2話(3) 『狂人と狼王の妃』
サリューが狂気の名乗りを上げている間、羽衣達は一切の動きを見せなかった。否、見せなかったというより、身動きを取ることができなかったのだ。
理由は、サリューの隣にいる存在。
月明かりに照らされて光る毛並みは銀色、体長二メートルはあろうかという大きな狼。
サリュー自身も吸血鬼の最上位の存在に恥じない、圧倒的な魔力によるプレッシャーを放っており、一筋縄ではいかない雰囲気を醸し出している。
しかし、その銀狼はもっと異質で分かりやすい圧力を羽衣達に与えていた。
それは、絶対的な死の予感。
まるで、世界そのものがこの銀狼に『死』という役割を与えたかのような、圧倒的な『死』の存在感がその銀狼からは漂っていた。
少しでも動いたら、次の瞬間には殺されている。
羽衣達の本能は、葉月を奪還することよりも、自身の生存の為に何もしないという行動を優先させてしまっていたのだ。
そんな三人の様子を気にも留めずに、サリューは続けて葉月に語り掛けていた。
「狼王の妃よ、貴方様をお迎えに上がりました。よろしければお名前をお聞かせください」
「な、なに言ってるの⁉ それよりお兄ちゃん達の所に返して‼」
「ああ……嗚呼‼ これは失礼致しました。先ずは貴方様にご自身の力を知っていただく事が先でした‼ 貴方様は、万物に接触することができる能力をお持ちなのです‼」
葉月に一方的に話すサリューは、立ち上がり大仰に両手を広げる。
「そんな力、私は持ってな――」
「貴方様はお気付きでは無いようですが、貴方様がその気になればこの世界のありとあらゆる物……果ては存在しないモノにすらいずれは触れることができる力をお持ちなのです。貴方様のそのお力が浮動特性なのか、はたまた覚醒した『原典』なのかは調べてみなければ分かりませんが、何れにせよ問題はございません‼」
最早葉月すらも置き去りにして、熱を帯びて語るサリュー。その瞳には葉月を映しているが、どこか焦点が合っていない。
「貴方様には、まず吸血鬼の真祖になっていただき、狼王の妃に相応しい体と力を手に入れていただくのです! ああ安心してください! 真祖化は満月の夜にしか行うことができませんが満月は明日! 貴方様を焦らす様な事は致しません‼」
狂人の語りは尚も止まらない。
「真祖になられた後は、この『殺害の原典覚醒者』である狼王フェンリルとの子作りに励んでいただきます! 種族の差などはお気になさらず! 少しお体を作り替えることになるやも知れませんが、真祖の肉体ならば耐えることができるでしょう‼」
「――――」
あまりにも身勝手な内容に遂には絶句し、瞳に恐怖の色を宿す葉月。まるで彼女が最初から協力者であるかのようにサリューは語り続ける。
「そうして『接触』と『殺害』の原典覚醒者を産んだ貴方様は、真の救世主の母となるのです‼ 『霧の一族』から頂いた秘術では、二つの原典を獲得した子が産まれるまで千五百年の時を要したようですが、私にかかれば五百年で誕生させることが可能です。それまで貴方様には絶え間なくフェンリルの子を孕んでいただきますが、世界を救う為なら五百年程度瞬きの間に感じられることでしょう‼ 嗚呼、その時を考えるだけで今から幸福で感極まってしまいそうです‼」
「――そう? じゃあ幸せなまま倒してあげる」
サリューが空を仰ぎ目元に手を当て涙を流しそうになったその瞬間、羽衣が仕掛けた。
闘気を纏った羽衣の一閃がサリューの首を右から左に薙ぎ払うように振られたが――
「――話は最後まで聞けと教わらなかったのかこの愚物は? フェンリル」
その一言だけで羽衣の一閃はフェンリルの牙に嚙砕かれた。
得物を失った彼女にそのまま攻撃を加えるサリューだったが、割って入った双一がそれを防ぐ。
「ぐっ‼ ……対象指定‼」
濃密な魔力が籠った一撃に、吹き飛ばされる双一だったが、次の動作に移ろうとしていたフェンリルの挙動を見逃すことなく能力を発動する。
攻撃直後で次の動きまで時間があるサリュー。そして双一の能力の対象になり、羽衣に攻撃を行うことができなくなったフェンリル。双一が作り出した千載一遇のチャンスを見逃すことなく、羽衣は攻撃を加える。
「ふん、闘気を纏っていようと素手ごときで――なんだと⁉」
刀を失い丸腰だと思っていた羽衣の右手には、砕かれた竹刀が握られており、背後に隠していた左手には刀を持っていた。
「ハァッ‼」
ザンッ‼ と手応えのある感触。
羽衣はサリューに一撃を与えることに成功した。
(敢七の推測通りだったね。私が感じた死の力はあの牙だけみたいだ)
羽衣は、サリューに強襲する前のやり取りを思い出す。
――サリューが濁流の如く葉月に言葉をぶつけている間、羽衣達もただ硬直していた訳ではなかった。
(動けなくて葉月を攫われるくらいなら、動いて死ね! 紙鳥敢七‼)
一番最初に硬直が解けたのは、以外にも敢七であった。
硬直が解けた敢七は、そのまま体を動かさずに小声で隣にいる羽衣に話しかける。
「羽衣先輩。動けますか?」
「……今の君の声で我に返ったよ。大丈夫。もう動けるよ」
「我に……? まあいいか。先輩、さっき俺が見た未来の情報なんですけど」
「うん」
「あの狼には先輩の闘気を突破する何かがあります。そして、闘気を突破するのにわざわざ牙で噛みついていました。あの力は――」
「なるほど。試してみる価値はある、か……。敢七、竹刀を借りるよ」
(――双一が命懸けでチャンスを作ってくれた。あとは敢七、頼んだよ)
フェンリルにわざと竹刀を攻撃させ、その隙に隠し持っていた刀でサリューに本命の攻撃を加える。そして、怯んだ隙に敢七が葉月を奪還する。
敢七と立てた作戦はかなり大雑把なものだったが、アイコンタクトのみで合図を送った双一が想定以上に二人の意図を汲み、死の牙と相対してくれた。
あとは敢七が葉月を取り返すことができれば作戦は成功。羽衣は、葉月の方を見る。
敢七は、既に手を伸ばせば葉月に届く距離まで来ていた。作戦の成功を確信し、次の行動を考えようとしたその瞬間。
ぞわり、と。
凍り付くような死の予感が再び羽衣を襲った。
その瞬間、彼女の脳裏に去来した思いは「何故?」という疑問と「まずい」という焦り。
疑問は、双一が無事なのに『空隙操作 / 一対決闘』が解除されている事実に対して。
焦りは、この死の牙の矛先が羽衣ではなく、葉月を助けようとしている敢七に向けられたものだったから。
羽衣は咄嗟に敢七を横から食い破ろうとするフェンリルに対して、刀を差しこんだ。
羽衣の割り込みは辛うじて間に合い、刀を犠牲に彼を引っ張りフェンリルから距離を取ることに成功した。
しかし、葉月の奪還には失敗し、更にはフェンリルの牙をギリギリで躱したはずの羽衣の左腕には二条の裂傷ができていた。
「姉上、俺の能力が嚙み殺されました」
「そう。こっちは躱したのに余波だけでこの有様だよ」
合流した双一と情報交換を行う羽衣。葉月の傍から離れようとしないフェンリルを見て、形勢の不利をどう覆すか考えを巡らせる。
すると、脳に響くような狂った声が聞こえてきた。
「キ、サ、マ、ラ……、貴様等貴様等貴様等貴様等貴様等ァ‼‼ なぜ救済の邪魔をする⁉ 私の道を阻もうとする⁉ 何も理解せず日々をのうのうと生きている貴様等の為に‼ 私が手を尽くしていることが分からんのかぁ‼」
激高したサリューは、自分の顔に入った古傷をガリガリと掻き毟りながら、その体から膨大な魔力を迸らせる。
羽衣がかなり深く袈裟懸けに斬った傷は徐々に再生し、既に半分以上治っていた。
「貴様等のせいだ。貴様等のせいでこの街は私の救済対象から外れた。この街ごと死ね‼」
サリューは、右手に膨大な紫紺の魔力を収束させる。
「あの魔力量は……マズい‼」
双一が叫ぶと同時、サリューはその五指をカッ! と開くと、その腕を下から上へと振り上げた。
「救済はない‼ 滅びろ‼ 『逆心への刑戮』‼」
「間に合え‼ 対象指定――‼」
ゴッ! キュガッッッッ‼‼‼‼
サリューから放たれた五条の濁った極光が、音を置き去りにしながら全て双一へと向かった。
対する双一は、闘気を最大限まで高め刀で受け止める。
「がっ、ぁぁぁああああああああああ‼」
しかし、拮抗したのも数瞬。双一の刀は砕け、そのまま極光の餌食となる。
キーーイィィン――
眩しさと耳鳴りに羽衣と敢七が反射的に一瞬目を背けるが、やがてそれも治まる。
昏い光が消えた先には、街を破壊する極光を一身に受け、胸に五条の焼き切れたような傷を負い、気絶している双一のみが残っており、サリューたちは完全に姿を消していた。
こうして、羽衣の初めての任務は失敗に終わったのであった。
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