4話(2) 『待宵月(まちよいづき)の決戦』
羽衣とフェンリルの戦闘が開始してから、既に二時間以上が経過していた。
両者は最初にいたキャッスルゾーンの正門前から戦いながら移動をして、現在時計塔を背景にした大広場に来ていた。
道中では、木々が吹き飛び、園内を流れる運河が凍り付き、煉瓦造りの建物が崩れていた。
途中、遠くから爆発音が響いていたが、両者にそれを気にする余裕は無かった。
『ガァ‼』
フェンリルの背後で魔法陣が輝き、尖った氷塊が放たれる。
「シッ!」
対する羽衣は、自身に直撃する氷塊のみを見極め、斬り落とす。
羽衣は、この二時間の戦闘でフェンリルの特性をある程度把握していた。
まず、対策拠点で考察した通りフェンリルの『原典:殺害』の特性は、牙のみに集約しており、他の攻撃は余波が乗っているに過ぎないということ。
それを踏まえた上で大まかな攻撃方法は三つ。
一つ目は魔法。フェンリルは氷魔法で攻撃をしてくるが繊細な操作が不得手らしく、背後に出現した魔法陣で氷塊を射出してくるのみである。しかし、それを運河が凍り付くほどの膨大な魔力量で行うため、単純に物量で圧倒されてしまうと中々に厄介である。
また、氷塊にもほんの少し『原典:殺害』の効果が乗っているため、羽衣の闘気をギリギリ突破してくる。とはいえ、直撃したとしても急所以外であれば軽傷で済む程度の威力まで落ちているため、直接的な脅威度は低い。あくまで牽制といったところか。
次に爪。これは射程が短いものの、原典の影響が濃いため、羽衣の闘気を易々と突破してくる。この爪で攻撃を食らうと、掠っただけでも傷が深く、治りも遅い。まともに食らえばアウトなため武器を用いて防御を行うか、躱した方が良い。よって脅威度は高い。
最後に牙。これは言わずもがな。触れれば死あるのみ。触れずとも紙一重で躱してしまうと余波を食らう。しかし予備動作も分かりやすく射程も短い。
羽衣は以上のことを念頭に置きつつ、正確に対処を行う。
(氷魔法で牽制……来る!)
斬った氷塊に紛れて接死の牙が迫る。羽衣は、顎を蹴り上げることにより口を閉じさせる。そのままフェンリルを斬り裂こうと刀を振るうが、爪が割り込み防がれる。そしてフェンリルが距離を取り、氷魔法によって牽制。
今度は羽衣が多少の傷を覚悟の上で、無理やり氷塊の弾幕を突破しようと試みる。左手で迫りくる氷塊の側面に触れ、力みの無い滑らかな動きで体を回転させる。左手で触れた氷塊も羽衣を中心に円を描き、羽衣が手を離したその瞬間、フェンリル目掛けて亜音速で飛んで行った。
フェンリルは一切慌てた様子も無く顎門を開いて一噛み。それだけで亜音速の氷塊は粉々の塵と化す。
羽衣は、先ほどフェンリルにされたことをやり返すかのように、氷塊に気を取られている隙にその首を狙う。しかし、爪に阻まれ首を一閃することは叶わない。
そのまま牙を繰り出そうとするフェンリルだが、今度は羽衣が距離を取る。
フェンリルは未だに無傷。対する羽衣は皮膚に浅い傷を作っているが、特に支障はない様子。
一進一退の攻防。現在、羽衣とフェンリルの戦いは膠着状態に陥っていた。
しかし、決め手に欠ける羽衣に対して、フェンリルは当たりさえすれば羽衣を絶命させることができる武器を持っている。
現在は羽衣の超絶的な技巧によって均衡を保っているに過ぎず、それもいつ崩れるのか分からない。
(良くない状況だね。何か打開策は――)
均衡を破る一手を見つけ出そうとする羽衣だったが、先に動いたのはフェンリルだった。
先程と同じように氷の弾幕を展開するフェンリル。氷塊の射出パターンを把握した羽衣は先程よりも更に無駄のない動きで対応する。
(パターンは把握した! ここで攻める‼)
羽衣は、向かってくるフェンリルに対して、わざと攻め入る隙を見せる。
その隙を逃さず、鏖殺の牙で食い破らんとするフェンリル。
駆け引きの成功を確信した羽衣は、ギリギリまで引き付けた後に強烈なカウンターを繰り出そうと足を踏み込むが――
がくんっ。
突如、視界が斜めに傾く。
(え――?)
戸惑いを見せた羽衣だったが即座に状況を把握する。
踏み込みとは逆方向の羽衣の足元、そこには小さな氷塊が地面から出現していた。
突然現れたこの氷塊により、彼女はバランスを崩したのだ。
(こんな細かい魔法は使えなかったはず。魔法陣も見えなかった。――まさか、戦いの中で成長した⁉)
駆け引きの勝者はフェンリル。
そして、敗者が支払う代償は――
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(何故だ⁉ どうして皆私の邪魔をする⁉)
サリューはガス施設内を速足で歩きながら、憤りを感じていた。
今日という日に備えて周到に準備を重ね、フェンリルすらも手に入れた。
全ては世界の救済の為。なのになぜ愚民どもは理解できない?
そんな思いを抱えながら血眼になって葉月を探す。
サリューは眷属達から葉月がここに潜伏しているという報告を聞き、影を移動してここまでやってきた。
羽衣からの一撃は想定よりもサリューにダメージを与えており、彼の計画を大いに狂わせていた。
残りの魔力と血の残量も心許無く、眷属のストックもあまりない現状に舌打ちをする。
(あの赤髪の愚物……アイツさえいなければ救済は完了していたというのに‼)
苛立ちから顔の古傷を掻き毟りながら歩いていると、遂に目的の人物を見つけたが、その姿に衝撃を受ける。
「狼王の妃よ‼ ご無事ですか‼」
血塗れになって倒れている葉月に、サリューは慌てて駆け寄る。
しかし、葉月の容態を確認したサリューは次の瞬間には安堵する。
「この血は全て返り血か……。そうか、あの羽虫は死んだか! ハハハハハ‼ 私の手で殺してやりたかったが、人知れず無残に死ぬのも一興か‼」
衣服についている血は全て返り血、そして周囲に敢七がいないことにより彼が死んだことを確信する。
そう言って勝利を確信し隔離世界への扉を開こうとしたその瞬間。
パァン! という銃声が遠くから聞こえ、そして――
響き渡る爆発音。大気を震わせるその衝撃が、ガス施設を覆い尽くした。
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灼熱に染め上げられるガス施設。炎は勢いを増して轟轟と燃え盛る。
そんな火の海の近く、火の手が未だ回っていない林に、呻きをあげる人物がいた。
「な、一体……何が……」
影移動でここまで逃れたサリューは、全身を焼き尽くされ瀕死の状態になっていた。
葉月を先に影の中に避難させたことで、彼女はほぼ無傷だった。
しかし、爆発の衝撃を一身に受けたサリューは、もう回復に使う魔力と血が残っていなかった。
うつ伏せで倒れ伏すサリュー。その前方から足音が聞こえてきた。
サリューは近づいてきたその人物を見て驚愕する。
その正体は、眷属が無残に殺したはずの敢七だった。
「お前は……我が眷属が殺したはず……」
困惑のサリューをよそに敢七はそのまま葉月の許へ行き、安否を確認すると大切そうに抱えて木にもたれさせる。
敢七の外見は煤けており、少し火傷の跡がある。そして右手には拳銃を握り、赤い腕輪を付けたその左腕からは血が流れていた。
その敢七の様子を見てサリューはとあることに気付く。
「羽虫……あの施設を爆破させたのは貴様かぁ‼」
よく考えれば分かることだったのだ。敢七を殺したのならば、眷属から情報があったはずだ。
葉月に付いた返り血はブラフで、サリューを引き付けるためのもの。
そしてあの時近くでサリューの様子を監視していた敢七は、サリューが葉月を介抱している間に比較的安全な場所まで行き、その引き金を引いたのだ。
無傷とはいかなったようだが、サリューに比べるとはるかに軽傷。
そして危険に晒された葉月の未来を視て位置を特定し、現在に至る。
「貴様ァ! どういうつもりだ⁉ もし私が狼王の妃を守らなかったらどうするつもりだったのだ⁉」
爆発をさせた人間が敢七だと分かり、激高するサリュー。
「でもお前は助けた。そうだろう?」
葉月を介抱している敢七は、サリューに背を向けながら淡々と話す。
「お前は葉月を丁重に扱っていた。だから眷属になるまでの間は危害を加えないと思った。」
「貴様は! そんな憶測で敵の私を信じ、狼王の妃を危険に晒したのか⁉ あの方を利用したのか⁉」
サリューを倒すために大切な妹の葉月だけでなく、サリューさえも利用した敢七。
「……狂っている」
ぼそりと呟く声が聞こえる。
「狂っている! 貴様は! 狂っている‼ 狼王の妃を攫うだけに留まらずあまつさえ利用するその不敬‼ 万死に値する‼ 貴様に救済は訪れない‼ 呪われろ‼ この狂人め‼」
うつ伏せに倒れ伏したまま、怨嗟の声を上げるサリュー。
その声を一身に受け、真正面からサリューを見つめる敢七の瞳は――
――ひどく、無機質な目をしていた。
「――――」
まるで深い深い虚のようなその瞳に、怨嗟の言葉を投げていた狂人ですらも言葉を失う。
しかし、それも一瞬の出来事。スラリと刀を抜く敢七の瞳はいつもの光が戻っている。
そしてサリューの首筋に刀の狙いを定め一言。
「狂人、ね。――お前にだけは言われたくない」
その言葉を最後に、サリューの意識は暗闇に落ちた。
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『こっちもサリューの無力化と同時に眷属の行動が停止した。少しずつ応援も来ているらしい――』
葉月を安全な場所に運んだ敢七は、支給された無線機で双一に連絡していた。その手には生首となったサリューを持っている。
サリューは特殊な攻撃でなければ滅ぼすことができない。そのことを巽から聞いていた敢七は生首の状態で無力化していた。
報告を終えた敢七は通信機を握り潰し、拳を震わせる。
敢七は、サリューに言っていない『保険』があった。
それは、肩代の腕輪。
敢七は葉月を気絶させた後、『腕輪:青』を葉月に付け、自分に『腕輪:赤』を付け直していた。
これにより、万が一葉月が致命傷の傷を負っても自分がそのダメージを肩代わりする予定だったのだ。
葉月だけは助かる絶対の策。葉月が助かるのなら自分の命など最初から勘定に入れていない。
だが、それでもこの作戦は賭けの要素が多かった。
サリューに余力があったらどうしてた?
この腕輪が発動していなかったら?
そんな可能性が敢七の脳内を巡る。
そして何よりも、葉月を利用し傷つけたという事実が、自己嫌悪として襲い掛かる。
「何が絶対に助けるだ……」
そう呟く敢七だったが、すぐに気持ちを切り替える。
まだ戦いは終わっていない。
「ごめんな葉月。帰ったら沢山怒られるからさ。もうちょっとだけ兄ちゃんに任せてくれ」
葉月のことをそっと撫で、敢七はその場を後にする。
――葉月は君が自分のせいで死んでしまったら悲しむ子だよ。
「……羽衣先輩にも謝らないとな」
少しだけ、今から行く場所への足取りを重くする敢七であった。
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