誰かが守らなければあっという間にすたれてしまう社会のマナーについて
あれは私が何かの用事でコンビニエンスストアに行った時だったと思う。
今のコンビニのレジ近くの床には混雑時に並び方を示す矢印のようなものが貼ってあってそれを私は律義に守っていた。
そもそもわたしという人間はそういったルールに厳しいわけではないし、収入印紙か何かを買うだけだったはずだから急いでいる人間には順番を譲るつもりだったのだ。
ところがその日に限って運悪くコンビニは盛況であり、レジの前にはたくさんの人が並んでいた。
私は携帯で休憩の残り時間などを気にしながら買い物を精算する時を待っていたのだ。
私とレジカウンターの前に白髪の老人が一人、並んている時の話になる。
大柄な、いかにも横柄そうな男が割り込んできたのだ。急に入って来たはずの男は息を荒くしながら老人にすごんで見せた。
「何か文句があるの、おじいさん?あるならちゃんと言ってよねえ」
老人は悪漢にすごまれて何も言えなくなってしまい、私に前を譲り列の後ろの方に行ってしまった。
生来、臆病な私でも強い嫌悪感を覚えるような光景だった。
しかし、無力な私には何もすることが出来ず意図して視線を外すくらいのことしか出来なかった。我ながら弱気な性格だと思う。
だが、老人と私の怯える姿に調子に乗った悪漢は故意に地面に唾を吐く始末だった。
あまりの露悪的な行為に他の客も眉をしかめる。
私は目の前の悪漢を刺激しないように、もしくは別の店に買い物に行こうかなどと考えていた。
考えも行動も極めて幼稚な悪漢は怯える私たちを見てさらに上機嫌な様子だった。
早く。一刻も早くこの場を立ち去りたい。いつの間にか私はそんなことを考えるようになっていた。
ただ上司が仕事が忙しそうだったので手の空いていた私が少しでも助けにならないかと買い物を申し出たばかりにどうしてこんな目に合わなければならないのか。
私は気を紛らわせる為に、また携帯の液晶画面に映る時刻を確認する。その時、次なる事件が起こった。
「ぐお、ぐおぼぼぼ。俺はなあ分裂できるんだぜ?見ろ、無限に分裂増殖する俺の姿を。お前も俺の一部になるんだああああ……」
男はアメーバ生物のように分裂していた。私は驚愕した。
思ったよりも男の足元から汁が垂れているのだ。
こうなってしまってはモップで拭き取ることなどできまい。拭き取ってもかえって汁の汚れが伸びてしまうだけだ。
ああ、くそ!!こんな忙しい時に汚しやがって!!
私は懐からペンライトのような形をした道具を取り出した。そして、小さな棒を天に向ける。
「デュワッ!!」
私は一秒と経過しないうちに天井を突き破るほどの大きさになった。
そう、私の名前はしのぶマン。
普段はさえない中年のデブ男だが、有事にはこういう感じで大きなって悪いヤツをデジカメで撮影して動画サイトで晒し者にしてやるのだ。
デュワッ!!
悪いヤツを退治するのは警察の仕事であって私の仕事ではない。
デュワッ!!
私は巨大化した私によって廃墟になってしまったコンビニの店内をデジカメで撮影した。
どうやら老人が他のお客さんを先導してくれたおかげで無事な様子だ。
ありがとう、ジジイ。
今度俺が老人席に座っていたら俺が降りる時に譲ってやるぜ。基本、終点だがな。
老人は私に向かって親指を立てる。私もまた老人に向かって親指を立てた。
そして、瓦礫の下では死体となったアメーバ男がぶくぶくと泡を吐きながら増殖を繰り返していた。