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10.諦めの重り

「あ、あの…お姉さん!!」


「んぇっ!?」


最初に話しかけて来たのは彼からだった。


その日突然「新入りが来る」と伝えられた私達は困惑していた。何故ならこれまでここに来た人間は皆、"複数人のグループに組まれ、能力調査を受ける"という過程を経ていたからである。

ここ数日で能力調査が行われた事実はない、つまり今日来る人物とは『自身だけで能力を開花し、既に調査の必要が無いほど自由に扱うことのできる能力者」ということに他ならない。


これまで何百人もの能力者(の卵)達を見て来た私でも、せいぜい初期段階で使える能力はノーマルに毛が生えた程度しか知らなかった。

例えばトランプのカードを当てられたりとか、例えば積み木を浮かすことができたりとか。

つまり今日やってくる子は本物の逸材だ、それもいつにも増して監視が厳しくなる程に強力な力を持った。


『どんな子なんだろう?リングがあるのにこれだけ監視が強まるなら相当気性の荒い子?刺青いっぱいだったりして』


そんな様々な期待の中に現れたのが、この子だったのだ。


当時まだ12歳の彼は、今以上に大人しく、身長も私の少し上くらい。食堂に入った瞬間からオドオドとし、ハワードを見てビクつく。歳の近い亮介をチラチラと見るが何もできず、姐様が手を振ってみるもその場で停止。

想像と違うその様に、私たちも少し困惑していた。


「あ、あの!お姉さん…!」


「んぇっ!?」


ただ、そんな彼は私に話しかけて来た。

私が小さいから話しかけやすかったのだろうか、確かに私の見た目は彼と変わらないくらいの女の子に見えなくも無い。だが私のこの奇異な見た目を見て気色悪がる者は多くても、進んで話しかけてくる者は少なかった。だから私は驚いたのだ。


「あー……えっと、はじめまして、だね。

私は雪、一応年齢は15歳、好きに呼んでくれていいから」


「じゃ、じゃあ雪お姉さん!って呼ばせてもらっても、いいですか!?」


お姉さんという言葉に引っかかるものを感じつつも、強くは言えなかった。彼がとてもいい笑顔をしていたからだ。

そしてその顔を思い出すと、あの時の彼の驚いた顔も思い出してしまって胸が張り裂けそうになる。




「……眠れない」


静夜が隔離施設へと移された次の日の夜、私は全く寝付けずにいた。目を閉じるたびに彼のことを思い出してしまい、もっと上手に出来たんじゃないかと考え込んでしまう。


「食堂で水でも飲もう…」


姐様のおかげもあって小さな怪我もだいぶ良くなり、歩くことくらいはできる様になった。それでも無闇に出歩くと怒られてしまうが……隣で寝ている姐様を起こさないように気を遣う。


食堂に着くと小さく明かりがついていることに気がついた。ここの食堂は基本的に私達しか使わず、研究員達には専用の場所がある、つまりここにいるのは私達のうちの誰かでしかない。


「誰か、いるの?」


「うん?……ああ、君か。もう歩いても平気なのかい?」


「なんだ亮介か。うん、まあバレたら姐様に怒られると思うけど…」


「はは、そうか。バラしたりしないから安心していいよ。ほら、こっちに座りな、何か淹れてあげよう」


「ん、ありがとう」


「構わないよ」


そう言って彼は私を気遣ってくれる、こうしてみると本当に紳士的でいい男だ。

彼は私に温かいココアを置き、隣に座る。


「……ココアってカフェイン入ってなかったっけ?」


「ああ、よく知ってるね。でもココアには人をリラックスさせてくれる成分も入ってる。今の君にはこっちの方が必要だろう?」


「ん……美味しい」


「それはよかった」


「………」


「………」


「……あのさ、」


「うん?」


「私ってそんなに女の子に見えるのかな……?」


「今更何を言ってるんだい?」


「だ、だってその……私がもっと男らしかったらこんなことにはならなかったのかな、とか、考えちゃって…」


「ふふ、なるほど。そうだね、少し前に僕と君の合同でやった水中内でのPSYエネルギーの浸透実験、覚えてる?」


「ああ、うん、最初は私も亮介と同じ水着を着てたのに、途中でわたしだけ変な水着に着替えさせられたっけ。あれなんだったの?」


「担当研究員と僕が集中できないという理由で変更になった」


「馬鹿なのあんた達…?」


亮介ならまだしも研究員からもそんな目で見られていたかと思うと途端に寒気がしてくる。


「君、ペタン座りってできるかい?ほら、両脚の間にお尻を落とす座り方」


「突然何の話?……んしょっ。ほら、できるけど、これがどうしたの?」


「じゃあ次はちょっとお腹触らせてくれる?」


「え?なにちょっといきなり…コラ!ちょっとやめ、やめろって!セ、セクハラ!ばか!さわるなぁ!!」


「なるほどなるほど……うんうん、やっぱりそうだったか」


「な、なにがなるほどだ!人の体ベタベタ触って!セクハラで訴えてやるからな!」


「君と僕は同じ男じゃないか」


「都合のいい時だけ男扱いするな!男同士でもセクハラは認定されるんだからな!もう!

……それで?なにが分かったの」


「うん、君の骨格はね、女性のそれに近いんだよ。そもそもペタン座り自体骨格上の問題で一般的な男性にはできないものだしね」


「う、嘘、そんな所まで?うわ、割と本気で落ち込む……でも、それがどうかしたの?」


「つまり、君のその顔とその骨格で上半身裸になると問題しか起きないということが分かる」


「ええ…」


「パレオで下の部分さえ隠せば女性ものの水着を着ても何の違和感もないレベルっていうこと」


「うわぁぁ!死にたいぃ!自分でも自覚はしてたけどそのレベルで女に見えてたなんて死にたいぃ!だったらもう女でいいじゃん、なんで神様は私を男に作ったの?神様はそんなにマニアックなの…?」


「むしろそれがいい!なんて言葉が男の娘界隈では流行ってるらしいよ」


「そんな情報いらないから…」


千里眼で地上を見るたびにダメになっていく彼を見ると時々地上が怖くなる時がある。頼むから私の友人をこれ以上汚染しないで欲しい。


「でも雪ちゃん、話を戻すけど君が君だから良いこともあったし悪いこともあったんだ。かもしれない話なんて考えるべきないし意味がない、それくらい分かるだろう?」


「……おお、亮介が珍しく私の名前呼んだ」


「ん、呼び慣れた名前が"ちゃん"付けだからね、最近はちょっと恥ずかしい所もあってなるべく呼ばない様にしてるんだ、ごめんよ」


「あ、いや、それは別にいいんだけど。

……えっと、なんだっけ?ああ、うん。そうだね、もしかしての話は意味ないね」


「そう、だからこれからの話をしよう。過去はどうやっても変えられない、僕達にできるのはこれからのことだけだ。

さあ、どうやって静夜くんを取り戻そうか」


「でも、できるのかな?正直どうやったら静夜が戻ってこれるのか私思いつかないよ」


「ちなみに僕も何も思いつかない」


「役立たず、あんた頭良いんだから何か考えてよ」


「手厳しいなぁ……ほら、ちょっと手を貸して」


「へっ?や、いきなり何を……あっ…」


自然な流れで手を握られて目線を合わされ、不覚にもドキッとしてしまった。だが彼が言いたいことは何となく理解できる。


彼の頭部から青い光と共に5本の"精神端子"が現れる。それらは一本に纏まり、今度は以前とは違いスムーズに私の頭部に接続された。


(監視カメラがあるから、こんなに堂々と話して良いことじゃないだろう?)


(えっと、いつの間にこんなに簡単に接続できる様になったの…?)


(ん?ああ、この前接続した時にこっちの差し込み口を少し弄らせてもらってね、僕の精神端子が接続しやすい形にさせてもらった)


(許可なく人の頭をいじるとか、あんたじゃなかったら殺してる)


(ごめんよ、精神端子複数使わないといけないは相変わらずだがこれでスムーズに話せる様になっただろう?

それに何より僕以外の精神端子が接続し難くなった、悪いことじゃないと思うよ。)


(あんた以外に精神端子が使える人間がこの世にどれだけいるのやら、亮介専用みたいな感じになって気分が悪い)


(あ、それいいね、なんか途端に嬉しくなった)


(変態)


この人はいつもそうだ、突然真剣になったかと思えばまた戯け出す。私は拗ねるようにして彼から目線を外す、が…


(……ねえ雪ちゃん、今から話すことはとても大事なことだ、だからよく聞いて)


(!?)


彼は突然私を抱き寄せた。確かにいきなり黙り込んで見つ合ったまま、というのもおかしかったが何もここまでしなくてもと顔を真っ赤にする。

でもそれより彼の声色がとても真剣だったから、私は少しの反論もさせてもらえなかった。


(現実的に考えたら、例え僕達がどれだけ上手く説得したとしても、もし静夜君か完全に自分を律することができたとしても、彼がここに戻されることはまずありえないだろう。

だからと言って悠長にしていられる時間はない。もし彼が何の役にも立たないと判断されたり、コントロール不可と判断されたりすれば、即座に処分される可能性があるからだ)


亮介の言葉に思わず私はハッとする、そうだその可能性があるのだった。

私達能力者はいくら超人的な力を持っていようとも所詮は人間。ハワードの様な異次元の肉体強化持ちならまだしも、普通に銃で撃たれたりナイフで刺されれば致命傷になる。

それは彼も同じことで、いくらリングが効かない静夜でも不意をつけば殺せるのだ。もし上がそう指示すれば彼は言葉を残す間もなく処分されるだろう。


(どうすれば静夜を助けられるの!?亮介なら何か考えがあるんでしょ!?ねえ!教えてよ!私は何をすればいいの!?)


彼の胸に縋り付く。私には思いつかなかったそれを目の前の彼は持っている、そうじゃなければこんな話をしてこないはずだ。


(難しい話じゃない。君にできるのは選ぶことだけだ。…どちらを選んでもとても酷な選択になるけれど)


(選ぶ?私は何を選べばいいの…?)


彼の表情は暗かった。その選択が一体どれだけ重いものなのだろう、それでも私は静夜を助けたい。私は再び彼の目に目線を合わせる。


(1つは彼のことはもう諦めてここで何事も無かった様に元の生活に戻ること、なんだったら僕が君の記憶を消してあげてもいい。)


(バカなこと言わないで!私がそんな選択すると思ってるの!?私は静夜を助ける方法を聞いたの!助けない選択なんて最初から求めてない!)


(分かってる、でもその選択肢が入るほどにもう1つは君にとって酷だという話だ)


(……それでも、それで静夜が戻ってくるなら)


(なるほど、分かった。じゃあ2つ目の選択肢。

そんなに難しい話でもない、君だって一度は頭に浮かんだはず。単純明快、それでいて君は無意識にその選択肢を放棄している)


(……早く教えて)


(この施設から抜け出し静夜くんを助けに行く)


「っ…!」


(どう考えても僕にはこれ以外に方法が思いつかなかった。他に考えがあるならそれでもいいだろう、だがこれが1番現実的で確実だ。

……さあ、君はどうしたい?)


ここから、抜け出す…?

無理だ、そんなことは無理だ、抜け出すことが出来てもその後がどうしようもないじゃないか。何度も考えたことだ、12年間何度も考えて何度も諦めた。

亮介の力だって借りて、何度も模索して、何度も相談して、結局ダメだったじゃないか。亮介は何を言ってるの…?


(…僕だけじゃなくハワードやお姉さんにも聞いてみるといい。僕の視点が偏ってるだけかもしれないから。…でも、何を選ぶにしても静夜くんを助けたいのなら、それくらいの覚悟が必要だってことは覚えておいて。)」


「それじゃあまた明日、おやすみ」


そう言って彼は立ち去る。

取り残された私は1人呆然としていた。


その晩、私は何度も他の方法を考えたが、静結局夜を助けるという目的だけで考えた時に亮介の案以上に効果的なものは何1つ思い浮かばなかった。


…静夜を諦めるか、ここから抜け出すか…どちらを選ぶかなんて決まっている……決まって…いるのに……その一歩を踏み出す私の足はとても重かった。

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