11 変態的な撤退
路地裏に入って人目が無くなると同時に、パンツを頭から被った。
こんな街中でパンツを被るなんて正気じゃない。
だけど、貧弱な俺じゃこれの力を借りないとリイラを追いかけることすら出来ない。
「道案内、筋力上昇、速度上昇」
目の前に立体的な矢印が出現する。
ついでに補助魔法をかけると、格段にスピードが上がった。
リイラはすごい早さだったけど、これならすぐに追いつける。
あの影みたいなのはなんだったんだろうか。
もし、リイラがあれから逃げてるんだとすれば。
戦闘になる可能性が高い。
その危険もあって、俺は躊躇なくパンツを装着した。
パンツも無しで、一般高校生の俺が戦闘なんて出来るわけないからな。
「って、この矢印じゃ方向しか分からねぇ!」
俺の少し前をキープしたまま浮いている矢印は、左斜めを向いている。
そっちは壁だ。
まだ一本道を真っ直ぐ進んでるからいいが、これだと詳細は位置は分からない。
地形が入り組んでたら、リイラが行ったのとは別の道を進んでしまう可能性も高い。
矢印を消す。
別の魔法を試そう。
追いかける為だけの、そんな魔法がいい。
思い浮かべるのは、リイラの明るい笑顔。と、小ぶりなお尻と黄色いパンツ!
「追跡!」
目の前の道を、薄ぼんやりとした光が俺を導くように奔っていく。
これについていけばリイラのところに行けるわけだな。
このパンツ便利過ぎる。
ドラゴンを倒したりしたし、一体どこまでのことが出来るんだろうか。
って、今はそれどころじゃない。
全力ダッシュだ!!
線の案内に従って何度か曲がる。
それなりに入り組んでるから、この魔法に切り替えて正解だった。
少し走ったところで、広場のような場所に出た。
建物に囲まれていて薄暗い。
路地裏の更に奥のようだ。
そんな場所の奥、壁際にリイラが居た。
壁にもたれかかるように座り込んで。
身体を守る様に膝と肘を曲げて、恐怖に耐えるように目と口をぎゅっと閉じている。
その前には、ナイフを握りしめた何者かがいた。
黒いローブを着ているせいで背格好しか分からない。
ゆっくりとリイラに近寄ろうとしている。
「リイラ!」
「タ、タクト?」
「何!? ……おやおや、誰が助けに来たかと思えば、Fランクの雑魚ですか」
「だ、だめ、逃げて!」
不安そうにしているリイラを見て、思わず名前を呼んでしまった。
悪い方には転がらなかったようで良かった。
黒ローブの男は最初は驚いていたが、こっちを向いて俺の姿を確認するとすぐに馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
ああ、俺のギルドタグを見たのか。
リイラが心配してくれてるが、今は言葉を返せない。
ちゃんと助けるから、待っててくれ。
「お前、リイラに何の用だ?」
「んー、残念ながら、姿を見られたからには死んでもらいましょうか。まったく、もっと骨のある相手と死を踊りたいものです」
ぶつぶつ呟きながら、こっちの方へ向かって来る。
だめだこいつ、話が通じない。
話をする気がないのか?
どちらにせよ、やべーやつなのは間違いなさそうだ。
「貴方、もしかしてそれはパンツですか? ふふ、下着を被っているなんて、ふっ、良い兜ですねブフォ!!」
どうしてこんなのがリイラを追っていたんだ?
俺の頭のパンツを見て噴出している。
なのにナイフを軽く振って殺る気は満々なのが伝わってくる。
こっわ。
魔法が使えるにしても、俺は対人戦なんてゲームでしかやったことがない。
だからここは――。
「暗黒の帳!」
「無駄無駄。その立派な兜もはっきり見え」
「刹那の閃光!」
「ぐぅっ!?」
立て続けの魔法二連発。
周囲を暗くして、激しい光を発生させた。
≪暗黒の帳≫を使用した時点でも余裕ぶっこいて笑ってた黒ローブも、閃光をまともに食らったようだ。
足を止めて顔を手で抑えている。
絶好のチャンス。
「念動力」
「ぐ、身体が、動かない……!?」
念には念を入れて、≪念動力≫で動きを止めた。
この隙に、リイラを連れて逃げてしまおう。
呆然としているリイラの元へ素早くやってきて、手を差し出した。
さっきの≪暗黒の帳≫と≪刹那の閃光≫の範囲は黒ローブを包むように指定した。
だからリイラ的には、ちょっと暗くなって光ったくらいにしか見えてないだろう。
「立てる?」
「あ、えと、うん、大丈夫! タクトも、無事だったんだね。起きたら知らない建物に居たから、どうしたのかと」
リイラは少し戸惑った後、笑顔で手を取ってくれた。
腕に力を入れて立たせる。
元気を取り戻してくれたようだ。
そのまま話を始めるが、一旦ストップだ。
色々と気にはなるけど今はこの場を離れるのが先決だろう。
「よし、立てるならとりあえず逃げよう。話は後で聞かせてくれ」
「うん、分かった!」
俺が来たのとは別の道へ入って広場から脱出する。
リイラの手を引いたまま、適当に進んで行く。
多分こっちの方に行けば街の中心部へ合流するだろう。
少し道が広くなり、明るくなってきた。
どうやら、この角を曲がった先に行けば大通りに出られそうだ。
「もうすぐ大通りに出られるぞ」
「良かったー……タクト、ありがとう!」
「どういたしまして」
「それで、そろそろ聞いても良い?」
笑顔でお礼を言ってくれたリイラが、不思議そうな顔になった。
俺があそこにいた理由だろうか。
俺も、スカートはいつ履くのかとか聞きたいけど、リイラの話を聞いてからだな。
「どうして、パンツを被ってるの?」
被っていたパンツを物凄い早さで毟り取って、尻ポケットに捻じ込んだ。
「落ち着いて話を出来るところで話すよ。ところでリイラは、スカートは?」
「襲われた時に外して、そのまま逃げて来たから無いんだー。冒険者の人なんかは履いてないし、このままでも別にいいかな!」
いいのかそれで。
っていうか、冷静に考えると俺の格好も十分やべーやつだった。
どうしてだって?
俺だって知りたいよ。
どうして異世界に来て俺はパンツを頭に被ってるんだ?
誰か教えてくれ。