそっと握って僕の鼻から抜いた。
見ると、稀恵梨ちゃんの指先には僕の鼻くそがちょこんとくっついている。
「あ!ごめん!すぐ拭くから!」
焦った僕が、シャツの裾で拭き取ろうとした時、稀恵梨ちゃんは指先を見ながら
「やだw可愛い」
と、微笑んだ。
その笑顔を僕は、一生かけて守ると誓った。