表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/23

15

「和馬なら、分かってくれると思っていたよ」

「おだてる必要はない。瀬戸熊は、おれなら簡単に説得できると思っていたんだろ?」

「言い方が悪いな。和馬はぼくたちと同じ、選ばれた側の人間だと信じていただけさ」

「選ばれた側ね……。だから他人の生活を覗き見てもいいし、大麻を吸っても捕まらないと」

「なあ和馬。それ以上突っかかるのはやめてくれ。やると決めたんだろ?」

「……分かったよ」

「今は幽玄の試験をクリアすることだけを考えよう。倫理と道徳について議論を交わすのは、それからでもいいだろう」

 おれと瀬戸熊は支援センターを訪れていた。鈴木はおれたちに専用の部屋を用意していた。

「申し訳ありませんが、システムの利用はこの部屋に限定させていただきます。映像、音声、その他のデータもすべて、外部に持ち出すことはできません。ご容赦ください」

 机と椅子、それにパソコン以外は何もない、無機質な部屋だった。ただ間違いなく、部屋のどこかに監視カメラが設置されているだろう。

「分かりました。ありがとうございます」

「いえいえ。わたしなどに礼など不要でございます。それでは、ごゆっくり」

 おれはまず松井誠司に関する個人情報を閲覧した。松井は地方出身の工学部に所属する二年生だった。実家は老舗の呉服屋で、経済状況は良好。地元の進学校に通い、大学から倶利伽羅に来た外部生だった。一年の前期、後期ともに優秀な成績を収めており、前途は有望だったといえる。学生生活が嫌になって失踪した可能性は低そうだ。

 インターネットの閲覧履歴やSNSの利用状況によると、社交的で目立ちたがり屋な性格が透けて見えた。横にいる瀬戸熊が、倶利伽羅によくいるタイプだと呟いた。

「自分が特別だと勘違いしているんだ。世の中の物は、全て手に入れられるとね」

 本当にそうだったのか分からないが、松井の交友関係は派手だった。わざわざ名古屋まで頻繁に出向き、クラブ通いをしていた形跡が残っていた。倶利伽羅の学生という立場を利用して、女を引っかけまくっていたようだ。

 松井の存在が最後に確認されたのは、一月三十一日。春休みに入る前の日だった。カードキーの履歴によれば、第三総合研究棟を訪ねたことになっている。そこで何が起こったのかは分からないが――松井はそれ以降、忽然と姿を消していた。

 瀬戸熊はこの情報を見て、首を傾げた。

「何だってあんな場所に。工学部の学生が行くようなところではないけどな」

「第三総合研究棟ってのは、どんな場所なんだ」

「倶利伽羅の離れ小島だよ」

「なんだそれ?」

「金にもならない、未来があるのかも分からない。そんな研究をしているような奴らが集められる場所さ。まあ、みんな最初は第三から始めるんだがな。おれもポジションが上がれば、そこに研究室を持つことになる」

「なるほどね。第三で履歴が途絶えたってことは、そこで何かがあったのか?」

「そうとも言えない。寄っただけで、そこから車で倶利伽羅を出たのかもしれない。松井の車も見つかっていないし、その可能性は高いぞ」

「そうか。車だと追跡はできないからな」

「誰かに襲われて、車のトランクに押し込まれて連れ出された。そういう可能性もあるな」

「……怖いこと言うなよ」

「あくまで可能性の話さ。松井の失踪に事件性があるのかないのか、まだ何も分からないだろう?」

「まあ、そうだが」

「ちなみに、松井の両親が異変に気付いたのが失踪から一週間後。すぐに捜索願が出されたが、これはエクレシアが裏で手を回して対応したようだ。色々と詮索されるのは面倒だからな。……それにしても、そのお鉢が和馬に回ってくるとは」

「本当だよ。でもパソコンやスマートフォンの情報が全て見られるのであれば、警察よりも先に見つけることができるかもしれない」

「贅沢な悩みだが……どこから手をつける?」

「まずは交友関係を調べたい。SNSから始めよう」

 システムを使い始めると、おれは少しずつその虜になっていった。他人の生活を覗くことは、あまりにも下品だが刺激的な体験だった。人は誰しも、表に出せないような秘密を抱えている。それをクリック一つで簡単に見ることができるのだ。おれは自分が神になったような錯覚すら覚えた。

 しばらくSNSの海に潜っていると、松井の異常性が浮かび上がってきた。松井の女好きは、ここでも存分に発揮されていた。気になった女性には、ダイレクトメールをばんばん飛ばしていた。

 年が明けたあたりから、松井は一人の女性にターゲットを絞っていた。メールは毎日十通以上送り、電話も頻繁にかけていた。恋人同士でもないのに――明らかに異常な行動だった。相手の女性は間宮春奈といって、同じ工学部の二年生だった。

「メールの内容は……こりゃキツイ。全部確認していたら、頭がおかしくなっちまう。和馬、代わりに見てくれよ」

「遠慮しておくよ。しかし松井は何でまたこんなことを。別にモテないタイプってわけでもなさそうだが」

「さっきも言っただろ。お勉強はできても、健全な精神を持っているとは限らないのさ。こいつはただの阿呆で、勘違い野郎なのさ」

 間宮春奈はあろうことか、学生支援センターへ松井のストーキング行為を相談していた。支援センターは、警察への連絡はこちらからしておくと間宮に告げ、その後は何の処置もしていなかった。想像どおり、名ばかりのお飾りにすぎない施設のようだ。

 そのあとも松井に関しての情報を漁ってみたが、他にこれといったものは見つからなかった。そこでおれたちは、間宮春奈が失踪に関わっていないかを確認するため、彼女の情報も洗い出すことにした。ありがたいことに、確認作業は三十分ほどで終わった。彼女は表裏のない人間だった。違法行為もしていない。過激な思想も持っていない。データ上は、純朴で真面目な学生だった。

「どうする和馬?念のため、会って話を聞いてみるか?」

「そうしよう。他に有力なあてもないことだし」

「アポを取るよ。学生支援センターの関係者だと名乗れば、彼女も信じて話をしてくれるだろう。……その後に、松井の寮の部屋ものぞいておこうか。何か手掛かりがあるかもしれない」

「……さらっと法を犯すんだな」

「何を言っているんだ。ここでは、ぼくたちが法なんだよ」

 瀬戸熊はにやりと笑った。おれが見たことのない、悪意に満ちた顔だった。

「……まあいいが。でも行く意味があるのか?これだけの情報が揃っているんだぜ」

「和馬、知らないのか?」

「え?」

「現場百遍。刑事の鉄則だろ?」

 おれたちがやろうとしていることは、刑事の捜査ではなくただの空き巣行為だと思うのだが――。気乗りはしなかったが、おれは渋々瀬戸熊の提案に乗ることにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ