9 隠し通した力とパンツ
パンツの名称を変更しました
余計なこと。
確かにそう聞こえた。
「今回の遠征は、とても大事な意味があったの。文字通り、生き残りを賭けた大事なね」
「生き残り、ですか?」
物騒な物言いに、オウム返しをしてしまった。
とって付けたような敬語は俺の小心者っぷりを表している。
「そうよ。あの森で一週間過ごせなかった者に、魔法騎士学院の生徒は勤まらない。だから、指定した時間よりも早く戻ってきた生徒は全員、退学してもらうことになってるの」
一週間過ごさないといけないって、ミレーも言っていた。
逃げだしたら退学っていうのも、聞いた。
聞いたけど、納得いかない。
ミレー達が倒れたのは、メルギオスと戦ったからだ。
あのドラゴンは、邪竜と呼ばれて恐れられている程強い。
そんなのに襲われて逃げちゃいけないなんて酷い話だ。
「あの二人も退学ってことですか?」
「勿論そうなるわ」
「二人が帰って来たのは森に住む邪竜に襲われて、しかも俺を庇ってくれたからで――」
「ええ、分かってるわ。さっきも聞いたわよそんなこと」
改めて事情を説明をしようとしたが、遮られた。
どうでも良さそうな様子に言葉が出てこない。
なんだこの人。
ミレーと同じような喋り方なのに、雰囲気が全然違う。
「だからこそ、見捨てるべきだったと思っているわ。まあ、この体たらくじゃ生き抜くことなんてどの道無理でしょうけど」
ミレーのは真面目で、固い感じ。
こいつのは、俺を見下したような、馬鹿にしたような印象を受ける。
俺の言葉がちゃんと伝わってないのか?
どうして、事情を聞いても考慮してくれない?
「どういう意味ですか?」
苛つきを抑えて問いかける。
「邪竜に襲われて、二人が負傷。貴方の力で撃退して脱出、だったわね」
シャリエは俺の言葉を無視した。
その代わりに、意味深な笑顔を浮かべている。
「なんですか?」
シャリエは俺の全身を下から上まで、視線で撫でた。
ちょっとエロい。
いや、惑わされるな。
こいつは敵だ。敵だ。微妙にシルエットの浮かぶ太ももを見てはいけない……!
「貴方の話だけど、ほとんど信じてないわ」
「え、いや、全部本当の事です!」
「魔力もほとんど無い貴方がどうやって倒したっていうの? 武器も持っていないし、腕力も大したことないのよね?」
「それはほら、俺の異世界人パワーで……」
「ならそれを見せてもらえるかしら?」
俺が弱いことはバレバレなようだ。
そのせいで、邪竜を倒したことを疑われてしまっている。
ここでパンツを被るのは簡単だ。
だけど危険な気がする。
さっきから、シャリエと兵士の俺を見る眼が良くない感じがする。
頭に被るスタイルもそうだけど、パンツの所持自体も教えない方がいいだろう。
ミレーが言うには、あれはレアなパンツ。
奪おうとして来るかもしれない。
もしそうなっても渡す気はないけど、そうなれば完全に敵対することになる。
それは避けたい。
少なくとも、今はまだ。
「ほら、出来ない。大方、トカゲのモンスターを見間違えるなりしたんでしょう」
「そんなことは」
「あの森には学院の教師達がついて生徒達を見守っているの。邪竜なんてものが近付いたならすぐに動くわ」
「だけど実際に」
「もう結構よ。それじゃあね」
俺の言葉を遮って、クソ女教師は扉へ向かって歩き出した。
言いたいことは言ったと言わんばかりだ。
ニュアンスも言動も、全てが俺を馬鹿にしてる感じがして腹が立つ。
気のせいかもしれないが、俺の恩人であるミレーとリイラを馬鹿にしてるのは確かだ。
「二人は、騎士として俺を守ろうとしてくれた。それは悪いことなんですか?」
遠ざかる背中に、問いかける。
足を止めたシャリエはチラリと振り返った。
「私の知ったことではないわ」
「なっ」
それはどういう意味か。
解釈の仕方は色々あると思う。
間違いないのは、俺とまともに会話する気はないという拒絶。
混乱して思考が止まりそうになる。
ああもう、パンツを被ってた時の回転の早さが恋しい!
「ま、待ってください。二人はどうなるんですか!」
ようやく絞り出せた言葉を気にすることなく、シャリエは部屋を出ていってしまった。
行かせたら駄目だ。
とにかく、まだ話は終わってない。
追いかけようとしたその時、さっきまで横に控えていた兵士が俺の前に出てきた。
明らかに進行を邪魔しに来ている。
「ちょ、退いてください」
「すまんがこれも仕事だ。シャリエ教授との話が終わったのなら、次は我々に付き合ってもらおう」
「おうふ……」
さっき説明しただけでは足りないらしい。
思わず力が抜けて、椅子にどっかりと座りこんだ。
◇
俺が門を通過出来ることになったのは、一時間後のことだった。
兵士も俺がメルギオスを倒したということを信じられず、余計に時間が掛かった。
最終的には、その部分以外は信用出来る、ということで通行が許可された。
戦闘力が無いから大丈夫らしい。
街へ入れたのは嬉しい。
けど、それはそれで悔しい。
パンツ頭に被って暴れてやろうかと思ったが、大人しくした。
お陰で、少し冷静にも慣れた。
パンツを見せつけてあの教師を論破したところで、多分何の意味も無い。
とりあえずは平和に門を通過出来て良かったと思おう。
ちなみに、俺が異世界人だというのは大きな問題にはならなかった。
異世界の人がこの世界にやってくることは割とあるらしく、マニュアル化していたからだ。
本来、この街にあるような門を通る為には身分証が必要となる。
無ければ、お金を払って仮の身分証を発行する。
しかし、この世界に来たばかりの異世界人はどちらも持っていないことが多い。
じゃあどうするか。
答えは簡単。この世界には無い、異世界っぽいものを売る。
こうすることで異世界人だと理解してもらった上に、お金も手に入る。
逆に街は、異世界の物や知識を手に入れることが出来る。
正にWin-Winってやつだな。
俺が売ったのは学ランとカッターシャツのセット。
目立つ服を着てて良かった。
お陰で黒いズボンに黒いTシャツだけど、これは仕方がない。
装備は後で整えよう。
「それじゃあ問題は起こすなよ。あとは次に出る時までに、正式な身分証を作成しておくんだぞ」
「分かってますって」
兵士に見送られて、分厚い石造りの門の中を抜けた。
そこには、アニメでしか見たことのないような景色が広がっていた。