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――グリンベルグ領・グリンベルグ侯爵邸、入口にて。
「おかえりなさいませ、お嬢様。魔法学園は、いかがでございましたか?」
出迎えてくれたのは執事服に身を包み、白銀の長髪を後ろで一つに束ねた、長身で紫の瞳と泣きぼくろが印象的な美形の執事、シャルだ。
「ただいま、シャル。…えーと。素敵な所だと思うわ(…外観に関しては嘘ではないわよね)。ああ、そうだわ。私、今から暫く自室に居ますので、そちらまで紅茶をお願いできるかしら?」
「畏まりました」
シャルに薄手のコートを渡しながら。私は温かい紅茶を部屋まで持ってきてくれるよう頼んだ。
「…あ」
…しまった。十四年間、マリスティアとして生きて来ているせいか、違和感なく人を使ってしまっているじゃないか私。
これでは二年後に困るな…と思い、直ぐに自分で紅茶を淹れると言いに、コートを後ろに控えて居たメイドに渡し、そのまま厨房へ向かったシャルを追い掛けたのだけど…
あ、あれ…? 紅茶って、どうやって淹れるの…かな? (わ、解らないんだけど…!?)
日本茶なら解るんだけどね! 前世で勤めていた会社で嫌という程、淹れてたからね!
前世の私は紅茶があまり好きではなくて、殆ど飲んだ事が無かったのだ。飲んだのは…せいぜい、缶紅茶位?
しかも。同僚に差し入れで貰ったとか、その位だったと思う。
しかし。今の私は紅茶が好きだ。缶紅茶や粉末をお湯で溶かすだけ〜のインスタントも無ければ、ティーバッグも無い。ざまぁ後に自由に紅茶が飲めないのは辛い。
あれ? もしかしたら、これらを作って売ったら儲かるよね? 儲かれば将来に役立つんじゃないの? むしろ、これで生活できないかな?
なんて事を一瞬考えたが作り方が解からない。ガッカリした。
前世の私よ、紅茶メーカーの工場で働いてくれていたら良かったのに…って、色々と無茶な話だな。おっと、話が反れてしまった。
「シャル、ちょっと待って!」
「はい、何でしょう?」
今は紅茶の淹れ方だ。
何も本格的なものを目指す訳ではない。家に来てくれたお客さんに喜んで貰えて(おもてなしの心は大切よね!)自分も美味しく飲める。そんな感じのものが淹れられれば良い。
そして、シャルの淹れる紅茶はとても美味しい。シャル程の腕前まで…とは言わないので、淹れ方を教えて貰えないか、駄目元で聞いてみようと思う。
「あの…紅茶の淹れ方を教えて下さらない?」
「は…? 紅茶の淹れ方ですか? お嬢様が手ずからやらずとも、直ぐにお淹れしてお部屋までお持ち致しますが。それとも何か問題がございましたか?」
シャルは今までそんな事を言った事の無かった私を不思議そうに見てくる。
「いいえ、問題は無いのだけど。私も、その…紅茶を淹れる位は出来るようになりたいのよ。…ええと、グリストラ様が留学を終えてお戻りになられたの。もしかしたら、我が家にもいらっしゃるかもしれないし…いらした際には、私が淹れたお茶を飲んで頂きたいのよ」
そう言うと。シャルは少しの間、思案顔で沈黙した。
うーん、無理があるか? グリストラに対して、そんなに思い入れがある訳でない事は、長年私に付いているシャルには解っているだろう。
「……。ハァ…解りました。お教え致します」
シャルは他の人から見れば普段と変わりなく、淡々として見えるかも知れないが私には解ってしまった。(目の前で溜息吐かれたしね! …あれ? 私、一応は侯爵(雇い主)の娘なんだけどなー?)
了承はして貰えたものの。渋々と言った感じだ。おまけに何故か若干、不機嫌そうだ。
まあ、忙しいところに余計な仕事を入れたから、かな? うーん。申し訳ない、シャル。宜しく頼みます。