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蒼紅のリヴァイヴ  作者: 笹倉亜里沙
一章~フェルツ=クレアは恋を知らない~
3/6

フェルツ=クレア



二年と半年前、世界は()()()()()()()()()()()()()


それを戦争と言うのだろうか。突然次元を裂くようにして現れた人、人、人、或いは人外。


彼らは一様にして略奪を始めた。その手に持つ武器を以て、故も知らない一般市民たちを虐殺せしめたのだ。


此れに対して各種政府機関は無能ではなかった。兵器を持つ軍隊として対抗せしめたのだが……。



"魔法"



魔方陣を描き生み出される魔法はあまりにも甚大な被害をもたらした。


何もない空間から炎を生み出し、雷撃を放ち、水を瞬く間に凍らせただけならまだやりようもあったのだろう。


それもかれも濃すぎる魔力の前では機械が何故か作動しなかったからである。


銃は唐突に弾詰まりを起こし、戦車は稼働停止し、兵器は並々にして物言わぬ固い物になってしまった。


けれどもそれだけなら機械も糞もない刃物や鈍器、魔力すら届かない超高空からの絨毯爆撃(じゅうたんばくげき)などで対応出来ただろう。



"特異性"



皮肉にも、一つの世界から攻められた訳ではなかった。


――戦争の絶えない冬の世界。宗教を基盤として成り立つ神の世界。魔王が平和に世界を支配する世界。


それぞれの"王"を名乗る者たちは特異な力を持ち合わせていた。


科学を鼻で笑いたくなるほどの超常をその身一つで起こされる上に、魔力が濃い中でも使われるのだ。たまったものではない。


服従か、略奪か。そのどちらかを世界中の国々が与えられている中、日本は幸福だったといえるだろう。


十の帝王と対等な特異な力を手に入れた華族、『東雲家(しののめけ)』を筆頭に『零』の帝王と条約を結ぶ事に成功したのだ。


日本は『零』の帝王の庇護下に置かれ、又他の帝王達によって焦土と変えられた土地には異世界人が防衛という名目で住むことになる。


更に程なくして『零』の帝王は他の『十帝』に向け宣誓した。



――我らは此の世界を護る中庸の存在である。



多重次元鎮圧連盟、通称FOMDSを名乗った帝王はある意味では国を持たない傭兵団であった。


あらゆる非人道的行為に対し武力介入を行い、更には異世界から持ち込まれた魔物達の討伐をも行う。


このような攻撃的行為に自国を作り上げたりした他の十帝は意外にも抵抗せず、むしろ前世界で存在していた国際連盟のような立ち位置を手に入れていた。


そうして各国は姿形を変えたりしながらも、ある種の平穏を迎えていた。


"灰の夏(ホワイトノイズ)"と呼ばれた、悪夢のような日を越えて。





――――





――何故、このような事になっているのでしょうか。



自分ことフェルツ=クレアはそう思わずにはいられませんでした。


本来一人でこの任務を遂行する筈であり、間違ってでも隣に青年を置いて荷物運びをする訳ではありませんでした。


数刻前、自分は今日食料を調達する為に買い物へと出掛けていました。


そこで偶々非効率的な荷物を運んでいたお婆さんが目についたので、背後から声を掛ける形で荷物の送迎を手伝う事になりました。


元々の目的に沿うものではありませんが。


「どけどけッ! 」


そこに運悪く引ったくりと呼ばれる二人組が、人込みを掻き分けながらこちらへと向かってきました。


なので素早く荷物を置き、突飛ばそうと手を伸ばしてきた腕を掴み取り背負い投げをしました。


「うぐっ」


派手に転んだ男に対して自分は右足で思い切り急所を踏みつけます。


「なッ、お前っ」


気づいたもう一人が手元に持つ刃物をこちらへと向けてきたので、後ろ蹴りをしようとした所。


「ぐげっ」


その場に丁度居合わせていた一人の青年が、後ろから思い切りドロップキックを喰らわせていました。


彼はすぐさま倒された男が振り向くよりも先に、その背中に乗り込んで両腕を後ろへと回して拘束しようとします。


「てめっ」


それでも倒れた男は握った刃物を青年に振り切ろうとした筈ですが。


何故か男はもう一度同じモーションで振り替えし、間に合う事無く青年に取り押さえられました。


()()()()()()()()()()()()()


それはそれとして手際の良い暴漢の無力化です。


彼は街中で溶け込むのに十分な顔立ちに、特定の所属を意味する学生服と呼ばれるものを纏っていました。


けれどそうした平凡的な物に比べて、咄嗟に出たであろう行動力は目を見張らせる物があります。


先程の出来事といい、まず間違いなく普通の人間では無い事は伺えました。


その彼は一段落するとこちらへと安否を確認してきます。


「大丈夫か? 」


「自分は大丈夫でした」


私の声色を聞いて彼は少しだけ表情を変化させましたが、すぐさま安堵を浮かべました。


「それは良かった」


「ですが、自分が制圧した方が最も危険が少なく済みました」


すると彼は少し驚いた後に、得心がいったように頷きました。


「それもそうか。すまんかった。それよりこの荷物は君が一人で? 」


「はい。先程そこの人が持つにはあまりに非効率的な物でしたので」


後ろの方で避難していたお婆さんを見ます。彼女はこちらの方をしきりに気にしているようでした。


自分が近寄り一声だけ掛けてあげます。


「大丈夫ですよ。危険因子は排除しました」


そういわれて初めて安心したらしく。


彼女はしきりに「良かったねえ、何事も無くて本当に良かった」とだけ言って、手を握ってきました。


後ろに立っていた彼は何故か笑っていましたが。


「……何かおかしなことでもしましたか? 」


「いや、なんて言ったらいいのか」


要点が得られません。


「君は優しいんだな」





―――――





これが先程までの顛末です。


実行犯である引ったくりは通報を聞きつけた警察に身柄を渡しました。


彼は「俺にも荷物運びを手伝わせてくれ」と提案してきましたが、自分としては一人で持てるので効率が良いのだと伝えました。


「俺がいた方がさっきみたいな事があった時、すぐに対処出来るだろ? 」


特にそのような事は無いと思ったのですが、僅かながらも軽減出来るならと了承しました。


そうして二人並んでお婆さんを自宅まで送り届けたのです。


ありがとうねえ。と頭を下げるお婆さんを見送りながら、自分は再び買い物をする為に戻ろうとしたのですが。


「ところで一つ聞きたいんだが。女の子が贈られてうれしいものってどんなものがいいか教えてくれないか? 」


彼は自分に尋ねてきました。


「質問の意図が読めません」


「友達と久しぶりに会うんだよ。……誕生日だからな。ただ、同級生に聞き辛い」


「それこそ、何故自分なのでしょうか? 自分はその手の機微には疎いと存じております」


「他に聞けるような奴がいなくてな。迷ってたら丁度君に出会った」


「……」


どうやら。


疑いこそ掛けていたものの、やはり彼は間者に違いないと確信しました。


一介の学生が持つには不釣り合いな筋力。たまたまだというのも適当なでっちあげなのでしょう。


更に先程の出来事からも。自分のような立場の人間なら兎も角、利益も無しに危険を犯す理由など無いからです。


脈拍や瞳孔は落ち着いてはいますがスパイならば動揺する事は恐らくないでしょう。


「了解しました。自分が戦力になれるとは思えませんが、食料調達のついでになら」


「そうか! 助かる」


喜ぶ表情を背に、自分は懐にある拳銃へといつでも手を伸ばせるようにしておきます。


「俺の名前は天野十束(あまのとおつか)


「……。自分の名前はフェルツ=クレアです」


「そうか、よろしくな。フェル」


差し出された手を握り返します。この仮初の関係はいつまでもつのでしょうか。


ところが彼との買い物は思った以上に普通なものでした。


贈り物を真剣に吟味するばかり、更には元々自分が調達しようとしていた食料まで選別してくれました。


終わった所で、一緒に選んでくれたお礼と"あいす"と呼ばれるものを手渡してきました。


「今日はありがとうな」


「……」


もう一つ手にした彼は自分の隣によいしょと腰かけます。


街中に置かれたベンチからは人込みとまではいかないものの、人通りは見渡せました。


理解が出来ません。冷たく乗せられたものが食料である事は理解が出来ます。


何一つ見知らぬ人からの食糧を自分が食べると思うのでしょうか。


……分かりません。


「ほら、早く食べないと溶けるぞ」


彼の言う通り、ひんやりとしたそれはゆっくりと液状化していっていました。


思わず急いでかぶりつきます。


「あ……」


甘い。久しく摂っていなかったいなかった甘露でした。


それと同時に自分に驚きました。こうして急かされたとはいえこのようなリスクを負った事にです。


「美味しいだろ。それ」


天野さんは柔らかく笑っていました。


「……はい」


食べてみると意外と冷たくて、舌を使って舐める事にしました。


既に口にしてしまったからかは分からないですが、食べないでいるという選択肢はありませんでした。


夕暮れが差し込む街中を見ながら、天野さんは口にします。


「そろそろ行かないとな。付き合ってくれて助かった」


そういい立ち上がり、元居た喧噪の中へ踵を返そうとしました。


「どうして」


思わず立ち上がり彼に問いただします。理解が及びませんでした。


利害が一致したから手伝うのは分かります。けれども彼のそれはその領分を遥かに越えて度外視したものでした。


間者ならばもっと手っ取り早い方法だってあった筈でしょう。そもそもこの食べ物に毒を盛ることだって。


「だって、()()だろ? 」


"友達"……?


「そうじゃなくても、俺の手伝いをして貰っただけだ」


そう答えると彼は朗らかに笑います。そして「またな」と一言だけ零すと、本当に私の前から完全に姿を消しました。


すぐさま気配を探るも周辺に似た雰囲気の人物はおりません。


「……友達」


知ってはいます。かつてそう呼びあうものもいたから。そしてそれが特定の場面において滑油になるのだとも。


まさかそれが自分に対して使われるとは思っていませんでした。


これが彼との初めての出会いです。





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