イタキモの末に
♪……どんな苦難も何のその 怖い魔物を斬り伏せて
ずんずん進む 大迷宮
幾多の危険も顧みず 優しいゾンビ先生は
篭にいっぱい薬草を 僕らに取って来てくれました
おかげでみんな元気です ゾンビ先生ありがとう
べそをかきながら、ぞろぞろと後を着いてくる子供達の歌声に胸を痛め、メディア・バイ・バ・チュンは重い足取りで、シャングリ・ラの大門へと歩みを進めていた。メディアはシャングリ・ラ市民を刺激せぬ様に、夜の明けきらぬうちに出立しようとしたのだが、ゾンビ先生を慕う子供達が、何とかメディアに浄化を翻意してもらおうと、夜中のうちから待ち構えていたのだ。
「チッ」
「!!」
そんな子供達の歌声を聞いていた従者が、忌々しげに舌打ちをして子供達を睨む。その視線に怯える子供達を庇い、メディアは間に入って従者を睨み返す。メディアの眼力に圧された従者はフードを目深に被り直し、顔をそむけて歩き始めた。その背中をしばし睨んでいたメディアだったが、子供達に優しい笑顔を向けて声をかける。
「素敵なお歌ね。ゾンビ先生のお歌?」
その言葉にきょとんとして、子供達はメディアを見上げた。子供達はメディアがゾンビ先生を退治しに来たとばかり思っていたが、彼女の笑顔とその言葉に、本意ではないと気がついた。不安げに見上げる子供達を安心させようと、メディアは言葉を続ける。
「ねぇ、みんな、私にもそのお歌、教えてくれないかな?」
怖い教会の従者とは対照的な、明るい笑顔で親しく話しかけてきたメディアに、子供達の目に希望の光が浮かび上がった。
「ねぇ、お姉ちゃん、ゾンビ先生を殺さないで」
「ゾンビ先生は悪いモンスターじゃないんだよ、良いゾンビなんだよ」
「僕は大きくなったら、マスターみたいにゾンビ先生に弟子入りして、立派な冒険者になるんだ! だから、ゾンビ先生を浄化しないでよ」
「私はゾンビ先生のお嫁さんになるの、ゾンビ先生を助けて、お姉ちゃん」
子供達はメディアに向かい、真剣な瞳でゾンビ先生は浄化しないでくれと訴える。その必死さといじらしさに、メディアは胸を痛めるのだった。
そうしているうちにメディア達はシャングリ・ラの街を囲う城壁の大門へと到着する。
「皆さん、私もゾンビ先生のお話を伺い、ゾンビ先生の様にありたいと常々思い、精進して参りました。ですので、皆さんのお気持ち、全てでは無いにしろ、少しは理解しているつもりです。ですが、ポラス廃都地下迷宮のゾンビ浄化は、教会の方針でもあるのです。私も出来る限りの事はしようと考えてはいますが、だからといって皆さんの御期待に十全に応える事はできません。どうかお許し下さいませ」
メディアは子供達とその保護者に、深々と頭を下げてそう言うのだった。落胆する彼らに向かい、ギルドマスターのシャザーンが口を開く。
「まぁ、いくら聖女様とはいえ、出来る事と出来ない事が有るって訳だ、そこら辺の辛い気持ちは分かってやろうぜ。少なくとも聖女さんは、俺達と同じ気持ちなんだし」
シャザーンの言葉で無理矢理納得するも、肩を落としながら子供達を促して、三々五々に解散していく市民の背中に向かい、メディアはもう一度深く頭を下げて見送っていた。
そんなメディアのやるせない気持ちを踏みにじる様に、従者の怒号がシャザーンに浴びせられる。
「おい、案内人の冒険者はどうした! 一人もいないではないか!?」
思わず顔を上げたメディアの前で、いきり立つ従者を前に、ふてぶてしい笑みを浮かべてシャザーンが答える。
「はぁん? 案内人の冒険者が居ねぇって? 何を訳わかんねぇ事を言ってるんだ? 居るじゃねぇか、此処に」
「何処に居ると言うのだ!」
「お止めなさい!」
一触即発状態となった従者達とシャザーンの間に、眦を吊り上げてメディアが割って入る。
「申し訳ありません、シャザーン様。従者達には後程きつく言って聞かせますので、この場は私に免じてお許し下さい。ここからの案内は結構です、後は私達だけで……」
心から申し訳なさそうに謝罪するメディアの言葉を、シャザーンは遮って言葉を被せる。
「おーっと、待ってくんな、聖女さんよ。確かにこの街の冒険者達は、ゾンビ先生を浄化しようっていうアンタ達に、手を貸す奴は一人も居ねえ」
「何だと! この無礼者!」
ぶっきらぼうなシャザーンの言葉に、いきり立つ従者の一人が声を荒らげるが、メディアとシャザーンの眼力が、その従者を黙らせた。
「でもよ、正式な依頼をキャンセルするなんざ、冒険者ギルドとして出来る訳もねぇ」
「と、言うことは?」
冒険者ギルドと教会の間に、決定的な不和を生じる危険を回避出来る可能性を見いだして、メディアの瞳に輝きが戻る。そんなメディアにだけシャザーンは、茶目っ気混じりの不敵な笑みを浮かべて、胸を叩いた。
「この俺様、元S級冒険者のシャザーン様が、直々に案内してやるって事だ。どうだい、それでも不服かい?」
眼光鋭く睨め回すシャザーンの迫力に、従者達はたじろいで後ずさる。そんな情けない従者達を尻目に、メディアは一歩前に踏み出し、深々と頭を下げて感謝の言葉を口にするのだった。
「御助力感謝致します、シャザーン様。聞けばシャザーン様が、初めてゾンビ先生にお会いした冒険者とか? 道中是非ともゾンビ先生のお話を聞きとうございます、では参りましょう」
こうしてメディア一行は、一路ポラス廃都の地下大迷宮へと向かって、馬車を走らせたのだった。
△▼△▼△▼
ここに来てもう何年経ったかな……
灘井青年が憑依転生したゾンビは、地下大迷宮最下層の湖の畔の大木の切り株に、蓮華座で座りキラキラ光る水面を眺めながら、辺り一面に生えている月影の夜光草の花の香りに身を任せていた。
ここに来て十年位経った時に出会った、あの青年は元気だろうか? 確かゾンビの身体の腐敗の進行をくい止め、どうにか再生を始めた時に会ったんだ。いきなり斬りつけてきたから、びっくりして反射的に反撃してしまったからなぁ。悪いと思ってローブの内ポケットからエリクサーを二本出して……。それからちょくちょく会うようになって、一緒に稽古をして、楽しかったなぁ。その後も、困っている冒険者の人達の手助けをしたり……。確かに討伐されたくないって下心も有ったけど、やっぱり医者の卵としては、困っている人は放ってはおけないからね。そのおかげで、こんな素敵な場所を見つけられたし。
この月影の夜光草の薬効で、魔力循環だけに頼らず腐敗進行を止められたんだから、それどころか治療効果も有って、治療魔法が使える所まで回復できるとは思わなかった。
灘井青年はステータスを開いて、現状を確認する。
名前:ダナー〔灘井陀那〕
種族:コープス
HP:652〔666〕
MP:9647〔100O0〕
STR:215 〔256〕
DEX:962 〔993〕
VIT:200 〔228〕
AGI:813 〔867〕
INT:4533 〔4729〕
MND:4462 〔4872〕
魔法適正:無属性 火属性 水属性 風属性 土属性 木属性 闇属性 〔光属性〕〔聖属性〕
魔法工学:錬金術 魔方陣制作 魔道具制作
魔術補正:高速詠唱 無詠唱 高速思考 並列思考
体術:徒手格闘術 短剣術 短杖術
特殊スキル:明鏡止水 時空干渉 〔■■■■アクセス権〕
固有スキル:賢者の種 勇者の種
大分回復してきたな、回復の途中で並列思考なんてのが生えたけど、それはこの身体の能力がまだ頭打ちではなく、成長の余地が有るという事だろう。種族がゾンビからコープスに変わったのとあわせて考えると、人間、ヒューマンになる可能性もあるかもしれない。こりゃ、希望が出てきたぞ……
未来に明るい展望が見えてきた事で、灘井青年は笑みを浮かべる。そんな時に、どこからともなく、不快ではあるが惹かれる匂いが漂って来た。
「なんだ、このマイナー銘柄の輸入煙草みたいな匂いは……?」
鼻をひくひくさせ、灘井青年は顔をしかめるが、身体が勝手に動いて、その匂いの元へと足を進める。
「なんだ!? 一体どうしたんだ?」
身体の自由を半ば奪われた様に、灘井青年は吸い寄せられる様に、ふらふらと匂いの元へと歩いて行った。
▲▽▲▽▲▽
「糞っ! これじゃキリがねぇ!」
シャングリ・ラのギルド長、シャザーンは悪態をつきながら剣を振るい、聖女メディアを庇いながら、洪水の様に迫り来るゾンビ達を斬り伏せていた。
「申し訳ありません、ギルド長、私の配下の者が……」
聖女メディアは、シャザーンの背後で杖を構えながら謝罪する。二人はゾンビによるモンスタートレインに襲われて、進退極まっていたのだ。
「お互い嵌められたんだ。そいつぁ言わない約束だぜ、聖女さん。それよりも浄化魔法の詠唱を頼む」
「はい、わかりました。天にまします我等が神よ、迷える愛し子に、御胸に至る道程を示し、とこしえの安らぎを与えたまえ! ホーリーストーム!!」
メディアが最上級の広域浄化魔法を唱えるが、それは焼け石に水だった。一時はゾンビの接近を防げるが、すぐに勢いを盛り返して迫り来る。その理由は、二人の足元に転がる死体に有った。その死体は、メディアの従者だった者達の死体である。彼等はこの迷宮の奥深く、直ぐには地上に戻る事が出来ない場所で、ゾンビ誘引の魔道香水を使ったのだ。
理由は聖女メディアの暗殺である。
彼等は教導派ゴート派に邪魔なメディアを、自分達の派閥の安泰の為に、浄化失敗の体を装い暗殺しようとしていたのだ。従者達は魔導香水を自らに振り掛け、命と引き換えにゾンビを引き寄せる。
従者達は元々教導派の狂信者であり、そして稚児の頃から教導派の高位聖職者の男色相手でもあった。その上薬物を使って洗脳されていた為に、殉教の喜びの絶頂で自らの命を投げ捨たのだ。哀れといえば、哀れな存在であるが、メディアとシャザーンにとっては迷惑千万である。
教導派ゴート派の奸計と、従者達の狂信的な執念から、ゾンビの群れは勢い衰える気配も無く、メディアの魔力とシャザーンの体力気力を奪っていった。
「すまねぇ、聖女さん、一匹やり損ねた!!」
シャザーンの横をすり抜けて、肉薄してきたゾンビを浄化の魔力を込め、メディアは杖で叩き伏せる。
「大丈夫です、シャザーン様、広範囲浄化、行きます!」
何度目かの広範囲浄化魔法を発動したメディアは、遂に精根尽き果てたのか、ふらつく足元を支える為に杖を地面に着いてしまった。霞む視界の中、必死に剣を振るうシャザーンの背中が見えていた。
ああ、私はもう駄目かも知れません。もしも、ここで尽き果ててゾンビになっても、私は気高いゾンビ先生の様に、人のお役に立ちとうございます。神よ、どうかお導きください……
メディアが悲壮な覚悟を決め、最後の浄化魔法を放とうとした時に奇跡が起きた。
「えっ!?」
よろめくメディアを支える様に、誰かが後ろから抱き止め、そして一緒に杖を握る。メディアが振り返る間も無く、迫り来るゾンビ達は障壁魔法に弾き飛ばされた。
「ああ……、もしや、貴方は……」
振り返り見上げたメディアは、自分を支える顔色の酷く悪い青年の姿を認めた。すると、一息ついたシャザーンが、震える声で問いかける。
「そ、そのローブは……、ゾンビ先生、ゾンビ先生なんだな?」
「う、うううううううう……」
シャザーンにゾンビ先生と聞かれた顔色の悪い青年は、言葉を発する声が出来ないのか、ただうめき声を発するだけだった。しかし、意志を持っている様子で、地面を指差した。顔色の悪い青年が指差す先を二人が見ると、そこに魔法で文字が刻まれていく。
「「そこの冒険者は、僕の後ろに下がって。神官さんは、最高級の浄化魔法の詠唱をして下さい。魔力は僕が供給します……」」
その文章を読んで、メディアとシャザーンの瞳には希望の光が灯された。急いで、と地面に文字が刻まれると、二人はあわてて従った。
「お、おう」
「は、はい、ではいきます。天にまします我等が神よ、地に満ち満ちる我等が友の精霊よ、行く道を見失いさ迷える哀れなる魂に、無垢なる慈悲と祝福を与えたまえ。ホーリーダイバー・マキシマム!」
鮮烈なる極大級の浄化魔法が、ポラス廃都地下大迷宮に吹き荒れる。それは大迷宮を隅々くまなく根こそぎ浄化して、アンデッド達の魂を天に返していった。
と、言うことは、今現在アンデッドたる灘井青年にも、当然の事ながら凄まじい影響を与えていた。
あ痛タタタタ!! 痛い! 痛い!
メディアの浄化魔法を間近に受けた灘井青年のゾンビ体は、身体の芯から焼かれる様な痛みに苛まされる。しかし、杖から手を離すと、魔力供給が出来なくなるので、ゾンビの群れが全て浄化されるまでは手離す事が出来なかった。灘井青年は歯を食いしばって、浄化される痛みに耐えてアシストを続ける。
魔法を放ちながら、メディアは頼もしいゾンビ先生の胸に背中を委ねていた。
ああ、なんと気高いゾンビ先生、自分が浄化の魔法に焼かれる事を厭わずに、多くの迷える魂を救済するために、自らの魔力を惜しみなく注ぐなんて……。なんという自己犠牲の精神、今の腐敗した教会に、これだけの行為を躊躇わずに出来る者が何人居るでしょう? 私は教会よりも、ゾンビ先生と共にありたい!!
メディアのそんな真摯な想いが神に伝わったのか、放つ魔法の質が変化していく。浄化のみだったそれは、ヒーリングが加わり灘井青年のゾンビ体に別の効果を与えて行く。
痛い! 痛い! 痛い! でも、この痛みは今までの痛みとは違うぞ……
脳天まで貫く痛みに悶絶しながら、灘井青年は転生前の出来事を思い出した。
そうだ、これは医大の東洋医学サークルで受けた、足ツボマッサージの痛みだ!
悶絶絶叫したデトックスの痛みを思い出すと同時に、灘井青年は自分のゾンビ体が猛烈な勢いでデトックスされていくのを実感する。
痛い! でも気持ち良い! だけど痛い! 痛いんだけど気持ち良い!!
まさに全身足ツボマッサージ状態の灘井青年は、自分のステータスが猛烈な勢いで変わっていくのを視界に収めていた。
痛、痛、痛、痛、キモ、キモ、キモ、キモ、イタキモ、イタキモ、イタキモ……。
急速に腐敗デバフが消えていく、魔力で動かしていた心臓が、不随意運動を取り戻していく。腐った血液が肺に集まって、血液の代わりに魔力が循環して身体を活性化していく。
「グハァッ……」
灘井青年は、ゾンビデバフを含んだ、腐った血液を口から吐き出した。吐血したゾンビ先生に、思わずメディアは振り返る。
「ゾンビ先生!!」
「だ……、大丈夫……。じょ、浄化を続けて……」
「は、はい」
精気を取り戻したゾンビ先生の顔を見て、メディアは勇気づけられ、浄化魔法に集中する、そして……
「やった……、やりました。ゾンビ先生、私、やりました!! ゾンビ先生のおかげです!!」
全ゾンビの浄化を終え、達成感と安堵感で、メディアは弾んだ声で見上げてきた。灘井青年は、そんなメディアに微笑んで答える。
「うん、最後まで諦めずに、よく頑張ったね。凄い魔法だったよ」
「そんな、凄いだなんて……、全部ゾンビ先生が、魔力供給をしてくれたおかげです……」
憧れのゾンビ先生に褒められ、うっとりと上気するメディアの後ろから、シャザーンが血相を変えて呼び掛ける。
「ゾ、ゾンビ先生、覚えているか!? 昔、先生に鍛えて貰った冒険者だ!」
すがる様な目付きのシャザーンにも、灘井青年は微笑んで頷いた。
「ああ、最初出会った時は、斬りつけてきたよね? 思わず反撃して悪かったね」
「いや、俺の方こそすまねぇ……。俺はゾンビ先生に鍛えられて、一人前の冒険者になれたんだ! 今回も助けられて、何て礼を言ったら良いのか……」
深く頭を下げる二人に、灘井青年はあわてて首を左右に振る。
「そんな、僕の方こそ。二人が今日、ここに来て頑張ってくれたおかげで、僕の身体が復活したんだ! 本当にありがとう」
灘井青年のお礼の言葉に、メディアとシャザーンははにかんで顔を上げた。三人はそこで安全を確認すると、大きな声で笑い合い、生を喜び合うのだった。