入学式2
母はそう言い切ると振り返りながら話し出した。
「権ちゃん、ごんちゃん?また寝ようとしてたね。」
隣に座っていた父はゆっくりと目を開けた。
「いや、風の歌を聴いていたんだ。」
その手の事は全てスルーする母、会話を続けた。
「和子さんの代わりに保護者挨拶やってよ。」
「はぁ?いやだよ。動きたくないもん。」
「そっかぁ~誠が入学生代表をやり切った後に
その父親が保護者代表で挨拶なんて、この学校じゃまだないんじゃない?」
「・・・・・・・・・」
「それを最初にやった、親子ってなったらこれは語り継がれるよね~
そっか、そっかやりたいくないか~」
流石は母である。父の取扱説明書を網羅している。
ちらっと父の顔を覗きこむ母と目が合った父は
「原稿とかはあるんだよね?」
にこっと笑って、和子さんが持っていた原稿をするっと取り
父のふとももに乗せた。
父がふとももに置かれた台本を広げて読もうとした。
その瞬間に
「入学生保護者代表挨拶。代表 島根 和子。」
父は不思議な男だ。自分では俺は人見知りだ!人見知りだ!と自慢げに言う。
しかし、人前に立つことに躊躇しない。
一瞬で覚悟が決まるのか、はたまた目立ちたがり屋なだけなのか。
僕が小学校一年生の時、授業の中で保護者が絵本の読み聞かせをする事があった。
保護者が集まり、話し合いをするがやはりみんながみんなやりたくないので
話し合いが一向に終わらない。
そこでこの話を引き受けてきたのは母だった。
母はなんでもかんでも引き受けてくる事はない。
自分もしくは父に出来る可能性があることと本当に周りが困っているときに
引き受けてくる。
母にとってこの読み聞かせは勝算ありだったのだろう。
家に帰ってきた母はうちにある絵本の中で読みやすそうな絵本を
いくつかチョイスして父の帰りを待った。
父が帰宅してあらかたの説明をしながらチョイスした絵本を
広げた。しかし父はすっと立ち上がりひとつの絵本を持ってきた。
「これを読んでいいならやる。」
父が持ってきた絵本は九州弁を使った絵本だ。
母は一瞬、迷ったが仕方ないとOKを出した。
父はウケを狙ったのである。
そしてその絵本は小学一年生の笑いをつかみ取ったのである。
そんな父が人見知りなはずないと僕は思っている。
今回は原稿を読む時間もない。
しかし、そう司会進行の先生から呼ばれた時、
父はすっと立ち上がり壇上までゆっくりと歩きだす。
僕達入学生はザワザワとなっている。
僕と佳愛はクラスは違ったが、目が合った。
僕と彼女は幼なじみである。
生徒のザワつき、先生たちの困惑な顔をよそに父はゆっくりと
壇上に上がった。まだザワツキは続いている。
父は話をはじめようとしない。
ザワつく僕らをゆっくりと見渡している。まだ話始めない。
先生の一人が壇上に上がろうとしたが何も発せず左手で先生を制止した。
何がどうなっているのだろうと僕たちのザワつきもなくったと同時に
父は原稿を広げて読み始めた。何事もなかったかのように。
内容は女性らしくやさしく僕らを応援し、祝福する言葉が並んでいた。
しっかりと結びがある言葉で終わった。
と思いきや父が口を開いた。
「最後に自分を信じてください。自分がする行動、言葉が信じてくれている自分を
自分が裏切ってないかを心で感じて中学校生活を送ってください。
あとは楽しんで!以上 保護者代表 今川 権之介」
また、ゆったりと自分の席に戻る父の今にも笑い声をあげたいのを
我慢している顔がはっきりと僕には見えてた。
あぁ僕のいや、ぼくたちの入学式が父の入学式で幕を閉じた。