誕生日パーティ
会場はホテルの二階丸ごと貸し切りする形で、パーティが始まろうとしていた。
テーブルの上には色とりどりの料理が並んでおり、バイキング形式でとれるようになっている。
「こういう所って、何気に初めて入るわ」
「俺もだよ」
俺とシズクは特に着替える事無く、制服のままやってきていた。
見れば談笑を楽しむ人々の中に、俺達と同じように学院の服を着ている奴らもいる。
「お兄ちゃん。私は友達と少し喋ってくるわ」
そう言ってシズクは別の所へと離れていった。
俺とは違い以前から学院にいるので、年の離れていない同世代の友達がいるのだろう。
問題は俺が手持無沙汰になってしまったという事だ。
東雲の所へ挨拶をしようかと思えば、色々な人物から話しかけられていてそれどころではなさそうだ。
かといって俺は親しい友人はいまだに出来ていない。
むしろ話したのは便宜上必要だった時と、自己紹介をした時くらいだろうか。
……もしかして、ここ最近まともに喋ったのは魔女だけか?
此処にきて積極的に他人と関わらなかった事が裏目に出ている。『バレット』であることも関係はしてそうだが。
自分が蒔いた種だ。どうせならパーティに出されている料理を楽しもう。
真新しい皿を手に取り、適当に取っていく。
「あ」
綺麗な白髪に相反するように灰色の軍服軍帽。実は眠たいんじゃないかと邪推する瞳のやる気のなさ。
さっき別れたフェルツ=クレアと名乗っていた少女が同じように料理を取っていた。
「フェルじゃないか」
「……あ」
こちらに気づいたらしいフェルが、相も変わらず受け取りにくい無表情をしている。
ただしその視線にはほんの少しだけ迷いが見えた気がした。
フェルの手元を見てみれば、結構バランスよく取っている。栄養面で言えばの話だが。
味覚が壊滅的という訳ではないらしい。常識が無いだけだろうか。
その視線の先へと伸ばしてみれば、アイスを取るかどうか迷っているようだった。
「取らないのか? 」
「……糖分は過剰に摂取する必要はないかと思われます」
そうは言ってるが、どことなく不満気に見えるのは気のせいだろうか。
結局数分ほど見つめた後に、諦めて近くにあったテーブルへと一人で座った。
難儀な性格をしているな。
俺は一通り取り終えてフェルへと近づいていく。
「座ってもいいか? 」
「自分は問題ありません」
お行儀よく食べているフェルの近くに腰かけた。
そして大げさに言ってやった。
「しまったな。どう考えても俺の腹の量じゃこのアイスまで食べきれないな。残してしまったら流石に申し訳ないしなあ」
「……何故、取ったのですか? 食べきれないのなら」
フェルの冷ややかな視線が突き刺さる。俺が聞きてえよ。
「仕方がありません。自分が処理しましょう」
そう言ってフェルは俺の小皿からアイスを取っていった。
ただしその表情はほんのり喜びが見え隠れしていたが。
素直になれないというか。律儀というかなんというか。効率通りにしか生きれないのは不便なもんだ。
「それなら、私も隣いいかしら」
聞いたことのある声が後ろからする。誰かと確認するよりも先に既にその人物は座っていた。
漆黒の長い髪をなびかせて座る少女。
東雲アリサ。俺の幼馴染で、この誕生日パーティの主催の姿がそこにあった。
―――
俺の記憶の底にいる彼女は、周囲から孤立していた姿だ。
「悪くないもん。私えらいもん」
横柄な態度と幼少期から見せていた可愛らしさは格好の的だったのだろう。
よく一人ぼっちでいる所を見掛けては、俺と雫が遊んだりしていた。
両親を早くに亡くした俺達も、同世代から避けられていた為に同じ仲間を見つけた気がして嬉しかったのもあるだろう。
中学になってから学校が別々になって以来会う事も無くなっていたが。
「こうして話すのは初めてね。フェルツ=クレアさん」
「こちらこそ初めまして。そして本日はおめでとうございます。東雲アリサさん」
白と黒。対照的な二人がそこにはいた。
感情の機微を受け取り辛いくらい表情の変わらないフェルに、どこか余裕を感じさせる落ち着いた笑みを零す東雲。
同じ静かな雰囲気と言っても複数あるのだと考えさせられる。
学院生の指定制服と違い黒の着物を羽織る東雲は、数年前に会った時よりも遥かに美人になっていた。
対してフェルも軍服姿ではあるものの、儚く幻想的な雰囲気を醸し出していた。
絵になるというのはこの事を云うのだろう。
「……ところで、お二人はどういうご関係なのかしら? 」
絵に出来ない会話が出てきたんだが。
案の定意図が読めないフェルが頭に疑問符が出ている。
「東雲さん。俺とフェルはさっき出会ったばかりで、困ってる俺を助けてくれたんだ」
「へえ。天野くんはフェルツさんの事をフェルって呼んでるのね」
何をどうしたのか。明確な不満を隠そうともせず東雲は睨んできた。
「私の事は上の名前で呼ぶのに。友達だと思っていたのは私だけだったのかしら」
「は? いや、だってお前……」
思わず素の返事をしてしまった。
「お前じゃない。昔みたいにアリサって呼ばないと怒るわ」
「……」
ええ……。一応周りに人がいるんだが。
けれどこうなった東雲はてこでも折れない。あの頃から変わっていなければだが。
黒い両の瞳からは強い意志を感じる。はよいえと言わんばかりだ。
「あ、アリサ」
「よろしい」
完成されていた大人の表情から、子供みたいに朗らかに笑うアリサ。
疲れた。
いつの間にやらフェルは興味深そうにこっちを見てるし。
ていうか丁度フェルの後ろにいるシズクが、友達と喋りながらこちらを見て意地悪い笑みを浮かべていた。
後で覚えとけよ。
やけに乾く喉を潤す為に水を飲む。
「お二方は、恋人なのですか? 」
「ごほッ、ごほっ」
咽せた。幸いにも口に含んだばかりで噴き出す事は無かったが。
「違うわ。私と十束は幼馴染なの」
「幼馴染……」
「遊び仲間よ。昔はよく色んな事をしていたの。小学校まで一緒だったのだけれど、中学は別々だったわ」
「そうでしたか」
どうやらフェルの中では納得したらしく、それ以上追及してくることは無かった。
そしてアリサの方は別の所からお呼ばれされたらしく、「またね」とだけ言って席を離れた。
俺とフェルは無言で食事を再開する。
本来なら気まずいであろうお互いに喋らない空間ではあったが、何故かそれほど居心地は悪くは無かった。
ただ、フェルのアイスがやや溶けていたのだけは可哀そうではあった……。