7.大好きな人
私が物心ついた頃、既に両親は居なかった。
写真も手掛かりもなく、彼等と何の関わりもないボケたお婆さんに彼女の娘と間違えられて育てられていた。
可愛い服を着せられ、私ではない誰かの名前を呼ばれる。お婆さんの笑顔は私に向けられていなくて、私の声は彼女には届いていなくて。彼女の意にそぐわない行動をすれば発狂し、殴られる。
他に親戚はいないのか、戸籍がどうなっているのか、結局今でも私は知ることができていない。
5歳になる頃。夏の真っ只中にお婆さんに連れ出された私は、メラニン色素が異様に少ないこの体質のせいで皮膚に火傷を負ってしまい病院に搬送された。
恐らくそこで戸籍や保険証の問題があったのだろう、私はようやくそのお婆さんから引き離された。
そして目を付けられた、ここの人間に。
行く先も無く帰る先も無く、死んでも誰も何も言わない。他の人間より超能力の素質があり、幼く従順。考えてみれば5歳にして私には何も無かった。
私の中身は空っぽで、何者にもなれなくて、頼れる人にも出会えなくて……
実験番号002
初期実験で集められた14人の子供、その2番目の私に与えられた新しい名札。
皆私と同じ様に親の居ない子供達だった。
最初の実験で3人が死んだ、直後の能力調査で9人が死んだ。
最初に私に話しかけてくれた子は笑顔で頭を吹き飛ばして、
研究員に元気に挨拶していたあの子はテレキネシスで身体を捻じ曲げてしまって、
眠そうにしていたあの子はパイロキネシスで身体を燃やし、
お母さんを想って泣いていたその子はテレポートで上半身だけを転移させた。
残ったのは私と2つ年上の女の子だけだった。
目の前で簡単に人が死ぬ環境、耳に残った彼等の断末魔、それらを興味深く観察しニヤニヤとする大人達の姿。
空っぽの私にそんなドス黒いものが流れ込んできて、なんとか保っていた心も壊れ始めてしまって、何もできずただ泣き出してしまいそうな私の側で
「大丈夫だよ、私がいるから」
優しい声がした。
「おはよう、雪」
「あね……さま……?」
聞き慣れた声。
毎朝聞いている、私が1番好きな声。
私が1番好きな人の声。
「姐様……もう、朝、ですか?なんだか私、眠り足りません……」
「もう少し眠っていても大丈夫よ、しばらくは実験も中止。私もその間は雪に付き添っていられるから」
「そうなん、ですか…?えっと、その、頭がよく、働かなくて……」
「暴走した静夜が放った"結合破壊"から千頭を庇った、これで思い出せる?」
「えっと……ああ、そんな記憶が……」
「雪、ほんとに大丈夫?身体の傷は私が治したけど、まさか脳にまでダメージ入ったりしてない?」
「……その、肉体強化、した時に。感覚まで、強化されて、しまって……強い、痛みが、ずーっと…続いて……」
「ちょっと目閉じてなさい、やれる限りのことはやってみるから」
「ありがとう、ございます……姐様……」
姐様の両手が私の頭部に当てられる、冷んやりとして心地の良い手。きっと姐様のことだ、ただでさえ治療し難い私の身体を一晩中付きっ切りで治してくれたのだろう。
「姐様……あの……」
「今は余計なこと考えてないで眠ってなさい、後遺症でも残ったら嫌でしょう?言い訳なら後でじっくり時間をとって聞いてあげるから」
「……絶対、ですよ?」
「約束する。だから安心して眠りなさい、ちゃんと隣に居てあげるから」
「えへへ…」
やっぱり、どんな時でも私を助けてくれるのは姐様で、私が1番落ち着くのは姐様の側で。
私は姐様のことが大好きだ。