決戦は金曜日
笑顔を出したせいかリラックスして
レシーブの再開が出来た。
休み効果が出たみたいだ。
何かを取り戻したようだ。
まずは目の前のボールに集中することが大事だと自分に言い聞かせた。
50回を突破した。
しかしさっきまで50回を超えるのが難しかった分、
50回を超えた途端に回数ばかりはを意識し始めている。
「立て直せ、回数じゃないボールに集中するんだ!」
僕は声を出していた。
しかし回数を意識してしまった事を、レシーブをしながら立て直すには無理があった。
「あーもぉ、いい感じだったのに!」
僕は回数を意識してしまった自分にイラだっていた。
「考えちゃダメだ。ダメなら次、次いこう。」
僕は苛立ちや諦めが頭を駆け巡る前に次を始めた。ボールに集中するために。
頭でわかってはいたボールへの集中が大事な事。しかし回数が頭を離れない。
早く50回を突破して折り返しにいきたい。
そうなると50回にたどり着く前にボールは何回も何回も落ちてしまう。
「ぐぁぁぁぁ、クソォ。」
僕は言葉にならない雄叫びをあげた。
散歩中のおばさんがビックリして子犬は僕に吠えていた。
少し恥ずかしかったがこの恥ずかしさも味方につけたい気分だ。
時間が経つにつれてもう1つ僕を苦しめるのは腕の痛みだ。
レシーブは続けたいがボールが腕に戻ってくるたびに痛みが体を走る。
その痛みは集中力を見事に削いでくれる。
僕はただただボールをまっすぐ返すことだけに精一杯になっている。
まっすぐ、まっすぐただまっすぐ。
「あ~今日はなんか暑いなぁ。
ちょっと夜風にでも当たってこようかね~」
権之助の下手な芝居に絵麻は笑いをこらえながら声をかけた。
「湯冷めしないようになんか上着は持って行ってね。それからチョットだけ待って。」
そう言うと絵麻はスポーツドリンクと
ココアの入ったタンブラーを権之助に手渡した。
「気がそれないように、そ~と渡してね。」
権之助は何か言おうとしたが、ただうなずいて家を出た。
「薫生~お母さんとゲームしようよ。」
「いいよ、簡単なのを教えてあげるよ。」
「負けないよ。」
権之助はドアを閉めた途端に走って
団地の練習場へ向かった。
近くに着くと息を整えながら誠の様子を見た。
一心不乱にレシーブをしているのが見えた。
権之助はそっと近づき、街灯の下に置いてある誠のバッグの横に
そっとスポーツドリンクとタンブラーを置いた。
彼は後ずさりしてクルッと体を反転して満足な顔をして歩き出した。
そんな権之助は3台の自転車とすれ違った。
「おい、見てみろよ。団地の壁に向かっておかしな奴がおかしな事してるぜ。」
「どこ?本当だ。なにしてんだ。バカみてぇ。」
「バカでも金は持ってるだろ。行くぜ。」
顔つきが変わった権之助が振り返る。
「おい。」
「はっ?」 「何?」
「お前ら、うちの小僧の邪魔したら地球の裏側までぶっ飛ばすぞ!」
「ははは、おっさん。俺ら3人いるんだぜ。勝つつもりかよ。」
「そんな事はどうでもええ、小僧の邪魔はさせんからな、お前らの顔は覚えた。
しかも右端の貴様はしっとう。学校どうのこうのなんて俺が言うと思うなよ。もし邪魔したら一人一人じっくり相手してやる。俺はしつこいけんの。」
権之助の迫力は凄まじかった。
「そ、そういえば見たいテレビがあったんだ。始まっちゃう。い、いこうぜ。」
権之助はもう一度振り返り誠を確認したら家に向かって歩き出した。
痛みに耐えながらもうすぐ90回は見えてきた。あと、あっ
まっすぐだったボールが右腕の痛みをかばったせいで少しそれた。
それを追いかけようとした右足が石の上に乗って僕はコケてしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・
周りはもうこんなに暗くなってたのか。レシーブを何時間やっていたかももうわからない。
頭も真っ白だし、腕ももう痛くてたまらない。喉も渇いた。お腹も空いた。
みんなも待ってる。
90回いったし。
「もう疲れた・・・もうダメだ・・・帰ろう。」
僕は転がったボールを拾って、トボトボと歩き出そうとした時、何かが聞こえた気がして空を見上げた。
「セイ君、大丈夫大丈夫。」
おじいちゃんの声が聞こえたように気がした。
その瞬間、ボールが腕から落ちて
バックの方に転がった。
僕はトボトボとボールを追いかけた。
そこにはスポーツドリンクとタンブラーがある。
タンブラーに付箋がついていた。
「大丈夫大丈夫(^-^)」
母さんからのメッセージ。
僕はタンブラーを手に取った。
暖かい。
いやだ、いやだ、いやだ、いやだ。
諦めたくない!
僕は壁に向かってレシーブを始めていた。腕に痛みはある。
しかし僕の声に頭は冷静だ。
しかし体は熱い。
時に人は自分では想像していなかったことが起きる。
それは偶然かもしれないし、まぐれかもしれない。
ひとつ確かなのはみんなの応援が力になって小さな小さな目標を達成することが出来た。