18―シャル―
6/25に、学園での厨房の様子(シャル視点を)真ん中〜下部辺りに加筆しました。
――昨日。入学式を済ませられ、本日は選択授業の体験・見学の為、午前中のみ学園に登校されていたお嬢様は、帰ってきてから…また、おかしな事を言い出した。
そのおかしな事とは…
学園の厨房を借りて、お菓子作りをされると仰ったのだ。(…洒落ではございません)
お嬢様の帰宅後から先程までの、やり取りを思い出してみるーーー…
「学園の厨房…ですか?」
「ええ。放課後の時間から、学園が施錠される三十分前にまでなら…という条件で一部借りられる事になったの」
「はぁ…ですが、何故厨房を…?」
通常の貴族ならば。下級貴族でも、あまり厨房に立つ者は居ない。ましてや、侯爵家のお嬢様がやる事でない事は言うまでもない。
もしも。奥様が、それをお聞きになられていたなら、それはもうお怒りになるだろう事は容易に想像ができた。(…奥様が学園にいらっしゃらなくて良うございましたね、お嬢様。まあ、生徒でも教員でもないのに居たら怖いですけど)
「…お菓子作りの為よ。まだ詳しくは話せないけれど、お店に並ぶような物と遜色ないくらいの物を作れるようになりたいの」
目を逸らさず。お嬢様は、私に本気の意を伝えて来たのだ。
「……紅茶の時のように。殿下の為、という訳ではなく。マリスティア様、ご自身の為にと解釈して宜しいでしょうか?」
「ええ。それで合っていますわ」
少し前から、お嬢様は変わられたと思う。そして、何をお考えかは解らないが…。
「…でしたら。私にもお嬢様のお手伝いさせて下さい。放課後から施錠前まで、となると帰りは日が落ちる時間帯になります。学園の敷地内といえども危険ですから」
私もそれを手伝ってみる事にした。
施錠三十分前に学園を出るとなると、帰りが遅くなるだろう事は容易に想像できる。これを手伝いの理由にしておく事にする。
「でも…それは、貴方の仕事が増えるでしょう?迷惑ではなくて?」
困ったように笑うお嬢様。ここ最近、見せるようになった顔だ。
お嬢様は、とてもお可愛らしく。時々、間が抜けているところも大変お可愛らし………いえ。とにかく。見目良く、身分も高いお方だ。(…第二王子の婚約者でもありますしね)
例え学園内とは言えども。万が一にも、何かがあって は困る…という事で。
「お嬢様の身の回りのお世話はサリーがしていますし、私は、その他の雑務以外に、お嬢様の身をお守りする事も仕事に入っております。ですから、お嬢様に何かある方が私としましては、大変迷惑です。大変迷惑です」
二度程、言わせて頂きました。大切な事なので。(まあ、迷惑と言うより…お嬢様を危険な目に遭わせようものなら自分で自分が許せませんので、ね)
「う。そ、そうよね。…では、お願いしようかしら?」
「畏まりました」
お嬢様に向かって。私は恭しくを頭を下げた。
これは、例えば…だが。お嬢様が密かに(…私に打ち明けてくれた辺り、隠す気はあまりなさそうですけどね)菓子職人を目指そうとしているのだとしても、私は彼女の事を止める気はない。
変わられたお嬢様が、今後何をしでかす…失礼。何をやるのか。私は、とても気になるのだ。
そして、少ししてから。お嬢様と学園の厨房に入った。
まず、お嬢様は持ってきた荷物の中に有った花柄のスカーフを頭に被ると、別の花柄の白いスカーフを…
「はい。これは、シャルの分よ」
…と言って、手渡してきた。
それから、厨房にある予備のエプロンを身につけると(厨房に入った時に、エプロンをお借りしても良いか、料理長に尋ねておかれたようです)こちらも私の分と、一枚のエプロンを差し出された。
とりあえず、エプロンを身に着ける。そして…
「…は?お嬢様。私も、頭にスカーフを巻き付けるのですか?」
料理人達はコック帽を被っている。できれば私も、そちらの方が良い…が、帽子の予備は別の人が使っているのか、元々無かったのか…見当たらなかった。
「ええ。私達は髪が長いですし、衛生面を考えての事ですわ」
それは最もな事だ。束ねているとはいえ万が一にも髪の毛入りの食べ物など口にしたくないし、食欲も減退してしまうだろう。
「確かに…そうですね。では、お借り致します」
私は、これでも一応貴族の家に名を連ねる者なので、料理をするような場面には今まで殆ど出会った事が無い。
唯一、料理(と言っていいものか怪しいですけど…)したのは、学園時代の夏の長期休み中。参加自由ですが、単位が貰いやすくなる為、ほぼ全員が参加していた一泊のみで行われた体術、剣術、弓術選択の生徒の野外演習時の調理?実習?…と、疑問符が付く位のものだけ。
あの時は確か…沸かした湯に、各自携帯するよう前以って言われていた干し肉と。食べられる野草(学園側で用意されており、汚れは綺麗に洗い流されており、食べやすいようにとカットまでされていましたね…)を混ぜたスープと、こちらも各自持参するよう言われていた携帯に向くパン(…ソーセージやらハムやらチーズやらを挟んできていた生徒が多数でしたねぇ…まあ、バスケットの隅に、あの夏の時点で生徒本人では扱えない者が殆どだろう、氷魔法で、使用人か外注で誰かに作らせた氷を革袋に入れて防腐した点は賢いですけど…今思えば。それも、家人の知恵っぽいですよねぇ?)というメニューだった。
…おっと。つい、昔の事を思い出して、スカーフの事を忘れかけていた。
……しかし。これは、どうやって身に着けるのだろうか?
「……」
ジッとスカーフを見ていても仕方ない。
私はスカーフをお嬢様の様に被り、顎の下で結んだ…のだけど。
…これは、何か違うな。だが、何が違うのだろう…?
そう思いつつ、お嬢様を見れば。お嬢様は、あんぐりと大きく口を開け、目を見開いてこちらを見ていた。
「…様?お嬢様?」
呼びかけると、お嬢様は首を横に振り…
「あ、ええと…なんでもありませんわ。ところでシャル、少し屈んでくださるかしら?」
そう言うと、私の前にやって来て向かい合うような形になった。
言われた通り、少し屈むと。シュッと、私が身に着けたスカーフが解かれた。それを今度は額の上から首の後ろに来るようにすると…
「シャル。少し髪を上げていて下さる?」
「……はい」
お嬢様が私の首の後ろにスカーフを結んで下さった。
……それにしても、先程からふんわりと優しい甘い香りがしている。
「これで、大丈夫ですわ」
ニッと無邪気な笑みを向けて来るお嬢様。
「…お嬢様のお手を煩わせてしまい申し訳ありません、ありがとうございます。それから…」
「え?何かしら?」
「お顔が近いです。お嬢様」
…そう言えば。
お嬢様は『今、気がついた!』と、口に出さずとも。その表情で驚いていたのが解かった。
「ご、ごめん!…なさい」
「…いえ。ですが、お嬢様」
「はい?」
「こういった事を他の異性の方には、くれぐれもなさらないようにして下さいね。無防備過ぎます」
本当に。こんな至近距離では、抱き締められようが、口づけされようが文句は言えないだろう。ましてや自分から近付いたのならば尚更だ。
「え…ええ。と言うか。この学園に通う男性の方は、殆ど料理などしないと思いますし…まず、私と一緒に料理をするような方は、いらっしゃらないと思いますわよ?」
恐らく…お嬢様は私が注意したい点については殆ど解っていらっしゃらないだろう。
「それでもです」
いいですね!?と、普段の口調より強めで、しっかり念を押しておいたものの若干、いや結構……心配だ。




