1話(2) 『実りを待つ徒花(あだばな)』
紙鳥家での稽古を行った日の夜、透間家の道場。
月明かりのみが照らす室内にて、一人竹刀を持って素振りを行なっている羽衣は、二日前のことを思い出していた。
――二日前、透間家客間にて。
羽衣は畳が敷かれた客間で、とある人物と話をしていた。
「わざわざ遠くからありがとう爺様」
「おお羽衣や! こんな老体を気にかけてくれるとは、なんていい子なんじゃあ‼ どれ、お小遣いをあげよう」
そう言って懐からお金を取り出す、好好爺然とした人物の名前は透間剛蔵。羽衣の実の祖父にして透間一族の頭首である。
「フフフッせっかくの戴き物だ。ありがたく貰っておくよ」
そう言ってお小遣いを受け取る羽衣。そこからしばらく歓談する二人だったが、剛蔵がお茶を啜り一息つくと、纏う雰囲気を硬いものに変えた。
「羽衣や。透間一族の掟は分かっておるな?」
「分かっているよ。『透間一族は討魔の一族。誇りを忘れず日の本の守護者たれ』でしょ」
「うむ、よろしい。我々透間一族が裏の世界の脅威を取り除いてこそ、この国の秩序は守られるというもの」
満足気にうなずく剛蔵。
この世界は、一見すると科学を中心とした人間社会。しかし、水面下では魔物、天使、悪魔、吸血鬼、果ては神々など様々な超常的な存在が確認されている。
尤も、これらの存在は神々が別次元に作ったとされている『隔離世界』という場所にいるため、人間社会に現れることは基本的にはない。
また超常の存在達に伴い、超常的な現象を引き起こす力も確認されている。そして、超常的な力にも扱う種族などによって種類が異なる。
例えば、双一や敢七が模擬戦で用いていた、自身の生命力が高まり『気』として使用できる様になった状態である『闘気』。
例えば、魔力を媒介に超常現象を引き起こす、『魔なる存在が扱う法則』を略した『魔法』。
例えば、人間にのみ発現される一代限りの突然変異であり、超常現象を引き起こす能力『浮動特性』。
他にも、神々が与える恩恵である『恩寵』など、種族や特性によって様々な能力があり、これらの超常的な能力を総称して『異能』と呼ぶ。
そして、力あるところに争いがあるのは世の常。それは超常の世界でも例外ではない。
異能を持った人間による世界征服計画、人間を利用した神々の覇権争いである『代理戦争』など、厄災の種は尽きない。また、偶発的に隔離世界へつながる『歪み』が発生してしまい、そこから魔物が人間社会に出てきてしまうこともある。
透間一族は、こういった日本に害をなす超常の存在と、実に二千年もの間戦っており、今では政府公認の組織として日本の裏側を支えている。
「最近は表社会で能力を使い、秩序を乱そうとする者達も増えてきておる。はあ……全く、悪目立ちして隔離世界の魑魅魍魎共に、日本ごと神罰でも下されたらどうするつもりなのじゃ」
「フフ…爺様は苦労が絶えないね」
「おお羽衣や‼ 心配してくれるのはお主だけじゃ‼ もいっかいお小遣いをあげよう」
そう言ってもう一度懐からお金を出す剛蔵。そして受け取る羽衣。
「して、羽衣よ。初任務の日程が決まったぞ」
「そう。待ちわびていたよ」
透間一族は、十五歳になると初任務が与えられる。なぜ十五歳なのか。それは、透間一族の特性に由来する。
透間一族は、二千年という永きに渡る歴史の中で、肉体が通常の人類よりも戦闘に特化するよう変質している。その結果、早く戦うことができるように十五歳までに成長が完了する。そして、その年に初の任務が与えられるのだ。
羽衣も適正年齢からすでに八カ月程経過していたが、未だに任務の通達が来ていなかった。今回の剛蔵の報せは、羽衣にとっては正しく待ちわびたものであった。
「先日、隔離世界の歪みの予兆である地震がこの町で起きた。予測発生日時は三日後。地震の規模からしてもそれほど強い魔物じゃなかろう。補助として双一も同行させる」
「双一を補助につけるなんて随分大盤振る舞いだね。『徒花』に、一人で任務をさせるのは不安かな?」
『徒花』という言葉に羽衣よりも剛蔵の方が動揺を示す。
「ち、違う! そういうわけではないのじゃ! そういうわけではないのじゃが……初任務じゃし、羽衣に万が一のことでもあったらと考えると、ワシは……ワシは……」
「大丈夫だよ爺様。自分の闘気とは上手く付き合えてるし、技も私に必要な分は極めた。双一は別働隊のサポートをした方が効率が良いよ」
羽衣は剛蔵の動揺を見透かしているかのように、余裕の態度で語るが、それでも彼は腕を組み、首を捻って葛藤を見せた。
「うむむむむ……ま、まあその辺は当日までに詰めておくとしよう。そうじゃ羽衣、紙鳥の子らと仲良くやっとるか?」
葛藤の末に剛蔵が選んだ手段は露骨な話題逸らし。
「葉月は半分妹みたいなものだし、敢七は……まあ仲良くやっているよ」
話題逸らしに成功し内心ほっとする剛蔵は、羽衣にしては珍しく歯切れが悪い様子が気になり、もう少し敢七のことについて掘り下げてみることにした。
「ホッホッホ……紙鳥の倅は嫌いか?」
「そういうわけでは……まあ彼を見ていると歯痒く感じるのは事実かな」
「カッカッカ! 大らかな羽衣にそこまで言わせるとはのう! じゃが紙鳥の倅もなかなかに難儀な業を背負っておる子じゃ。そして何より紙鳥の家長には恩義がある。それこそあんな家一つ譲り渡す程度では返しきることができない恩義がな。これからも気にかけてやっておくれ」
「わかっているよ爺様。私はともかく双一は彼と馬が合うみたいだ。無下にはしないさ」
話を有耶無耶に終わらせ、今度は羽衣が話を逸らす。
「そういえば、まだ掟はあったね。『透間一族たるもの、より強き者と結婚し、より強き子を成せ』だったかな」
おどけたように言って見せる羽衣。その言葉に剛蔵は今までで一番大きく取り乱す。
「けっ、結婚など羽衣にはまだまだ早い‼ まさか、可愛い可愛い羽衣に粉をかける不届き者がおるというのか‼ ハッ、もしや紙鳥の倅か⁉ 双一からは何も聞いておらんぞ‼ 刀を持てい‼ 彼奴のそっ首、叩き切ってやるわ‼」
敷いていた座布団をひっくり返す勢いで立ち上がり大きく叫ぶ剛蔵。額に血管をビキビキと走らせている剛蔵に羽衣は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「フフ、相手がいるなんて言ってないよ。いずれ結婚はしたいけど、私には難しいかも」
「ほ、本当か?」
立ち上がりその場を後にしようとする羽衣だったが、障子に掛けた手をピタリと止め剛蔵へ振り返り、涼し気な口調で答えた。
「だって私が最強だからね」
――再び現在、透間家道場。
素振りを終えた羽衣の前には、巻き藁が設置されていた。竹刀を一息に振り抜き、巻き藁を斬る。その竹刀には闘気の気配はない。
ボト、ボト、と斬り裂かれた巻き藁が床に落ちるが、それを気にする様子もなく、憂いを帯びた瞳で竹刀を握る手を見つめる。
透間羽衣、十五歳と八カ月。
最強を確信したあの日から、すでに十年の月日が経過していた。
身体は成った。技も成った。闘気も極限まで練り上げてきた。しかし、未だに最強に至れたという実感は訪れなかった。
何かが足りないと感じる反面、今行うべきことは全て行っているという確信もある。
少しささくれ立った巻き藁の断面に溜息を吐く。
「――目指す己は未だに遠く、か。明日の任務で近づけるといいけど」
そう呟く羽衣の声は闇夜に溶けていった。
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