第5曲・世界に轟かす魔人の咆哮
戦闘って難しいです
一応クライマックス的なお話
投稿時の適当な文が許せず、
後半を大幅に加筆修正しました。
⚪︎
「覚悟はいいかァ人間!!」
「来い、悪魔ぁ!!」
大百足が足を大きく開く。
戦いが始まった。
⚫️
「矮小なる者ォ、その足掻きを見せてみろおォ!!グゥルアアアァァ!!!」
百足の悪魔ウルガンは、クリアを獲物と定め、最早言葉とは呼べぬ怪物の咆哮を炎に覆われた町に響かせる。
百足は、宙に浮かぶ巨体を旋回させると、広場の地を這うように突撃を仕掛けて来た。
鋭利な歩脚が地面の煉瓦を打つたびに質量による破壊が生じ、クリアの視点には瓦礫と炎を巻き上げて爆進する髑髏の顔と頭部付近の牙だけが映っている。
クリアは、接近してくる悪魔に集中しながら対抗手段を組み立てていた。
ーーここまで巨大な相手と戦うのは初めてだが、まずここを凌ぐ!
相手は圧倒的な巨体と重量を有する。
それだけで一つ、こちらに対する戦闘手段と成り得るのだ。
つまり、目の前の突撃さえ凌げないのなら、この戦闘で勝利することなど到底不可能である。
だが、どうする。
この悪魔相手に自分の技術と経験が通用するか?
『魔物の弱点を勉強するのも良いんですけど、いっその事ぶっつけ本番で自分の直感に頼った方がやり易くないすか?ちょ、怒んなよ!言ってみただけだっつの!』
ーーこんな時に、あの馬鹿の言う事を思い出すとはな!
魔物との戦闘では、知識は確かな武器になる。
クリアがそう言い聞かせても座学を頑なに拒む男がいた。
結局、今に至るまであの馬鹿は戦闘技術を学ばず直感戦闘に任せていた。
戦い方を知る前に、戦って身に付ける。
騎士としての素行こそ悪いが、戦場に身を置く者として最も大事な‘適応力’を、カインは持っていた。
「やってみるかな!・・・ぜぇいっ!!」
ついに、2本の牙が目前に迫って来た。
1度、眼を閉じて深呼吸をしたクリアは、眼を見開いた瞬間、跳躍。
両側から迫り来る牙に対し、左右に銀製剣を振るう事で対応する。
牙の質量に剣が負けぬよう、自身に向かってくる牙の上面に剣を叩きつけ、その反動でもう一度跳躍。
浮き上がったクリアの足元を直後、髑髏顏が通過する。
そして、足元を掠めようとする髑髏顏を踏み付け、完全に百足の突撃軌道から外れた地面に着地した。
「ヌゥッ!?中々にやりおるなァ!!」
「フッ、この程度ではやられんさ!」
言ってみたものの、今の直感での行動は肝を冷やした。
じっとりと嫌な汗が顔を伝って落ちていくが、それすら地面の火に呑まれて消えていく。
だが、直感で行動した甲斐があった。
悪魔に攻撃を届かせる可能性を、見出したのだ。
ーー奴の髑髏の顏、水晶のような眼があった。
大百足の身体を構成する黒曜石に似た甲殻とは違う。
透明な水晶のような眼球が髑髏顔に嵌っていたのだ。
そこであれば、攻撃が届くかも知れない。
ーーどうにかして、あの距離まで詰めなければ!
「どうした、攻撃は終わりか!私は健在だぞ!」
「このような小手調べに満足してはいかんなァ!
これからがメインディッシュと言う物よォ!絶望の弾ける音を奏でええぇい!!!」
再び空中に留まった悪魔は、その巨体を縦に起こすと歩脚を赤熱させる。
そうして、赤熱した歩脚をクリアに向けると、その一つ一つから、中位魔法炎の眼差しが飛び出した。
「くっ!」
紅い雨が降る。
炎光線はそこまで狙いを定めず、広場全体に叩きつけるように降り注いだ。
クリアは聖水を纏わせた銀製剣で己に直撃する魔法だけを弾いていく。
しかし、
ーーこのままでは拙いな。
雨の厄介さはそれだけに終わらない。
紅蓮の光線が地に落ちる度に地を焼き、火花を散らし、焦熱がクリアの体力を奪っていく。
このまま、攻撃を捌き続けても、こちらの体力が尽きる。
ーー魔法を飛ばしている間、奴は動いていない。
今、攻めに転じねば焼き殺される。
一発で決めるしか、勝つ術は無い。
少しして、赤熱した歩脚では連続して魔法が撃てないのか、魔法の雨が止まる。
「グゥハハハハァ!!どうしたどうした、つまらぬなァ!
攻めて来ないなら俺様に焼かれるのみだぞォ!?」
もう一度、雨を誘う。そして、攻撃に転じよう。
「ハッ、未だこの身体に焦げ跡も付いてないが、もっと本気で狙ったらどうだ!」
「減らず口をォ!今度こそ黒炭へと変えてくれるわ!!」
再度、歩脚が赤熱し始める。
ここで仕掛ける。
魔法が発射される直前に、クリアは駆け出した。
撃ち出された炎魔法は、今度は正確にこちらを狙い、
クリアが走り抜けた後を追うように光線が地を焼く。
ここで足を止めれば間違いなく光線が直撃する。
今は兎に角、目標に向けてひた走る。
ーー目標は、宿屋の屋根!
炎に包まれているが、未だ焼け落ちていない宿屋が、悪魔の側にあった。
その屋根の上からならば、あの悪魔の頭部に肉薄する事も可能である。
クリアは、広場の外周を全力で駆ける。
一瞬、狙いを定めず撃たれた炎が頬の薄皮一枚分を切ったが止まる訳にはいかない。
暫くして、宿屋を目前に捉えた。だが、
「っ!?マズい!」
宿屋の隣の建物が焼け落ち、クリアの進路を遮った。
背後からは光線が追って来ている。
もう戻れない。
「ならばっ!」
ここで賭けに出るしかない。
クリアは、燃え盛る瓦礫に飛び込んだ。
炎が全身を覆う前に銀甲冑で瓦礫を蹴り大跳躍。
跳躍の余波で身体に付いた炎を払いながら、宿屋に跳ぶ。
ーーまだだ!!
跳躍では宿屋の屋根には届かない。
故に、跳んだ先、宿屋の壁を強く踏み付け、更に次の歩を踏む。
全力で壁を踏み上がる事、4度。
瞬間的な壁走りを土壇場で成功させ、漸く屋根の上に辿り着いた。
「んんん?何処に行ったあ?」
賭けに出たおかげで悪魔は一時的にクリアを見失っていた。
ーーここしかない!
時期に宿屋も焼け落ちる。
このチャンスを見逃す訳にはいかない。
最短距離で屋根を駆け、クリアは大きく、髑髏の真上に跳んだ。
「んなァ!?そこにいたか!!」
悪魔に気付かれるがこの位置では歩脚の先をクリアに向ける事は出来ず、魔法は撃てない。
絶好の機会を得た。
クリアは大きく銀製剣を振りかぶった。
しかし、
「出ませい!我ぁが眷属ゥ!!」
「なにっ!?」
髑髏が口を大きく開くと、そこから悪魔の眷属、放火蟲が2群飛び出した。
ーー緊急時の奥の手か!!負けるかぁっ!!!
この瞬間、クリア・ロゥエルの集中力は爆発的に引き上げられた。
迫り来る放火蟲の一方の核だけを見極め銀製剣の片手突きで灰に帰す。
そして、もう一方の一群に片手で聖水瓶を砕いて振り撒き、統率を乱した放火蟲の核を銀製剣の横薙ぎで吹き飛ばした。
「何だとゥッ!!?」
「うおおおお!!!」
⚪︎
『クリア・ロゥエル君。君はどうやら、神聖属性に適性が有るようだね』
『神聖属性、でありますか団長殿?』
『ああ。邪悪なる者、悪魔に絶大なる効果を発揮する聖なる力の事だ。修練を積めば、戦士は自身に適性のある戦闘技能を習得出来る。君のその属性は、我ら聖騎士に取って得難い物である。成長を、楽しみにしているよ』
『はっ!精進します!』
⚪︎
あの時、聖騎士団へ入団したばかりの頃、聖騎士団長に激励を受けた事を良く覚えている。
自分には、悪魔を打倒する属性に適性が有る、と。
嬉しかった。
聖騎士になった自分に取って、自分の能力が必要とされている、という事が。
クリアは、自分が要領の良い人間だとは思っていない。
人一倍努力をして修練を重ね、諦めたくなる度に、民の為、家族の為と自分を奮い立たせた。
その研鑽の日々を続けて、習得した戦闘技能は一つだけ。
ただの一つだけ、されど、クリアの弛まぬ努力の結晶であった。
『魔法や剣技という物は、必ずしも才能に依るものでは無い。その技に全身全霊を懸ける、戦士の精神力こそが戦いの要である』
これも、団長の言葉である。
だから今だけは、諦める事も、自分を疑う事もしない。
ーー自分の唯一を、叩きつける!
銀製剣が淡く光を放ち始める、薄く儚げなその白光は、しかし、見る者に安らぎを与える物だ。
クリアが力を込めると、その輝きは急速に増大する。
「ヌウ!?そ、その気持ちの悪い光はァ!?」
「ーーぜええええああぁ!!!!」
魔法剣・破邪聖斬。
悪魔の水晶眼球に目掛けて、光が炸裂した。
⚪︎
「な、何故だ・・・!」
乾坤一擲。
正に、天に運命を委ねた必殺の一撃は、
「グゥハハッ!危なかったぜェ!」
不発に終わった。
否、確かな手応えは感じたのだ。
しかし、
「貴様っ!自分の部下を盾にするとは!」
魔法剣を受けたのは、悪魔では無く、直前で割り込んだ悪魔の眷属、女性型の赤い災害であった。
悪魔は器用にも、付近に居た赤い災害を歩脚で跳ね上げ、割り込ませるように飛ばしたのだ。
結果、赤い災害は斬り付けたが、
水晶眼球には罅を入れるに留まった。
「部下ァ?何を言うかと思えばァ!くだらぬくだらぬ!
天に座すべき悪魔に取ってはァ!人も魔物も眷属もォ!」
そこまで言って悪魔は髑髏の口を開き、瀕死で消えかかっている赤い災害を噛み砕いた。
「等しく家畜程度の価値しか無いのだァ!!!」
「きゃあああっ!!」
赤い災害を噛み砕いた際に生じた爆発で、クリアは地面に叩きつけられた。
同時に響く鉄の破砕。
戦闘中、ずっと敵の猛攻に耐えていた銀製剣と甲冑が、砕けたのだ。
ーーもう、駄目かもしれないな。
炎に呑まれゆく戦闘で、最後のチャンスであった。
それを、覆されたのだ。
クリアの体力も上半身を起こす程度しか残っていない。
心が、折れかかっていた。
ぼんやりと、赤い空を見上げるクリアに髑髏の顔が近づいて来る。
「グハハハァ、もう足掻く力も無いか女ァ。
どうだ?今なら俺様の恩情で、苦しまずに死なせてやるがァ?んんん?」
「・・・ペッ」
たとえ絶望的な状況であろうとも。
待っているのが絶対の死であろうと。
悪魔に情けを乞う事だけは許されない。
口の中の血と唾を吐きかけて精一杯の反抗とした。
「恩着せがましいわよ、あなた」
「・・・良いだろう!
望み通りィ、生きたまま焼かれ喰われる苦しみを味わうがよい!!」
髑髏が巨顎を開いた。
その口の中から、焦げついた煙と血のように赤い火が漏れている。
「では女ァ、さようなら」
悪魔はゆっくりとクリアを呑み込まんと進み、
邪魔された。
ヒュッ、と一条の矢が髑髏に当たったのだ。
普通の矢であった為、軽く表面に弾かれてしまったが、悪魔の動作は中断した。
髑髏顔がぐるりと首を捻った。
「俺様の食事を邪魔するのは、何処の何奴だァ!!」
矢の飛来した方角に、クリアも顔を向ける。
少し離れた燃える民家の上に、
見覚えのある少年の姿があった。
「あの子っ!?」
「貴様か小童ァ」
「小童とは失礼な。僕はグレイ。
グレイ・ニュートラルです。えへん。
よろしくお願いします、ムカデちゃん。」
⚫️
「俺様の食事を邪魔するのは、何処の何奴だァ!!」
どうも皆さん、こんな朝早くに失礼します。
グレイ・ニュートラルです。
いやぁ、火に呑まれる町の中で準備をするのは大変でした。
あと少し遅れていれば危なかったね。
聖騎士のお姉さんがムカデちゃんに食べられる所でしたから。
というか矢を射ってみたものの弾かれちゃいましたね。
ムカデちゃん、硬いのでしょうか。
【悪魔相手に狩りの弓で攻撃しようってのがそもそもイカれてやがんだよ】
ちぇー。
折角、火事の中で使えそうな道具を見繕って来たのにい。
早速要らない物になっちゃったぜ。
「貴様か小童ァ」
む、小童とは失礼な。僕はグレイ。
グレイ・ニュートラルです。えへん。
よろしくお願いします、ムカデちゃん。
「ムカデちゃん?そいつは俺様の事かァ!」
えっ、えっ。
どう見てもムカデちゃん、ですよね?違う?
ええと、すいません。僕は虫の名前に詳しくないので。
【お前ナチュラルに悪魔に喧嘩売るよな】
「いいか小童ァ、俺様の名前はウルガン!冥土の土産として持っていけい!」
うわぁ、火の玉が飛んできたあ。
けれど、まだまだですね。
ほいほいほいっと。避けます避けます。
ヒノデ狩人の本領発揮だぜ。
はいっ、完全回避です。いぇい。
「ムウッ!やりおるわァ、まさか貴様もそこな聖騎士の仲間かァ?」
ふぅはははあ。
聞いて驚け、見て慄けぇ。
ヒノデ町の‘くれいじーぐっどぼぅい’たあ僕の事なのだぁ。
【そんなアホ臭い二つ名が付いてんのか!?】
いやいや守護霊さま、その場の流れですよ。
あ、でも一時期そう呼ばれてたのは確かです。
守護霊さま、教会の屋根の上から飛び降りるなんて真似しちゃ、駄目ですよ?
【しねぇし、肉体無ぇし、お前みたいな馬鹿でもねえわっ!】
馬鹿とは何だい、馬鹿とは。
違うんだい、あれは毒キノコの所為なんだい。
「いけない少年!君ではそいつには敵わない!」
あ、聖騎士のお姉さーん。
心配しなくても大丈夫ですよー。
今から僕がムカデちゃんの相手をしますからー。
さあさあ、ムカデちゃん、ばっちこーい。
「ウルガンだと言った筈だぞォ!!
どこまでも俺様を愚弄する小童であるゥ!死ぃに晒せええぇい!!!」
おお、ムカデちゃんの足から炎の光線がっ。
ちゅんちゅんちゅちゅん。
ひゃあ、屋根がぽんぽん破裂するぜ。
このままじゃ建物が崩れます。
隣の建物に飛び移ります。とおっ。
「炎の中で踊るが良い、童には道化が似合いよォ!」
なんだとぉ、僕は生まれてこの方‘さーかす’なんて見た事ないよ。
そこまで言うならグレイ君の不思議な踊りを見せてやりましょう。
そりゃそりゃ、わっしょいわっしょい。
どうだぁ、ヒノデ狩人は回避も一級品だぜ。
【髪の毛、焦げてんぞ】
ほわちゃあっ。
またやらかしたあっ。
まあ、寝癖が直ったと思いましょう、そうしましょう。
おや?
ムカデちゃんの攻撃が止まりましたね。
どうしたんですかあ。
もう、終わりですかあ。
「こ、小癪なァ!!調子に乗るなよ小童ァ!!グゥルアアア!!!」
ええ?
何で怒ってるんです?あのムカデちゃん。
うわあ、こっちに向かって突撃して来ました。
さて、僕も準備に入りましょう。
この為に火事の中を探し回って道具を持ってきたんですから。
【お前、アイツに勝てる手段なんてあんのか?】
愚問ですねえ。
ぶっつけ本番に決まってるじゃないですか。
「死いいぃねえェ!!グゥルアアアア!!!」
ヒノデ狩人の基本技能!
薪割りだあっ。
薪割りで最も大事な基本とは。
力の入れ具合。
狙う場所。
そして、
タイミングじゃあ。
そおいっ、ぱっかーん。
「グッ!グオオオオオオォッ!?」
よっしゃあ。
上手い具合に斧が刺さりましたね。
流石、薪割り用の斧は一味違います。
それに目玉に罅入ってましたから斧を差し込むくらい余裕余裕。
「きっ、貴様ああァ・・・・!!」
あっ、まだ完全には斧が刺さっていない様子。
駄目押しのぉ、
はんまーくらっしゅ!
バキッ、がっしゃーん。
「グガッ!ギャアアアアアア!!!」
よしよし。割れたようです。
あ、危ない、暴れたムカデちゃんが身体を振り回してます。
でも、こんな至近距離じゃあ避けきれませんね。
ぐわあ、切られたあ。
あーあ、肩から腰までバッサリいっちゃいましたねぇ。
【その致命傷で良くべらべら口が回るな】
我慢は狩りにおいて習得必至なので。
これくらいはね。
止血薬はこの火事の中で見つからなかったのだけど。
ま、いっか。
「おぅのれええい、何処だ!何処にいる!」
おや、ムカデちゃん、こちらを見失ってますね。
今のうちに聖騎士のお姉さんを助けましょうか。
「見つからぬならァ!全て吹き飛べぇい!!」
【マズいな、備えとけ】
ん?どうしたんです守護霊さま。
ムカデちゃんがテカテカ光るボール玉を作ってる事と関係あります?
【上位魔法・大爆発。並の防御魔法なんざ紙くず同然に吹っ飛ぶ代物だ】
うわぁ、危険な魔法ですね。
あっ、あのボール、教会の方に飛んで行ってます。
【チャンスだろうが、さっさと逃げな】
はっはっは。
守護霊さま、何を仰るやら。
教会の中には町の人々が避難しているのです。
【知ってらぁ。・・・それが?】
もう、僕のする事、分かりますよね?
【・・・てめえは最期まで、その馬鹿を貫くのか】
もっちろんです。
それでは、行ってきます。
どっかーん。
⚫️
「いけない少年!君ではそいつには敵わない!」
心の何処かで侮っていた、自分が守らねばならぬ民の一人だと。
悪魔と戦う術を持たない、か弱き子供である、と。
そんな子供が、自分を助ける為に、強大な悪魔に立ち向かったのだ。
クリアの目から見て、その少年の立ち回りは見事と言うほかなかった。
既に火の回っている屋根の上で、クリアの苦戦した中位魔法、炎の眼差しの雨をいとも容易く回避してのけたのだ。
「もう、終わりですかあ」
次いで、この発言だ。
お前の攻撃なんて軽く避けてやる。
それが当然であるかのように、眉一つ動かさない少年。
この言葉に激昂した悪魔は突撃を仕掛けるが、
「ーーそおいっ」
それを待っていた、と言わんばかりの反撃であった。
クリアが残した攻撃の爪痕、水晶眼球の罅に目掛けて斧を振り下ろしたのだ。
加えて、苦しむ悪魔の水晶眼球を金槌で完全に叩き割る徹底ぶりだった。
しかし、
「ぐわあ、切られたあ」
「少年っ!!」
悪魔に取って、それが反撃であったかは分からないが、痛みのあまり身を捻った悪魔の歩脚が、少年を切り裂いた。
屋根の上で転がった少年は、すぐに立ち上がる。
上半身の狩り装束は吹き飛び、袈裟懸けに肉体は裂かれ、止めどなく流れる鮮血に塗れていた。
それでも少年は眉一つ動かさず悪魔を見据える。
ーーもう、止めるんだ!君が傷付く必要なんて!
そう、言葉に出そうとも言い出せなかった。
ボロボロになろうとも、
クリアを、町を守るために立ち上がった少年に、掛ける言葉など無かった。
その少年の姿が、クリアの、聖騎士として力及ばぬ自分への最大の罰であった。
「見つからぬならァ!全て吹き飛べぇい!!」
悪魔が苛立ちの声を上げると、空中に焔の玉を出現させた。
遠く離れたクリアにさえ感じ取れる程の熱気。
恐らくは、上位魔法。
玉は、怒り狂った悪魔が飛ばした故か、それとも狙っての事か、教会に向けて弾かれた。
ーーマズいっ。上位魔法を受けては教会の保護魔法が保たない!
守るべき民に、死が迫ろうとしていた。
だが、周囲の炎に体力を奪われたクリアの身体は最早、指を動かすことさえ叶わない。
ーーせめて、少年だけは、逃げてくれ。
力を振り絞り、少年に向けて声を掛ける。
「少、年!今すぐ逃げーー」
その時、はっきりと目撃した。
教会に迫る焔の玉を見た少年が、穏やかに微笑んだのだ。
クリアは、全てを悟った。
「や、止めろおおお!!!」
クリアの制止虚しく、
少年は焔の玉に抱き付くように飛び込み、広場上空を爆炎が覆った。
⚫️
あれ、ここはどこですかあ。
辺りが真っ白で何も見えません。
みんなは、どこでしょうか。
父さーん。
八百屋さーん。
商人さーん。
聖騎士のお姉さーん。
居ないようです。
だれかあ。
ええとええと、守護霊さまー。
【おぅ】
わあっ、居たんですか守護霊さま。
もう、誰も居ないと思って寂しかったです。
【ハッ、てめえが寂しがるタマかよ】
ばかもん。
みんなが居た方が楽しいんです。
【ケッ、そうかよ。・・・・・てめえは】
はい?なんでしょう。
【てめえは死ぬ事が怖くねえのか】
怖いですよぅ。
怖いに決まってます。
【・・・訳が分からねえ】
ほぇ?
【死ぬ事が怖いのに、なんで力も無いクソガキが強者に立ち向かう。何故、傷だらけでも立ち上がる!何故ーーー】
・・・。
【何故、命を懸けて戦う】
そうですねえ。
あまり、守護霊さまが納得する答えではないかもですが。
僕は、ヒノデ町の狩人なんです。
【それで?】
聖騎士さん達は使命の為に戦ってます。
僕たち狩人はそうじゃなくて、毎日、生きる為に戦うんです。
【生きる為・・・】
生きる為に戦うから、命を懸けるのは当たり前で。
生きる為に戦うから、常にぶつかっていくんです。
生きる為に命を懸けるから僕たちは負けず嫌いで。
生きる為に命を懸けるから僕はワガママなんです。
僕はヒノデ狩人として、
自分の人生に立ち塞がる敵に負けるのだけは嫌なんです。
僕の、僕の為のワガママです。
【・・・・・クハッ、ハハハハハ!】
あれえ、守護霊さまー?
ここ、笑うところじゃないですよう。
【ハハハハハ!!そうか!違いねえ!】
え?何がですかー。
【自分の為に世界を敵に回した俺と、
自分の為に全てに命を懸けるお前、
変な所で似てたんだな、俺とお前は】
おお、お仲間ですね、いえい。
【ああ、そうだ。心の底に同じ渇望を抱える者同士だ。
魂が異常に相性が良かったのも至極当然の事だったんだな】
ううん。よく分かりません。
守護霊さまの話はよくおいてけぼりになりますね。
【さて、もう話は終わりだ。行くぜ】
行く?
どこに行くのですか?
【気が変わった。クソガキ、お前に力を貸してやる】
本当ですか。
これで、町は守れますね。
【当然だろうが!誰の力を使わせてやると思ってる!】
よっしゃあ。行きましょう!
【最後に、本音を聞かせろよ、あのクソムカデに鬱憤も溜まってんだろ?】
おお、腹を割って話す、というやつですね?
ついでに守護霊さまも一緒に叫びましょう。
【おーいいぜ!腹から叫べよクソガキ!!】
いっせえのーで!
【負けてたまるかあ!!!!】
⚫️
「っっ!!少年!!」
上空に爆発が生じ、少年であろう黒い人型が吹き飛んでいく。
少年の姿は、崩落を始める家屋を突き破り、消えた。
「助ける事が、出来なかった・・・っ!」
騎士として、助けるべき民であった。
未来ある、将来の楽しみな少年だった。
それを目の前で、自身の力不足故に、死なせてしまった。
「ごめん、ごめんね・・・っ!」
もう、クリアに騎士としての体裁は無い。
理想に破れ、嗚咽を漏らす一人の少女がそこに居た。
「死んだ、かァ」
先程までと打って変わって、冷静な悪魔の声がした。
爆発に呑まれた少年を捉えたらしい。
崩れ落ちる家屋を、暫しの間見つめた悪魔は、空気を劈く咆哮を上げた。
それは、息絶える虫の幾千幾万が合わさったような、悪夢の叫びであった。
「もはや興も冷めたわァ。此度の狂宴、これにて幕引きとする!」
百足の悪魔は、ゆっくりと天に顔を向けると、膨大な魔力を圧縮していく。
そうして出来上がったのは、未だ登らぬ朝陽に先駆けた、小さな太陽であった。
最大の技をもって、この朱の騒乱に、終止符を打つ気だ。
「ブラスト・サンシャイン!この一撃でェ、消えろ人間共ォ!!」
悪魔の言葉に合わせて太陽は町に墜ちていく。
クリアは、決して目を閉じなかった。
自身の最期から、目を背けるつもりは無い。
ーーすまない、カイン。団長殿。少年。
しかし、地に接触しようとしたその瞬間。
「バーストグリッター!!」
太陽が消滅した。
「な、なんだとおォッ!?」
クリアは呆然とした。
太陽を消し去ったのは、昨日、己を心から震え上がらせた、あの黒い魔力光であり、その魔力を今現在も纏っているのが、
「小童ァ、何故生きている!?」
少年であったからだ。
⚫️
ああ、この感覚、久しぶりだ。
総身を、敵に向ける憤怒が駆け走るこの感覚。
戦乱を己が日常とした、破壊の化身と呼ばれた頃の自分が、再びこの世に在る。
瞳を開くと、炎に包まれる世界があった。
同時に目に映る、ボロ切れとなったクソガキの・・・否、今は自分の身体。
そして、何よりも、
【おおお?何ですかこれ。凄い凄い。
見てください守護霊さま、僕フワフワと幽霊のようです。
あれっ、じゃあ、今は僕が守護霊さま?
守護霊さまは僕の身体で、僕は幽霊で・・。
うんうん、もう分かんねえや】
背後に浮かぶ、口喧しいクソガキ。
最初はただの人間の子供だと思っていた。
欲の無い、弱者のまま死んでいく面白くねぇガキだと諦めていた。
だが違った。
このガキは自分の意思を通す為なら、何にだって立ち向かえる。
全存在を懸けて戦いを選ぶ。
馬鹿で、変人だ。
そんな馬鹿は1人だけだと思っていたのに。
「てめえが死にかけてやがるから、俺が身体の主権を乗っ取れたって所か。さあて、俺とお前は似た者同士、やる事は分かってるな?」
【見て見て守護霊さま、幽体離脱ー】
「聞けやっ!」
付き合っていくのは面倒だが、退屈するよりは良いだろう。
【分かってますよう。ムカデちゃんをやっつけるんですね?】
分かってるならいい。
やるぞ、クソガキ。
【はあい】
⚪︎
「何故、何故だァ!あの爆発を食らって生きている事もそうだが、貴様のような童ごときがァ、俺様の奥義ブラスト・サンシャインを消し去るなど、ありえんぞォ!?」
「うるせえ虫ケラがいやがるな。」
【うるさいムカデちゃんには静かにしてもらいましょう】
「てめえが一番喧しいんだよなあ」
【うるさいくらいが可愛げあって良いと思いません?】
前方に声のデカいムカデ野郎。
後方に、口数の減らない馬鹿野郎。
前後を確認して理解した。
絶対可愛くない。
「答えろォ!何者だ貴様ァ!」
【ふぅはははあ。やあやあ我こそはーー】
「お前の言葉、俺以外に聴こえてねぇぞ」
【なんですとっ】
悪魔が歩脚でこちらを薙ぎ払おうとしてくる。
人であれば両断されても可笑しくない鋭さと質量を持ったソレだ。
【気をつけてくださあい。
あれ、とっても痛いですよ】
痛いで済むか、死ぬに決まっている。
ーー人間ならな!
随分と、舐めて掛かるものだ。
まだこのガキを御し切れると思っているのか。
迫る歩脚2本を、両の五指で受け止める。
「なァッッ!?」
「気に入らねえんだよなあ・・・!」
ミシリッ、と五指は歩脚に食い込んでいく。
悪魔は必死に身を捩るが、動く気配がない。
舐めて掛かったガキの身体は、ピクリとも揺るがない。
「この炎の世界が気に入らねえ。炎は所詮破壊じゃねえ!
俺以外の奴が中途半端な破壊をばら撒くってのが非常に気に食わねえんだよなあ!
ウルガン・ブラスティーン・・・!」
歩脚を握る力を一気に増していく。
ギチッ、と繊維の千切れた音がした。
「小童!何故俺様の名を知ってェ!?」
「昔みたいに脚を何本か捥げば思い出すかあ!?」
まだ上位魔物程度の力で粋がっていた頃の虫ケラが俺に喧嘩を売り、一瞬にして歩脚を喪失した事を忘れているとは、何とも都合の良い脳味噌だ。
百足悪魔の好きな、圧倒的蹂躙というのを体感するがいい。
ただの握力で持って百足の歩脚を引きちぎった。
「ギャアアアア!!き、貴様っ、まさかァ!!
ゼット!破壊の化身ゼットかあああ!?」
「思い出したかよ!」
百足の懐に入り込み、地を踏む。
広場の地面を砕き割る程に軸足を踏み、
黒光りする甲殻ごと、百足の腹部を蹴り上げた。
「グボゥッ!グッハハハハハァ!まぁさか、天使にも悪魔にも追い立てられし狂犬が、こんな辺境にいようとはなァ!!だが、所詮は負け犬よォ!この俺様が負ける筈が無いィ!!」
無理矢理に宙に蹴り上げられたウルガンは、炎の眼差しの雨を降らして応戦する。
【ははあ、守護霊さまって凄い人だったんですねえ】
「俺の事を忘れたんならその身体に味わわせてやるよ!」
かつて破壊者として世界に恐れられた悪魔の事を、あの調子に乗った百足に思い知らせる必要がある。
破壊の化身ゼット、世界の全てを敵に回し、古代から生き残ってきた最悪の悪魔。
その最たる特徴は、破壊に特化した黒い魔力と、
「圧倒的な身体能力だぁ!!!」
「馬鹿なァ!?炎を足場にして!?」
炎の光線を足裏で蹴り、邪魔な炎は掌握し、自身の身体を百足に近付ける。
再度、百足に接近すると蹴り上げた衝撃で砕けた甲殻に拳を突き刺した。
突き刺した拳を媒介に、黒の魔力を体内に流し込んでいく。
ーーこれが、俺が、俺たちが世界に上げる最初の一撃とする!
【そういう事なら、ド派手に決めちゃいましょうよ】
「当然だ!」
「グゥフッ!や、止めろおおォ!!」
「止めるかよ!ぶっ壊れろ虫ケラあ!!」
それは、朝日と共に町を照らす、黒い閃光であった。
ウルガンの全身に罅が入り、黒い魔力光が膨張していく。
「バーストグリッター!!」
空間を切り裂いたかのような爆音が町に響いた。
同時に、砕け散った百足の身体と共に降り注いだ黒い魔力が、町の獄炎を全て消していく。
戦いが終わった。
⚪︎
「グゥハ、ハ、ハァ!に、逃げねばァ!俺様の眷属達はァ!?来い、来いよォ!」
弾け飛んだウルガンは、辛うじて髑髏の頭だけが生き存えていた。
弱体化した今では、眷属を呼び寄せる事さえ叶わない。
「逃がすかよ」
【もう、逃げないでくださいよー】
「ヒィッ!」
やっと、追い詰めた。
散々に暴れ回り、虚仮にされた借りは、返さなければならない。
だが、こちらも限界が来ていた。
「ごふっごふっ!あー、クソガキ、こんなに身体を酷使しやがって。
この身体、もう死にかけじゃねえか」
【すいません守護霊さま。大丈夫ですか?】
大きく、噎せた後、喀血する。
人間としての肉体が、死を迎えようとしていた。
そもそも、少年の身体を動かしている事自体が奇跡に近かった。
ウルガンを打ちのめす、と言う気力だけで動いていたのだ。
「グゥハハハァ、どうだゼットォ。その身体ももう保つまい。俺様の部下となるなら、魂の依代くらい用意してやるぞォ」
足元に転がる髑髏顔が何かのたまっている。
一度、蹴り飛ばす事で拒否とする。
「グボゥッ」
「おいおい、まだあんだろうがよ俺達が助かる方法」
【あるんですかぁ?】
「何をォ、あるわけなかろぅ!」
【ないんですかぁ?】
クソガキ、少し黙ってろ。
髑髏の頭に指を食い込ませる。
「魂に重きを置く悪魔が、肉体を補填する方法、あるよなぁ?」
「!!??馬鹿なッ!!貴様、魂食をするつもりかァ!?」
「おー」
「そんな事をしてどうなるか分かっているのかぁ!?対等である悪魔同士で魂食などすれば、双方の魂は喰らい合い、どちらも消滅する事もあり得るのだぞゥ!?」
「ハッ、てめえも全く分かってねぇな、ウルガン」
【まったくです、言っておやりなさい守護霊さま】
「な、にィ?」
指に力を込める。
髑髏の頭全体がひび割れていく。
「対等なんかじゃねえ」
「止めろォ!」
魂食を開始する。
「俺らが上でお前が下だろ」
「こ、この、虫ケラどもがあああああアアァァァァ!!!!」
街道から朝日が昇り、夜の闇は、完全に陽光に退けられていく。
太陽の陽が、町を照らすと共に轟く絶叫。
夜明けから続いた長い騒乱が、漸く幕を閉じた。
眠すぎる
最後まで集中が続かなかったよ
深夜テンションなので後半が駄文気味です
※修正しました
文中の“口数の減らない”は、グレイくんを指す言葉なので間違いではございません
念の為の補足コーナー
魂食とは
悪魔の基本技能の一つ。
対象とした者の魂を吸い上げる。
文字通り、魂を食らう行為。
対象との間に明確な格の違いがある場合に有効。
作中では二通りの魂食が行われた。
ゼットがグレイ君に行ったのは、
魂を食らった上で対象の身体を乗っ取る物。
ウルガンに対し行われたのは、
対象の全存在を吸い上げ、そのエネルギーを自分の糧とする物。
少々、文章では分かりにくかったですね。
すいません。
余談ですが、
第3曲とサブタイトルの語呂を合わせてます
次回も乞うご期待!