《音楽》で世界を変えること
――――“音楽”で世界は変えられる。
それは灰色の世界にいる少女がかつて聴いた、忘れられない一曲のフレーズ。
◇
放課後。
高校一年の新橋理華はスクールバッグを肩にかけ、一人で教室を出ていく。他のクラスメイトは部活へ行ったり、特に女子たちは街へ遊びに行こうと話を弾ませたりしている。
「……――メジャーデビューして一年近いけど、結構売れてるらしいな。マジで同じ高校生かって疑いたくなるぜ」
「羨ましい限りですわ。オレもバンド組んでみようかな。目指せ一攫千金!」
「お前、絶望的に華がないからやめとけ」
男子たちが話題にしているのは、昨年メジャーデビューを果たした現役高校生ロックバンド【gion】のことだろう。京都の高校で結成された五人組ロックバンドは、デビュー一年のうちに瞬く間に知名度を上げている。
冴え冴えとしたツリ目でちらりと彼らを見たリカは、
(あとで新曲チェックしておこうかな。リリースは来週だっけ)
四ヶ月前にリリースした曲は、デビュー曲に劣らず悪くはなかったし。
「そういえばこの高校でもバンド組んでるヤツがいるよな。ほら、【パラレルタイム】ってなこのガールズバンド。他校でも有名で――……」
そんな雑談を横目に教室を出たリカは廊下を歩む。すると、
(うわ、ギャルだ)
すれ違ったのは栗色の髪の女子。背中までかかるロングの髪をハーフアップにまとめている。耳にピアスを垂らし、綺麗な顔立ちを際立たせるように薄っすらメイクを施して、ピンクのネイルを光らせたスタイルはまさしくギャル。平均的背丈のリカよりも頭半個分ほど高いスラッとした長身は、否が応でも目を引く。くりっと丸みのある瞳は、きりっと鋭いリカの瞳と対照的で愛嬌がある。
面識はないけれど、名前は知っていた。
――赤坂莉南子。愛称は“なこ”。
背中の黒いギターケースが、彼女がバンド活動をしていることの表れ。
(地味で友達の少ない私と関わることは一生なさそう)
高校を出たら地下鉄に乗って、渋谷駅で途中下車する。地下を経由してテナントビルの十階に店を構えるお気に入りのカフェに入り、ホットコーヒーを注文。フレッシュを数滴垂らし、シュガーは入れずに混ぜたコーヒーを口に含む。濃いめの苦みが絶妙でよい。ガラス張りに面したカウンターに座り、都会の街を眺めながら飲む至福のひと時だ。
「ふぅ」
ジャックをスマートフォンに繋げ、耳にイヤホンを差す。再生した曲は八〇年代の洋楽クラシック。曲の再生を終えたら、落ち着いた気分で【gion】の新譜をチェックし、世界最大の動画共有サイトで公式のミュージック・ビデオを視聴した。
ふと、顔を上げる。正面のビルに埋め込まれた大型ディスプレイには、アイドルグループ【まどもあぜるⅡ世】の新譜のCMが流れている。笑顔で踊るセンターの少女の顔立ちは、窓ガラスに映る自分の顔にどことなく面影があった。ただ、アイドルらしいポップな金のツインテールと、喉元に掛かるシンプルな黒髪は違うし、この冷めた目つきも別だけれど。リカはディスプレイから目を逸らした。
さて、次は何を聴こうかと、サブスク音楽配信サービスより、気分に合わせた一曲を選んだ。それは九〇年代の洋楽ロック。このバンドはロックに限らず電子音楽、ジャズ、クラシックなどアルバムごとに特色が変わることで有名で、実験的な曲作りをしながらも安定したセールスを誇った実績は珍しい。ロックの殿堂入りも果たしている。
コーヒーを喉に流しながら、リカは目をつむって曲を聴く。
歌というものは本当にいい。クリエイターの世界観が四分前後で詰まっている物語のようなもの。ありとあらゆるメロディに乗せられた詞は心の隅々まで駆け巡る。考えるのではなく感じ、気分に寄り添ってくれる時もあれば盛り上げてくれる時だってある。嫌な思いをした時は音楽を聴いてきた。そのたびに気持ちを塗り替えてくれるから。
そんな時に思う。
「本当に音楽で、世界って変えられるのかな」