運命、でいいですか?
中学生になって、親の転勤で県外の学校に行った私は、そこで独りぼっちになっていた。小さい頃は何も考えず人と接していたから、自然と友達がたくさんできたけれど、今はこう接したらこう思われるかな、なんて考えすぎて、人と接するのが得意ではなくなった。一か月をすぎると、女子は何グループかできていて、私は未だ一人グループだ。いじめられているわけではない、きっと視界に入らないほど影が薄くなっているのだろう。そう思うとまた少しずつ寂しくなってしまった。
それからまた一か月が経って、席替えというものが行われた。私は特に仲良しな友達、という人がいないから、窓側であればどこでも良かった。そんな思いも空しく、真ん中の前から三番目という残念な場所のくじを引いてしまった。席は二個ずつくっつけており、隣には男子が座るようになっている。前回の隣は誰か全く覚えていない。あまり、嫌がられないように横を見ないようにしていたからだ。今回も席替えをして、隣を確認せず授業に入った。一時間目が始まる前の朝の短い時間に席替えをしたため、友達同士になれた者、そうでない者の声が授業が始まってもなお、周りから聞こえる。
「静かにしろよー。お、席変わってるなぁ」
「やだー先生近すぎんだけど」
「真面目に授業うけろよー」
冗談まじりに先生は目の前にいる生徒を見た。確かになんというか一番前にいる人たちはよく私語をしている。先生に注意されることが多い人たちだから、私もよく覚えている。
(よかった。一番前だと危うく目立ってたな)
「ここはーーだから、--になって、」
授業は先ほどの事はなかったかのように淡々と進んでいる。私は授業を聞きながらも、隣との席は近いから、学ランを身に着けている左腕が視界に入る。けれど、いつもと違うのが隣の腕が全く動いていない。気になってチラとみてみると、両腕を枕にして、うつぶせになりながら私の方を向いていた。
「っ、ぁ「お、初めて目が合ったー」……」
先生に聞こえないように、私も、隣の男の子も小声で口に出した。
「……」
「無視ー?」
とにかく授業中だからと心に誓って、気にしないことにした。しかし、下から見られているわけで、二重顎とか、みられたりもするわけで。
【前を向いて】
と一言机の上にシャープペンシルでかいた。
【ねむーい】【じゃあ寝て】【いいの?】
(いいの、って、)
ただ私は自分の方を向いてほしくないだけだ。その後は何を言っても無駄な気がしたので隣からの視線を無視するように授業を聞くことにした。
キーンコーン……
「よしゃ、おわったっ」
「田端、授業真面目に受けるように。お前が一番前の席になればなぁ」
(先生にもばれてるし)
そう思うとクスっと笑いをこぼしてしまった。
「あ、わらったー」
「あ、いや……」
隣の男の子、たしか田端くん、と言われていたが、笑ってしまったことで嫌味を言われるのだろうか。
「ノート見せて、ね?」
男の癖に上目遣いを使ってきた。でも、誰かにでも好かれたかった私は承諾してしまった。
「字汚なー」そう、字が汚いのに。
田端くんは笑いながら私にいってきた。本当に字が汚い自信があるから、恥ずかしくなった。
「なになに、うわ、だっせ。お前ノート見せてもらってんの」
すると、田端くんの友達らしき人が、田端くんの肩に腕をのせてきていた。
「だってねむかったもん」
「てか、お前の字よりきれいだろ」
そういって友達くんがフォローしてくれたけれど、実際は田端くんの方がはっきりした筆圧で書いていたため、きれいに見えた。私と比べたら……。
「いや、私の方が汚い」
「ん?そぉ?」
田端くんの友達くんはじっと、私が書いたノートと田端くんのノートを見比べている。
(そんなみないでください……)
「お、田端が真面目にノート書いてる」
すると、一人の女子生徒がこちらの席に近づいてきた。
「みてみて、どっち俺書いたとおもう?」
突然田端くんはその女の子に謎の問題を出してきた。
「どっち、て、どう見ても書き途中のこっちがあんたの字でしょ、変な落書きしてるしっ」
「そーじゃなくってー、もーいいやー」
そういって、ノートをまた写し始めるのかと思っていたら、今度はまた私の顔をじっと見てきた。
「な、んでしょう、か」
「そんなみつめちゃってぇ、好きなの?」
田端くんの友達くんは田端くんをからかってきた。田端くんは聞こえているのかどうかわからないが、私の顔をじっと見続けてそれから一言こういった。
「テンパってつらいよね」
「は?」
私は思わず声を漏らしてしまった。近くにいた友達くんと友達さんも頭の上にはてなマークだ。
「たしかにっ、テンパだねー。てか、今言うこと?」
先ほどから近くにいた友達さんは正論を言ってくれている。確かに、話が急すぎる。まさに今、私は混乱している。
「席替えした時からずっとおもってたんだよ。なんか、前髪の端っこ?クルッてなってるし、結んだ髪の毛の先の方もめちゃはねてるじゃん。でしょ?」
でしょ、というのは天然パーマだよね、ということだろうか。
「確かにほんとだー。くりんってしていてかわいいねっ」
「あ、りがとう。でも、私はその、ストレートに憧れてる……綺麗」
同性に言われて嬉しかった。久しぶりに声を出すから、私もきちんとした文章で話すことができなかった。あなたのストレートな髪の毛いいな、っていいたかったのに。
「ははっ。言葉足らずで、テンパで、字がまぁ綺麗ではない、とかお前ら似過ぎ」
「そぉ?たしかに、テンパは同志だなーっておもってずっと見てた」
改めて田端くんに言われてドキッとした。
(私と似ているなんて言われるの嫌がらないんだ。)
「あんたのテンパはもじゃもじゃーって感じ、ミニアフロに近いよ。顔がまぁまぁイケてることに感謝しなよ。男のテンパは見苦しい」
「うわぁ傷ついたー」
こうやってイジられるのも、田端くんの性格故になのだろうか。小学校の友達が懐かしい。
「ん?どーしたの」
「え、いや。県外から来たから、地元の友達思い出してた……」
「あ、そーなの?じゃあ」
友達さんはこれからよろしくね、といいながら、私の両手をやさしく握ってくれた。
「え」
「ん?」
「おれもー」
「お前も女子と握手したいのか」
「違う違う」
田端くんの友達くんはわからない、という様子で首をかしげていた。
「俺も県外から来た人間ー」
「うわ、まじっ、しらなかったわ」
「うん、言ってないからねー」
田端くんは友達くんにそういうと、私の方へ向き直った。
「てことで握手ね」
「あ、うん。でも、すごいね」
「ん?」
田端くんは今日初めての不思議そうな顔をした。
「県外からきたってことは、知り合い一人もいないでしょ?それでもう、友達作ってたから……」
「全然っ」
田端くんが急に大きな声をだしたため、驚いた。
「こいつらくらいだし、全然いない。友達百人には程遠いでしょ?」
(100人……)
「で、今日の席替えで君を見つけたから」
見つけたから、100人に近づいた、とか?
「はぁ、すごい、ガン見してたね」
「同じテンパだったから、友達になって美容院での苦労とか話せるかなーと」
たしかに、美容院にいくと、髪の毛が絡まるのかすごい量の水を吹きかけられる……。
「普通、それだと気味悪がられて終了だよ、あんた」
友達さんはすかさず田端くんをイジッてきた。田端くんは、うーん、と考える素振りをしていった。
「俺の勘、結構鋭くて。友達として一生いれるかもっていう勘ね。実際共通点もいっぱいあったし。だからさ、運命かもねっ?」
「「きも」」
「え、まじ?俺キモい?」
「「うん」」
「えー」
「……」
その時、私にだけその言葉が深く心に突き刺さって、今でも忘れられない。