白髪の少女との出逢い
綺麗だと思った。
腰元まで伸びているであろう雪のような白髪。それに溶けた雪水のように澄んだ蒼い瞳。
「どけどけッ」
飛び掛かった一人に対して一本背負いで投げ飛ばす。
そして男として思わず悲鳴をあげそうな追撃をしていた。
そんな彼女にもう一人の男が後ろから迫るのを確認した俺は、思い切りその背中を蹴飛ばしてやることにする。
少しばかり手間取ってしまったが、適当に男たちを拘束し身柄を引き渡した所で彼女たちへと向き直る。
「大丈夫か? 」
すると彼女は眉一つ動かさない所か間髪入れずに返してきた。
「自分は大丈夫でした」
俺の聞きなれない言葉で。聞きたくはあまりない言葉で。少なくとも日本語ではないソレで。
『自動翻訳』という嫌な言葉が思い起こされる。
ああ、失敗した。関わるつもりは無かったんだが。
思わず少しだけ顰めてしまったのを取り繕って、俺は笑顔で返す。
「それは良かった」
「ですが、自分が制圧した方が最も危険が少なく済みました」
無表情で返してくる彼女。
そうかもな。そうだろうな。だってお前は……。
改めて彼女の服装を一瞥する。シンプルさだけを求めた灰色の軍服だった。
すらりと見せる細い手足のどこからさっきみたいな力が出てきたのか不思議で仕方がない。
けれども彼女達はそうなのだろう。だって俺達とは違う異世界からやってきたのだから。
「それもそうか。すまんかった。それよりこの荷物は君が一人で? 」
「はい。先程そこの人が持つにはあまりに非効率的な物でしたので」
振り返った先には一人のお婆さんがいた。軍服の少女は急いで駆け寄る。
「大丈夫ですよ。危険因子は排除しました」
意外だった。てっきり彼女はそういう事柄に疎いだろうと思っていたからだ。
その服装の通り、その髪色の通り、その口調の通り。感情なんてものは希薄なのかと。
事務的に思いやりのある行動をする彼女に、俺は思わず笑ってしまっていた。
「……何かおかしなことでもしましたか? 」
初めて彼女が怪訝そうな表情を浮かべる。
「いや、なんて言ったらいいのか」
本当に言葉に困る。
「君は優しいんだな」
――――
「食料とは食べれればいいのでは無いのですか? 」
あまりの酷さに開いた口が止まらなくなった。
俺とフェルは食料の調達というデパートで買い物をするという至って普通の事をしていたのだが。
「……缶ではダメなのですか? 」
「いや、駄目だろ」
「むう」
どうにもこの少女、薄いのは色素だけではないらしい。
いつの間にやらすっかり毒気が抜けてしまった俺は砕けた口調で喋っていた。
「衛生的に問題は無いと思われるのですが」
味は二の次かよ。
「あのな、フェルはいいかもしれないが。食べるのは君だけじゃないだろ? 」
「はい。どちらかといえば自分の隊員に配布する物です」
「前々からそうなのか? 」
「野営の時は何度か自分が調達しておりましたが、今回のは拠点に取り置きしておくものです」
「それなら猶更ちゃんとしたものを買わないと」
そういって俺は野菜とかに手を伸ばそうとして、その手を止めた。
「もしかして、日持ちした方がいい感じなのか? 」
それならインスタント食品やレトルトなんかがいいかもしれない。
「いえ、特にそのような長期活動ではありません。明日明後日には消化し終えているでしょう」
両の蒼をこちらに据えながらフェルは答える。
……。その情報って、フェルの所では結構重要な情報じゃないのだろうか。一応俺は赤の他人なのだが。
例えばこれらに遅効性の毒物とかを混ぜたり出来るとか考えたりしないのだろうか。
見ていて不安になる。
「好みとかは? 」
フェルの表情に変わりはない。
「もしかして、好き嫌いとか無いのか? 」
気のせいか特徴的な白い髪を揺らして首を傾げているようにも見える。あくまでそう見えるだけだが。
「自分は作戦施行に問題が無ければ特に」
「それならまあ無難なヤツでいいか……」
俺は適当にどんなものでも使えそうな食べ物をカートに入れていく。
それにしてもこのデパートの、ショッピングモールにおいてフェルはとてつもなく浮いていた。
まず灰色の軍服軍帽という時点で軍関係者だというのが一目瞭然だ。
ピリピリとした雰囲気からは他者を寄せ付けたくないと言わんばかりに威圧している。
次にフェル自身がとてつもなく綺麗だというのもある。
雪化粧のように白く薄い肌色はロシア系に見えるし、眠たそうにも見えるジト目からは空のような蒼の瞳が覗かせている。
触れてしまえば簡単に折れてしまいそうなくらい女性的な細く弱弱しい身体つき。
俺の顎元くらいの身長からは決して先程男たちを相手に圧倒していたようには思えない。
その後は特に悩むことも無く、当初の目的を達成する事になった。
「とりあえずこれくらいでいいか」
買い物を終えた俺は背筋をピンと伸ばす。
後ろにいるフェルも表情からは読み取れないが、弛緩した雰囲気を醸し出していた。
「ん」
見れば珍しく屋台でアイスを売っていた。
「ここで座って待っててくれ」
俺は近くにあるベンチに座るようフェルに言い、屋台へと近づいていく。
フェルの好みは分からないので、俺のチョイスでアイスを二つほど買ってきた。
「今日はありがとうな」
「……」
夕暮れの影が差すフェルにアイスを一つほど手渡し、俺はその隣に座る。
そこまで激しく動いたつもりは無かったが、アイスの甘さと冷たさは休憩するには丁度良かった。
ぼんやりと人込みを見るフェルを一瞥する。
不思議なもんだなと思う。こうして会ったばかりの女の子にここまでする事になるとは。
無表情で親切な事をする彼女を見て、なんだか放っておけなかったのもあるだろう。
ただ、どうなんだろうか。
案外可愛かったから手伝ったのかもしれないな。
気づけばフェルは一口もアイスを食べていなかった。
「ほら、早く食べないと溶けるぞ」
すると彼女は別の事でも考えていたのか、驚いた後に急いで食べ始めた。
「あ……」
花が開いたとはこの事を云うのだろう。
今まで仏頂面とまではいかないが、少なくとも大きな感情の機微を感じさせなかった彼女が。
春を迎えるかのようにやんわりとほほ笑んだ。
「美味しいだろ。それ」
俺が言うと、むっとしたように元の無表情顔へと戻ってしまった。
「……はい」
それでもアイスの事を気に入ったのか、猫のようにぺろぺろと小さく舐めている。
満足した俺は腕につけてある時計を見れば、短い針は既に五を指していた。
俺の幼馴染だった女の子の誕生日パーティに向かうにはそろそろ準備を始めなければならない。
「そろそろ行かないとな。付き合ってくれて助かった」
名残惜しくなった時間から立ち上がり、元居た喧噪の中へ踵を返そうとした。
「どうして」
自分でも予想外だったと言わんばかりに、困惑した声色で俺に尋ねてくる彼女。
どうしてか。どうしてなんだろうか。
そう考えた時、ふっと思い当たる言葉が出てきた。
「だって、友達だろ? 」
そうだ。友達だからだ。向こうはそうじゃないかもしれないけれど。俺は友達だと思ったんだ。
「そうじゃなくても、俺の手伝いをして貰っただけだ」
かみ合わないピースがはまったかのように、胸の内に綺麗に入った。
自分でも驚くくらい清々しい笑顔を浮かべたと思う。
「またな」ときっとまた会える予感を含めて俺はフェルに別れを告げた。
普段だったら煩わしいだけの人込みが心地よく感じる。暑苦しい夕暮れが温かく感じる。
――お兄ちゃん。
ああ、ああ。なんて気に食わないんだろう。気持ちの良い気分というのは続かないもんだ。