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ネームレスエピック  作者: 治田治
第0章 流星光底の簒奪者 (りゅうせいこうていのユーサーパー)
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1話(1) 『実りを待つ徒花(あだばな)』

「フフフ……やはり百均は至高だ。『100円均一ショップ』という響きだけで全てに勝利している……」


 八月上旬、夏休み真っ盛りの学生達で(にぎ)わいを見せる街。

 そんな街中にある百円ショップにて、(およ)そ百円ショップという場所とは縁遠そうな少女が、瞳を輝かせながら満足げに(つぶや)いていた。

 後頭部で(まと)めた髪と、商品を見つめる瞳の色は、共に燃え盛るような赤。そんな髪と瞳の色とは裏腹(うらはら)に、(まと)雰囲気(ふんいき)はどこか山間を流れる清水(しみず)のような、清涼感のある少女。


 少女の名前は透間(とうま)羽衣(うい)。羽衣は、陳列棚(ちんれつだな)に並ぶ商品を見つめ至福の時を過ごしていたのだが、ある一点を見つめると不機嫌そうに口を(とが)らせる。


「百均は素晴らしいが、お前は良くないぞ。良くない」


 そう言って左右に揺れるポニーテール。その視線の先にある物は、三百円商品だった。羽衣は三百円商品を手に取るとその商品に怨嗟(えんさ)の言葉を投げる。


「ここは百円均一だから至高なんだ。お前のような異物(いぶつ)がいてしまうと均一ではなくなってしまうではないか。……よし。全部私が買い取って――」


「羽衣ちゃーん。白熱してるみたいだけど、買う物決まったー?」


 一人白熱し、自分の世界に入っている羽衣を現実世界に引き戻した声は、羽衣の目線よりも大分低い位置から聞こえてきた。

 声の主の名前は御守(みもり)(もえ)。羽衣の親友であり、同学年の高校一年生である。

 学校指定の夏服の上から白衣を羽織(はお)っているが、小柄なため(そで)がかなり余っている。そんな余裕のある袖とは対照的に、胸が窮屈(きゅうくつ)そうに服を内側から押し上げていた。


「ああ萌か。すまない、今からこの(にく)き三百円商品達を買い占めて、百均に秩序(ちつじょ)を取り戻すところだったんだ」


 羽衣は萌にそう言いながら、自分のポケットから財布を取りだそうとするが、その手がピタリと止まる。


「? 羽衣ちゃんどうしたの?」


 不思議そうに羽衣を見上げる萌に対して、羽衣は微笑(びしょう)を浮かべて答えた。



「フフッ……財布落とした」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 百円ショップを後にした二人は、本来の目的地に行くために街頭を歩いていた。


「もうもう! 羽衣ちゃんってば毎週お財布落としちゃうんだから! 何も買わないのに付き合う私の身にもなってよねっ!」


 そう言ってぷりぷりしている萌。「こうなったらお財布用発信機(はっしんき)作っちゃうんだから!」と鼻をフンスフンスさせている。


「ごめんごめん。まあ百均に行けたから良しとしようじゃないか。……それにしても萌は沢山(たくさん)買ったね。何に使うんだい?」


 羽衣は、かなりズレた弁明(べんめい)をしつつ萌が持っている買い物袋を見る。

 両手に抱えきれないほどの大量の荷物を持っている萌は、先ほどの怒った様子から一転、今度はウキウキした様子で語りだす。


「えーっとねー、アレも開発したいし、コレも作りたいし、使い道がありすぎて選べないよ‼」


「きっと萌のことだから凄い物が作れるんだろうね」


 羽衣は、表情をコロコロ変えながら指折り数える萌にそう答えつつ、買い物袋をいくつか持ってあげる。そして萌も、いつものことのようにアッサリと手渡した。

 手渡しながらも話は弾み、萌は名案を思いついたかのように顔を輝かせる。


「そうだ! 家に着いたらカンちゃんの眼鏡、虹色に光るようにしてあげよう‼ きっとすごく可愛くなるよ‼」


「フフフ……落としてもすぐ見つけられそうだね」


 『カンちゃん』の眼鏡が七色に光ることを確定させながら、二人は仲良く歩みを進めるのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 羽衣と萌は、『紙鳥(かみとり)家』という表札(ひょうさつ)が飾られた家に来ていた。塀に囲まれた広い敷地に年季が入った道場と、それとはちぐはぐな印象を与える、二階建ての洋風の家が建っている。

 二人は家ではなく道場の方へ直接向かうと、そこではゴッゴッ、と鈍い音が響いていた。


「やっほー‼ おっ、やってるねー」


 板張りの道場では、赤髪の少年と白髪の少年が模擬戦(もぎせん)を行っていた。


 赤い髪に覇気と余裕を持った顔つきの少年の名前は透間(とうま)双一(そういち)。羽衣の一歳年下の弟である。


 対する白い髪に険しい顔つき、一目で寝不足であると分かる濃い(くま)、サイズが合っていない眼鏡をかけている少年の名前は紙鳥敢七(かみとりかんな)。この家の長男であり、眼鏡が七色に光ってしまう予定の『カンちゃん』である。


 二人は激しい打ち合いを繰り広げているが、一般的な竹刀同士の打ち合いというには明らかに違和感があった。

 まず、両者ともに白い(もや)のようなものを(まと)っていることが一つ目の違和感。

 それに加えて、果敢(かかん)に攻めている敢七が握っているのは竹刀ではなく木刀。それに対する双一は木刀すら持っておらず拳で(さば)いているのだ。


「ハァッ!」


 気合一閃。敢七(かんな)は斬り上げからの袈裟斬(けさぎ)りへと攻撃を(つな)げようとするが、


「フッ」


 双一が短い吐息と共に、斬り上げから袈裟斬りへの移行の瞬間を見逃さず、動作の終わりの瞬間に敢七の竹刀を殴り飛ばした。


「勝負あり、だね」


 双一(そういち)の手刀が敢七の喉元(のどもと)で寸止めになっているのを見て、羽衣が呟いた。戦っていた二人も構えを解き、羽衣たちの(もと)へ歩み寄ってくる。


「姉上、いらしてたんですか」


「うん、今来たところだよ。今日も調子は良いみたいだね」


 そう言いつつ、殴り飛ばされた木刀を見る羽衣。木刀は双一が殴った箇所から折れて真っ二つになっていた。


「姉上に比べればまだまだです。ところで百円ショップに行かれると言っていましたが、それは萌さんの荷物では? 何も買わなかったのですか?」


「ああ、財布をなくしたから買えなかったんだ」


「なるほど、後で見つけておきます。……ところで話は変わりますが」


 財布を無くすことが平常運転であるかのような対応をする双一。そして財布の件は終わりとばかりにゴソゴソと自分の荷物を(あさ)り、高級そうな(きり)の箱を取り出した。


「こちらが今日の姉上への(ささ)げ物になります! この間『何かいつも食べないものが食べたい』と仰っていたので、(つばめ)の巣を取り寄せました! いかがですか⁉」


 瞳を輝かせながら矢継(やつ)(ばや)に言う双一は、羽衣が喜ぶことを確信しているかのような口調で桐の箱を羽衣へと差し出す。

 対する羽衣は、微笑を浮かべて答えた。


「フフフ……いらない」 


 そんな姉弟の横では、もう一組の兄妹がやり取りをしていた。


「お兄ちゃんお疲れ様! はいタオルと飲み物!」


「ありがとう葉月(はづき)


 萌とはまた違った印象の元気な声で、敢七にタオルと飲み物を手渡した少女は紙鳥葉月(かみとりはづき)。敢七の一歳下の妹で現在中学二年生である。


「羽衣おねえちゃんと萌ちゃんもようこそ! お菓子もあるけど一息ついてから特訓に参加する?」


「いや、着替えたらすぐ始めるよ。ところで遼子(りょうこ)先生はいないのかな? 先生と手合わせしたかったんだけれど」


「あ~、遼子おねえちゃんは仕事でしばらく帰って来られないんだってー」


「そうか。それは残念。うーん誰と戦おうかな……」


 逡巡(しゅんじゅん)する羽衣。すると、先程(さきほど)まで「もっと珍しい食材じゃないと満足してくださらなかったか……」などと(つぶや)いていた双一から提案の声が上がった。


「姉上、最近こっちで稽古をしていなかったでしょう。敢七と戦ってみてはどうですか? 以前よりは力をつけてますよ。明日の『初任務』の調整にも支障はないかと」


「うーん、遼子先生がいないし仕方ないかぁ」


 渋々(しぶしぶ)といった様子で敢七との模擬戦の準備を始める羽衣。それとは対照的に淡々と準備をする敢七。


「ルールはどうしますか?」


「そうだね。うーん……私は『ナシナシルール』、君は『アリアリルール』にしようか。さっきの模擬戦みたいに『闘気(とうき)』を使って良いし『浮動特性(フロート)』で未来を視ても良いよ」


 敢七に問われた羽衣は少し考える素振りを見せたが、いつもの涼しげな表情で挑発的なことを言った。


「分かりました。最初はそれで行きましょう。でも俺が勝ったら羽衣先輩も闘気を使ってくださいね」


 明らかに羽衣にとって不利なルールに、敢七はほんの少しだけ表情をピクリと動かすが、それも一瞬の出来事。(けん)のある目つきとは裏腹な人当たりの良い口調で言った。


「……暖簾(のれん)に腕押し、か。相変わらず張り合いのない……」


 誰にも聞こえない声で呟く羽衣。対峙(たいじ)する両者。


 敢七は羽衣が闘気と言っていた白いオーラを纏い集中している。萌が「『稀眼(きがん)(つぶ)しの眼鏡』使わないなら借りるねー!」と言っている声も聞こえていないようだ。


 対する羽衣はゆるりと自然体に、しかし基本に忠実、かっちりと正眼の構えで敢七を待ち受ける。その身体に闘気は纏っていない。


 そして始まる羽衣と敢七の模擬戦。先手は敢七が仕掛ける。


「いきます‼」


 常人離れしたスピードで羽衣へ接近し、木刀を振り下ろす敢七。羽衣はその場から動かず、手首を横にクイッと曲げる。その瞬間、敢七の木刀が真横に逸れた。


「闘気の扱いにはだいぶ慣れてきたみたいだね。身体能力向上の塩梅(あんばい)も自分が制御できる範囲内に抑えてある。でもまだまだ力の流れが読みやすいよ。だから闘気も纏っていない私の木刀を破壊できずに逆に捌かれるんだよ」


「くっ」


 その後も敢七の猛攻(もうこう)(かわ)し、捌き、()らしていく羽衣。踏み込み一つで敢七の重心を乱し、動作の起こりを見極め攻撃の前に木刀を弾くなど、好き放題神業を披露(ひろう)する。

 時折(ときおり)敢七の灰がかった瞳が黄金へと変色し、羽衣の動きの先へと木刀を振り意表を突くが、それすらも軽く対処される。


 かなり余裕がある羽衣は、ふと気になっていたことを思い出し、敢七に(たず)ねる。


「そういえば剣道部の大会、団体戦は惜しいところまで行ったみたいだね。君の実力なら個人戦で全国大会に行けただろうに、団体戦のみ出場して引退とはもったいない。どうして出場しなかったんだい?」


 攻めているにも関わらず余裕のない敢七は、荒い呼吸をしながらも律儀(りちぎ)に答える。


「ハァ、ハァ……剣道部に入ったのは、友達から、団体戦に出れるよう、人数合わせを頼まれたからです。ハァ……それ以外は、頼まれていません」


「ふうん、そっか。……キミのそういうところはやっぱり気に入らないね」


 いつも涼し気で寛容(かんよう)な羽衣にしては珍しく、言葉に不快感を(にじ)ませる。そして敢七との戦いはこれ以上無意味と言わんばかりに攻勢に打って出る。敢七の木刀の真横に自身の木刀をぶつけ、そして体勢が崩れたところで敢七の木刀の持ち手を(つか)み奪い取り、そのまま首筋に突きつける。


「はい、勝負あり。他人の為にしか時間を費やせない人間に負けるほど、私は弱くないよ」


 そう言って二人の模擬戦が終了するのと、萌が「レインボー眼鏡かんせーい‼」と叫んだのは、()しくも同じタイミングであった。

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