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26―ユリアス―

25話のユリアスサイドの話になります。

 学園内から殆どの生徒達は帰路に着いているだろう、初夏に近づき始めたある日の放課後の事。


 僕は食堂に食器の返却に来ていた。食器と言っても、そう大層なものではない。


 楕円形のパンに切り込みを入れ、ハムやチーズ、野菜を挟んだものを乗せていた白く丸い皿と、スープが入っていたカップの二点だ。


 時々、授業後に質問と称した女子生徒に囲まれてしまい、昼食の時間がほぼ無くなってしまう事がある。(彼女達は恐らく、午後一番の授業は取っていないんだろう…うん、そういう事にして置こう)


 そうなれば、授業は無くてもやる事は沢山ある僕は昼食を食いっぱぐれてしまう事が多くなり、朝は早く、夜は遅い日常生活。いつも昼抜きでは結構キツいものがあった為、僕は駄目元で食堂の料理長に時々で良いから軽食を用意して貰えないか相談をしてみた。


 そうしたら――…


 『先生も大変なんですねぇ…解りました! そういう事なら、本当に簡単な物になりますがお作りしましょう』


 そう快諾してくれた為、週に三日は軽食を頼んでいる。(他の日は教員室の机の中に騎士団で配給されている携帯食を購入して、それをストックしているから、それで凌いでいるけど、あれは…味が、ちょっと。いや、贅沢は言えないんだけど)ちなみに、昼時の食堂には近寄らない事にしている。理由については、まあ…落ち着いて食事が出来ないからだ。


 話を戻すとしよう。軽食は金額がタダ同然で物凄く驚いたのだが、料理長が言うには『妥当な値段ですよ』との事で有難いばかりだった。(しかし、僕の金銭感覚はズレているのだろうか? と少し気になった)


 そんな訳で。今日も人気が大分少なくなった頃を見計らって食堂へとやって来たのだけれど――…


 『…――で、…―――った?…』


 食堂の目立たない場所で何やらブツブツと呟く女子生徒を見つける。見覚えある青い色のツインテールの後ろ姿。


 (あれは…マリスティア・グリンベルグ?)


 彼女が居るテーブルへと向かい――…


 「君は一体、何をブツブツ言っているんだ?」

 「え? ユ…ルチアーニ先生?!」


 声を掛けると。彼女は戸惑いながらも僕に挨拶をして来た。


 「え、ええと――…ごきげんよう、ルチアーニ先生」

 「ああ、うん。それで君は何をしているんだ? ティータイムか?」


 テーブルの上にはクッキーのような菓子が乗った皿が二皿と、よく見てみると、水…だろうか? ティーカップには水らしき液体が入っていた。


 皿の方に目を向ければ、そのうち一枚の皿の上には…見た目は綺麗だが、色が薄いので恐らくは中身が生焼けだろうもの。もう一枚の皿には狐色より僅かに茶色く、やや固そうな見た目のクッキーが乗っていた。


 ふむ。彼女は細身だが、一人でこんなに食べる気なのだろうか? しかも片方は生焼け(だろう)。大丈夫なのか? 腹を下した際に効く薬草が研究室にあった筈だが――…(教員室とはまた別に、一部、研究を要する学科の教員達に与えられている部屋だ)


 そんな事を考えて居ると、へにゃりと眉を下げた彼女から返事が返ってきた。

 

 「いえ、ティータイムという訳ではないのです。あの…初めてクッキーを焼いてみたんです。ですが、ご覧の有り様でして」

 「ああ。そう言えば、前に厨房の事を尋ねられたし、菓子作りに興味があると言っていたな」


 そう言えば以前…厨房について尋ねられた話を思い出す。本当に菓子作りを始めていたのか。


 「その節はありがとうございました。ええと、ですね――…」


 ため息混じりに落ち込んだ顔を見せる彼女は茶色いクッキーが乗った皿を僕に『酷いものでしょう?』と言いたげに掲げて見せてきたので。


 ん? そんなに酷い物でも無いと思う。


(これ位ならば食べられるだろう。昔、母上が作ったクッキー…いや、あれはクッキーと呼んではクッキーに失礼なシロモノだったな――…)


 掲げられて居たので、皿から一枚。彼女が作ったというクッキーを摘み上げ口に入れてみた。


 これが他の女子生徒ならばナニが入っているかも解らないし、大変危険な可能性があるので間違えても口にしよう等とは思わないが、彼女マリスティアは普段の授業態度や行動を見ても、僕に気があるようには見えない。


 また、第二王子であるグリストラ様の婚約者という事から、僕の家との繋がりを作る為に積極的に動くという考えもなさそうだった。(僕の家は第二王子派の派閥だから態々擦り寄る必要はない)


 ボリボリボリ――…と、音からして。彼女の作ったクッキーは、やはり見た目通り少々固かった。


 「ちょっ!? ななな、何をしていらっしゃいますの!?」


 アワアワと慌てている、普段見る事の無い彼女は何だか年相応に見えて(いや、普段老けていると言う訳ではないのだが)可愛らしいと思った。


 「これは――…」


 僕が呟くと、彼女は顔を引き攣らせている。別に味について文句を言ったり、怒ったりはしない。むしろ勝手に彼女のクッキーを食べたのは僕の方なので、怒られるとしたら僕の方だろう。


 「ま…」

 「ま?」

 「まあ、味は悪くない。だが恐らく砂糖を入れ過ぎたんだと思う。後はバターの量が少なかったのではないかと思う」


 昔、何度めかの母の手作りクッキーを食べた際、似たような事があったのを思い出した。


 それは、焼きたて時には(奇跡的に、と言っても良かったな、あれは)普通に美味しかったのだが、一晩立ったそれは――…


 『ぐっ!? か、かたいっ!?』


 砂糖の入れ過ぎと、バターが少な過ぎたのが原因と思われ、カチカチになっていたのだった。


 …――あの時は危うく歯が折れるかと思ったな。


 「ですよねー…え?」

 「ああ、自分でも気がついていたのか?」

 「あ、いえ。バターまでは気づきませんでした。ご助言を頂きありがとうございます…あの、先生は―…」


 お菓子作りに詳しいのですか!? そう言いたげに見える表情の彼女に僕は小さく首を振り――…


 「いや、僕は作り方とかはよく解らない。ただ、昔…母が何を思ったのか一時期、菓子づくりに興味を持った事があって。君と同じような事をしていたのを思い出したんだ」


 (…――君の方が、ずっと上手く出来ていたと思う、と言っても嬉しくはないだろうな)


 先程思い出していた昔の事をほんの少しばかり彼女にも話した。


 (話したら何だか懐かしくなってきたな。…もう一枚貰っても良いだろうか?)


 再度クッキーに手を伸ばしても、彼女からは咎められたなかったので、そのまま頂く事にしたクッキーを口に運んだ。


 「ふ、かなり懐かしい食感だったな。ごちそうさま」

 「え? あ、いえ。お粗末さまでした」


 驚いてキョトンとした顔のままの彼女の席を離れて、僕は食堂を後にした。







 …――今日は彼女の意外な表情が見られたな。


 人気のない廊下を歩きながら、僕は考えていた。


 クッキーの礼に(まあ、僕宛にくれた物では無いけど勝手に食べてしまった訳だし…)何か彼女が気軽に受け取ってくれるような…菓子作りに役立つような物を。今度贈ってみようか、と。


 その時。彼女マリスティアは、また驚いた表情を見せてくれるのだろうか? それとも、嬉しそうに笑ってくれる?


 ふと、もっと彼女の色々な…他の表情も見てみたい。出会った頃よりも強く、そんな風に思い始めている自分に気づいてしまった。


 「僕は何を考えていた? …――こんな事は僕が考えるべき事じゃないだろう」


 自分にそう言い聞かせながら、研究室の中へと戻った。

ユリアスのマリスティアへの好感度(?)が上がっている(と書いていて思ったのですが…そうでもない?)事については小話等で補足しようと考えています。


ここまで読んで下さり、ありがとうございます!!

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