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「お前、ここに住んでいるのか」

「……ああ」

「蜂須賀先輩と仲が良さそうだな」

「……高等部の時から、世話になってる」

「なるほど、ね。遅れて来たわけは?新入生歓迎のパーティーには参加していなかったのか?」

「ぼくはもう学生ではないからな」

「はあ?いったいどういうことだ?」

「ぼくは、高等部に入ってから――」

「つうかそんなことはどうでもいい。おれの連絡に返信を寄越さねえのは、いったいどういう了見だ!」

 先週見たヤクザ映画の影響がもろに出てしまった。瀬戸熊は大きなため息をついて、頭を抱えた。


 時刻は深夜の一時。おれと瀬戸熊と蜂須賀先輩と村田は、同じ部屋にいた。一体どういう経緯でこうなったのかは興奮で忘れてしまったが、とにもかくにもこの四人で共同生活をすることに決定したのは、ついさっきのことである。

「まあまあ。とりあえず落ち着こうよ。ねえ村田くん」

「ええ。おれもそう思います。なあ猿川。一旦椅子に座ろう。ほらほら座って」

 蜂須賀先輩と村田になだめられ、おれは瀬戸熊から離れた。気まずい空気が流れたが、瀬戸熊の弁明が始まるとそれは一変した。

「忠人さんの指示だったんだよ。和馬とは絶対に、連絡をするなって。ぼくと連絡をすることは、倶利伽羅大学へ固執する理由になってしまうと……忠人さんが言ったんだ」

「お前はその指示に従ったと」

「悪いとは思ってる。でも他に、選択肢はなかったんだ。分かってくれ。ぼくにとって、忠人さんは絶対なんだ」

 伯父さんめ。入学祝のプレゼントをくれた時は、何も言ってなかったぞ。裏でこんな手を回していたとは。

「忠人さんからは、和馬の入学は絶望的だと聞いていたから……。確かに連絡を取らないほうが、いいかもと思った。だから正直驚いたよ。扉を開けたら、見慣れた顔がいるんだから」

 驚いたのはこっちの方だ。なにせ瀬戸熊は、二年前と比べて格段に背が伸びていた。あの時はおれと同じで百七十くらいだったと思うが――。今は百九十近くあるんじゃないだろうか。ぎりぎりまだ成長期とはいえ、あまりにも伸びすぎだろう。

 連絡を無視された傷はそう簡単に癒えることはなかったが、理解できなくはない事情と、瀬戸熊に再会できた喜びで、徐々におれは冷静さを取り戻していった。

 同部屋の蜂須賀先輩と村田に迷惑をかけるのは嫌だったので、おれは瀬戸熊を共用スペースに連れていった。時間はもう遅かったが、話を聞きたいという欲が抑えられなかった。

「どこから話を聞こうか……。まずさっき言っていた、もう学生ではないっていうのはどういうことなんだ?」

「あれはね、そのままの意味さ。和馬は信じられないだろうけど、ぼくは高等部に編入してから、真面目に勉強するようになったのさ。大好きだったゲームもアニメも漫画も、大幅に自制してね。それは、忠人さんとの約束だった。忠実に守っていたら、飛び級に飛び級を重ねて、あっという間に今のポジションさ」

「瀬戸熊が勉強ねえ。にわかには信じられないな。それで……そのポジションってのは、どういうもんなんだ?」

「博士課程も修了して、今年から助教授になったんだ」

 十八歳にして助教授――それがどのくらいすごいことなのか、おれには分からなかった。大学の上に大学院が存在する。それを卒業して、就職しないもの好きが教授になる。当時のおれはそれくらいの認識だった。どれほどの研鑽を積めば、瀬戸熊のような最短ルートで出世できるのか、まるで理解していなかった。かろうじて分かったのは、ピカピカの大学一年生のおれとは、相当な差がついているということだ。

「とりあえず、おめでとうと言っておくよ」

「和馬から祝ってもらえるとはな。嬉しいよ」

「それじゃあつまり、おれと別れてからは倶利伽羅で、充実した生活を送っていたわけだ」

「どうだろう。ぼくにとっては猿川家で過ごした一年足らずのほうが、充実していたよ。大好きなものに毎日触れていたし、それを教えてくれた和馬もいた。今でも戻りたいくらいだよ。……絶対に不可能だけれどね」

「そういえば……玲香もここにいるのか?」

 瀬戸熊がにやついた。

「もったいぶって。本当はそれが一番に聞きたいことだろう?」

「うるせえな。早く教えろよ」

「いるよ、ここに。でも今は、会うことはできない」

「どうしてだよ」

「ぼくなんか比にならないくらい、忙しい人だから」

「そうなのか。まあ玲香は、猿川家にいた時から真面目だったからな」

「彼女はもう、准教授だよ」

「……ごめん。准教授ってなに?」


 おれは大学のホームページにアクセスし、名簿を見た。簡易的な証明写真でも、玲香の美しさは少しも変わっていなかった。だが、気になったこともあった。あの綺麗な長い髪が、ばっさりと切られていたことだ。遠くから見たら、玲香とは気づかないかもしれない。まるで少年のようだ。しかも髪の色は、鮮やかな赤だった。それでも似合ってしまう玲香はすごいのだが――。

「おい。一体この二年の間に何があったんだ?」

「それについては……」

 瀬戸熊は口をつぐんだ。

「何だよ。瀬戸熊は玲香と会ってないのか?」

「実は……こっちに来てから、ぼくと玲香は離されたんだ。だれの意志が存在したのかは分からないけれど、意図的にね。この二年間、連絡を取っていないのは和馬と同じだよ」

「そうなのか。でもなんでまた、そんなことに」

「さあね。とりあえず言えることは、少なくとも彼女はここにいて、仕事は順調だということくらいかな。話をすることはないけれど、たまにすれ違いはするから。何度か顔を見たことはあるよ。前よりも随分、痩せていたな」

 そんな――。猿川家にいた時から、かなり細身だったのに。あれ以上痩せてしまったら、残るのは骨と皮くらいじゃないか。

「どうにかして、連絡は取れないのか?」

「方法がないというわけではないけれど……今はやめておいたほうがいい」

「なぜだ?」

「それについては、また今度話すよ。今日はもう遅いし、そろそろ寝よう」

「そうだ。玲香はもう准教授なんだろ?あいつの授業を、おれが受ければいいんじゃないのか?」

「和馬」

 瀬戸熊が首を横にふった。

「残念ながら、倶利伽羅でそれは不可能なんだ」


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