42 ―ユリアス―
今回と次回は、火の試練〜ミルクプリン話までのユリアスサイドの話になります。
その次からは(なんちゃってファンタジー回)風の精霊の試練の話(数話)になる予定です。
主に一年時に受ける火の精霊の試練。それが終了した日から数日過ぎたある日の事。
「グリンベルグさん」
教員室に向かう途中。次の授業で使う為の資料でもあるジャガイモが入った箱を他の資料の天辺に乗せて。それらを持ち抱えた僕は『前回の授業後には質問しに来なかったな…』と思っていた彼女と会ったので、思わず声を掛けてしまった。
「え? あ、ルチアーニ先生。ごきげんよう」
振り向いた彼女は柔らかい笑みで挨拶をしてくれた。
「ああ、こんにちは。魔法学教員室の方から来たようだが、精霊の試練の話を?」
立ち止まり廊下の端に寄って彼女に問うと、少しばかり眉を下げて、何かをやらかしてしまった時のような表情になった。(もしかして。ラングリスタに聞いた、火のエレメントと遭遇した生徒達関連の事か?)
「ええ。実は色々ありまして、火の精霊の試練が受けられなかったのです。それで風の精霊の試練を受けるか、追試験で火の精霊の試練を受けるか、もしくは今回は受けない…というお話がありまして。私は風の精霊の試練を受ける事にして申し込んで来たところです。あ、宜しければお手伝いします」
話を聞いている内に、僕が抱える資料の一部がグラついてしまい、見かねた彼女が手伝いを申し出てくれる。
「いや、平気だ」
「ですが、天辺で揺れている箱が気になりますわ。小さな箱ですし、落としたりしませんから。持たせて下さいませ」
そう言いながら。彼女は背伸びをしてサッと、ジャガイモの入った箱を持ってくれた。(見た目より重いのだが大丈夫だろうか?)チラりと彼女を覗えば問題なさそうだったし、『この位、お任せ下さい』と言ってくれた為、その言葉に甘えさせて貰う事にした。
そして、薬草学の教員室に向かう僕達は会話を再開した。
「ああ、火の精霊の試練の事ならラングリスタから聞いたな。怪我は…その、大丈夫だったか?」
彼女が、火のエレメントにより負傷している生徒達を庇って、背中に怪我を負った話を聞き(ブレザーをきちんと身に着けていたから強めの打撲で済んだらしいが、暑いからと油断して。もしブレザーを着ていなかったらと思うとゾッとする話だ…)僕は眉を顰めた。
『ちょっとー、ユリアスー? 顔怖いわよ? 睨まないでよねー』
『別にそんなつもりは無い。それで、彼女は…いや、生徒達は本当に大丈夫なのだろうな?』
『アンタねー…まあ、いいわ。皆、治癒魔法で回復したわよ。医務室でも診て貰ったし大丈夫よー』
…――なんて会話を実はしていたのだが、つい心配で彼女にも尋ねてしまう。
「はい、大丈夫です。先生にすぐに回復魔法を掛けて頂きましたし、医務室の医師にも診て頂きましたから。もう、全然大丈夫ですわ!」
心配したのが伝わったのか『ほら! 私ピンピンしてますよ!』と。箱を片手で支え、ニッと笑いながら。空いた片腕で力瘤を作る仕草をして見せてくれた。
そして、箱を再び両手で持ち直した彼女は、僕が運んでいた資料に興味が湧いたのか、この話はここまで、と言いたいのか話題を変えて来た。
「ところで、こちらの資料? ですが…箱の中で何やらゴロゴロ? していますわね? 中身が何かお聞きしても宜しいでしょうか?」
「中身は芋の一種だよ。次の授業で使うものだけど、君も調理された物を食べた事があるんじゃないかな」
「そうなのですか? 開けて見てみても良いでしょうか?」
別に見たところで問題もないので『構わないよ』と答える。
「あっ! ジャガイモですわね!」
箱を開けた彼女は、箱の中身が何か解ったらしい。そう、そこには僕の手のひらよりは小さめ位の大きさのジャガイモ(彼女の手のひら位か? 小さくて華奢な手、だな)が入っていた。
「へえ、よくこれがジャガイモだと解ったね」
少し驚いた。貴族、それも高位の貴族のお嬢様であるグリンベルグさんが調理される前の物なのに、これをジャガイモと言ったのだから。
「え、ええ! 以前、実家にある本で見た事があるんです」
「そうなのか。君は本当に勉強熱心なんだな」
「で、ですが。詳しくは存じておりませんから、今から次の授業が楽しみですわ」
「そうか」
何故か少し焦っているようにも見えるが(高位貴族の石頭連中の中には、女性はあまり勉学に力を入れずとも良いと主張する輩も多いからな…気まずく感じたのだろうか? 僕はそんな事は気にしないのに)むしろ、僕にはとても好ましく思えたので笑って言葉を返した。
「ありがとう、グリンベルグさん。助かったよ」
「いえ、この位でしたらお安い御用ですわ!」
薬草学の教員室に着き、奥に居た教員に挨拶をしたグリンベルグさんは、僕の机に箱を置いてから。
「それでは、私はこれで失礼しますわ」
僕にペコリとお辞儀をし、退室して行こうとしていた…ところを呼び止めた。ふと、何か礼をせねばと、思ったからだ。
「ああ、待ってくれ。お礼に…えっと、何かあったかな」
「え? いえ、お礼とか…そんなつもりでお手伝いをした訳ではありませんので、お気になさらず」
「いや。僕の気が済まないから、少しだけ待っててくれ」
そう言ったまでは良かったのだが、机上や引き出しの中を探っても、礼になるような物が無いのだ。仕方ない――…
「…済まない。君に礼として上げられるような物が無かった。引き止めて済まなかったな、また改めて今度何か礼をさせてくれ」
「そんな、ルチアーニ先生。本当に気になさらないで下さいませ。それでは私は――…」
そう言い今度こそ退室しようとした彼女は何か思いついたのか、ぐるっと方向転換し、グッと距離を縮めて僕に詰め寄って来た。
(えっ…!?)
「あ、あのっ! ルチアーニ先生!!」
「? な、何だ?!」
「あの、今仰って頂いたお礼のお話ですがっ!」
「あ、ああ…うん。とりあえず、近いから少し離れた方が良いと思うんだけど」
この距離は近すぎるし、色々と不味い!(彼女のキラキラとした明るい瞳をもう少しだけ見ていたい、なんて…本当に不味いだろう)
「わっ! 失礼しました。それで、ですね。あの、もし宜しかったらで良いのですが、お願いがございまして…」
「お願い?」
「はい! 私にジャガイモを分けては頂けないでしょうかっ?」
「……」
え? お願いって。ジャガイモが欲しいのか? 本当に彼女は普通の貴族令嬢とは違うな、と思った。
「…あー、グリンベルグさん。聞かせて欲しいのだけど?」
「はい、何でしょう?」
「君はジャガイモをどうするつもりだ?」
「勿論、食べますわ」
「あ、うん。そうか…そうか」
そうか、食べたかったのか。いや、まあ構わないが。
「あのですね、ルチアーニ先生。最終的には食べるのですが、私ジャガイモから作りたい物がございまして」
「? ジャガイモから作りたい物? 料理か?」
「えっと、ですね。片栗粉を作ります」
「カタクリコ? 僕はそんな名称は聞いた事がないが…それは料理名なのか?」
聞いた事の無い名称に僕は首を傾げた。
「いえ、料理やお菓子作りの際に使う粉状の材料ですわ。もし、ジャガイモを少し分けて頂けるのでしたら、片栗粉を使ったお菓子を先生にもお持ち致しますので、宜しかったら食べてみて頂きたいですわ」
「分かった。本当にコレが礼で良いのか聞きたいところだが、君が望んでいるのだし…授業で使う分より多めに取り寄せていたから。少しなら構わないよ」
箱からジャガイモを三個程、取り出して。そのまま持たせる訳にも行かないので、机の中から薬草採取用の麻袋を取り出し、その中にジャガイモを入れて『どうぞ』と、彼女に手渡した。
「ありがとうございますっ、ユリアス先生!!」
彼女は今にも飛び跳ねんばかりの勢いと、満面の笑みを浮かべている。(本当に、彼女は変わった子だな…)
「喜んで貰えたのなら、僕も嬉しい。カタクリコ? の菓子、楽しみにしているとしよう」
「は、はい。せっかくジャガイモを分けて頂きましたし、作るからには美味しい物を作りますわ! そ、それでは私はこれで失礼します」
先程、彼女が浮かべた満面の笑みを思い出した僕も、気付かず内に笑っていたらしく。少し驚いた顔を見せた彼女は、慌ただしく教員室から出て行ってしまったのだった。
(カタクリコ? とやらで作った彼女の手作りの菓子、か。楽しみだな――…)
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