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プロローグ

 息を切らしながらわたしは走った。わき腹の痛みは、これ以上身体が動くことを拒否している明確なシグナルだったが、わたしはそれを無視した。止まってしまえば、破滅的な結末が待っていることは確実だった。

 百年以上の歴史を誇る倶利伽羅大学は、増築と改築を繰り返した結果、迷路のような複雑さを有していた。わたしは自分が今どこにいるのか、把握できていなかった。ただがむしゃらに、足を動かした。暗く冷たい地下から脱出すること――それしか頭になかった。

 身体が限界を迎えたころ、わたしは大きなドーム状の部屋に辿り着いた。天井の壁には、巨大な黒鳥が描かれていた。荘厳な雰囲気の中に、わたしは不気味さを覚えた。あんな話を聞かされた後では尚更だった。

「止まれ」

 後ろから、絶望を告げる低い声が聞こえた。

 わたしはもつれる足を必死に回転させ、男から距離をとろうとしたが、無駄な抵抗だった。男は一瞬でわたしの背後に回り込み、乱暴に髪の毛を掴んで地面に叩きつけた。鼻が潰れ、ぼたぼたと真っ赤な血が地面に垂れた。

「何か……あるか?」

 男の声は聞き取りづらく、要領を得なかった。わたしは痛みに慣れていなかった。生まれてから今まで、ずっと平穏な生活を送っていたからだ。流血のショックは精神を激しく動揺させた。気を失いそうになったが、より強い痛みで現実に戻された。右の手首が明後日の方向を向いていた。うめき声が腹の底からわき出た。

「あああアアァ!」

「答え……聞かせろ」

 悲鳴を無視して、男は楽しそうに聞いた。わたしが今まで出会ったことのない人種だった。人の身体を痛めつけるのに、何の躊躇も遠慮もなかった。

「天罰だ」

「……ん?」

「天罰だと言ったんだ。あんなこと、許されるわけがない。お前たちは必ず、天罰を受けるだろう」

 男は嘲笑を浮かべ、わたしにいった。

「それが……最後……いいか?」

「…………」

「おまえ……愚か」

 男は親指と人差し指をわたしの首筋にあて、ゆっくりと力を加えた。二本の指だけで、八十キロのわたしの身体は軽々と宙に浮いた。男は人間ではなく――化け物だった。

 脳に送る酸素が不足し、目の前がだんだんと暗くなった。そして、これまでの人生が走馬灯のように駆け巡った。

 順風満帆な人生だった。家族に愛され、友人に恵まれ、何不自由なく生きてきた。間違いがあったとすれば――倶利伽羅に来たことだ。それで全てが狂ってしまった。こんなことになるのならば、首を突っ込むべきではなかった。わたしはあまりにも、軽率だった。倶利伽羅にこんな闇が存在するとは、思いもしなかった。

 消えゆく意識の中、わたしは男の薄汚れた服に、カメラが仕掛けられていることに気づいた。わたしの死は、誰かによって観察されていた。この巨大なドームは実験場で、わたしは哀れなモルモットだった。

 わたしはこのまま、惨めに死ぬだろう。だが、天罰は必ず下る。わたしの足跡を辿り、必ず誰かが真相を明らかにするだろう。そう祈りながら、わたしは神の下に帰ろう――。


 遠くに見える黒鳥は悠然と翼をはためかせ、わたしを見下ろしていた。


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