キュウリと河童
太郎が出くわす、面白く、可笑しな出来事を、穏やかに笑って読んで下されば幸いです。最後の最後まで、しっかり読むことを、オススメ致します…。
太陽が早くから元気よくサンサンと降り注ぐ夏の朝、太郎はそんな天気とは反対に、心の中に雲があるかのように、トボトボと周りが草だらけの細道を歩きます。まだ道の舗装がされていなかったときのお話しです、たまに針のように足に刺さる葉を、時たま毒づきながら、太郎は歩き続けます。今日、一緒に遊ぼうと言った笹君も、明田君も遊べなくなってしまいました。太郎の心の中にある重ーい雲は、今にも冷たい粒になり降りそうです。それとも、ゴロゴロと光ものが落ちてくるかもしれません。でも、と太郎は下り坂を歩いていると気を取り直し、勇み足でダダダッと坂を駆け下りました。太郎は、立ち直りが早い少年なのです。
下り坂から、上り坂へ、また下り坂とエッチラオッチラと歩き着いた先は、川岸です。この川はとてもきれいで、中で泳いでいるたくさんの魚が、透き通るように見えます。ここで三人で釣りをするつもりだったのです。でも、残念ながら今は一人きりですが。
太郎は持ってきていたバケツの一つを、取って中を見ました。たくさんのミミズがウネウネとうごめいているのを見ると、太郎は満足げに口元を緩めました。そして釣り竿(と言っても、自分で竹を削った物です)を取ると、くくりつけてある糸の先っちょに、上手ーくミミズを付け、ほいと川へ投げ入れました。すると、一分も待たないうちに魚が食いつき、思いっきり竿を振り上げますと、それは太ったフナが勢いよく飛び出て、ジタバタとやめろとばかりに暴れ回ります。太郎はそれを、もう一つの水の入ったバケツに入れ、またミミズを付け、ほいと投げ入れました。そんな事を夢中になって繰り返していますと、グウと腹の虫が鳴き出しました。それでやっと太郎は釣りをやめ、そろそろお昼にでもしようかと独り言を言います。いつの間にかミミズがたくさん入っていたバケツは、底が見えるぐらいの数しかいなくなり、反対に水が入っているバケツには、たくさんの魚が狭いと言い合っているかのように、ほぼ動かず、ヒレが少しでも当たるのを嫌がっているように見えます。いつもより多い量が釣れたことに、太郎は喜びました。そして、密かに笹君や明田君がいなくてもへっちゃらと、鼻を高くしました。やはり少しだけ、まだやっかみがあったのでしょうか。
さてさて、太郎はやはりお腹がすいて、また腹の虫が鳴きそうだったので、手早く昼を食べようと家の人が持たせてくれた細長い竹筒み出しました。それを開けると、中には上手そうなピカピカの塩漬けキュウリがぴったし十本、入っているのです。そう、太郎はキュウリが大好きで、畑にも自分用のキュウリを作っているのです。また、家の人が作ってくれる塩漬けキュウリは格別で、どこかへ行くたび、それを持っていくのでした。太郎は片方の手で、キュウリのザラザラとした感触を感じながら、パクッと食べました――いいえ、食べようとしました。しかし口に入る寸前にキュウリは跡形もなく無くなっていたのです。太郎の口は空気だけを食べ、太郎は大変驚きました。周りを見渡しても、奥の方にぼんやりと人が見えるだけで、近くにはたったの一人もいません。太郎は首を傾げ、もう一本キュウリを出して食べようとすると、また無くなってしまいました。大急ぎで周りを見ても、やはり人っ子一人いません。太郎は、今度はしっかり両手でキュウリを持ち、取られてたまるかと意地になり、食べようとしました。でも、やはりキュウリは寸前のところで無くなってしまいました。さらに、膝の上に置いていたキュウリの竹筒見みも無くなっているではありませんか。太郎は悲しくなりました。大好きな塩漬けキュウリは食べられないし、まだキュウリが八つ入っていた竹筒みも取られてしました。さすがの太郎も、心の中がまるで台風のようになり、目からたくさんの雨が流れました。と、急に目の前にキュウリが出されました。太郎はそれがなぜあるのかなんて気にしないで、がぶりつきました。今日、初めての塩漬けキュウリは、普段よりもっと美味しいように思えました。食べていたら流れていた雨もやみ、太郎は何とか落ち着くことが出来ました。
「ごめんね」
横から声がしました。太郎がそちらを向くと、全身真っ緑、おまけに頭の上にキレイなお皿を乗せているものがいました。顔は、醜くありません。と言うより、普通の人間の顔にさえ見えました。けれど、やはり太郎はひっくり返りそうになりましたが、何とかこらえ、ただ呆然とそのものを見ていました。そう、それは噂に聞き覚えのある、いわゆる河童そのものだったのです。河童とあってしまったら、それはそれは恐ろしいことにあうのだから、見つかってしまったらすぐに逃げなさいと言われた、あの河童です。でも、太郎の足は、石のように動かなくなってしまい、どうすることも出来ません。ただ、頭の中でここにいたらどうなってしまうものかと、考えていただけでした。なぜか、恐怖や焦りは全くしません。そんな太郎を見ていた河童は、
「どうか、逃げ出さないでおくれ。河童は怖いものではないのだ。ニンゲンが、そう思ってしまっただけなのだ」
と、身振り手振りで逆に河童が焦ったように言い始めました。太郎はそれを見ただけでしたが、これはきっと本当のことなんだなと、微笑ましく思いました。
「大丈夫。逃げたりなんかはしないよ」
そう、太郎が言いますと、河童はホッとしたように無邪気な笑顔になりました。
「あの、一緒に遊ばないか?わたしは、一人で寂しかったのだよ」
「もちろん」
太郎は、間を置かずに言いました。キュウリを食べられたことはひとまず置いておこう、と思い、そう言ったのです。しかも、太郎も一人だったので、丁度誰かと遊びたかったのです。
二人はまず、自己紹介をしました。そこで太郎が驚いたのが、河童の名前が大朗と、全く同じ呼び名だったのです。二人はそんなこともありとても仲が良くなりました。始めに、太郎が大朗に釣りの仕方を教えてやりました。大朗は覚えが早く、すぐに残っていたミミズを全て使い、たくさんの魚を釣り上げました。そして、これは家に持って帰って、みんなと食べるんだと、あの無邪気な笑顔をしました。そして、太郎は大朗に泳ぎを教えてもらいました。太郎は泳ぎが大の苦手で、背泳ぎですら、一分も経たないうちに下へと沈んでしまいます。ですが、大朗に教えてもらいましたら、次々と色々な泳ぎが出来るようになり、ついにはあの難しい、バタバタ泳ぎ(今で言うバタフライ)も出来るようになりました。そして、空の向こうが少し赤みを帯びてくると、二人はそれぞれの場所へ帰らなければいけなくなりました。
「絶対に来ておくれ、約束だぞ」
大朗が泣きそうになりながら、太郎へと声を絞り出したように言います。太郎も少し目の周りが温かくなるのを感じながら言いました。
「うん、約束」
そう言い、手を振りました。大朗も、手を振りました。太郎が少し、大体五十メートルほど歩き、後ろをふりかえりますと、先ほど大朗がいたところには、誰もいませんでした。
次の日、太郎がいつもにましてウキウキしているのを、家の人は少し首を傾げ、見ていました。ですが、子どもなのだから、こうでなくてはと、自分の作業に戻ります。
太郎が外へ出ると――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そこまで、読んだところで、太一はお母さんに呼ばれていることに気づいた。どうやら、友達が太一を呼びに来てくれたらしい。太一は読みかけの『キュウリと河童』と表紙に書かれた本に、机のスタンド近くにある緑の栞を掴んで挟んだ。そして、はーいと元気よく返事をすると、リズム良くタッタッタッタッと階段を駆け下りた。自分にもこんな出来事があったら良いのになと、期待をしながら。
楽しめていただけたでしょうか?
皆様の心に残ったら作者として嬉しい限りです。