プロローグ 『10年前の確信』
――初めて刀を握った日のことを、今でも鮮明に思い出す。
朝の乾燥した空気が肌を刺す季節。
私は温温とした布団の誘惑をはねのけ、元気に起き上がった。
その日は幼稚園も休みだったから、早起きする必要なんかなかった。
でも、特別な日だった。
だって、その日は五歳の誕生日だったのだ。
前日に爺様から、特別なプレゼントがあるから、朝になったら道場に来るように言われていた。
私は顔を洗って、百円ショップに売っていたお気に入りのヘアゴムを二つ手に取った。
そして、左右の長さが均一になるように髪の毛を結ぶ。
均等になったツインテールに満足した私は、逸る気持ちを抑えきれずに廊下を走ってしまい、母さんに怒られた。
少し気落ちしながら道場に入ると、一歳年下の弟双一と、親戚の人達がいた。
私が怒られている間に皆集まってしまったようだ。
今より白髪の少ない爺様が、笑顔で私に話しかけた。
「羽衣や、五歳の誕生日おめでとう。約束通り特別な物をあげよう」
そう言って爺様が持ってきたのは細長い袋。
中から取り出された物は、爺様がよく見ている時代劇に登場する刀だった。
「羽衣よ。透間の人間は五歳から武器の稽古に入る。まずはこの刀を持ってみい」
爺様が支えながら私に刀を持たせる。
爺様が手を離した瞬間、私の手にずしりとした重さが伝わってきて、両手で持つのがやっとだった。
「ほっほっほ、初めて持つ刀は重かろう?」
戸惑う私を見て、爺様が朗らかに笑った。周りの人も同じような反応だった。
「おじいちゃん、ボクも刀欲しい!」
そう言って駄々をこねた双一に、困り顔の爺様。
「……そういち、おねえちゃんの刀にぎらせてあげるから来年までがまんして」
私はそう言って、爺様に刀を渡した。
爺様から双一に渡される刀。
「やったー! ありがとうおねえちゃん‼」
そう言って双一は、片手で軽々と刀を持った。
爺様は目を見開いて、
「こりゃ驚いた! 双一は今年から稽古に入ってもいいかもしれん」
と、嬉しそうにしていた。
親戚の人達もすごく驚いていて、「透間一族の次期頭首は双一になるかも」なんて言っていた。
すごく褒められている双一の横で、私は両手を見つめていた。
刀を握った瞬間、思わず落としてしまいそうなほどの衝撃を受け、戸惑った。
刀が重かったからではない。
体を上から下まで貫いた、稲妻のようなその衝撃の正体は『確信』。
自分は十年後に最強になるという確信だった。
理由は説明できない。理屈も説明できない。
でも十年後、私は時代劇の主人公のように、向かうところ敵なしの最強の存在になると、確かに思ったのだ。
きっと、この確信は誰にも理解されない。
でもそれでいい。
早く稽古がしたい。
私は、胸の高鳴りが止まらなくて震える手を、ずっと見つめていた。