4.笑い事じゃない
"リング"
私達に実験以外の時間に付けられている金属製の輪っか。効果は単純明快、超能力の発生を抑制する。
それ自体が特殊なPSYエネルギーによる能力を帯びた物体で、これが何処で誰に作られた物なのかは誰も知らない。
あくまで超能力の発生を抑制するだけで外部からの能力を無効化することはできない為、拘束に適した物体と言える。
ただ、これがあるから研究員達は安心して仕事ができる、これがあるから私達は研究所から脱走できない。そう思われているのだ。
「ということがありまして…」
プシューと湯気でも出ていそうな程に真っ赤になった顔を伏せながら私は目の前の2人に相談を持ちかける。
「あー、なんと言うかその、災難だったな」
「まさかあの静夜くんが僕より先にその領域に至るとは……これはいよいよ僕も己の壁を壊す時……」
「やめろ、絶対にやめろ。これ以上私を困らせるな、今でさえ頭が爆発しそうなんだ。というかなんで亮介までいるんだ……」
「ほら、丁度千頭も昼まで暇してるって聞いたから相談に付き合ってもらおうかと思って呼んだんだよ」
「壊滅的な人選をどうもありがとうバカゴリラ」
「誰がこんな話題だと思うんだよ、こんな話以外では有能な人物だと思ったんだよ俺は」
一理ある。だが亮介がこの手の話題に妙に真剣な表情で参加しているのに私は嫌な予感を覚えて仕方がない。
「いやでもね、静夜君を嫌ったりはしないで欲しいと僕は最初に言っておくよ」
「それは……多分大丈夫。少し引いたけど、嫌いにはなってない。ただ次顔合わせた時絶対変な反応しちゃうと思う……」
「ふむ……多分静夜君はね、僕と同じだと思うんだ」
「同じ?」
「例えばハワード、君はこのどう見ても女性にしか見えない少女を他人にどうやって説明する?」
「あー?……女装趣味の変態で、どうみても女にしか見えないがガッツリチ○コの付いてる男です?」
「私だって傷付くんだぞ」
「事実だろ」
「そう、普通ならそうなんだよ。普通の人はまず君が男だと言う前提を踏まえている」
「うん……?待って、じゃあ亮介と静夜は?」
「男性器というアクセサリーを付けた女性」
(無言の正拳突き)
「痛い!痛い!待って!無言で黙々と殴り続けるのやめて!ごめん!ごめんなさい!」
「ま、待て待て、落ち着け!それ以上はヤバイ、歯が折れる!」
「このバカ!鼻ねじ曲がれ!!変態!!!」
「はっ!この感情は……悦び……?」
「変な扉を開くなぁ!もうやだこいつハワード!」
「お、お茶取ってくる……」
「ばかぁ!ばかごりらぁ!あほぉ!」
「そんな涙目になる程かお前……とりあえず待ってろ」
「ハワードのロリコン!研究員にも広めてやる!」
「ヤメロォ!!」
逃げるようにお茶汲みに行くゴリラを見送ると先程殴り倒した変態が起き上がる。正直今は話したくもないが今回の件については私の知らない視点も必要かもしれない、なんかそんな気がしてきた気が狂ってきたか。
「……ねぇ、それで私はどうしたらいいの?」
「う〜ん、やっぱり見て見ぬ振りがいいんじゃないかな?対象にしてた人に知られるとか彼じゃなくても発狂すると思うんだ」
「確かに」
「むしろ記憶ごと消した方がいいんじゃないか?千頭の能力を使えばそれくらいできるだろう?」
「ん、ありがとうハワード。でも研究員の許可なく能力の使用はできないよ、君もわかってるだろう?」
「……ねえ、亮介」
私は涙目になりながら彼の顔をジッと見つめてみる、監視カメラの都合上大っぴらに言えない、が察して欲しい。私はそれほど追い詰められているのだ。
「……はぁ。ちょっと僕は眠くなったからここで眠らせてもらうよ、構わないかい?」
「亮介、手繋いでていい?」
「喜んで、よく眠れそうだ」
そう言ってその場でうつ伏せになった亮介のリングのに私はそっと触れる。
次の瞬間、彼の後頭部から青いSPYエネルギーと共に5本の不透明な紐のような物が現れた。
彼の能力"精神端子"だ。
この端子さえ視認できない研究員達は、まさか私達がリングがあっても超能力を使う術を持っているとは夢にも思わないだろう。
5本のうち1本が私の頭部目掛けて飛んでくる、そして私に触れるか触れないかの間際……それは先端から消失した。
「……全く、面倒な体質だなぁ」
そう呟いた亮介は残った4本を1つに纏めて私に向ける、私もなるべく力を抜いてリラックスした状態を心掛けているがやはり簡単にはいかない様だ。
5分ほどの奮闘の後、ようやく精神端子は私の頭に接続された。
(はぁ、やっと繋がったよ。しかも接続後も端子を消そうとして来る、本当にこれはどうにかならないのかい?)
(いや……ほんとこれに関しては申し訳ないの一言です、はい……)
(さて、じゃあ早速記憶の方を弄らせてもらうけど……どんな感じがいい?)
(目撃現場と今までの会話ゴッソリお願いします……あっ、亮介に消して貰わないといけない物を消して貰った、って認識は消さないで)
(ん、了解。……僕以外の人にこんなに簡単に記憶を明け渡したらダメだからね?)
(分かってる、亮介のことは信用してるから)
(結婚して欲しい)
(は?)
(あ、今は僕が思ってることも伝わるんだった、しまったしまった)
(いっつもこんなこと考えてるのかこいつ……)
そんな馬鹿な会話を脳内越しにしていた最中、近くにいたハワードが突然大きな声で叫んだ。
『2人共!起きろ!!』
いつも冷静なハワードの口調はあまりにも焦りに満ちていて、少しの恐怖も混じっている様に感じる……
「雪姉……」
とっさに目を開けた私の視界は真っ赤なSPYエネルギーに埋め尽くされていて、
「これ、雪姉のハンカチだよね……?」
ポケットのハンカチが消えていたことに気付いて、
「もしかして……」
声のする方向には……
「聞いてた……?」
砕け散ったリングと赤黒いPSYエネルギーを放つ涙目の進藤静夜がいた。