5話(2) 『類焼(るいしょう)―緋色の鼓動―』
再び広場に戻った羽衣と敢七。敢七は、離れた場所で様子を見守る。
そこには、銀の毛並みを靡かせ、王の貫禄で佇むフェンリルがいた。
本能的に手を出さないと分かっているのか、取るに足らない存在だと侮っているのかは分からないが、敢七には目もくれず、羽衣だけを見つめている。
「やあ。何度も仕切り直してすまないね。でも日本には『三度目の正直』という言葉があるんだ。もう逃げないよ」
そう言いながら刀を構える羽衣。その身には薄青い闘気を纏っている。
対するフェンリルも、空中に魔法陣を展開させる。
高まる緊張感。お互いの瞳に移っているのは両者のみ。濃密な意志がこの広場を包み込んだその瞬間、一人と一匹は同時に動き出した。
先の戦いと同じく尖った氷塊を飛ばしながら遠距離で牽制を行うフェンリル。
それを羽衣も先程と同じように捌いていく。
ここまではまだ同じ展開。爪や牙ほどではないものの、『原典:殺害』の余波を纏っている氷塊の弾幕を、羽衣はやがて処理することができなくなる。
氷塊を斬り裂きながら羽衣は考える。
(疑問に思ったことはあった。なぜ私には浮動特性がないのか? 闘気が一センチの範囲で均一に留まるのか? それは、私の『原典』が影響していたせいだ)
自分の生い立ち、性質を考察する羽衣は、さらに思考の深度を深めていく。
(予兆はあった。私は、何か均一なものに惹かれる性質があった。百均とか。生まれ持った性格だと思っていたが、これが私の『原典』なんだ)
氷の弾幕が徐々に厚みを増していき、羽衣の体にかすり傷が生まれる。しかし、そんなことを気にする様子も無く、「フフッ」と場違いな笑みを浮かべる。
「それにしても、百均が好きな理由が自分の原典だからだなんてね。フフフ……やはり百均は至高か」
自分の原典を看破した羽衣の思考は、さらに加速していく。
(それさえ分かれば後は単純。私という存在で世界を屈服させるだけ‼)
フェンリルの攻撃はさらに密度を増していく。
ここが好機と見たのか、ついには接近し、爪での攻撃も織り交ぜだすフェンリル。
羽衣は、皮一枚のところで、ひりつく殺意をいなす。
(ああ、――暑い)
不意に、猛烈な暑さを感じる羽衣。
傷口が熱を帯びているのだろうかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
(暑い。暑い――)
目まぐるしい攻防の中、羽衣は「暑い」と言いながら制服のリボンを引きちぎる。
それでも暑さが取れない羽衣は、この熱さは身体から発せられるものではないと気付く。
(暑い。いや。……熱い! 熱いんだ‼ こんなにも――)
フェンリルの攻撃が髪を結んでいたリボンを掠め、ポニーテールが解かれる。
いよいよフェンリルの攻撃が羽衣の急所近くを捉えだした。
追い詰められた羽衣。その表情は――
(――心が、燃えるように熱い‼)
肉食獣のように獰猛で、壮絶な笑みを浮かべていた。
遂に、フェンリルの爪が羽衣の中心を捉えた、その瞬間。
「――ハ、ハハッ」
フェンリルの爪を、羽衣が掴んだ。
『原典:殺害』の余波を纏っている爪をそのまま掴む。
掴んだ左手からは焼けつくような音がするが、そんなことを気にも留めた様子も無く声を上げて笑い出す。
「アハ、ハハ――、アハハハハハハハ‼‼‼‼」
予想外の防御法に、一瞬怯んだフェンリルを強打して距離を取った羽衣は、広がった髪もそのままに楽し気に口を開く。
「世界を屈服させる……こんなにも心が躍ったのは、初めて刀を握った時以来だよ」
それは、いっそ楽しくなってしまう程の困難な試み。
己の全霊をぶつけて、それでもなお足りるかどうか。
(私にはまだ、不可能を覆すことはできないけれど――)
でも。
それでも羽衣は確信していた。
(『世界を屈服させる』ことは、私の『不可能』に含まれていない‼)
そして紡がれる、資格ある者のみに許された世界への宣戦布告。
「 淵源簒奪 」
次の瞬間、世界が羽衣に屈服した。
変化はすぐに訪れた。羽衣を中心に世界が白く染まりだしたのだ。
異変はそれだけではない。次なる異変に気付いたのは、羽衣以外では恐らく敢七が先であった。
「闘気が……出せない?」
敢七は、自身の治癒力を高めるために、無理のない範囲内で自分の体に闘気を流し続けていた。しかし、この白い空間に入った途端、急に闘気を練ることができなくなったのだ。
遅れてフェンリルも気付く。氷魔法を繰り出そうとするが、魔法陣が消えた。
動揺する敢七とフェンリルを置き去りに、詠うように言の葉は紡がれる。
「これより現れ出でたるは、公平無私な無為世界」
ゴーン……。ゴーン……。
白い空間に、鐘の音が響き渡る。
己の熱を押し出すように、思うがままに言葉を唱える。
「練磨洗練されし者よ、己が信ずる武器を手に、己が技量を示して見せよ」
羽衣の言葉に従うように、白の世界は在り方を変える。
「強き力を持つ者よ、祝福を、命運を、勝敗を天秤に委ねよ」
そして、世界を変える詠声も、やがては終わり――
「さあ、君と私で、どちらが強いか決めようか――」
「 空隙操作 / 原典:均一 」
羽衣の詠唱が終わった後、白の世界はその様相を大きく変えていた。
まず、羽衣とフェンリルは円形の闘技場に立っており、敢七は観客席のような場所にいる。
そして闘技場の外には、どこまでも広がる白を背景に、五十メートルはあろうかという、巨大で奇妙な形をした剣が刺さっていた。
本来握りとなる部分には、鐘と時計が、鍔となる部分には、天秤がそれぞれ取り付けられているのである。
変化が終わった闘技場にて、『グルルルル……』と低い唸り声をあげるフェンリルは、魔法が使えないことよりも重大な変化に気付く。
「本能で理解しているかもしれないけど、教えないと公平じゃないから教えるね。この空間に付与された特性は、『戦闘条件の均一化』。お互いに闘気や魔法等の異能は使えなくなるんだ。その中には原典すらも含まれる」
そう、フェンリルにとっての絶対の牙『原典:殺害』が発動されなくなっているのだ。
さらに羽衣が言葉を続ける。
「その代わり、自分が一番技量を発揮できる武器を出現させることができる。私は言わずもがな刀のようだね。君は何かな?」
羽衣を見てみると、先程まで持っていた刀がいつの間にか消えており、違うデザインの刀が握られていた。とは言っても、元々持っていた刀との変化は柄や鞘の色程度である。
羽衣がフェンリルに促すが、武器を出現させずに牙を剥き出しにする。
「一番の武器は自分の牙か。つくづく誇りの高い狼だよ君は。それじゃあ、始めようか」
その瞳に敬意の色を込めて語りかける羽衣。
両者一直線にぶつかり合い、最後の激突が始まった。
「――凄い。圧倒的すぎる」
観客席にて勝負を見守る敢七は、その技量に圧倒されていた。
羽衣が繰り出す技は全て基本である『透間流剣術甲式の型』。
しかし、その基本がフェンリルに絶え間なく降り懸かり、反撃すらも許さない。
その究極の技量を目の当たりにして、敢七はある結論に至る。
「そうか。羽衣先輩が『甲式の型』しか鍛えてこなかったのは、この為だったのか」
戦況はいよいよ終盤。フェンリルが最後の突貫を行おうとしていた。
フェンリルを圧倒していた羽衣も、その覚悟を全身で感じ取っていた。
『グゥゥゥウウ……』
渾身の突撃からの噛みつきを行おうとするフェンリルは、最早防御をすべて捨てた超前傾姿勢。
対する羽衣は、迎え撃つように刀を大上段に構える。
『ガアァァアア‼‼』
咆哮を上げるフェンリルは全身全霊。己の牙に絶対の自信と全幅の信頼を寄せ、羽衣へと一直線に疾走していく。
静謐な瞳でフェンリルだけを見つめている羽衣も、この一撃に全てを込める。
――音。熱。光。そして何より羽衣という存在。その全てを食い千切らんとする牙が眼前に迫る。
それでも羽衣は、まだ刃を振り下ろさない。
純白の空へ刀を突き上げ、微動だにしないその構えはまるで、祈りを捧げる天女のよう。
そしてそのまま、フェンリルの牙が到達するかに思われたその瞬間。
その技は、全てを置き去りにして放たれる。
――その技は、一瞬の煌き。勢いよく振り下ろす刀剣の閃光を、流星に例えたもの。
――その技は、あらゆる剣術の基礎の基礎。誰もが学ぶ上段からの振り下ろし。
そしてその技は――
「透間流剣術、甲式壱の型。 『流星光底』 」
最強を志してからの十年間、一日も欠かさず練習し続けた、羽衣にとっての始まりの型であった。
交錯する両者。お互いの全てを懸けて戦った結果は――
「今回は私の勝ちだ。これに懲りたら世界に迷惑をかけてはいけないよ」
――透間羽衣の『始まり』がフェンリルの『絶対』を打ち破ったのだった。
天秤が大きく傾き、鐘の音が鳴る。
白い世界が終わりを告げ、徐々に先ほどの広場に風景が戻っていく。
「ふう……。それにしても」
自分が創り出した世界を一瞥する羽衣。
「『無為世界』を詠っておきながら、まさか闘技場と剣が出現するとは。私もまだまだ修行不足か」
自身の能力をそう評価して、白の世界を後にするのであった。
――この日、『徒花』と呼ばれた少女は、世界から実りの時を簒奪し『最強』となった。
明日で「ネームレスエピック 0章」の投稿は終了です。
良ければ明日まで羽衣ちゃんの物語にお付き合いください!!
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