メディア・バイ・バ・チュンの憂鬱
シャングリ・ラに到着したメディア・バイ・バ・チュンは、宿の確保よりも優先して冒険者ギルドへと直行し、ギルド長シャザーンとの面会を求めていた。理由は冒険者ギルドに対する敬意を示すと同時に来訪目的の確認と協力を求める為である。しかしその誠意とは裏腹に、やんわりと敵意の込められた素っ気ない対応をする冒険者ギルドの姿勢にメディア達一行は面食らっていた。何故なら彼女達一行はこれまでどこへ行っても大歓迎で、こんなに素っ気ない応対を受けたのは初めてだったからだ。
無礼であろう、そう言っていきり立つ従者達を、私達は歓迎されに来たのではありませんと諌めつつ、メディアはギルド長シャザーンとの会談を続けていた。彼等も最初は歓迎ムードで迎えてくれていた、しかし話がある一点に及んだ時に彼等の態度は豹変した。
「ところで、全てのゾンビを浄化すると、教会から手紙をいただきましたが……、それは本当ですかい?」
「その通りだ! それが神の慈悲を体現する聖女、メディア様の御意志であり教会の意志である」
メディアが答える前に、従者の一人がそう高圧的に答えると、ギルド長シャザーンの顔色に影が射した。探る様な瞳と口調で、シャザーンはメディアに確認する。
「いくら聖女メディア様でも、あの地下大迷宮のゾンビを根こそぎって、そいつぁ無理じゃあないんですかい?」
「貴様! たかが冒険者ギルドの支部長の分際で、聖女様を愚弄するか!? 無礼者!!」
メディアが答える前に、側近の一人が不快感を露に椅子を蹴って立ち上がる。その姿にシャザーンは首をすぼめるも顔には不敵な笑みが浮かんでおり、その目はやるんなら来いよと言っていた。シャザーンの態度に激昂した側近は、腰の剣に手をかけて詰め寄った。
「お止めなさい!」
一触即発の二人を止めたのは、メディアの一喝であった。メディアの一喝は部下の側近に向けられ発せられた物であり、その口調も一喝というにはあまりにも穏和な口調である。しかし日頃より聖女としてアンデッド討伐や災害支援で幾つもの修羅場をくぐってきた彼女のその一喝には、百戦錬磨のギルド長シャザーンをも退かせる力があった。その場にいる者全ての耳目を集めた事を確認したメディアは、側近の横柄な態度をギルドの人間に深く謝罪した。
「シャザーン様、そしてギルドの皆さん、側近が失礼な態度をとり申し訳ありません。部下の誤りは私の誤り、このメディア・バイ・バ・チュン、心から謝罪をさせて頂きます」
「ああ、いや、俺の方も悪かった。頭を上げてくれ、聖女さん」
このメディアの謝罪に慌てふためく側近達と、狼狽え恐縮するギルド職員達を尻目に彼女は頭を上げると、唯一落ち着いた姿勢を崩さないギルド長、シャザーンに向かい言葉を続ける。
「痛み入ります、シャザーン様。で、先ほど仰られた懸念ですが私も浅学非才の身故、重々承知しております。そこで冒険者ギルドに助力を求めようと、こうしてやって来た次第であります」
慇懃無礼な側近に囲まれているからこそ、彼女の掛け値無い誠意が際立ってシャザーンの心に突き刺さる。
「聖女さんたっての頼みだ、力になるのは吝かじゃ無いが、事が事だけになぁ……。ゾンビを根こそぎって……」
「ゾンビ先生の事ですか?」
渋面を浮かべるシャザーンに、探る様にメディアが問いかけると、我が意を得たりとシャザーンは身を乗り出す。
「おう、分かっているなら話は早い。なぁ、聖女さん……、何とかなんねぇのか?」
砕けた口調ではあるが、真剣な眼差しで懇願するシャザーンに、メディアも渋面を浮かべる。
「ゾンビ先生のお噂は、私もよく耳にしています。その気高い振る舞いには、私も心から敬意を抱いているものです。きっとご生前はさぞかし高潔な方だったのでしょう、私もただ浄化するのは惜しい存在だと思います」
「だろう? 俺達もゾンビ先生には世話になりっぱなしなんだ。なぁ聖女さん、ゾンビ先生は特別なんだ、ゾンビ先生は浄化しないでやってくれないか? この通りだ!!」
テーブルに手を着いて、土下座の様に頭を下げるシャザーンの禿頭に向かい、メディアは苦渋の声を絞り出す。
「それほどまでの存在を、いつまでもゾンビのままに捨て置くのは、その者に対する冒涜である。速やかに浄化して、神の御元に送るのが最大の手向けであり恩返しである。というのが教会の姿勢であり、決定なのです」
その言葉に、シャザーンは全ての諦感を込めてため息をついた。
「……そうか、分かった。聖女さんにもどうにもならない、そういうこったな? いや、無理を言って済まねえ」
「いえ、こちらこそ、ご要望に応えられずに申し訳ありません」
物別れに終わった会談の後、メディアは冒険者ギルド敷地内に有る応接施設の客間の窓辺で、月を見上げながら今回の勤めの困難さを思いため息をつく。先程の会談で得られた協力は、最低限の案内人をつける事、案内人は自衛を除いて聖女一行の戦闘行為には一切手を貸さない事、案内人の安全は聖女一行が全力を以て保障する事、装備品は時価で提供する、以上の事だった。
こんな物は協力とは言えない、いきり立ち椅子を蹴った従者達は、こんな非協力的なギルドは初めてだと言って 、大股でギルドを出ようとしたが、そこで更なる現実を思い知る。出ようとした彼等と、宿の確保の為に別れて行動していた従者が、ギルドの扉で鉢合わせとなった。
「我々を受け入れる宿屋が、一軒もありません」
別行動の従者の報告に、側近の従者達は目を剥いた。
ゾンビ先生を浄化しに来た奴らを泊める部屋など無い!
宿屋の主人達はそう言って、聖女一行の宿泊を拒否したとの報告に心の中で天を仰ぐと、メディアは再びシャザーンに頭を下げてギルドの宿泊施設を借り受け、今に至る。
「そりゃ、そうよね……」
教会から達せられた計画に、メディアは唯々諾々と従っていた訳ではない。実は彼女はその計画を聞いた瞬間から、強く反対していたのである。
ゾンビ先生と称されるゾンビの善行は、シャングリ・ラ全体の伝説と化しており、かの地に住まう者達の心の拠り所になっている。浄化させるよりも聖人として認定し、それを以て教会の器の大きさを示し、信仰の強化にしてはどうか?
メディアは出発前にそう提案していたが、教会上層部の反応は冷淡なものだった。ゾンビなどという穢れた存在に頼るなど、教会の存在の根幹に関わる由々しき危険思想である。それが彼等の言い分であった。実際に教会の運営、指導を行っている彼等の考えを覆すのは、いかに聖女といえど十八になったばかりの小娘には荷が勝ちすぎていた、そして教会主流派の教道派から睨まれていた。
メディアが彼等から睨まれている理由は二つ有る。一つは彼女が自分達の繰り人形にならない事である。彼女は常に地下の者達の救済を考えており、その為に自らの手を汚す事を厭わなかった。それは教会の威厳を第一に考え、それを以て民に神の教えを施す教道派の姿勢を全否定する行動だった。しかし彼女のその行動は、腐敗した教道派を快く思わない他の司教達に深い影響を与えていた。教道派の司教達は、教会の威厳を示す為に豪華絢爛な建物に華美な装飾を施した教会を各地に建て、その費用を捻出する為に本来なら心付けのはずの喜捨を、信者達に無心していた。それだけならまだしも、そうして得た喜捨の一部を着服し、美食に飲酒、女犯といった戒律破りをし、贅沢三昧を楽しんでいた。彼等に比べメディアの行動こそが信仰の原点であるとして、彼女を支持する司教達は護民派を形成し、両派は教会運営の主導権を巡り激しくつばぜり合いを続けている。
メディアが地下の者の救済に励んだのは、実はシャングリ・ラの冒険者から聞いた『ローブ姿のゾンビ』の噂が原因だった。彼女はローブ姿のゾンビ、ゾンビ先生のあり方こそが神の御心に叶う姿であると確信し、かくあらんと決意を新たに実践する事になる。ゾンビ先生を範として傾倒する余り、彼が子供達の為の薬草を入れた手製の篭を『聖遺物』に認定するべきだと強硬に主張もしていた。
そんなメディアの成人と聖女認定にケチを着け、自分達の存在感を護民派に思い知らせ、その勢いを削ぐ為に、教道派は一計を案じる。
メディアはその行いから広く国民の支持を集めていた、それは教道派だけではなく実の兄弟達の反感を買う原因にもなっていた。そう、メディアは王位継承権第三位を持つ王族でもある。彼女が支持を集めると、自分の影が薄くなる、そうなれば上位継承権を持つ者さえ安泰ではいられない。仮に実の兄弟達がそう思わなかったとしても、擁立する人間達はそれを常に意識していた。
そしてこの事実に焦り、危機感を強く抱いたのは王位継承権第一位の長男、ゴート・シー・バ・チュンを擁立する一派である。教道派は彼らと接触し、メディアの持つ潜在的な影響力を削ぐ為の行動を起こす。それが今回の地下大迷宮のゾンビ浄化であった。教道派はメディアが尊ぶローブ姿のゾンビを浄化する事を強要し、護民派を屈服させる事で立場の違いを示し、ゴート派はゾンビ先生を浄化させる事でシャングリ・ラに反感を植え付け、メディア人気に楔を撃ち込むのが目的である。その為に今回の遠征では、メディアに供をしてやって来た教会関係者は教道派の構成員で固められており、彼等はメディアの意向を無視し、ギルド関係者に高圧的な態度をとっていたのだ。
「くだらない……」
それらの全てを知っているメディアは、あまりの馬鹿馬鹿しさにため息をつく。彼女の望みはできうる限り、求める者必要とする者に救済の手を差し伸べる事で、その為に今まで自分を磨いてきたのである、王位も教会での地位も知った事ではない。私は権力争いなど眼中にありません、どうぞやりたい人達でやってください、私は関係ありませんというスタンスを貫いていた。
しかし現実は彼女の意に反して、自分をその坩堝の中に引きずり込んでいく。彼女は嘆息してカーテンを閉めると、そのまま仰向けでベッドにダイブした。
「いったぁ~い」
思ったよりも硬いベッドにしこたま背中を打ち付けて、軽い悲鳴をあげて顔をしかめるメディアの頭に名案が閃いた。
「駆け落ち……しちゃおうかしら?」
大迷宮の奥で従者達の隙を見つけ、こっそりはぐれてゾンビ先生を探し、二人でままならぬこの世界で、自由を求めて逃避行……。ゾンビ先生って一体どんな方なのかしら? 普通ゾンビには破壊衝動のみで、意識や自我など持ち合わせるモンスターでは無いが、噂によるとゾンビ先生には明確な自我とコミュニケーション能力が有る。死して尚魂魄をその身に留め善行を行うその気高さから、生前はきっと名の有る勇者賢者だったに違い無い。そんなゾンビ先生なら、きっとこの私の苦しみを分かってくれるに違い無いわ。ああ、待っていて下さい、ゾンビ先生、貴方のメディアが明日参ります……
とりとめのない妄想に耽るメディアの耳に、突如けたたましいノックの音が闖入する。
「メディア様! いかがされましたか!? メディア様!!」
ノックの主は、メディアがベッドにダイブした時にあがった衝撃音に、すわ一大事かと駆けつけた従者達だった。彼等の叫ぶ様な呼び掛けに我に返ったメディアは、ドアの外の従者達に返事を返す。
「ご心配おかけして申し訳ありません、滑って転んだだけですわ。もう大丈夫ですから、皆さんもお休み下さいませ」
その言葉に安心して、部屋に戻って行く従者達の足音をドア越しに聞きながら、メディアは妄想とはいえ少し調子に乗っていた自分を自嘲しながらしみじみと呟いた。
「やっぱり無理よね……、ゾンビ先生と駆け落ちなんて……」
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