エピローグ 『最強の理由』
「お元気があれば‼ なんっでもできる‼ お元気ですかあああぁあああ‼‼」
「お元気なら病院に来てませんよ……」
敢七は現在、とある診療所に来ていた。
ここの開業医である猪元快児は、異能力者の治療も行うことができる透間一族御用達の医者である。
敢七も事ある毎にお世話になっている優秀な医者なのだが、如何せん声が大きい。
敢七は半分耳を塞ぐ準備をしていると、
「それもそうですねえええぇえええ‼‼ それでは――」
「もうパパうるさい‼」
夏休み中の娘、琴音に一喝される快児。
敢七は内心で、琴音ちゃんナイスと思ったが、口には出さない。
しょんぼり顔の快児が、ぼそぼそとした声で診察を開始する。
「……それでは問診を始めます……」
「いや声小っさ」
これは流石に口に出てしまった敢七であった。
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「あそこの病院、助手やってる奥さんは声小さいんだよな……快児先生の声量と足して二で割ってくれないかな」
診療所を後にし、街頭を歩く敢七。
サリューの事件から一週間。先日の激闘もどこ吹く風と、いつもの喧噪を取り戻している。
そんな賑う街に似つかわしくない人物が一人、それでも街に溶け込んでいた。
燃え盛るような赤い髪と瞳を持ちながら、どこか清澄な雰囲気を纏わせる少女。
真夏の照り返す太陽の暑さも彼女を見ていると、不思議とどこか遠いものに感じる。
全てを見通しているかのような涼し気な視線の先では、携帯機器を操作している。おそらく手持無沙汰なのだろう。
敢七は、目立つのに街に溶け込むという、離れ業を難なく熟しているその少女を見つけるなり、声をかけた。
「羽衣先輩。お待たせしました」
「やあ敢七。私も今来たところ……なんて、ベタ過ぎるかな?」
そう言って微笑を浮かべる羽衣。
話しながらも歩き出す二人。
敢七は気になっていたことを羽衣に尋ねた。
「あの後サリューとフェンリルはどうなりました?」
「サリューは生首のまま拘束されて隔離世界にある吸血鬼の国に送還されたよ。あっちでも色々と非道な行いをしていたらしいから、相当厳しい罰を与えられるだろうね。まあ、二度と会うことは無いだろう」
「それ、フラグになりませんよね?」
「フフッ、その時は私が滅ぼし尽くすさ。ああ、君が爆発させたガス施設を含めた建物の修理代や、その他諸々の費用はサリューの資産から出るらしいよ。相当貯めこんでいたらしいから、『文無しになるまで搾り取ってやるのじゃ!』って爺様が張り切っていたよ」
「それは……なんというか、一周回って罪悪感沸きますね」
とは言え、爆発させたテーマパークの修繕費用なんて想像することもできない。ここは剛蔵の頑張りに期待することにした敢七であった。
続いて、フェンリルについて話し出す羽衣。
「フェンリルは、牙が危険だからね。私が全てへし折った後に、一旦透間本家に送られた」
「うわぁ……」
ガス施設を大爆発させた自分のことは棚に上げて、羽衣の所業に対して若干引いてる敢七。
ちなみに、牙をへし折られたフェンリルは、『くぅ~ん』と鳴きながら羽衣にひれ伏したらしい。
「まあ原典覚醒者に関しては、殺すよりも無力化させる方が良いらしいからね」
「へえ、その話は剛蔵さんから聞かなかったですね」
初耳の情報に、興味が湧く敢七。
「私もサリューを回収しに来た吸血鬼のお偉いさんから話を聞いたよ」
羽衣が聞いた話によると、原典所有者は持っている原典が被ることがあるが、原典覚醒者が同じ原典を覚醒させることは絶対に無いとのこと。
つまり、フェンリルが生きている限りは、『殺害の原典所有者』は発生するものの、『殺害の原典覚醒者』は他に現れることはないということらしい。
下手にフェンリルを殺してしまうと、また別の存在が『殺害』の原典に覚醒するリスクがあるということだ。
まあ、そもそも原典を覚醒させることができる存在がこの星にどれだけいるのかという話にはなってくるのだが。
ここまで聞いて、敢七は剛蔵がこのことを説明しなかった理由に思い至る。
(そもそも、羽衣先輩を含めてこの星で現在五例しか観測されてない原典覚醒者。それを殺すか無力化させるかなんて、考え自体が浮かばないよなぁ)
原典覚醒者と相対して考えることなんて、自分が生き残れるかどうかだけである。
改めて透間羽衣という少女がどれだけ規格外なのかを思い知らされる敢七であった。
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自動販売機で飲み物を二つ購入する敢七。
話しながら歩いている間に、二人は噴水のある広場まで来ていた。
敢七は、ベンチに座っている羽衣に飲み物を手渡した。
「ありがとう。そこに立ってないでこっちに座りなよ」
そう言って、自分の隣をポンポンと叩く羽衣。
羽衣からあまり好かれていない自覚があった敢七は、果たして座っていいものかと思案する。
そして、彼女が形だけ自分に気を使ってくれたのだという結論に至る。
(ここは、感謝しつつ断るのがベストかな……)
敢七的理論の最適解に従って、隣に座ることを遠慮したが、羽衣から無言の圧力を受ける。
敢七は、自分の理論の敗北を悟ると、その無言の圧力に屈した。
「じゃあ、失礼して……」
羽衣に促されるまま隣に座る敢七。羽衣との距離が開いていることが精一杯の遠慮の証だろうか。
開いた距離に不満を滲ませる羽衣は、滑らかな動作で敢七との距離を縮めた。
「そんな離れて座ったら、声が聞こえないよ?」
座った状態で前屈みになった羽衣は、下から敢七を覗き込むようにして見つめてきた。
敢七は、至近距離から見つめてくる透明感のある瞳と、鼻孔をくすぐる清涼感のある香りに内心ドギマギしつつも、今日呼び出された理由を聞くことにした。
「ところで羽衣先輩。今日呼び出された理由って、フェンリル戦の時に話が――」
そこでふと、彼の脳内に電流が走った。
あの時、勢いに任せてなんでも話を聞くなんて言ってしまった敢七。
前述の通り、敢七は羽衣からの好感度が低いことに自覚がある。
そして、フェンリルから救出した際に不可抗力としてかなり身体を密着させてしまった覚えがある。
今回の話というのは、そのことをネタにして何か無茶な要求をするつもりではないのだろうか。
そう考えれば妙に距離感が近いのも、自分を逃がさないようにするためと合点がいく。
(あっコレ詰んだ)
この距離で世界最強から逃れる術など皆無と悟った敢七に対し、羽衣が不思議そうな顔で尋ねる。
「? どうしたんだい? 急に固まって」
敢七は俎板の鯉の気分で言葉を続ける。
「……フェンリル戦の時に話があるって言ってましたよね。一体どんな話でございますでしょうか……」
敢七は、萌が言ってくるような『メイド服を着て街中デート』といった、社会的にも兄の威厳的にも死亡確定の要求じゃ無いことを祈った。
「あー……そうだね。いつまでも引っ張ってもアレだし、単刀直入に言うよ」
そう言って、少し頬を赤らめた羽衣が言葉を続ける。
「君の子供が欲しい。だから結婚しよう」
「――」
「……は?」
思わず眼鏡がズレてしまいそうなほどの予想外の答えに、呆けてしまう敢七。
「君の強さに惚れた。強い子孫を残すことが透間一族の掟なんだ。君と私なら最強の子供が産まれる。だから結婚しよう」
「俺、羽衣先輩より弱いですよ?」
思っていた内容と全く別ベクトルかつ、斜め上の要求に対して動揺した敢七もまた、見当違いの返事をしてしまう。
「君は強いよ。特に心が強い。まぁ、あの時燃え上がってたはずの心の炎は、また奥底で燻ってしまっているみたいだけど。複雑すぎて分かり辛いんだよ。君の心は」
羽衣はフェンリルとの戦いで、人という種族のみが、想いの強さでどこまでも強くなれることを知った。
そしてそのことに気付かせてくれた存在こそ、自身の意思力で運さえも味方につけ、不可能を可能にしてしまった、隣にいる白髪で眼鏡の少年なのである。
羽衣は、自分より強い人間としか結婚をするつもりが無かった。そして、最強を自負している彼女は、一生結婚はできないだろうと諦めていた。そんな矢先に今回の事件が起き、この少年の一端を垣間見たのである。
羽衣にとっては正しく天啓であった。
しかしながら、そんな彼女の思いを彼が知っていようはずもなく、突然の求婚に未だ脳の理解が追い付かない。
「……それは羽衣先輩の勘違いですよ」
「そうかもしれないね。もしそうだったら、キミすら知らないキミの秘密を私だけが独占だ……。フフッ、役得だね」
そう言って微笑む羽衣は更に言葉を続ける。
「それで、そろそろ答えを教えてほしいんだけど……」
そう言って敢七を見つめる羽衣。敢七は事ここに至ってようやく羽衣が本気であると確信した。
そして、可能な限り羽衣の方を向き、眼鏡を正して話す。
「……、気持ちは嬉しいんですけど、すいません」
「……理由を聞いても良いかな?」
「羽衣先輩が嫌とかそういう話ではないんです。――ただ、俺には誰かと付き合う資格なんて無いだけです」
敢七は、偽らざる本音を羽衣にぶつけた。
「そっか……」
そういって俯き、肩を震わせる羽衣。
敢七は、羽衣を泣かせてしまったと思い、狼狽する。こんな時どうすればいいのかなんて、未来視を使っても分からない。
「あ、あの羽衣先輩、一先ずあっちに行きませんか?」
どうすればいいか分からずオロオロする敢七だったが、次の瞬間「フフッ……」という声が聞こえてくる。
「フフフッ、アハハハッ」
「羽衣先輩⁉」
顔を上げ、上機嫌に笑う羽衣。敢七は彼女の情緒についていくことができずに驚く。
「アハハハハハ……、いやーすまない、成功しないと分かっていたとはいえ、まさかそんな理由でフラれるとは思っていなくてね」
「分かっていた、ですか?」
「ああ。分かっていたよ。忘れたのかな? 私には可能なことと不可能なことが分かるんだよ?」
「あ、そういえば……」
敢七は、羽衣が極限の強さを手に入れた理由の一つを失念していたことを思い出す。
しかし、そこで彼に一つの疑問が浮かぶ。
「でも、不可能って分かっていたのにどうして……」
羽衣の信条は、『不可能と分かっていることは切り捨て、可能なことを伸ばしていく』だったはずだ。
急にその信条を曲げた羽衣に対して戸惑う敢七。
羽衣は、愉快そうに口を開いた。
「私もね、不可能に挑戦してみたくなったんだ」
「……まさか羽衣先輩からそんな言葉が出てくるとは」
目を見開く敢七に対して、羽衣は右の掌を彼の胸に当てて話を続ける。
「以前の私ならこんな挑戦無駄だと切り捨てただろうね。でも、フェンリルと戦ったあの日から、君の奥底で燻っている火種が、私の心にも燃え移っちゃったんだ」
羽衣はそう言いつつ、敢七に当てた掌を自分の許に戻した。そして、両方の掌を自分の胸の前に持っていき、何か大切なものを包むかのように握った。
そうしているのも束の間。羽衣はおどけたように敢七に挑戦状を突き付ける。
「まあ、初めての不可能への挑戦は失敗に終わってしまったけれど、諦めるつもりはないから、覚悟していてね?」
「ははは……お手柔らかにお願いしますよ」
敢七は、たじたじになりながらも羽衣の堂々たる宣言にそう答えた。
満足げな羽衣は、上機嫌なまま話を続ける。
「今回は、この宣言をしたかったんだ。まあ、不可能の一つや二つ、乗り越えて見せるさ。なんといっても私は『最強』だからね」
「最強、ですか……」
最強という言葉に反応を示した敢七に、意外そうな顔をする羽衣。
「おや、君も最強に興味があるのかな? 意外だね」
「まあ強いに越したことはないと思っています」
「フフ、そんな敢七君に私が最強になれた理由を教えてあげよう」
先生のつもりなのか、君付けで敢七を呼ぶ羽衣。
「え? 自分を信じて鍛錬を重ねたからじゃなかったんですか?」
己を信じ、己を賭した最強こそが、羽衣という少女のはずだ。
だがしかし、この回答は誤りだったらしい。
「フフフッ、私もずっとそう思っていたけど、どうやら違ったらしい」
そう言って、ベンチから軽やかに立ちあがる羽衣。
敢七に背を向けたまま腰の辺りで後ろ手を組み、指を弄びながら最強の理由に対して答えを出す。
「恋をしたからだよ」
「え?」
またしても予想外の答えに面食らう敢七。
背中越しの羽衣の顔がどんな表情なのか、皆目検討もつかない。
「知らないのかい? よく言うじゃないか」
そう言って振り返る羽衣。その表情は――
「『恋する乙女は最強』ってね」
――最高に魅力的で、最強に可憐な笑顔だった。
なお、この事実を後程知った剛蔵と双一が、錯乱して紙鳥家に襲撃をかけるのだが、それはまた別のお話。
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Next Epic――――
実の成る徒花のお話はこれにてお終い。
時計の針を進めた物語は、篝火を探す少年へと視点を移す。
次回
『ネームレスエピック 第一章 伽藍躯体のイグニッション』
本日で「ネームレスエピック 0章」の投稿は終了です!!
お読みいただきありがとうございました!!
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