15 吹っ切れた!?
「んん……?」
日差しが瞼の裏にまで透けてきている。
朝か。
憂鬱だ。
起きて学校へ行く準備をしないといけないと思うと、身体がいう事を聞いてくれない。
あと五分。いや十分。
怠惰な思考が俺の脳を支配していく。
このまま眠気に身を任せてしまえば、十分どころか一時間は一瞬の内に経ってしまう。
分かっていても抗えない。
だって気持ちいいんだもん。
「――はっ!?」
飛び起きた。
ここは、俺の部屋じゃない。
木で出来た、あまり綺麗じゃなくて、広くもない部屋。
家具なんてベッドしかないようなここは、古い宿屋の一室だ。
そうだ。俺は異世界転移してしまったんだ。
完全に寝ぼけてしまっていたな。
っていうか、いつの間にか寝てしまってたみたいだ。
リイラを待っていようと思ったのに、割と早い段階から記憶が無い。
疲れていたのかもしれないけど、やっぱり甘い。
我ながら危機感が無さ過ぎる。
リイラがまたあの黒ローブに追い詰められてたらどうするつもりなんだ。
少し待って、来なければ迎えに行く必要があった筈だ。
くそ、今は起きたことを悔やんでも仕方がない。
大事なのはこれからだ。
気を引き締めていかないと。
この部屋にリイラが来た形跡はない。
受付へと降りておばちゃんに聞いてみたが、来ていないらしい。
隣の部屋の鍵も俺が持ったままだしな。
一応開けてみたけど誰もいなかった。
これは、リイラはここに来れなかった、もしくは来なかったわけだな。
もう襲われてしまったか、逃げ続けてるか、俺に愛想を尽かした可能性もある。
分からない事は考えても仕方がない。
もうこうなったら出し惜しみは無しだ。
なんと言われようと、まずは全力でリイラと合流する。
朝ごはんなんて食ってる場合じゃない。
ミレーと違って、リイラは完全に命を狙われてたからな。
受付のおばちゃんにお礼を言って、宿屋を飛び出した。
やって来たのは、宿屋からすぐの路地裏。
とにかく少しの間だけ人目を避けたかった。
「すぅー……ふぅー」
息を大きく吸い込んで、吐く。
そして、パンツを履くのではなく被る。
行くぜリイラ。
どこに行っても、すぐに見つけ出してやるからな。
って、この格好で言うとまるで危ない奴みたいだな。
……この格好だけで十分ヤベー奴だったわ。
「道案内! 更に筋力上昇、速度上昇!」
俺の前に、立体的な矢印が現れた。
作戦はこうだ。
この矢印に従って最短距離で突っ走る!
伸びていく光の線を追いかけて全速力で疾走する方法も考えた。
しかし、それには昨日の屋敷まで行く必要があるし、リイラに追いつくまで時間も掛かる。
これなら直線で進むわけだから、まさしく最短距離。
これが一番早い。
人目なんて気にしてられるか。
恥なんて、さっき全部吐きだしてやったわ!
矢印の向かう方向へ走り出す。
壁があろうと建物があろうと関係ない。
人の間を縫って障害物を跳び越えて。
「加速! 空中歩行!」
足場が無ければ宙を蹴る。
今の俺は何もかもが加速している。
パンツの補正だけじゃなく、新しい魔法までかけたからな。
世界を置き去りにしてるこの感覚、病み付きになりそうだ!
「とうっ――あら?」
路地裏の壁を跳び越えたところで、矢印が後ろを向いていた。
壁に上って、上に立ってみる。
矢印が向いているのは、下。
俺が来た方へ降りて、よく見てみる。
そこは、色々な物が乱雑に重ねてあった。
矢印はそこにある木箱の一つを指しているようだ。
「リイラ、迎えに来たよ」
「……タクト?」
声を掛けると、逆さになっている木箱が持ち上がった。
その下から、リイラが不安そうな顔を覗かせた。
「昨日はカッコ悪いところ見せちゃったな。今も十分カッコ悪いというか変態ちっくだけど、一緒にミレーを迎えに行こう」
「でも、いいの? 昨日も私を庇って傷だらけになっちゃってたし」
詳しく話を聞いてみると、リイラは俺に気を遣って宿に来なかったらしい。
傷ついた俺を見て、巻き込めないと思ったそうだ。
なんて優しいんだ。
けど、こればっかりは譲れない。
俺だってリイラを放っておけないし、ミレーのことも心配だからな。
二人に出会えて俺は幸運だった。
それなのに、二人は俺のせいで不幸になるなんて許せない。
「構わないに決まってるだろ。傷なんて魔法ですっかり治ったよ。それに、今度は全力全開だ。もう心配いらないさ」
「……うん!」
木箱を跳ね除けて、リイラが立ち上がった。
笑顔になってくれて良かった。
さて、無事にリイラと合流も出来たことだし、まずは腹ごしらえだ。
リイラも俺も昨日の夕方から何も食べていない。
何か腹に入れておかないと、いざという時力が出ないからな。
それでも時間が惜しいということで、屋台で済ませることにした。
パンツは一度外そうかとも思ったが、襲撃があるかもしれないと思うと外せない。
しかしこのパンツ、魔法を発動している間は光ってるらしい。
自分では気付かなかったがリイラが教えてくれた。
日中だとそんなに目立たないが、それでも見れば分かる程度の光量だそうだ。
それに、光ってなくても普通に目立つ。
元居た世界なら即通報されるレベルだ。
かといって、リイラにおつかいを頼むわけにもいかない。
そもそも狙われてるのはリイラだ。
一瞬でも側を離れるのは危ない。
だから俺とリイラで一緒に屋台に行くしかない。
出来るだけ手早く済ませる為にお金は用意しておく。
銀貨一枚あれば足りるだろう。
「注文は任せるからな。素早く頼むぞ」
「わーい! おにく! おにく!」
はしゃぐリイラを見ながら右の尻ポケットに手を入れる。
何も入っていない。
「あれ?」
確かにここに入れてた筈なのに。
念の為他のポケットも探してみるが、やっぱり無い。
「どうしたの?」
「いや、ここに入れておいた筈の銀貨が無くって……」
何度探しても見当たらない。
やばい。
銀貨八枚。それが俺の全財産だったのに。
ああー、どうすんだこれ!
俺の銀貨、どこいったんだ!?
思わず頭をガシガシと掻き毟った。
その時。
チャリン。
甲高い金属音が鳴った。
地面には、銀貨が一枚バタバタしている。
「銀貨? さっきまで無かった筈だけど、どこから落ちてきた?」
上か?
見上げてみるが、建物の壁と空くらいしか見えない。
人の気配も特に無い。
「タクト、今そのパンドラパーツから出て来たよ?」
「え?」
俺のパンツから?
試しに、頭に被っているパンツに手を触れて銀貨を思い浮かべてみる。
手の中に硬い感触が現れた。
それを握りしめて、顔の前で開いてみる。
銀貨が一枚ある。
マジかよ。
手早く調べてみた結果、このパンツは≪アイテムボックス≫と呼ばれる魔道具と同じ機能を持っていることが判明した。
ミレーが持っていた、明らかに入らない物が入る袋のことだな。
まさかそんな機能まであったなんて、どんだけ高性能なんだよこのパンツ。
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