5 逃げてばかりもいられない
本日四回目の更新です!
「二人とも、逃げて!」
「うん!」
「わ、分かった!」
ミレーの焦ったような声が響く。
そのお陰で、気圧されて固まっていた足がなんとか動く。
「逃がすと思っているのか?」
「私が逃がすのよ!」
ミレーがスカートを脱ぎ捨てた。
思わず、振り返ろうとしていた足を止めてしまう。
パンツが見たかった訳じゃない。
ミレーが足止めをしようとしているのに気付いてしまったからだ。
「ミレー、逃げよう!」
「そうだよ! ミレー、早く!」
俺とリイラの提案を、ミレーは首を振って拒否した。
既にパンツの前には魔方陣が展開されて、ドラゴンに向かって魔法を連射している。
メルギオスと名乗った黒いドラゴンは、鬱陶しそうにしながらも前進はしてこない。
よく見ると、既にボロボロだ。
深いダメージを負っているように見える。
「全員で逃げても多分追ってくるわ。私が時間を稼ぐから、リイラはタクトを連れて逃げなさい!」
「うぅ――タクト、行こう!」
一瞬考えたリイラは、俺の手を取って走り出した。
転びそうになりながら必死にバランスを取ろうとすると、自然と走る形になってしまった。
手を振りほどこうにも、意外と力が強い。
既にパンツ丸出しなところを見るに、魔法で強化してるのかもしれない。
「ちょっ、ミレーは!?」
「ミレーなら大丈夫! 私と違って真面目で几帳面で賢くて、魔力だって強いんだから!」
リイラは明るく言うが、繋いだ手は少し震えている。
本当は心配に違いない。
今すぐ戻って一緒に戦いたいと思ってるのかもしれない。
だけど、言いつけを守って俺を逃がそうとしてくれている。
「……なぁ、俺のことは放っておいても」
「ダメ! ミレーにタクトのことを任されたんだから、しっかり守るの!」
ミレーを置いてリイラの覚悟は、俺が口を挟めるようなものじゃないようだ。
俺が乱入したばっかりに……。
申し訳なく思いながら、リイラに手を引かれて走った。
どのくらい走ったか。
体力も限界に近づいて来たところで、リイラの足が止まった。
「リイラ?」
「下がって――!」
リイラが叫ぶと同時に、何かが降ってきた。
木々をなぎ倒して現れたのは、メルギオスだった。
広げた翼を一度動かしてから、小さく畳んだ。
上にぽっかりと空いた穴から光が差し込んで、スポットライトのように照らしている。
その右手には、ミレーが抱えられていた。
ぐったりとしていて、意識を失っているようだ。
「ミレー!」
「ああ、こいつか。雑魚の癖に、手こずらせてくれた」
リイラが攻撃を仕掛けようとしているが、ミレーが確保されていて手が出せないようだ。
なんとかしたいが、何も出来ない。
せめて、少しでも時間を稼ぐ。
ミレーが目を覚ませば脱出してくれるかもしれない。
「……一体、何が目的なんだ?」
「貴様ら、我が死ぬ気で手に入れた秘宝を持っているだろう? それを返してもらおう」
秘宝?
一体何の事だ。
俺はそんなもの持ってない。
「何それ。私知らない!」
「俺もだ」
「しらばっくれる気か? 隠し持っているのは分かっている。嘘を言うとこの女を八つ裂きにするぞ」
「うぅ……っ」
メルギオスが、右手を見せつけるように持ち上げて少し力をこめる。
圧力が増したのか、ミレーが苦しそうに呻いた。
「止めて!」
「止めてほしくば秘宝を出せ。貴様らを叩き潰してから回収しても良いのだぞ? 出来れば血で汚したくなかったが、止むを得ん」
秘宝秘宝言われたって、何のことかさっぱり分からない。
何だお前ジャックフロストかよ。
「あ」
そういえば、俺はお宝を持っていた。
ポケットから純白のパンツを取り出す。
見事なレースの刺繍が施された、珠玉の逸品だ。
それを見たメルギオスは、明らかに喜んだ。
ドラゴンの顔なのに表情の豊かな奴だ。
「やはり持っていたか。さあ、それを渡してもらおう」
「返したら見逃してくれるのか?」
「我から秘宝を奪った愚か者だ。本来なら地獄の苦しみを与えてやるところだが、素直に渡せば苦しまずに殺してやると約束しよう」
こいつ……。
このドラゴンの中では、俺達を殺すことは確定しているらしい。
馬鹿にしたように、口の端が持ち上がっている。
ありったけの悔しさを目に込めて睨んでいると、ミレーが薄ら目を開けてメルギオスを見ていることに気付いた。
そして、リイラが動いた。
――ズガァン!!
「ぬっ!?」
リイラの放った魔法がメルギオスの顔面に炸裂した。
怯んだらしく、右手が緩む。
重力に従って下にずれたミレーのお尻の後ろに魔方陣が出現する。
それは丁度、メルギオスの腹部の位置だった。
「ちぃっ!」
「うっ――走って……!」
放たれた巨大な炎はメルギオスに直撃し、爆発を起こした。
炎に包まれた巨体が後ろに吹き飛んでいく。
投げ出されたミレーは立ち上がることもせず、顔だけを上げて俺達を逃がそうとしている。
「立てるか?」
「行こう? ミレーも一緒だよ!」
パンツを持ったまま俺がミレーの腕を取って助け起こすのと、リイラが反対の腕を肩に回すのは同時だった。
そうだよな。
一人見捨てるのはもう御免だよな!
「あなたたち……馬鹿ね」
「助けてもらった恩を返さないといけないからな」
「私も、ミレーにはお世話になりっぱなしだもん!」
良い感じに笑いながら、俺達は走る。
ミレーに気遣いつつも全速力だ。
しかし、やっぱり簡単には逃がしてくれそうにない。
「貴様ら、もう許さぬ!」
「最初から許す気ないだろ!」
「地獄の苦しみを与えてやる!」
思わず突っ込んでしまったのは仕方ないと思う。
しかしそんな余裕も無くなってしまった。
後ろで何かが爆発したのだ。
「どわっ!?」
「ぐぅっ!」
「ひゃん!!」
魔法か何かか!?
勢いよく吹き飛ばされて、地面を転がった。
咄嗟に起き上がると、二人は木に叩きつけられてしまったらしく、苦しそうにしている。
駆け寄る前に、メルギオスが目の前に着地した。
「に、逃げ……」
「きゅう……」
ミレーはすぐには立ち上がれそうにないし、リイラに至っては気を失ってしまったようだ。
――逃げられない。
「お前、これが欲しいんだろ? 渡すから、せめてこの二人は見逃してくれ!」
「ダメだ。たっぷり痛めつけてから食ってやる」
ゆっくりと近づいてくる。
駄目だ。このままだと三人共殺される。
「さあ、そいつを渡せ」
メルギオスが欲しいのはこのパンツ。
俺がこれを拾っていなければ、俺が逃げこまなければ、二人が巻き込まれることはなかった。
俺のせいだ。
なら、俺が責任をとらないといけない。
このまま大人しく殺されるのは駄目だ。
せめて、賭けくらいはしないと自分自身を許せない。
「お前、何をするつもりだ……?」
パンツを広げた時、メルギオスが警戒を強めた。
幸い動きは鈍い。
ギリギリ間に合う――といいな!
パンツの使い方は分からない。
間違っていたら死ぬ。
適性が無くても死ぬ。
ヒントはあった。
それに、男が女性用下着を装備する方法は少ない。
いける筈だ。
パンツを頭上に掲げた。
「ちっ、死ねぇ――ぐっ!?」
手を下ろすより早く、メルギオスの爪が迫っていた。
しかし、その身体ごと、ミレーの放った魔法が押し返してくれた。
「逃げ、なさい……!」
最後の力を振り絞ってくれたのか、ミレーの身体から力が抜けていく。
ありがとう。
必ず、助ける。
俺は、勢いよくパンツを被った。
「ぎ――!?」
瞬間、世界がひっくり返った。