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大人の恋と痛み編

残りの大学生活、果実ちゃんとは結局そのまま、言葉を交わす事が無かった。

僕は、もうこの先一生、独りで生きていくんだろうな…

と、変態人生を覚悟しつつ卒業を迎えた。

僕が就職したのは、ごく普通の商社。

たまたま、大学の近くに地方営業所があったため、僕はそこに配属を希望した。

地元に帰り、元カノとばったりなんて、死んでも避けたかったのだ。

案外すんなりと地方営業所の配属に決まった僕は、ごく普通の青年を装っていた。

人当たり良く、爽やかな笑顔を心がけながら…


数ヶ月が経ち、そろそろ僕にも一人前に仕事を任せてみようか…という時期に、本社からやり手の営業主任が赴任して来るという噂が聞こえてきた。

なんでも、社内不倫がバレて飛ばされて来るというものだ。

それを聞いて僕は、ちょいとくたびれた年代のおっさんを思い浮かべ

バカだなぁ、普通に結婚できるだけでも幸せなのに、自らその幸せを逃す事するなんて…

と、勝手に軽蔑していた。


社内でその噂を知らない社員が居なくなった頃、例の主任が赴任して来た。

「おっはよ〜ございます!!!!」

勢いよく入って来たスラリとした女性に、僕の目は釘付けになった。

え?主任って女!?

細身の紺のスーツに、ほんの少し女らしいブラウスを着た彼女は、一見華奢だがスッと一本筋の通った強さを纏っている。

そのまま真っ直ぐ、迷いなく所長のデスクまで進んで行く。

所長に向かって一礼した後くるっと振り向き、線の細さに反する様なキンと通る声で

「今日からみなさんの仲間になる、岸谷麗華きしたにれいかです!どうぞよろしく!」

とだけ言って、にかっと笑った。


シャキシャキとしているのに嫌味がなく、誰とでも分け隔てなく接する主任は、あっという間に事務のおばちゃん達とも仲良しになっていた。

そんな主任の人柄を知るにつれ、もう誰もあの噂話をしなくなっていた。

みんなすぐに主任を好きになっていたのだ。

数日間の引き継ぎの後、僕は主任の直属の部下になった。

「今日から主任の下に配属された水島洸太です!よろしくお願いします!」

「水島洸太君…うん、こーた、ね!こちらこそよろしく!」


その翌日から、僕と主任の2人で得意先周りをする事になった。

「よーし、こーた!今日も張り切って行こう〜」

「はい主任!張り切って行きましょう!」

僕に尻尾があったら、ブンブン振っているのが見えた事だろう。

噂通り、岸谷主任は凄かった。

僕がまだ、担当者の名前を覚えたばかりだったのに、主任は得意先の所長の好物から委託先の子会社の社長の趣味まで、僕より詳しく把握していて、毎日僕は圧倒されまくっていた。

当然と言えば当然だが、彼女が来て3ヶ月も経たないうちに、ほんわかとした我々地方営業所の成績は、倍に跳ね上がった。


『営業成績爆上げ&岸谷主任歓迎パーティー』

爆上げって何だ!?くっくっくっと笑いながら僕は宴会場に向かった。

何しろ、営業所始まって以来の大功績。

奮発した所長は、近くの温泉宿を貸し切って懇親会を開いたのだ。

もちろん会社の経費だけど…

これはすごい事だぞw

宴会場に入ると、みんなもう浴衣に半纏…かなりのメンバーが結構盛り上がっていた。

ちょっとだけ残りの仕事を片付けて向かった僕は、完全に乗り遅れだ。

「あら!水島くん遅かったわね!こっちいらっしゃい!こっち」

事務のおばちゃんが僕をめざとく見つけ、空いた席に強引に座らせる。

上着を脱ぐ暇もなく

「まぁまぁまぁ」

とか言いながらビールを注いでくれた。

すると

「鼻フーック」

いきなり岸谷主任の細い指が僕の鼻にクリーンヒットしたのだ!

主任!こんな所で何てことを!


キャハキャハ笑い転げてる岸谷主任は、もう完全に出来上がってる。

僕は、バクバクする心臓をなだめながら

「何なんっすか〜もう!主任酔っぱらい過ぎっすよ〜」

おおふざけで言ったのは良いものの、流石にスッポリとはまったこのフィット感に、僕はかなり動揺していた。

そんな僕の心情なんかお構いなしに主任は

「こーた!飲め〜!あたしの酒が飲めんのか〜!」

と、暴君発動中だ!

結局僕は空腹のまま、パートのおばちゃんからガンガン酒を注がれ、主任から鼻フックされつつ夜が更けていった。


ふと気づくと僕は、浴衣の半身をはだけたまま大の字になって寝ていた。

横を向くと、主任が僕の腕の中に居るじゃないか!?

な、な、な、な、何が起きたんだ!?

確か、昨日遅れて着いた僕は、パートのおばちゃんと、岸谷主任に揉みくちゃにされながら一気に酒を飲まされ………

!!!!っ嘘だろ!!!!

あれか!?

あの鼻っフックか!?

どんどん飲まされた僕は、主任の鼻フックの誘惑に負けてしまったのか!!!!

ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!

ドクドク鳴る心臓をどうにか鎮めようと、僕は再び眼を閉じた。


「…た…ーた…こーた!」

揺り起こされて、僕はハッと眼を覚ました。

「これってやっぱり、あたしら、やっちゃったって事?」

目の前には、焦った顔の主任のすっぴん。

化粧してないと可愛い系なんだな〜

「おはよ〜ございます」

思わず僕はひにゃけた顔で言った。

「…んな顔してる場合じゃな〜い」

再び主任の鼻フック。

あっ…主任!朝イチそれは、まずいっす…


懇親会を兼ねた社員旅行…

それは、僕の心に深く刻まれた。

主任とどんな顔して会えば良いんだろう…

月曜の朝、僕は死刑台に向かう様な気分で仕事に向かった。

「おっはよ〜♪こーた!なにしけたツラしてんの〜」

キラキラとした主任の笑顔と鼻フック。

あぁ神様ありがとう!

僕の命は繋がりました!


懇親会でただならぬ仲になってしまった僕らは、ほぼ毎週末2人で飲みに行く様になっていた。

もちろん、会社の人には秘密だ。

特に約束していた訳ではなかったが、僕のアパートの近くにある素朴な小料理屋が定番になっていて、いつも遅くまで残務処理をしている麗華さんを僕が待つ感じだった。

今日も麗華さんより少し早く会社を出た僕が、冷や奴と肉じゃがを突っつきながら、ビールを飲んでいると…

カラカラカラ♪

ドアを開けて麗華さんが入って来た。

「主任お疲れさまです」

「ここじゃ主任って呼ぶな〜」

僕の隣に座りながら麗華さんは頬をぷぅっと膨らませ、それでも笑っている。

「大将〜私もビールと肉じゃが〜」

そう言いながら、麗華さんはもう僕の肉じゃがをつまみ食いしていたw


大きな声では言えないけれど、彼女はちょっぴり酒癖が悪い。

大体いつも最後は、超酔っぱらいになって、例の

「鼻フーック」

が炸裂する。

キャハキャハ笑う麗華さんをおぶって帰る事もしばしばあった。

そして、僕はいつも麗華さんの鼻フックの誘惑に負けてしまうんだ

いや、麗華さんは決して誘惑している訳じゃないんだけど…

彼女が酔っ払った時にやる癖のせいで、僕とこんな関係になったなんて、夢にも思っていないだろうなぁ

しかし、これっていわゆるセフレってやつなのかなぁ

僕の頭の片隅には、例の噂が常にこびり付いていた。

一度、眠っている麗華さんの頬に涙が伝うのを見てしまった事がある。

麗華さんが本当に僕を求めてくれているのか、それとも寂しさを紛らわそうとしているのか…

僕はただ心の隙間を埋める相手になっているんじゃないか…

そんな思いを募らせながらも、はっきりとした答えを聞くのが怖かった僕は、麗華さんとの秘密の恋を続けていた。


ある日、僕はいつもの小料理屋で、麗華さんを待つとも無しにカウンターのいつもの席に座っていた。

時計が9時を少しまわり、流石に今日は来ないかなと思っていた頃

カラカラカラ♪

扉が開いた。

麗華さんかな?入口に目をやると、そこには普段見かけないおじさんが立っていた。

カウンターの僕から2つ離れた席に座り

「ビール…いや、やっぱり、熱燗下さい」

お通しをつまみながら、ちびちびと呑み始めた。

どこにでも居るような、普通のおじさんだったが、僕は何だか気になってしまい

「ご旅行ですか?」

と、話しかけた。

「あぁ、いや、出張です」

にっこり笑っておじさんは答える。

「あ、そうなんですね」

自分から話しかけたくせに、僕はまた黙ってしまった。

気まずい思いで

「大将、僕も熱燗にしようかな」

とカウンターの中の店主に声をかける。

と、今度はおじさんが

「寒くなってくるとやっぱり熱燗ですよね」

とにっこりしながら話しかけて来た。


お互いそんな風に、ぽつぽつと世間話をしながら呑んでいると

カラカラカラ♪

麗華さんがやって来た。

僕の隣に座ろうとしたその時、例のおじさんが

「お連れさんが来るんでしたか?なら私は、お先に…」

と、言いかけて口をつぐんだ。

その声に凍りつく麗華さんの顔。

僕はその一部始終をまるでコマ送りの様に眺めていた。

僕の頭の中で、色んな事が一直線に繋がっていく。

背中に一筋、冷たい汗が流れた。


「こーた…先帰っててもらえる?」

僕の方を見ずに言った麗華さんの声は、微かに震えていた。

僕の頭の中をあの噂がよぎる。

「れ…主任、じゃあ僕、お先に失礼しますね」

出来るだけ自然に言ったつもりだったのに、自分の声じゃない様な掠れ声が本当に情けなかった。

トボトボと歩いて帰る道の間中も、帰ってからも、グルグル考えてしまう。

まさかあんなおじさんが不倫相手だったのか?

いや、もしかしたら、麗華さんのお父さんかもしれない。

でも、お父さんがたまたまこっちに出張とかないよなぁ

あ!もしかして、本社の営業部の偉い人で、僕と一緒にいる所見られてヤバいってなってたのかも!

後からきっといつもの感じで

「会社の若い部下たぶらかしてるとか思われるかって焦ったよ〜」

って連絡くるかもなっ

いやでも、麗華さんのあの顔、凄い深刻だったもんな

やっぱ不倫相手だったのかな…

結局、麗華さんからの連絡は無く、自分から連絡する勇気も持てなかった僕は、一歩も外に出る事無く休日をただダラダラと過ごした。


月曜の朝会社に行くと、いつも僕より早く来ているはずの麗華さんの姿が見えない。

どうしたんだろう…

心配でたまらなかったが、僕は待つことしか出来なかった。

始業時間ギリギリになってやっと出社して来た麗華さんの目は、誰がみても分かるくらい赤く泣き腫らしていた。

そのまま僕の向かいのデスクに座り、僕の方を真っ直ぐに見ながら

「こーた、ごめん」

と、麗華さんは言った。

麗華さんのひと言で、もしかしたら…という考えが確信に変わった。

僕はわざと少し大きな声で

「あ〜しまった!明日の商談の資料まとめるの忘れてたなぁ!僕1人じゃ到底無理だ〜主任!手伝ってもらえますか?」

と言いながら、すかさず麗華さんに社内メールを送る。

『そんな顔で外回り行く気ですか?』

『あ…ごめん』

『謝らなくて良いですけど、今日ちゃんと話聞かせて下さい』

『あ…うん…ごめん』

『今日仕事終わったらいつもの所で待ってますから』

『分かった』

僕らはそんなやり取りをしながら、何食わぬ顔で仕事に取り掛かった。


少し早めに会社を出た僕が2杯目のビールを頼んだ時、麗華さんが来た。

「僕、ちゃんと聞きますから、全部話して」

既に泣きそうな麗華さんの背中にそっと手をやった。

麗華さんは、ふぅ〜っと大きく息を吐いて一度キュッと口を結んだ後

「うん…こーたは、噂知ってるよね?」

と、話し始めた。

「麗華さんが異動になった理由?」

「そう、不倫がバレて…ってやつ」

「まぁ、そんな感じには…」

「あれ、全部ほんと」

「じゃあ、やっぱりあのおじさんが?」

「おじ…おじさんは酷いなぁ、や、でもおじさんだよね、あたしから見てもおじさんだもん」

ハハっと笑いながらビールをひと口飲んで、麗華さんは続けた。

「あの人、葉山さんって言ってね、本社の営業課長」

「優しそうな人でしたね」

「うん、優しいの、優し過ぎてあたしとの関係終わらせられなかったんだと思う、だからあたしはバレて逆にホッとしてた」

「あの日はどうしてこっちに来てたんですか?」

一瞬の間を置いて、麗華さんは思い切った様に

「迎えに来たって言われた」

と言った。


ドキン!

僕の心臓が跳ね上がった。

まさかとは思っていたが、そのまさかだったのだ。

僕は、出来るだけ落ち着いて聞こえるようにゆっくりと口を開いた。

「それって、ちゃんと離婚したって事ですか?」

「それはまだみたい、離婚調停中なんだって…」

「調停中…だったらほとんどケリが付いてるみたいなもんですよね?」

「う…ん、年内にはって言ってた」

「それで?麗華さんは、何て答えたんですか?」

「家庭壊してまで何やってんの?!って、喧嘩しちゃった」

麗華さんは、少し困ったような顔で

「だってそうでしょ?あたしが飛ばされてそれで一件落着だったんだよ?一時の気の迷いでしたって、ごめんなさいって、奥さんに許してもらえるまで謝り倒せば良いじゃん!その後死ぬまでグチグチ言われるかもだけど、離婚する事ないじゃん!じゃないと………」

一気に言った後、ハッとしたような顔で口をつぐんだ。

僕がその後を続ける。

「じゃないと?諦めがつかない?」

みるみるうちに麗華さんの目に涙が溢れてきた。


先週末ここで会った葉山さんは、僕に嘘をついた。

麗華さんに会いに来たのに、出張だと。

そりゃ僕は見ず知らずの若造で、葉山さんは不倫相手にプロポーズしに来たんだから、そんなのペラペラと喋れる訳は無い。

そして麗華さんも今、僕に嘘をつこうとしている。

いや、自分の気持ちに嘘をつこうとしている。

きっと僕の事をむげに切り捨てられないと思っているんだろう。

僕に麗華さんの幸せを壊す権利はない。

だって、麗華さんの寂しい心の中を分かっていてこんな関係を続けていたんだから。

だったら僕も嘘をつこう。

「麗華さん、もし、僕との事が引っかかってるんならそんなの忘れちゃって下さい」

「ちが…そんな…じゃな…」

しゃくり上げながら麗華さんが答える。

「酔った勢いで襲っちゃう様な男ですよ…僕、男らしくなかったです、麗華さんの心の隙間につけこんで…

 僕、ずるい奴でした、ごめんなさい」

これで良いんだ、これで…

麗華さんは僕の事なんか好きじゃ無かったんだ。

そんな事はずっと前から分かっていた

僕なんかより葉山さんと幸せにならなきゃいけないんだ。

僕が麗華さんの幸せを壊す訳にはいかない。

思わぬ形で始まった関係だったが、今となっては愛おしい麗華さんの綺麗な指。

僕の鼻にすっぽりと収まるその愛おしい指を見つめながら、僕は何度も何度も繰り返し自分に言い聞かせた。


この日を境に、麗華さんと僕はただの上司と部下に戻った。

同じ会社の同じ部署、しかも直属の上司と複雑恋愛してたなんて、きっと気まずくなるに決まってる…

そう思ったけれど

「あたし、こーたに甘えてたよね…ごめんね、でも、こーたの事ちゃんと好きだったよ!ありがとう」

あの晩、麗華さんがそう言ってくれたおかげで、きちんと終わりにする事が出来た。

それからというもの、麗華さんはますます活き活きと仕事に打ち込み、脅威の営業成績を残して、翌年めでたく寿退社していった。


そしてこの恋は、失恋の痛手だけでなく、僕に新しい発見をくれた。

これまで僕は、自分でもてっきり鼻くそをほじる事に快感を覚えているんだと思っていた。

だけど違った。

どうやら、鼻に何かを突っ込む事に異様な興奮を覚えるらしい…

自分でSだと思ってた人が、ある日Mに目覚めるみたいなもんか…

おひとり様になった僕は、色んな物で試す様になった。

ペンや歯ブラシの柄は、固くて、鼻血が出ないかなぁ

という雑念が入っていまいちだった。

綿棒は細すぎてダメ。

チーカマだってスティックチーズだって試してみた。

だけどやっぱり、指が1番しっくりくる。

サイズ感といい、質感といい、温もりといい…

だけど、男の僕の指は、少々太すぎる。

ここはやっぱり、女性の指なんだなぁ…

世の中には、自分は手フェチだ!と言う人が居るが、僕もある意味その1人だと思う。

ただし、僕の場合、指先オンリーだが…

男なら誰でも経験あると思うんだけど、コンビニやファーストフードの可愛い店員さんを見ると、ついつい採点してしまう。

あ、良い感じにフィットしそうなのに、爪伸ばしてるなぁ40点とか、めっちゃ可愛いのにちょい太いなぁ60点といった具合だ。

こうして僕は、日々こっそりと変態っぷりを極めていった。

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