10 再会と危険の香り
木や石造りの建物。
動物の特徴を持った人達。
武器や防具を携えた冒険者らしき人達。
そんなのどうだっていい。
パンツ丸出しの女の子が歩いている。
間違いない。
ここは桃源郷だ。
しかも、一人じゃない。
俺の見える範囲でも五人はいる。
元居た世界では、そんな恰好で歩いてたら女の人でも捕まる。
有り得ない光景。
それがここにある。
まさにファンタジー。
これはあれか?
あのパンツの影響か?
魔法の神様、神格を疑ってしまってすみませんでした。
貴方こそ真の神です。
――いけないいけない、視線が釘付けにされてしまって、周囲の把握に時間がかかってしまった。
なんだここ天国かよ。
石や木で作られた建物が、これでもかと立ち並んでいる。
かといって、乱雑に建てられているわけではない。
綺麗に整列した間には大きな空間が出来る。
それが、俺の正面に真っ直ぐ伸びるこの道だ。
車が二台くらい並べそうな幅がある。
両脇には屋台が軒を連ねていて人通りも多い。
この街の大通りってやつなんだろうか。
左右にも道は伸びているが、そんなに広くないしな。
それにしても、人も多い。
こっちも俺の元居た世界とは全然違う。
服の雰囲気とかは当たり前として、それだけじゃない。
まず、武装してる人が多い。
オーソドックスな剣を始めとして、斧や槍、弓なんかを背負ってる人もいる。
銃みたいなのは、見当たらない。
そして装備と言えば、鎧。
何かの皮っぽいの、鱗っぽいの、金属鎧。
いい。
すごくいい。
俺もああいうのを着たい。
いやー、本当に異世界に来たんだなぁ。
パンツから魔法が出たり、ドラゴンに襲われたりもしたけど、そんなこと考える余裕なかったからな。
平和で賑やかなこの光景を見て、やっと実感が湧いてきた。
さて、いつまでもここで太ももとパンツの境目を凝視しているわけにもいかない。
行動開始だ。
まず探すのは、冒険者ギルド。
兵士にも何度か釘を刺された身分証を作りに行く。
個人的には先に宿を確保したいところだが、何かに巻き込まれた時に身分証があるのとないとじゃかなり違うらしい。
周りよりも少しだけ立派な、石造りの建物。
冒険者ギルドは、大通りを真っ直ぐ行った右手にあった。
兵士に聞いた通りだ。
この冒険者ギルドから、大森林側の門の間を冒険者通りと呼ぶらしい。
扉を開けて中へ入る。
正面には長いカウンター。仕切りでいくつにも区分けがしてある。
向こう側にはお姉さんが一スペースに一人並んでいて、眼に優しい。
多分各種受付だな。
右側には酒場っぽいものが併設されていて、左側は大きな掲示板が壁に設置してある。
他にも、奥へ伸びる通路や、二階へ続く階段等もある。
結構広い。
色々見て周りたいが、暗くなる前に宿の確保はしておきたい。
一先ず身分証の確保だけ済ませてしまおう。
ここへは明日また来ればいい。
少し混んでいたので、大人しく並ぶ。
十分程で前の二人が去って行き、俺の番になった。
二十くらいの、綺麗な感じのお姉さんだ。
後ろで束ねたオレンジの髪をアップにしていて、そこはかとない色気を感じる。
「すみません」
「はい、どうなさいました?」
「登録したいんですけど」
「はい。それでは登録料として、銀貨一枚をいただきます」
「はい」
まずはお金を払う。
料金は銀貨一枚。
この世界は異世界らしく、金貨や銀貨が流通しているらしい。
お金の価値はまだよく分からないが、俺は金貨を二枚持っている。
それが学ランの値段だった。
鉄貨、銅貨、銀貨、金貨の順に価値が高くなるのは、兵士が教えてくれた。
だから金貨を出せば間違いない。
ちなみに、その上にもいくつか種類があるらしいが兵士のおっさんには割愛されてしまった。
「それでは、銀貨九枚のお返しです。ご確認ください」
「……はい、大丈夫です」
銀貨九枚をポケットに仕舞う。
ジャラジャラ音が鳴りにくいように、パンツを入れたのと同じ右の尻ポケットだ。
財布になるものを買わないとな。
俺の財布は鞄と一緒に元の世界でばら撒いた。
つまり、今の俺は着の身着のまま+パンツだ。
「それでは、説明致しますね」
お姉さんは冒険者の仕組みを説明してくれた。
俺が愛用している小説投稿サイト、≪小説家になれる≫でよく読む異世界ものと大体一緒だった。
Fから始まってAの上にSランクがある。
実力や貢献度によってランクが上昇していく。
冒険者同士の諍いに、ギルドは介入しない。
冒険者登録するとギルドタグというものがもらえて、それが身分証となる。
すごい、ほとんどそのまんまだ。
ここまで一緒だと、なれる作家の何人かは本当に異世界に行ってきたんじゃないかと思ってしまうな。
「ご理解いただけましたら、こちらの紙にサインをお願いします」
「はい」
ペンを受け取って、止まった。
この世界の字、書けない。
読むことは出来る。
この紙には、ギルドの規則を守り、冒険者として誇りある生き様を心がけることを誓う、的な宣誓が書かれている。
けど、どう見ても日本語で書かれてはいない。
どうして読めるかは謎。
そもそも言葉が通じるのも、謎。
小説だと大体、神様とかにチートと一緒にもらうんだけど、俺はもらってないしな。
もしかして、このパンツが俺に言語能力を与えてくれた?
ははっ、まさかな。
「えっと、代筆はお願いできますか?」
「ええ、構いませんよ。お名前を教えてください」
「タクトです」
「タクト様ですね、かしこまりました」
お姉さんが紙にミミズがアクロバット機動したかのような、見たこともない文字を書く。
うん、読める。
これでタクトって書くのか。
かなり練習しないと覚えられそうにない。
「それでは最後に、このタグの魔石の部分に血をつけてください」
「あ、えっと、これは?」
渡されたのは、片面が窪んだ円柱と金属っぽい銀色のタグ。
どちらも手のひらサイズだ。
タグは紐が通してあって首にかけられるようになっている。
多分、これが身分証なんだよな。
もう一つの何か。これが分からない。
素直に聞いた。
「親指をその窪みに押し当てると、痛みもなく血を一滴だけ滲ませることが出来ます。傷もすぐに塞がるので、大丈夫です」
右手で円柱を握りこむように持つ。
言われるがまま親指を押し当てて、離した。
じわりと、血の粒が指の腹に出てきた。
ホントに痛くない。
円柱を返して、タグの端に埋め込まれている小さな結晶体に親指を当てた。
血を吸った結晶は薄ら赤くなり、タグがぼんやり光った。
光はすぐに収まった。
そして、タグは明るい緑色に変化していた。
「タクト様は、Fランクでの登録ですね。これで手続きは完了ですが、何か質問等はございますか?」
「ええっと、安く泊まれる宿はこの辺りにありますか?」
「大通りからは少し逸れた位置になりますが、オススメがございます」
初回登録時は、能力に応じてDからFに自動で振り分けられるらしい。
俺は一番下のF。
何のチートも持たない一般人だし、当然だな。
説明はしっかりしてもらえたし、分からないことも特にない。
ついでに宿屋の情報だけ聞いておいた。
「ありがとうございます」
「またのお越しをお待ちしております」
お礼を言って、受付を後にする。
忘れない内に、ギルドタグを首からかける。
これは目立つところに身に着けておくのが決まりだ。
しかし、小説だといきなり絡まれたりするのがお約束なんだけどな。
特にそういうこともなかった。
酒場にも人は沢山いるが、皆楽しそうに飲んでいる。
ガラが悪そうなのは特に見当たらない。
この街は治安が良いんだな。
助かった。
魔法が使えるにしても、大勢の人の前でパンツは被りたくない。
どんな羞恥プレイだ。
ドラゴンに勝てるくらいの魔法を使えるのは嬉しいけど、条件がきつい。
披露したいけどしたくない。
なんていうジレンマ。
まあ、俺はただの高校生だ。
パンツに頼るような場面に遭遇することなく、平和に過ごそう。
そう思っていたのに。
ギルドを出て宿屋に向かっている途中で、リイラを見かけた。
スカートを履いていないパンツ丸出しで、ボロボロだった。
何やらただならぬ雰囲気だ。
リイラは脇道から出てきたかと思えば、そのまますぐに別の脇道へと入って行った。
必死な様で、俺には気付いていないようだ。
それだけならまだ放っておいて宿へ向かっただろう。
人間誰だって、下着丸出しで全力疾走したくなる時くらいあるからな。
けど、機敏に動く人影みたいなのが屋根を渡って行ったのに気付いてしまった。
その動きはまるで、リイラを追いかけているようだった。
リイラが危ない。
深く考えるのは止めだ。
リイラの後を追って路地裏へと飛び込んだ。