3.姉の苦悩
「なあ、進藤を知らないか?」
朝食を食べ終わり朝の実験が無いことでグダグダしていた私に、海外ロリコンゴリラことハワードが話しかけてきた。
「なにロリコン、静夜のこと?実験じゃないの?」
「ロリコンやめろや。
進藤な、昨日の夕食の時にも居なかったんだよ、さっきも居なかったろ?」
「あー、確かに……実験には参加してたんだよね?」
「ああ、今朝の実験は昨日のジュンのことで中止になったらしいけどな」
「んー、部屋でなにしてるんだろ」
「……そういえばお前、最後に進藤と会ったのいつだ?」
「え?あー、そういえば最近食事の時間合わなくて暫く会ってないや……3日くらい?」
「……お前に嫌われたんじゃないかと思って部屋に引きこもって思い詰めてる、と俺は予想する」
「いやいやまさか……そんなちょっと私に会えないくらいで一々引き篭もるわけ……」
「「………ありそう」」
「ごめんゴリラ、私行ってくるわ」
「あの世にか?」
「いや、冗談キツイって。それじゃありがと」
食堂を後にして話題の人物、進藤静夜の部屋へと向かう。
進藤静夜、今この研究所に存在する6人の超能力者の最後の1人にして、恐らく最も強い超能力者。ここに来た時には既に自在に自分の力を使うことができており、その能力の攻撃性の高さから戦術的兵器としての利用も噂されている彼だ。
しかし先程話した様に非常にメンタルが弱い。
心配症で周囲からの視線を過剰に気にし、意図的に無視でもされようものならその場で泣き始めるくらいに。
彼のことを説明するにあたってこんな体験談がある。
それは半年ほど前、夕食が終わり食堂で私が"今日は早めにお風呂に入ろうかな"と考えていた時だ。
「雪姉雪姉、ちょっといい?」
「んーなに静夜〜?私今日早めにお風呂入ろうかと思うから、私の部屋来るなら後にしてよ?」
「あーえっと、そうじゃなくて……その、よかったら今日、一緒にお風呂入らない?」
「………?」
「い、いや、一緒に裸の付き合い……的な……」
「………???」
「あ!えーと、だからね!ほら!雪姉だけいつも共有のお風呂場使わずに他行っちゃうから、僕雪姉と一緒したこと無いなあと思ってね!それでね!偶にはどうかなって!そういう!」
「あ、ああ〜!そういう!そういうことね!ごめんごめん、突然過ぎて私ちょっとビックリしちゃった…」
これは私のお風呂事情の話になるのだが、ここには男女それぞれに(あまり大きくは無いが)共有のお風呂場と各個人の部屋にシャワーがある。
しかし私は入って来た当初、5歳の頃から姐様と一緒にお風呂に入っており、一時期男風呂を使っていたものの、亮介からの視線などを理由に数年前からまた女風呂を使わせて貰っていた。
故に同性ながら最近入って来た静夜とお風呂を共にしたことが無かったのである。
「うーん、どうしよう。多分今日は茜も姐様と一緒に入るだろうし、でもなぁ……」
「あっ!雪姉が嫌ならいいんだ!うん!適当に言ってみただけだから!気にしないで!!」
「あ、静夜と入るのが嫌とかじゃなくてね!?
……ん……まあ、偶にはいっか。この時間なら他に誰も来ないだろうし……よし、じゃあ一緒に入ろっか静夜!」
「ほんとに!?よし!!やった!!」
「そ、そんなに喜ぶことだったの……?」
「あ!これは違くて!そ、その!!」
「あはは、ほら、そうと決めたら早く行こう!亮介が来る前に!」
「え?あ、はいっ!」
こうして私は静夜と初めてお風呂を共にすることになったのだが……
「わ!わわわわわ!!ゆ、雪姉!ま、前!前隠して!!」
「え、え?ま、前?前なら隠してるが…」
「そっちじゃなくて!胸!胸見えてるから!!」
「静夜!落ち着いて!私男!男だから!」
「えっ?……あっ、そうだった。でもその、分かってても直視できないというか……」
「……普通の男胸だと思うんだけど」
「え〜、いやぁ。ど、どうだろう?ほ、ほら!雪姉肌白くて筋肉も少ないから……」
「あ、ああ、なるほ、ど?
……なんでチラチラ見てるの?」
「み、見てない!見てないです!断じて見てません!」
「そ、そう?ならいいけど……
じゃあ私髪と体洗ってるから……」
「あ、うん……」
〜五分後〜
(………見られている、やっぱりめっちゃ見られている。とても熱い視線を送られている。
亮介の生々しい目線も嫌だけど、ここまでガン見されるとそれはそれで辛いものがあるな……)
私は困った、そんなに私が髪を洗っている姿を後ろから見るのが楽しいのだろうか?
目の前の鏡越しに彼のことを観察してみるが、大丈夫かと心配になるくらい顔が真っ赤になっている。のぼせないか心配になる。
「な、なあ静夜……?」
「ふ、ふぁい!?」
ふぁい!?って!!大丈夫かこの子!
「えっと、大丈夫?のぼせそうなら先に出てもいいよ?私髪長いから洗うの遅くなるし……」
「だっ、だだだっだだ、大丈夫!こ、これくらい何ともないから!大丈夫!!」
「いや、そんな真っ赤になって言われると余計に心配になるんだけど……」
と言いつつ私は振り返る、すると……
「ゆ、ゆゆっ雪姉!むっ胸!胸隠して!見えてる!見えてるからぁ!!」
「だ、だから私は男だって何回言えば……!」
「あああああゆっゆゆゆ雪姉のむ、むむむ胸ががががかあっああっ泡だらけでででででううううなじががががからだがががががががが…!!!!」
「ちょ、ちょっと静夜!?大丈……能力!漏れて来てる!漏れて来てるから!お湯が消えてるって!落ち着いて静夜!!」ガタンッ
「あああああああああ!!ゆ、ゆゆゆゆ雪姉のままままま前のししし下の前の下の前の下の前の下の前の下の前の下の前の下の前の下の前の下の前の下の前の下!!!」ブシュッ
「鼻血ぃぃぃ!!静夜ぁぁぁぁ!!お湯が全部消えてるぅぅぅぅ!!誰かぁ!誰か医務室ぅぅぅ!!!」
……ということがあった。
この時丁度近くに来ていたハワードのおかげで一命は取り留めたが、それから私は完全に男風呂禁止になってしまい、研究員からも厳重に注意される羽目になってしまった訳だ。
この様に彼は私に対しては何故か特に過剰な反応をする。その癖よく私に付いてきて、案の定な出来事が起きるので正直少しだけ面倒臭い気持ちもあるのだが、彼の機嫌を損ねたのが私だと分かれば研究員の白い眼が悪化するし、なんだかんだ可愛い弟の様な存在であるため、こうして急いでいる。
「静夜、いる?私だけd……」
「ふっ、ふっ、はぁはぁ……うっ……ふぅっふっ……くっ……雪姉、雪姉っ……はぁ、はぁ……」
「……」
…………………………?
???
!?!?!?
なんだろう、これは……?
思考を整理する、一気に顔が熱くなって今にも叫び出しそうだが、まずは状況の整理だ。
静夜が苦しそうにしている、私の名前を呼んでいた気もする。助けを求めているのだろうか?もしかして怪我でもしたのだろうか?だとしたら今直ぐ助けに行くべきでは……?なるほど、そうかもしれない。段々とそんな気がしてきた。多分そうに違いない。
それにしても一体どんな大怪我をしたんだろうか……今こうしている間にも彼の息遣いは益々荒くなってきている。さぞかし血がたくさん出ているのだろう、これはまずは医師を呼んできた方がいいのではなかろうか。そんな風にも思えてきてしまう。
……と言い繕ってみたものの私も性別は男、分からないけれど、分からないはずがない。
これは俗に言う……あの、あれ……お、オ……オナ………じ、自慰行為!!
いやでも彼ももう15歳、これくらい当たり前のことではなかろうか?むしろ遅いくらい?大丈夫そんなに焦ることではない。じ、自慰行為程度で何をこんなに焦っているんだ私は。
……そういえばこの娯楽のない施設で一体何を、誰を、その……おかず?にしているのだろうか。
好きな研究員でもいるのかな?
普段彼の姉、不本意ながら姉として扱われることの多い私的には実際そこは気になる所である。
そうだ、そういえばさっき「雪姉」とか言ってた気がする。
ちなみに彼の言う"雪姉"とは私のことだ。
そうそう、私の名前を呼んでたんだよね、うんうん。
………ん?
えっ私!?えっ!?
私でしてるの!?
私のこと考えてやってるの!?
千頭より先に!?いやそういう問題ではなくて!!
待て待て待て落ち着け!!こんな見た目でも私が男だと言うことはここの人間なら皆知っていることだ、千頭すら躊躇うラインだ、よりにもよって静夜がなんて何かの間違いに決まってるじゃないか!!
「くっ………ふぅ、雪姉……
雪姉、雪姉……!!うっ!」
「〜っ!?///」
してるぅぅ!滅茶苦茶私でやってるぅぅ!!
どうしようどうしよう何だこれ何だこれ何だこれ!完全に私でしてるよあの子二回戦も始めちゃったよ!というか昨日の夜から居ないってことは昨日の夜からやってたの!?大好きか私のこと!大好きか!!
ま、まずはこれはその……あ、姐様に?姐様に相談して……で、でも静夜もこんなこと広めて欲しくないだろうしでもこのままじゃ一生この部屋でオ、オナ……にぃ……し、し続ける人生になっちゃうんじゃ……
「何してんだお前」「ひぁぁんっ!」
「ひぁぁんっ!って……叫び声すら女に染まってきてんのかお前?なんか悪いことした気分になるからやめろ」
「ハ、ハハハハワード!?なっなななんでここに!?」
「いやなんでって……ってか珍しく名前呼んだな。
進藤呼びに行くだけでどんだけ時間かかってんだ」
「た、助けて!ハワード助けて!私もう無理!どうしたらいいか分かんない!お姉ちゃん分かんない!」
「お、おう……?進藤のことか?……とりあえず食堂戻れ、ここで話せることじゃないんだろう?」
「ひゃ、ひゃい……」
「お前肌白いから真っ赤になると直ぐわかるな」
「し、死にたいぃ……」
誇って欲しい弟よ、私をここまで混乱させたのは君が初めてだ。