6.一瞬の存在価値
私の能力は8年前に消失した。
能力開発の過程において殻の穴を広げることで出力が上がり、穴を増やすことで能力が増えることを知った研究者達は、初期の実験体の中でも最もPSYエネルギーが少なく、最も利用価値の無い私を対象に、とある試みを行なった。
それ即ち、殻の完全破壊。
穴が能力に影響を及ぼすのであれば、そもそもの殻を取ってしまえばどうなるのかを知りたかったという訳だ。
結果として私は能力を失った。
当然の話だ。
PSYエネルギーを特定の形にして外へ出す機能を持っていた殻、それを破壊してしまえばPSYエネルギーは二度と形にはならない。
結果として私は流れの乱れたPSYエネルギーを常に体外へ漏らし続け、元々少なかった容量もさらに減り、何の形にもならない、能力者としては完全な廃人となったのだ。
漏れ出したそれに浸されたこの目は光だけでなくPSYエネルギーにまで反応し始め、十分にあった視力は0.3まで低下した。
殻を失い垂れ流しになった乱気流の様なPSYエネルギーは、私に触れる形作られた超能力を霧散させる様になった。
それまで私を正確に分析してきた電気機器類も異常な数値を計測し始め、私から被研究体という価値すら奪い去った。
それでも、12年という研究体としての人生は、私にたった1つだけの存在価値を残していた。
源そのものを変形させての能力の使用
効果は絶大、それでも一瞬、単純な能力にしか変えられない、コントロールなんてもちろんできない。故に、一度の使用で身体はボロボロ。
いくら出力を抑えた一撃とは言え、静夜の能力を完全に無効化できる程に私の体質が強いとは思えない。
仮に防げたとしても、攻撃による物理的作用までは防げないのに無事でいられるはずがない。
そもそもこんな貧相な体に、経験も無い、調整もできない肉体強化を使って大丈夫なのだろうか?
不安は尽きない。
それでも、こんなふざけた話で仲間殺しなんて汚名を静夜に着せる訳にもいかないし、亮介を死なせる訳にもいかなかった。
静夜を落ち着ける為にも、1番被害が少なく済む方法はこれしかない。
何か起きても姐様が来てくれる。
私の身体はきっと、大丈夫。
だから……!
「"強制変換"/"Forced conversion"」
その一言を告げる。
「"肉体強化"!!/"enhance"!!」
一瞬にして周囲の様子が変わり、身体が軽くなる。
頭が痛い、無理矢理PSYエネルギーの源を変形させるなんて強引なことをしているのだから当然だが、やはり長時間は持ちそうになさそうだ。
制限無し、限界無視の肉体強化。
強化場所の設定も強度のコントロールもできない。
試したこともない。
それでもまず踏み出さなければ意味がない、もう選択は終えているのだから。
とにかく一歩を踏み出す、その為に右足に力を入れ…
グチッ
何かが切れる音がした。
右足に尋常ではない激痛が走る。
それでも強化は感覚能力にも反映されている様で、周囲がゆっくり見え、既に静夜が照射した光線がかなり迫ってきているのが分かる。
痛みに構っていられる余裕はない。
左足を踏み込む。
ブチッ
再び切れる。
目眩がする様な強烈な苦痛、痛覚も強化されている?
なんて余計なことを…
もはや今の私に次の一歩を踏み出す勇気はない。
この一歩で目的の場所まで届かせたい。
だから、跳べば…!
ブチブチィッ
強化された痛覚に走るあまりの激痛に一瞬意識を失いかけ、静夜の顔を見て取り戻す。先ほどまで涙目でニヤついていた表情がゆっくりと驚きの表情に変わっていくのが分かる。
……自分で撃ったくせに本当にこの子は。
事前にこの状態で亮介を突き飛ばすのは無理だと予想していた自分を評価したい、そんなことをしていたら私の腕も突き飛ばされた彼の身体も大惨事だっただろう。
タイミングは完璧、亮介と光線との間に割り込む。私の存在に気付いたらしい静夜は咄嗟に能力を切ったらしいが、それでも放出された分は私が何とかしなければならない。
光線が私の身体に接触する。
それの大半は身体に当たる寸前に霧散していくが、それでも少しずつ私の身体は削り取られていく。
光線によって真空状態になった場所に飛んでくる物体や瓦礫がモロに私に突き刺さる。
まさに地獄だ。
肉体強化で強化された痛覚が私に与える痛みは既に限界を超えていた。
強化された感覚能力でその苦しみは長時間に渡って引き伸ばされた。
少しずつ削ってくる光線の余波で私の腹部はもう既に3cmほど抉り取られている。
痛い、痛い、痛い、痛い、もう痛いなんてレベルじゃない、腹部の痛みと限界を超えた脳の焼き切れる様な感触で気が狂いそうになる。指の一本も動かせない、動かす気力も無い、ただそこに立っているだけ、ただ身体を削られる痛みに耐えるだけ、耐えられない痛みに耐えるだけ。
意識は手放さない、何が起きるか分からない、もし肉体強化が"結合分解"に対して何かしらの防御になっているのなら解けた瞬間に私は死ぬかもしれない。
静夜の為にも私は死ねない、だからどれだけ苦しくても意識を保つ。死んだ方が楽だと思えてしまう、私だけの問題なら簡単に諦めていただろう。目の前の彼と背後の彼、両方を守る為だから諦めきれないんだ。
はやく終われはやく終われはやく終われはやく終われ……
永遠とも思える時間が経ち、光線の末端はようやく私に辿り着いた。
そうして私はやっと意識を手放すことができた。