9.不穏な別れ
「「本当に申し訳なかった!」」
面会が許可され、真っ先にやってきた彼等は包帯だらけの私の姿を見るや、凄い勢いで頭を下げてきた。
「あー、えっと……私は大丈夫だから、ね、そんなに気にしないでいいって。
ほら、この包帯だって小さな傷を治すためで、大きいのは全部姐様が治してくれたし…」
「僕達はあの時1番近くに居たんだ。君がどれだけ危険な状態だったかくらいは分かっているつもりだ」
「そもそも俺にリングをどうにかできる力があればお前が代わりに肉体強化を使う必要も無かったんだ……俺の力不足だ、すまない…」
「いや!ほら!そんなこと言ったら私も不注意でハンカチ落としたし、そもそも私が上手く静夜に説得できていればこんなことにはならなかったんだし!」
「だがお前に進藤の所に行く様に頼んだのも俺だ、すまなかった。男の俺が行けばまだ小さく収まっていた問題だったんだ」
「ナチュラルに男の枠から外されたことに私は怒りを抱いているよ」
「いや、説得に関しては僕にも非がある、もっと上手く彼に伝えられていたら…」
「「それに関してはほんとに反省して(反省しろ)」」
姐様によると結局2人は消灯時間が過ぎても一晩中食堂で私のことを待っていた様だ。本当に心配していてくれたのが伝わってきて素直に嬉しい、この2人を守ることができた私の決断はやはり間違っていなかったのだと思う。
「お姉ちゃ〜ん!」
「あっ、茜!やっと来れたんだね!」
「うん!あっ、ハワードもいる!」
2人に続いて姐様に連れられた私の天使もやってくる、彼女が来ただけで場の雰囲気が一気に明るくなった気がする。
「ごめんね雪、茜を連れ出してくるのに時間がかかってしまって。今日は全ての予定がキャンセルになった筈なのだけど、どうしても今日しかできない事があったらしくて…」
「いえ姐様、無理を聞いて頂いてありがとうございます」
「お姉ちゃん大丈夫?グルグルになってるけど」
「うん、大丈夫。でも茜を抱っこさせてくれたらもっと良くなるかもしれない」
「ほんとに!?いいよ!はいお姉ちゃん!」
「ん〜茜は可愛いなぁ…」
「えへへ〜、お姉ちゃんも可愛いよ!」
「う、うーんそっかぁ…ま、まあいいかな!」
私の足の上にちょこんと座った彼女の頭をウリウリとしてやると、茜も嬉しそうに仕返してくる。
こんな風に皆が1つの部屋に集まって話す事は珍しくて、だからこそこの場にまだいないもう1人のことを考えてしまう。
「ねえ亮介、静夜はどうしてる……?」
「………」
静夜の話題を出した途端に周囲が静まり返る。
「……静夜君はあれからずっと部屋に閉じこもっているよ、僕等も行ったのだけど声の1つも聞けなかった」
「……そっか」
「自分が1番敬愛した人間を、他ならぬ自分の手で半殺しにしたんだ。少なくとも秦野の姐さんが騒ぎを聞きつけて直ぐに来てくれてなかったら本当にどうなっていたか分からなかった。
あいつにしてみれば当然の反応だろうよ」
「……私、静夜に対してどうしてあげればいいんだろう」
本当に、今の彼にどう接したらいいのか私には分からない。きっと彼の気持ちは本物だろう、でも私はその気持ちに応える事はできない。だからと言って、このままじゃ彼が何処か遠いところに行ってしまう気がするのだ。
正直なところ、彼の直ぐに落ち込んだり、少しのことで泣き出したり、あからさまに構って欲しそうにしてきたりする所を面倒に感じることもある。
それでも私は茜同様に私のことを姉と慕ってくれる彼を可愛い弟だと思っている、例え今回の様なことが起きたとしてもだ。
でもそんな風に悩んでいた私は、
「貴方はもう何もすべきでないわ、雪」
優しい声で、そんな厳しいことを言われた。
「何もすべきじゃ、ない…?」
「そう、貴方はこれ以上彼を甘やかす必要は無いわ。君達もそう思うでしょう?千頭君、ハワード君」
「まあ……そう、ですかね…」
「ですね」
「いい?雪。私が今1番気に食わないのはね、傷付けた本人が謝りにも来なければ、顔も出しに来ないことよ。
それで何をしているかと言えば引きこもっている。
きっと反省しているのでしょうね、自分を責めているのでしょうね。
でもね、それはただの自己満足。
"彼女に会う資格なんてないから"、
"また傷付けてしまうかもしれないから"、
"そもそも自分の顔なんてもう見たく無いはずだから"、
そんなありきたりな言い訳をして責任から逃げている子に手を差し伸べる必要なんて無い。
本当に貴方のことを大切に思っているのなら、真っ先にここに来て貴方の様子を見に来るの。嫌われると分かっていても言葉を聞きにくるの。自分のありったけの非を認めて心から謝罪するの。
そんなこともできない彼は、貴方のことを本当に愛してるとは言えない。今の彼は貴方の無事より自分の心を優先し、自分の罪を軽くしようとしている。
それが分からないうちはチャンスなんてあげてはダメなの、逃げ道を与えてはダメなの、それは絶対に彼の為にならないから」
「姐様…」
厳しい言葉だと思った、でも間違っていないことは私にも分かった。実際ハワードと亮介は私との面会ができる様になって直ぐに走ってここにやってきて頭を下げた。
じゃあ静夜は?なんで来てくれないのだろう…
「あー、俺も色恋とかはよく分からないが、その、なんだ、進藤も男だ。お前が一々手を出さなくても自分で這い上がってくる様になるまで、崖に突き落としておけってことだろ、多分」
「……ハワード、恥ずかしいなら言わなくても良いんだよ?」
「察してるならわざわざ指摘するなよ…」
「あはは…」
果たして静夜は這い上がって来れるのだろうか、少し心配になる。でも、これが私のいけなかった所だったのかもしれない、甘やかし過ぎていたのかもしれない。手を差し伸べるだけじゃ駄目なんだ、厳しくするのも必要なんだ。
……まだ間に合うのだろうか。これから変えていけるだろうか、次に会う時には。
「ただ水を差す様で悪いんだけど、そもそも彼の今回の行動はかなり大きな問題になると思うよ」
考え込む私にそう言い放った亮介の声は、冷たかった。
「結果的に誤解だったとは言え、彼は自分の認めたくない現実を能力を使って強引に解決しようとした。
あれほど大きな力を持っている人間が簡単に冷静さを失って暴走した、この事実は上の人間も問題視せざるを得ない。そして同時に、僕達にとっても大きな脅威となる。
彼にはリングが効かない。いざという時、警備員どころか僕達にもどうすることもできない。だからと言って僕達のリングを外すなんてこともできない」
「……きっと上の人間は彼を隔離するだろう、直ぐにでもな」
「「「………!!」」」
「……確かに、今回の雪の行動はとても褒められたものではなかったし、むしろ私はかなり怒った。
でも、事実として雪のあの行動がなかったら千頭は死んでいたし、近くにいたハワードも巻き添えを食らっていたかもしれない。
運良く私が気付いたからよかったものの、死人が1人以上でているのが当然の空間だったのよね」
「つまり、本格的に時間が無いんだな?」
「早ければもう明日にでも一時的に隔離施設行きになるだろう。これだけ明確な脅威を見せつけられて上も相当焦っているだろうし、このままここで僕達と生活させても客観的に見れば同様の事故が起きる可能性にしかならない。最低限直ぐにでも僕達から引き離しにくるだろうね」
「そんな、話せばまだ分かるかもしれないのに…」
「だが、確かにあいつが逆恨みをしてまた千頭に攻撃してくる可能性だってある。千頭さんが雪姉を自分の盾にしたんだ!とか言い出してな。それを考えたら、まあ……」
「そうね、そういうこと。上もリングが彼の力を完全に抑えることはできないまでも軽減はさせられると思っていた。気弱な彼が無闇に能力を使わないと思っていた。最悪でも、彼の慕う君が側に居ればどうにかなると思っていた、それで今まで看過してきたんだ。
その全てが消えた今、もはや彼を自由にさせておく理由がない」
「でも、それは……」
「「……」」
何も言えない、悔しい。
今の私にはもう何もできない、満足に立つ力もない私では、例えこれが甘やかしだと分かっていても静夜の所に行くこともできない。
彼を信じることしかできない。
「……帰る前にもう一度あいつの部屋に寄る。それでも何の反応も見られなかったら、諦めろ。上をどう説得するにしろ、肝心の進藤が変わらないなら意味はない。この短時間で人間がそこまで変われるとも思えないが」
「うん、ありがとうハワード。お願い」
「俺だって一緒の飯を食った仲間を隔離したくかない。だが、それでもお前達が死ぬようなことだけは絶対に避けたい、だから今回ばかりは上の方針に逆らわないつもりだ。
……もう二度とお前をあんな状態にしたくない。マジでトラウマものだったんだからな、ほんとに」
そう言って彼は静夜の部屋の方へ歩いて行った。
きっと彼は私のことを考えて、静夜を隔離することに賛成なのだろう。それでも彼にチャンスを与えるのだ、優しい人だと思う。
……結果として静夜は何の反応も示さなかった。
変われなかったのだ、彼は。
次の日の早朝、私達には何の話もなく彼はかつて私も3ヶ月だけ滞在したあの隔離施設に移された。彼は抵抗もしなかったという。
結局、あれから私は静夜の声を聞けていない。