第4曲・夜明けのパッション
作者の大好きな若本成分増し増し
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【もう一刻の猶予もねぇ。聞かせろお前の答えを】
はぁい。分かりました。
お断りしまあす。
⚪︎
【・・・てめえは絶対そう言うんじゃねえかと思ってたぜ】
ありゃ、予想されてましたか。
そんなに分かりやすいですかね僕。
【今日1日、てめえの背後に張り付いてたんだ。欲の無い奴だって事くらい理解出来る】
守護霊さま、怒らないんですね。
てっきり断ったら怒るものとばかり思ってました。
【元々、俺は消える運命だったんだ。てめえの所為で変な未練が残っちまったがよ】
えええ、僕の所為なんですか。
【ああそうだ。こんな意味の分からんのがいるとは思いもしなかったぜ。だから、期待しちまったんだよなぁ】
えへへ。
僕なんてまだまだひよっこですよ守護霊さま。
【褒めてもねえし、守護霊でもねえが。・・・なあ、1つ聞きてえ】
はいはい。なんでしょう。
【お前は力が欲しくないのか。力があれば何でも叶えられる。気に入らねえ奴らも打ちのめせる】
ううん。なんででしょうか。
考えた事も無かったです。
必要ないからですかね。
【災難も振り払えないガキが、何故強さを求めない?】
ほら、あれですよ。
守護霊さまは世界を征服すると言いますけど、僕の世界なんて殆どがヒノデ町の中で十分でしたから。
強さというのも、日々を無理なく過ごすくらいで良いじゃないですか。
【もし、理不尽な敵を前にしても、同じ事が言えるか?】
もちろんです。
【フン、ならいい。お前に力を貸すのは止めだ。全部、てめえでなんとかしな】
はあい。
頑張ります。
見守っていて下さいね守護霊さま。
【てめえが死ぬまではな】
ほわっ、縁起の悪い事言わないでよ。
さあて、そろそろ眠たくなってきたぜ。
おやすみなさい守護霊さま。
【忠告だけしとくぜ。悪魔の眷属がいるって事はーーー】
むにゃむにゃ。
【本当に話を聞かねえ野郎だ!】
⚫️
ブラックフレイムリザードがやられた、だと?
グハハハハァ!
たかだか中位魔物が生息する程度の辺境風情ィ
眷属を放り込めば焼け野原になるだろうと捨ておけば
ふぅむ、中々に骨のある人間もいるものだァ
良いだろう!
この俺様が直々に
焦土の灰燼と成る栄誉を与えようではないかァ!!
絶望の弾ける音を聞かせええぇい!!
グゥハハハハハハハァ!!!
⚫️
東の街道から僅かに頭を出した太陽が、
その存在を紅く主張し、夜を淡い色へと薄めていく。
未だ夜の暗さの抜け切らぬ空の下。
ヒノデ町は松明を各所に灯す事で最後の夜闇を遠ざけている。
本来、この朝焼けの時間帯には松明を灯さない。
自然と共生してきたヒノデ住民には、松明が必要で無いほど明るい時間だからだ。
松明を灯す理由は、前日の厳戒態勢が大きい。
聖騎士が上位魔物、あるいはそれ以上の存在を警戒して、町に呼びかけていたのだ。
「よし、では各員、これよりグロウ大森林の調査へ向かう。装備に抜かりは無いか」
宿舎の入り口で、クリア・ロゥエルは隊員に呼びかけていた。
一度、軽い睡眠を取った故か、その顔に前日の弱気は微塵も無い。
「遠足に行くわけじゃねえんすから、その点呼止めましょうよ」
クリアの呼びかけに面倒臭そうに反応したのは副官、カイン・レイヤーだ。
茶髪を掻くカインは、まだ眠たいのか欠伸を噛み殺している。
「そう言うな、必要だからやっているんだ。ではご主人、後は任せる」
そんな副官に苦笑いを見せ、宿舎の管理人に声を掛ける。
管理人はヒノデ町の住民で、聖騎士が駐留する間は世話になるだろう。
「あぁ、それなんですが、どなたか、忘れ物をしているようでして」
そう言って管理人が取り出したのは、小さな瓶。
聖騎士の支給品、悪魔へ対抗する為の手段、聖水である。
それを見て、全隊員が慌てて装備の確認を行った。
「あっ、俺だ」
「・・・はぁ。カイン、言っただろ、必要だと」
軽く、副官の頭を叩く。
これだから、この男は世話が焼ける。
大分空気が緩んでしまったが、再度、クリアは部隊を引き締める。
「森の深部の調査は控えるが、気を抜くなよ。
対象となる魔物が何処に潜んでいるか分からないからな」
「大丈夫ですよ、こいつらも分かってますって。なあ、お前ら」
カインは後方に振り返って獰猛な笑みを浮かべた。
「・・・隊員を威嚇するな、馬鹿」
⚪︎
聖騎士は足並みを揃えてヒノデ町西口、グロウ大森林方面に進んでいた。
カインが口を開いたのは、入り口前に来た時だった。
入り口にも置いてある松明を見てカインは首を傾げる。
「しかし隊長、松明なんて灯す必要ありましたか?」
「魔物に対する備えのようなものだ。火があれば、近寄って来ないだろう?」
「魔物って火、怖がるんすかね」
「魔物の多くは獣の形を取る。獣の本能と言うものが火を恐れるのだろう」
魔物の分類は数が多いが、大凡の区分けは既存の生物が元にされている。
当然、野生動物が多数を占める訳だ。
「そんなもんか、さあ行きましょう」
「お前が仕切ってどうする、全く・・・・ん?」
その時、クリアの肌が異変を感じ取った。
ヒュー、ヒュー、と風が吹き、鳴いているのだ。
否、正確には、風は吹いていない。
風の立つ音だけが、一帯に響いていた。
「なんすかね、この音」
「分からない、この地域の特異現象だろうか?」
風は徐々に音を大きくしていった。
隊員たちも不思議がっている。
やがて、風の音は聞こえなくなった。
「なんだったのだ?まあ、いいだろう。では、調査に出発ーー」
切り換えようと、クリアが呼びかけた瞬間。
火の粉が舞った。
一瞬にして、
ヒノデ町の全域を火が覆い尽くした。
⚫️
「おい起きろグレイ!」
むにゃむにゃ。
父さん、もう少し寝かせてよう。
僕が鶏みたいに町の人を起こしに回るまではもうちょっと時間があるはずですよう。
「そんな事言ってる場合か!周りを見てみろ馬鹿者!」
うーん、周りぃ?
いつも通りの家の中じゃないですか。
ちょっと、いつもより熱いけど。
うんうん?家が燃えてる?
ちょっとちょっと父さーん。
この時期に家を焼いて暖を取ろうなんて挑戦しますねぇ。
「俺が焼くか阿呆!!」
ピャー。拳骨は止めてよ痛いのだぜ。
それで、これは一体全体なにごと?
「見た事ねえ魔物の大群が火を点けてまわってらあ!」
どれどれ、わあ、凄いや。
町全体が真っ赤に染まってます。
これが朝焼けなら何の問題も無いんですけどねー。
そこら中を火の粉に混じって何か飛び回ってます。
あれが魔物でしょうか。
おお、聖騎士さんが頑張ってますね。
頑張れ頑張れ聖騎士さぁん。
「呑気な事を言ってねぇで避難すっぞ!」
おやおや父さん。
こんなに火が回ってるのにどこに逃げるんです。
「教会だ。あそこは加護が効いて魔法に強いからな」
あ、この火って魔法だったんですね。
おや、どこからか泣き声が聞こえますね。
父さん父さん、先に行ってて下さいな。
「おいグレイ!?仕方ねえな!待ってるぞ!」
はあい。
さぁさ、泣いているのは誰ですかあ。
おや、あんな所に商人さん家の息子さんが泣いています。
どうしました。
泣かないで泣かないで、ほぅら、よしよし。
君の家族はどこでしょうか。
ええ、なるほど。
父さん達が倒れた家の下敷きになってる、と。
まっかせなさい。
このグレイ君の出番ですとも。
商人さんと奥さん、無事ですかぁ。
いや、瓦礫と木材で挟まれてるのか。
「あぁっ、グレイ君、かね。見ての通りこのざま、さ。
何とか息子だけでも連れて逃げてくれ」
ばっかもん。
こんな所で丸焼きになんてさせません。
みんなで生きて帰りましょう。
「しかし、もう火が回り始めてる!」
あはは、この僕を舐めちゃこまるぜ。
ヒノデ狩人は命を懸けてぇ。
あち、あちち、木材が熱い熱い、火傷しちゃうぜ。
おうりゃ、そうりゃ。火事場力を発揮じゃあ。
よぅいしょうっ!バターン。
ふぅい、熱かった。
さぁ、邪魔な瓦礫もどけたし、行きましょ商人さん。
あ、2人共、足怪我してら。
担いでいくぜえ。
「すまないっグレイ君!手を火傷しているのに!」
いえいえ。
しっかし。
守護霊さまの言っていた事が分かりましたねぇ。
なるほど、これは、凄いなぁ。
【ふん、言っとくが力は貸さねえぞ】
分かってますって。
頑張りますから。
⚫️
ーーーくそっ!心の何処かで油断していた!
クリア・ロゥエルは自身の判断の誤りを後悔した。
町ならまだ安全だ。
件の魔力を放った悪魔も直ぐには大森林から出て来ないだろう。
そう考えて、町の警戒を呼び掛けていたのに。
ーーまさか、松明を触媒に眷属を召喚されるとはっ!
クリア含む全隊員がその瞬間を目撃していた。
松明に灯った炎が破裂すると同時に、町一帯の松明から魔物が噴出したのだ。
そのまま飛び出した魔物は辺り構わず火を放ち始めた。
突然の魔物の襲撃に隊はパニックを起こしかけたが、
それを良しとしなかったのがクリアとカインだ。
「うろたえんな!俺らは聖騎士!
今この時こそ、誰のために動くべきだ!民の為の聖騎士だろ!!」
「そうだ!我らは民の為に動く!今から部隊を私とカインの2つに分ける!カインは隊員と共に町の人々の救助、同時に、出来るなら松明を潰して回ってくれ!」
言って、近場に転がっていた松明に聖水を垂らす。
業火の勢いだったそれは、いとも容易く消えた。
魔物の魔力で構成されている証左である。
「あんたはどうする!」
「決まってるだろ?魔物と闘える者は私についてこい!」
当然に、クリアが魔物の討伐を請け負う。
尻込んでいる隊員たちの中から数名、腕に自身のある者が名乗りを上げた。
「チッ、分かった!救助が済んだら直ぐにそっちに向かう!
絶対やられんなよ!不甲斐ない闘いなんてしたら俺がぶん殴ってやる!」
「ハッ!模擬戦で一度でも私に勝ってから言うんだな!」
民の為、神に誓いを立てて。
両者は同じ目標を胸に秘めて、朱に覆われた町へ駆け出した。
⚫️
えっほ、えっほ。
ふう、中々に教会は遠いですね。
坊やも、もう少しだけ頑張れますか。
「う、うん!」
よしよし。良い返事です。
君のお父さんお母さんは僕が責任持って運びますからね。
そうれ、えっほ、えっほ。
「ーーおいガキ!まだ避難してなかったのか!」
おや、聖騎士のお兄さん。
すいませんが、この坊やをお願い出来ますか。
僕の両手はもう塞がっているので。
「仕方ねえ、ほらっ坊主おんぶしてやる!」
さあ、それじゃ教会へ行きましょう。
えっほ、えっほ。
「お前、よくそんな状態で走れるな。それにその手・・・」
えっへん。鍛えてますから。
火傷も我慢すれば平気です。
「そうかよ・・っ!危ねえ!」
えっ、ほわぁっ。
火がこっちに飛んできました。
これは、昨日のトカゲさんの時と似ていますね。
もしかして、魔物でしょうか。
「そうみてえだ!おい坊主、一旦降りろ!」
さあ、坊やこっちへ。
火を飛ばしてきたのは何奴だあ。
あれかな?
炎が人型を作ってますね。
あ、僕知ってますよ、精霊って言うんですよね。
「同じ精霊でも悪魔の眷属だがなぁ。中位魔物 赤い災害か!」
【火の扱いはあのトカゲより上手い、気を付けろ】
うわっ、守護霊さまビックリしました。
助言してくれるんですか?
【直ぐに死なれたらつまんねえからだよ】
ありがとうございます。
「おう坊主共、直ぐに片付ける、離れんなよ!」
聖騎士のお兄さんは赤い人型に斬りかかります。
おお、袈裟懸けに一閃。
決まりましたか?
【まだだな】
「・・・くそっ!」
おおっ?斬られた場所が治っていきます。
なんだぁ、卑怯だぞぅ。
【精霊分類魔物は属性に依存する。周囲を火に囲まれたこの状況じゃ、回復も容易いだろうな】
ええ、じゃあ聖騎士さんが不利じゃないですか。
むむっ、あの赤いの、黒い目と口を歪めて笑ってます。
小癪なぁ。
「おう!何笑ってんだぁ!」
お兄さん頑張れー。
赤い人型が火を鞭のように伸ばして攻撃しました。
お兄さんは、一度、剣に何かの液体を振り掛けると応戦します。
【なるほどな、聖水を使うか】
ほう、あの液体は聖水と言うのですか。
【邪悪なる者に人間でも対抗できる手段の1つだ。眷属には絶大な効果を発揮するな】
おお、本当だ。
さっきまでと違い、聖騎士さんの剣が一瞬で炎を断ち切ってます。
「カイン・レイヤーを、舐めんじゃねえぞ!」
脳天唐竹割り。すぱーん。
お兄さんが見事に人型を両断しました。
「おら、坊主共行くぞ!教会は近いぜ!」
はあい。
急ぎましょう。
火に呑まれないように。
えっほ、えっほ。
⚫️
「くっ!やはり数が多いな!」
クリアは襲いかかる魔物達を相手にしながら状況を分析する。
ーーもし、全ての松明から魔物が召喚されたとすれば・・・
「気が遠くなるな」
そうも言っていられない、弱気は出すな。
火を撒き散らしている魔物を倒さねば、解決は無いのだから。
この火事を起こした最大の原因は見当がついた。
下位魔物の悪魔の眷属。
虫型群体種、放火蟲。
この群体種の魔物が火を飛ばし、家に取り付くなどして火事を広げているのである。
どの道、全ての魔物を倒さねば、この町に明日は無い。
クリアは、自分についてきた隊員に呼び掛けた。
「魔物と本格的な交戦に入る!やれるかお前達!」
「任せて下さい!」
「俺たちが弱音を吐けんでしょう!」
場違いだが、少し良かったと思った。
自分の責務を認識している者もちゃんと居るのだ。
なら、自分はその先頭であらねば。
「放火蟲の対処法を実践する!覚えろ!」
クリアの言葉と同時に、放火蟲の一群が突撃を仕掛けてきた。
チリッ、と放火蟲は羽を擦りながら生じた炎を纏い吶喊を仕掛けてくる。
しっかりと、しかし最低限の動きで突撃を避ける。
突撃後に、一瞬だけ宙に留まった放火蟲に対し、クリアは銀製剣の3連撃を叩き込んだ。
一度目の横薙ぎをかわした放火蟲だが、すぐさま返された2撃と3撃を受けて中空で四散する。
しかし、直ぐに隊列を組み直すように元に戻ろうと集まってきた。
これが、群体種の特徴、密集維持である。
「群体種の魔物の弱点は!必ず行動の司令塔となる核が存在する事だ!」
クリアは、元の形に戻ろうとする放火蟲の中心、一際大きな個体を斬りつけた。
それが核であったのだろう。
瞬く間に放火蟲はただの灰へと姿を変えた。
「このように!核を炙り出して斬りつけろ!放火蟲は核が大きい、良く見て攻撃をしろ!」
「了解です!」
⚪︎
「隊長!」
「カイン!無事だったか」
暫くしてクリアは、周辺の放火蟲を駆逐し終えた。
そこで、カイン含む数名の増援が合流した。
「カイン、他の隊員達はどうした?」
「教会の中で人々の護衛に当たらせてますよ。
膝が笑ってたんで役に立つか分かりませんがね」
ある意味、仕方の無い事でもある。
今まで、第7編成部隊は悪魔との大規模な戦闘を経験していないからだ。
「そうか、このまま町全体の放火蟲を駆逐するが、何か報告はあるか」
「っとそうだ!教会前の広場に赤い災害が集まって来てます!」
「何!?」
広場と言えば、町の中心、教会の側にある円形の広場だろう。
中位魔物、それも赤い災害の炎魔法はかなり強力だ。
いつまで教会の保護魔法が保つか分からない、急がないと。
「そうか、分かった。全隊員に次ぐ!これより町全体に潜んでいる放火蟲を駆逐する!対処法は先程教えた事を知らぬ者に教えてやれ!カイン、ついてこい、赤い災害は私達で引き受けるぞ」
「へっ了解です!」
よしっ、とカインが腕を捲った。
こんな状況でまだ戦う事を喜んでいるのか。
後で説教だな。
「では、散開!」
⚪︎
「ここか!」
辿り着いた時には、広場は朦々と炎の立ち込める火の海となっていた。
「赤い災害は、8体、か」
赤い人型の炎達は、円形の広場を囲み、炎魔法を放ち続けていた。
ある者は教会を狙い、またある者はただ立ち尽くして炎を垂れ流している。
「さあて、やりますか!隊長、ビビって無いっすよね!」
「抜かせカイン!敵に遅れを取るなよ!」
両者は一気に走り込み、人型の元へ駆け抜ける。
近づいた事で赤い災害はこちらを認識したのか、
人差し指を此方に向けて炎を光線状に飛ばして来た。
中位炎魔法、炎の眼差しだ。
だが、そんな程度では止まってやれない。
すれ違い様に、聖水を纏わせた銀製剣で一体を斬りつけ、再生出来ないように刻む。
そこからは更に加速して、広場の外周を駆け抜けながらひたすらに斬りつけていく。
カインも同様に、クリアとは逆の周りで斬り抜けた。
外周を一回りする頃には、広場にいた全ての敵を倒し切っていた。
「うしっ!これで全部すかね!」
「油断はするな、それにほら、止めが必要な奴がいる」
指を差した場所には、下半身を斬り離され、じたばたともがく人型がいる。
「あー、ありゃ俺のやった奴だ。一回斬っただけじゃ死なねぇか」
クリアは、演説台に乗り上がり火を放とうとした人型に止めをさした。
「これで最後だろう」
「しかし、運が良かったっすね。
こいつらが一斉に教会を狙ってたら流石にヤバかったですから」
「確かにな・・・・カイン?その足元の火は何だ?」
「え?」
見ればカインの足元に紋様を描いたように火が広がっている。
否、カインの足元だけではない、よく見れば広場に点々と紋様が描かれている。
「奴ら、広場にいたのは教会を狙う為では無いのか?」
自分が立っていた演説台から俯瞰する事で、クリアはその全貌を見る事が出来た。
思えば広場に来た時、赤い災害は8体、円形の広場を中心に囲んでいた。
囲む事で成し得た本当の目的とは。
「魔法、陣?ーーしまった!?」
地に描かれた炎の呪印が一斉に繋がり、火を噴きあげた。
⚪︎
赤い災害が消えた筈の広場は、取り返しのつかない程に火が覆い、それは、この世の地獄とも言える有り様であった。
「野火ぞ盛りて、蝗が全てを絶やすが如し」
広場に形作られた魔法陣からは、ゆっくりと、惨状の主が姿を見せ始めていた。
それはまるで、百足。
骸骨を彷彿とさせる頭部がカタカタと動き、
強靭で黒光りする甲殻に身を包んだ巨大な百足そのものであった。
「火に焦がれるは虫の定め 炎に焼かれるは人の定め」
日常であれば忌避を示し即座に潰される百足の外見でありながら、ゆったりと天に向けて全身を伸ばしていくそれは、クリアが出会ってきた敵の中で最も強大で、同時にこう認識させられるのだ。
間違いない、こいつは悪魔だ、と。
「焔よ 合切を朱に染めよ!
浮かび上がりし怨嗟の声こそが 俺様の至高の糧であるわァ!!」
身体を巻き、天に己が主張を叫ぶ悪魔は、
その髑髏の巨口から炎魔法を町全体に撒き散らした。
魔法こそ下位のファイアボールであったが、
全域に飛散した火の玉は更に火災を助長する事となる。
百足の悪魔は大口を開けて笑った。
「グゥハハハハハァ!この炎王蟲ウルガンの力と成る事を、
光栄に思うが良い、人間共ォ!」
呆然とクリアが悪魔を見つめていると、不意に剣が地を叩く音がした。
カインだ。カインが歯を剥き出しにして叫んだ。
「こんな所で悪魔とやり合えるとはなぁ!!」
「ま、待てカイン!?」
クリアの声も届かず、カインは百足悪魔の腹を聖水を纏わせた銀製剣で斬りつける。
響く鉄の音、しかし、
「ぐっ!何て硬さだ、聖水も効かねえのかよ!」
刃が通っていない。
悪魔の全身を包み込む甲殻が銀製剣の一撃を受け止めていた。
「んんんん?今ァ何かしたかァ!グゥルアア!!」
何事も無かったかのように悪魔が頭を捻った。
次いで咆哮と共に全身を大きく回転させ、
人の大きさ程もあるだろう鎌のような歩脚がカインを薙ぎ払う。
「ぐあああああっ!!!」
「カイン!!」
避ける間も無く、カインは吹き飛ばされた。
急ぎカインの元に駆け付けたクリアが状態を見る。
死んでこそいないが、もう闘う事は出来ないだろう。
なにより、聖騎士の鎧を柔らかいスライムのように斬り裂かれていた。
傷は深く、手当てをせねば本当に命の危険さえある。
ーー幸い、私の存在はまだあの悪魔に気付かれてない。
未だに悪魔は、己の召喚と火の宴に酔ったようにゆらゆらと宙を彷徨っている。
まるで、人間など興味も無い、そんな風に。
クリアは歯噛みし、カインを抱えると迅速に教会に飛び込んだ。
⚫️
「すまないっ!!誰かこの者の手当てを頼めないか!?」
おや、聖騎士のお姉さんが大怪我を負ったお兄さんを抱えて教会に入って来ました。
町のお医者さんが急いで道具を持ってくるよう指示してます。
「頼んだぞ!まだ外は危険だ、絶対に扉を開けないでくれ!」
もしかして、苦戦してるのですかね。
【だろうな。さっきの揺れ、漸く本命が乗り込んで来たんだろうよ】
本命っていうと、守護霊さまが言ってた。
ええと、悪魔の眷属でしたっけ。
【いや違う。悪魔の眷属の使役者、悪魔だ】
うわぁ。強そうですねえ。
しかも、あのお兄さんが大怪我だとすると、これは。
ヒノデ町の危機ですか?
【今更気付いたのか!?】
ううん。どうしましょう。
何か出来ることは無いかな。
【何もねえだろクソガキ。聖騎士で無理ならここに居る奴全員で立ち向かっても無駄よ無駄】
そっかあ。無駄かぁ。
【・・・これが世界の理不尽って奴だよ。弱い奴が何やったって強い力を振り翳すクソ共の好きにされる】
悔しいなぁ。
みんなが悲しんで、困ってます。
【力を求めないってのは、何にも立ち向かえないって事だ。お前が悪いって訳じゃねぇが、諦めな】
悔しいけど、終われませんよね、このままじゃ。
【・・・おい、まさか】
あーっ。
ごめんなさい父さーん。
僕は町に忘れ物をして来てしまいましたあ。
すぐに帰ってくるので待っててくださぁい。
「なっ、グレイ!?この馬鹿者がああーーー」
ごめんね父さん。
教会の扉は閉めてて良いですから。
【今度こそ死ぬぞ、おい】
大丈夫ですって、帰ってきますから。
⚫️
「さて、どうするかな」
広場に出て来たクリアは、独りごちた。
現状は正しく認識できている。
聖水を纏った銀製剣での攻撃が通用しないのだ。
それだけで、第7編成部隊の聖騎士はあの悪魔への対抗手段を失う。
部隊長として、部下に勝てないと分かっている敵を回す気は無い。
「やはり、私がやるしかない、よな」
圧倒的な悪魔の実力の片鱗を見せ付けられて、
しかし、クリアには昨日のような弱気も震えも生じなかった。
ーー戦って勝つ、そして、生きて帰るんだ!
「出て来い!ウルガンとやら!
聖騎士であるこの私、クリア・ロゥエルが相手をしてやるぞ!!」
民の為、神に誓いを立てて。
負ける訳にはいかない。
今、真に聖騎士としての役目を背負い、クリアは叫んだ。
上空に揺れていた百足悪魔が、その気迫の声を聞き取った。
広場の真上に、ぐりん、と髑髏の頭が飛来する。
「・・・今ァ何と言ったか。聖騎士だと?我ら悪魔に矛を向けんとする小賢しき光の軍勢ィ、その尖兵であるとゥ?そう言ったのかあ!?」
「ああそうだ!私が相手をしよう、正々堂々とな!」
クリアの宣言を聴き、悪魔は呵呵と巨口を開けた。
「グゥハハハハハハァ!!ほざきよったなぁ脆弱なる人間風情がァ!あぁこうして見ると実に貧弱ゥ。ブラックフレイムリザードを倒せる者がどんな物かと足を運んで来てみれば!全くの無駄足、時間の浪費よう!」
嘲りの言葉で空気を震わせる大百足に、クリアは睨みを強める。
「フンッ、戦いもせずに自らの実力を語るか!
随分と驕り高ぶる手合いのようだな、後悔させてやる!」
「驕りィ?貴様と俺様の格の違いも分からんかァ?まあ良かろう。そこまで啖呵を切ったからには、このウルガンの魔性の火の中で、精々足掻いて見せるんだなァ!」
言って百足悪魔は髑髏の口の端から炎を溢れさせる。
戦いの火蓋が切って落とされようという、緊迫した状況で、
クリアの思考は、別の事を考えていた。
「・・・一つ問いたい」
「んんん?何だァ、言ってみろ」
「貴公は、炎の悪魔、という事で相違ないな?」
「何を今更!この灰燼と成り行く獄炎の世界が目に入らんかァ?」
「そうか」
ーーつまり、あの黒い光の主では無いのだな。
そう考えて、不思議とクリアから肩の力が抜けた。
いっそ、笑いすら込み上げてくる。
「何を笑っているかァ、恐怖でイカれてしまったのかァ!グゥハハハァ!」
「まさか。そんな訳無いだろ」
クリアは、銀製剣を両手に構え、笑みを強めた。
「貴様ごときに緊張するのが馬鹿らしくなっただけだ虫ケラ」
「んんんん?虫ケラだと?
よもやこの俺様をここまで愚弄しようとはァ!覚悟はいいかァ人間!!」
大百足が足を大きく開く。
戦いが始まった。
いざ、書こうとすると戦闘が難しい
ちょっとした 人物整理
その1、グレイ・ニュートラル
グレイくん。16歳。黒髪。
天然電波系ふわふわ少年。
やるときはやる。
その2、ゼット
守護霊さま。年齢不詳。紅髪。悪魔。
死にかけでグレイくんを乗っ取ろうとして合体事故した人。
その3、クリア・ロゥエル
聖騎士のお姉さん。19歳。蒼髪。
優秀だが経験の浅い聖騎士部隊長。
その4、カイン・レイヤー
聖騎士のお兄さん。18歳。茶髪。
腕は確かだが気性が荒く、本能で動く男
その5、ウルガン
大百足。髑髏顏。炎を操る悪魔。
傲慢を絵に描いたような自信家。