第5章 襲撃
「たつひーこ。昼飯だー。」
昼休み、前の席から悠紀の間延びした声が響く。
「はいはい。分かったよ。」
席をこっちに向けてくる悠紀に相槌を打つ。
「竜彦。俺、今日おにぎりしかないから、おかずちょっとだけ頂戴。」
悠紀が唐突にとんでもない事を言い出す。まあ、ちょっと昨日の事があって食欲があんまりないから別にいいんだけど。
「また、悠紀。たまには弁当買ったら。」
「うるせー。今日は朝寝坊したせいで、コンビニ寄ってる暇なかったんだ。」
「でも、おにぎりはあるんだね。」
「親父の弁当から盗んできた。」
さらりと悠紀がひどい事を言う。そして、鞄から、ラップに包まれた三角おにぎりを3つ取り出した。
「また、そんな事して。」
僕が呆れ声を出すのも構わず、悠紀はおにぎりを1つ取り、ラップをはがした。
「いいんだよ。親父は今日は遅出だからな。おにぎり取ったぐらいで遅刻したりはしない。」
悠紀の父親は警察官をしていて、勤務時間がずれる事があると、前に言っていた事があったけ。だから、それを見越しての犯行というわけらしい。
「また、喧嘩になるんじゃないの?」
僕も自分の弁当を革鞄から取り出しながら、聞いてみる。
「知ったことか。」
悠紀はおにぎりを1個ほおばるとそう言った。
「あの、南雲君、天宮君。ちょっといいでしょうか。」
僕が弁当の包みを開こうとしたところ、横から声が掛かった。誰かと思えば、瀬田さんだった。昼休みの喧騒にかき消されそうな声で言ってきたので、ちょっと気づかなかった。瀬田さんは両手で弁当の包みを2つ持ち、恥ずかしげに俯いていた。そして、瀬田さんの隣には青山さんがいた。
「あの・・・。」
瀬田さんが消え入りそうな声でそう言う。僕と悠紀は2人で成り行きを見守る。青山さんがやれやれといった顔で瀬田さんの背中を小突いた。
「朱美。自分で言うんでしょう。ほら。」
青山さんが瀬田さんにそう言う。
「うう。でも。恥ずかしいよ、涼子ちゃん。」
瀬田さんが青山さんの方を救いを求めるような目で見る。
「ほら、私が言っても駄目でしょ。ほら。2人とも待ってるじゃない。」
青山さんは瀬田さんを励ますようにそう言う。
「うう。その、あの、南雲君。天宮君。その、お昼、一緒に食べませんか。」
瀬田さんがそう言った後、顔を真っ赤にして俯いてしまった。ただでさえ小柄な瀬田さんの身体がさらに小さくなって見える。
「天宮君。南雲君。そういう事だから、ちょっとついて来てもらえるかしら。」
青山さんがやれやれといった感じで僕と悠紀に聞いてくる。
「どうする。悠紀。」
悠紀にどうすると意見を求めようとした僕だったが、悠紀はすでに残ったおにぎり2つを手にして、もう行く気満々だった。
「竜彦。何してんだ行くぞ。」
僕はやれやれと思いながら、解きかけていた弁当包みを再度包みなおした。
案外、自分の学校にこんな場所があったのかという事がたまにあるけど、まさか、今日、それに出会うとは思いにもよらなかった。
今、僕は、青山さんと瀬田さん先導で連れてこられた6畳程度の狭い和室にいた。自分の学校にこんな場所があるとは全然知らなかった。
「昔、茶道部があった時の遺産なのよ。この部屋の鍵を持ってるのは朱美と職員室の先生だけなの。」
青山さんが座りながら、僕らに説明してくる。
1番奥の上座に青山さんが座り、時計回りに瀬田さん、悠紀、僕と座る。
ちょっとカビ臭いのを我慢すれば、なるほど、昼飯には最適な場所だった。
「あの、南雲君。これどうぞ。」
瀬田さんが2つ持っている弁当包みのうち大きい包みの方を悠紀に差し出す。
「え。これもらっていいの?」
悠紀が驚いたように目の前に差し出された弁当包みを見つめる。瀬田さんが悠紀の言葉にこくんと恥ずかしそうに頷く。
「ありがとう。瀬田。じゃあ。いただきます。」
悠紀は瀬田さんの了承を得ると、節操もなく弁当包みを手に取った。悠紀が包みを開き、蓋を開けると、そこには、何とも豪華な弁当が広がっていた。弁当箱の半分は白米に梅干の日の丸弁当だが、おかずが何とも、手が込んでいた。ひじきの煮物に、鶏のから揚げ、ほうれん草のおひたし、ごぼうのきんぴら、かぼちゃの煮物、そして、艶のある綺麗な卵焼き。何ともまあ手の込んだ弁当である。これを食べれる悠紀が正直少しうらやましい。
「これ、朱美が作ったのよね。ね、朱美。」
僕と悠紀の男子2人が瀬田さんが悠紀に差し出した弁当に呆気に取られるなか、青山さんがそう言った。
「りょ、涼子ちゃん!」
瀬田さんが恥ずかしさ爆発といった感じで青山さんの方を見る。
「ということはこれ、瀬田さんの手作り?」
僕が青山さんと瀬田さんの方に確認する。青山さんはニコニコと瀬田さんの方を見ており、瀬田さんは恥ずかしそうに顔を赤くして、俯いていた。どうやら、そうらしい。何とも羨ましい限りである。
「あ、ありがとうな! 瀬田!」
悠紀が感極まったのか、瀬田さんに土下座しだした。
「や、止めて下さい南雲君。私、そんなつもりで作ったんじゃないんです。喜んでもらえると思って作ったんです。」
土下座しだした悠紀に瀬田さんが慌てる。青山さんはニコニコとその様子を見守る。僕はただ呆気にとられているしかなかった。
「いやあ、うまい。うまいよ。瀬田。特にこの卵焼き。塩加減が絶妙。」
悠紀が弁当を食べながら、褒める。
「そう言ってもらえると。嬉しいです。」
瀬田さんは幸せそうに笑うとそう言った。
僕は幸せそうな2人を眺めながら、早々に弁当を食べ終えておいた。この空間にいると、自分が邪魔者に思えて仕方ない。早く退散したかった。
「天宮君、いいかしら。」
同じく早々に弁当を食べ終えたらしい青山さんから声が掛かる。何だろうか。まさか、昨日の続き。
「何。」
「ここじゃちょっとあれだから、廊下に出ましょう。」
青山さんがそう言い、立ち上がると、廊下へと出て行く。僕もそれに続く。悠紀と瀬田さんの2人は僕らの行動に気づいていないのか、引き止めたり、声を掛けてこなかった。
「あの子、嬉しそうで良かった。」
廊下に出た青山さんが呟く。
「え?」
「何でもないわ。こっちの話よ。」
青山さんが咳払いしながら、そう言う。
「天宮君。昨日、私が言った事覚えているかしら。」
青山さんの顔が急に強張り、声色も低くなる。
「あの刀を探すなっていう話?」
脇にじんわりと嫌な汗が出てくる。
「そう。分かっているならいいわ。話が早くて助かるもの。」
「そ、そう。」
「私は、理解の早い人が好きなの。言ってる意味分かるわよね。」
「は、はは。そうだね。」
脇の汗が増える。ついでに冷や汗も出てきそうだ。
「理解の悪い人にはそれ相応の報いを受けてもらわないといけないけど、天宮君には必要なさそうね。だって、天宮君は理解が早い人みたいだもの。」
「は、はは、はあ。」
苦笑いしか出てこない。
「じゃあ、戻りましょうか。」
青山さんの声色が急に明るくなる。そして、青山さんは部屋の中へと戻っていった。1人、廊下に残された僕はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
何だってんだ。何があるんだよ。
そう思いながら。急に尿意を覚えた僕はトイレへと駆けていった。
放課後。僕は悠紀の帰りの誘いを断り、1人で龍のいる神社に来ていた。今日は図書室に行って調査をする気になれなかった。青山さんの警告に怯えたわけではない。青山さんがそこまで言う理由が分からないのだ。龍が探している刀1振の事であそこまで言うなんて事は何か僕の知らない裏の事情があるのかもしれない。それを龍に聞かなければ、龍がそれを知っていて、僕に黙っていたのか、それとも、本当に知らずに僕を巻き込んだのかどうかを見極めないといけない。
石段を登っていく。今日はいつもよりも足取りが重い。いつも以上に石段が急になっているように思える。そんな事があるわけないのに。上の鳥居にたどり着く。
龍の姿はすぐに見つかった。いつものように賽銭箱の傍に腰掛けている。僕の姿に気づいた龍がこちらを見て、顔をほころばせる。そして、立ち上がると、こちらにふわふわと浮遊しながら近づいてくる。龍が近くまでやってくる。顔は嬉しそうに笑顔だが、僕の様子がいつもと違う事に気づいたのか、笑顔を止めて弱冠怯えたような表情になった。
「竜彦。どうしたの。何か怖い顔してるけど。」
龍が僕の顔を見つめながら、そう言う。
「ん。龍。ちょっと聞きたい事があるんだ。」
僕の顔はきっと険しいものになっているんだろう。龍にそう言いながら、僕はいつもの場所、賽銭箱の傍まで歩いていき腰を下ろした。龍も僕の隣に腰掛ける。
「竜彦。聞きたい事って何?」
龍は僕の様子がいつもと違う理由が分からず困惑している様子だった。
「龍。僕に刀探しを頼んだのは何で?」
ちょっと口調がきついものになってしまったかもしれない。でも、青山さんのあの様子と僕の身によくない事が起きると言われれば、それを依頼してきた龍に対して、疑いを持たなくていけなくなってしまう。
「竜彦。どうしたの急に?」
「龍。もう1度聞くけど、何で僕に御神刀探しを頼んできたの? 他に頼める人はいたんじゃないの?」
あまり龍に対してひどい事は言いたくないけど、はっきりさせるべき事ははっきりさせないといけない。
「そんな。それは私が頼れる人は竜彦だけだから。もうこの神社にこうして来てくれる人は竜彦だけなの。だから、竜彦にお願いしたの。」
龍がショックを受けたように答える。
「本当に?」
「本当だよ。竜彦。私が嘘をついてるように思えるの。」
龍が少し怒りながら答える。自分が信頼されてないと思われれば誰だってそれは怒る。
「ううん。見えない。」
僕は静かに龍に答える。
「じゃあ、何で。」
龍が不思議そうに聞いてくる。
「龍。僕は昨日、脅されたんだ。」
僕は龍に事実を告げる。青山さんから脅迫された事を。
「え。」
龍が呆然とした顔になる。
「龍が探している御神刀を探すなってね。それを探す事は僕にとって良くない事を招く事になるって言われたんだ。」
僕は青山さんに言われた事を淡々と龍に告げる。
「そんな事。」
龍はショックを受けたのか、口数が少ない。
「龍に聞きたいのは、龍は僕が御神刀を探す事で僕に何か危険な事が起こるかもしれないと知っていたうえで僕に御神刀探しを依頼してきたのか。それとも、それを知らないで、僕に対してお願いしてきたのか。そのどちらかなのかを僕は聞きたいんだ。龍。どうなの。」
僕は龍の方を向き、淡々と龍に聞いた。
「そんな。竜彦は私が信用できないって事?」
龍の声が弱冠、涙声になる。
「そう言ってるわけじゃないんだ。龍が御神刀探しが危険な事を知っていたのかどうか、知っていたなら、何で、僕に言ってくれなかったのかを知りたいだけなんだ。」
「それは、私は、竜彦がそんな目に合っているなんて思いもしなかったよ。私は危険だなんて思っていなかったの。竜彦が危ない目に合うなんて考えもしなかったの。だから、信じて、竜彦。私は、竜彦を危険な目に合わせる為に御神刀を探すように頼んだんじゃないの。」
龍は最初俯きがちに喋っていたが、だんだんと僕の目を見るようになり、僕に訴えかけるように話していた。
「龍、それを僕は信じていいの?」
僕は龍に確認する。
「竜彦は私が信用できないの?」
龍が僕の目を見つめてくる。
正直、これだけでは龍が嘘を吐いてるようにも見えない。でも、龍を完全に信用できるかと聞かれれば、答えは疑わしいと言わざるを得ない。本当に龍は僕の事を利用していないと言えるのだろうか。龍自身が危険を本当に知らないで、僕を騙していないと言えるのだろうか。
「龍。僕は龍を信じたいんだ。だから、聞いてるんだ。でも、ちょっと分からないんだ。」
僕は正直に悩んでいる事を龍に告げる。
「竜彦・・・。」
龍が寂しげに僕の名前を呼ぶ。
「龍。ちょっと考える時間をもらってもいいかな。」
「・・・。」
龍は僕に背中を向け。黙ってしまった。
「龍。今日は帰るよ。答えが出たら、また来るよ。」
僕は龍にそう言うと、革鞄を手にして立ち上がった。龍の返答はなく、僕は1人鳥居へと向かって歩いていった。
「竜彦の馬鹿・・・。」
鳥居をくぐる時、後ろから呟くように龍がそう言ったのが聞こえた。
帰り道、気まずい思いをしながら、駅までの道を歩く。
聞き方が悪かっただろうか。やっぱり龍を怒らせてしまった。本当に龍は嘘を吐いていないんだろうか。
いろんな思いが頭を巡り、ぐちゃぐちゃと考えがまとまらない。そのせいだろうか、背後に近づいてくる足音にも全く気づかなかった。
「天宮君。」
背後から突然、声を掛けられ、びっくりする。誰かと思い、振り返ると、青山さんが立っていた。左手に革鞄を持ち、右手はなぜか背中へとまわしている。
「びっくりした。何だ、青山さんか。どうしたの。」
僕は少し、警戒心を持ちつつ、青山さんの方を見た。
また、昼間の続きだろうか。だとしたら、また、詰め寄られるかもしれないなあ。
そう考え、青山さんとの距離を確認しておく。
「天宮君。私、言ったわよね。」
青山さんが感情を押し殺した声で言う。僕は、ただならぬものを感じて1歩下がる。
「何を?」
「理解の悪い人にはそれ相応の報いを受けてもらわなきゃいけないって。」
青山さんが1歩前に出る。
「それはどういう事。」
僕も1歩下がる。
「私は警告したのに、それを理解してもらえないとは残念だわ。天宮君。」
青山さんはそう言いながら、さらに僕との距離を1歩詰めてくる。
「私は言ったわよね。幽霊騒動に首を突っ込むな。御神刀探しを止めなさいって。それを聞き入れてもらえないとは本当に残念よ。」
青山さんは続けてそう言い、さらに1歩踏み込んでくる。
「残念ってどういう事かな・・・。」
僕が青山さんに聞く。
「そのままの意味よ。言葉で分かってもらえないなら、実際に痛みを伴った報いを受けてもらうしかないって事よ。」
青山さんが感情もなく淡々と言う。そして、さらに1歩詰める。
「それはどうい・・・。」
僕が青山さんの言う事に返答する前に青山さんは行動していた。青山さんが走り出し、一気に僕との距離を詰めてくる。僕は体当たりされるものと思い、思わず身構えるが違った。青山さんは右手に持っていた長い棒のようなものを僕に向けて振り下ろしてきた。僕は咄嗟に持っていた鞄でそれを受け止め、横にいなす。
青山さんはいなされた力を利用して、そのまま、僕の向こう側へと抜ける。僕は振り返り、青山さんの方を見る。
「なかなか。やるわね。気づいていたの?」
青山さんが右手に持っているもの。あれは木刀だ。何て物騒なものを人に向けるんだ。
僕は青山さんが木刀を持っているのを確認すると、振り向き、青山さんのいる方向とは逆の方へと走り出した。
「逃げる気? 逃げられるとでも思ってるの。」
後ろから青山さんが追いかけてくるのが分かる。逃げなくては。でも、どこに、駅は逆の方向だし、1番近くて人の多い場所は駅前しかない。学校は、遠すぎる。どこか、匿ってくれそうな場所はないか。
そんな事を考えながら、後ろの様子を伺う。
「待ちなさい!」
青山さんが木刀と革鞄を手にして追いかけてくる。このままでは追いつかれる。早く隠れ場所を決めないと。
そうだ。龍のいる神社。
ふと、絶好の隠れ場所を思いつく。さっき龍と、不和になってしまった事を除けば、隠れる場所も多いし、ここからも近い。それにこの非常時だ、龍との仲が不和になっただのと言ってられない。
僕は龍のいる神社へと足を向けて走った。
「はあー。はあー。」
息切れしながら、龍のいる神社の鳥居まで何とか辿り着いた。あとは石段を登るだけだ。後ろを見ると、青山さんがもう近くまで迫ってきていた。迷っている暇も休んでいる暇もない。僕は一気に石段を登りきった。もう走れない。何とか本殿まで、歩いていく。そこで息を整える。龍の姿は見えない。さっき喧嘩してしまったのだ、どこかに行ってしまったのだろう。
「やっと。追い詰めた。まったく、・・・逃げ足の速い人ね。・・・天宮君。」
青山さんが石段を登りきり、鳥居の下に立つ。息が上がっているのか肩を上下させながらそう言った。
「でも、もう鬼ごっこも終わりよ。」
青山さんはそう言うと、持っていた革鞄を鳥居の隅に投げた。そして、僕との距離をゆっくりと詰めてくる。僕はもう息が上がって走れない。その場で息を整える。
「これで終わりよ。」
僕との間合いを詰めた青山さんが両手で木刀を持ち、構える。僕もそれを見て、身構える。青山さんが木刀を振りかぶり、振り下ろす。僕はそれを革鞄で咄嗟に受け止める。受け止めた衝撃で革鞄を持つ両手がじんじんとしびれる。
「やるわね。でも、どこまで耐えられるかしら。」
青山さんがニヤリと笑う。
ああ間違いない、この人はドが付くぐらいのSだ。
僕は観念しながらそんな事を思った。
「竜彦!」
突然、横から声を掛けられる。声のした方を見ると、龍だった。驚いた顔をしている。それはそうだろう。知らない女の人が木刀で知り合いに殴りかかっていれば誰でも驚く。
「あ。」
青山さんが木刀に込めた力を緩めて、1歩下がる。何かあったのだろうか。僕は不思議に思う。
「竜彦に何するの!」
龍が僕の目の前で手を広げて、僕と青山さんの間の壁になろうとする。龍の声は本気で怒っていて、そして必死だった。
「あ、あなたは・・・。」
青山さんが龍の姿を見て、何かショックを受けたような顔をする。
「竜彦を傷つけるなんて許さないから!」
「・・・。」
青山さんは龍の剣幕に負けたのか、木刀の構えを解いた。そして、黙って身体を翻し、先ほど投げた革鞄を手に取り、石段を降りていった。
残された僕と龍は意味が分からず、顔を見合わせるばかりだ。
「竜彦。大丈夫?」
青山さんの姿が完全に見えなくなってから、龍が振り向き、僕に聞いてくる。
「う、うん。大丈夫。ありがとう。龍。」
僕は未だに助かった事が分からず、頭も混乱していた。
「どこか怪我はない?」
龍が心配そうに聞いてくる。
「うん。怪我はないよ。」
「良かった。」
龍がほっとしたように言う。
「竜彦。さっきの人は誰?」
「さっきの人。ああ。青山さん? 僕のクラスの人だよ。」
未だに頭が混乱していて、うまく答えられない。
「クラス?」
龍が首を傾げる。ああ。言葉が分からないのか。
「知り合いだよ。」
僕が言葉を言いなおす。
「何で、竜彦を襲おうとしてたの?」
「・・・。龍、僕を脅してきたのは青山さんなんだ・・・。」
「・・・脅迫って事?」
龍が怪訝な顔をして、そう聞いてくる。
「多分。でも、何で去ったんだろう。」
青山さんが去った理由が分からない。龍の姿を見て、ショックを受けたような顔をしていたけど。何かあったんだろうか。でも、龍は青山さんの事を知らないって言っていたし。
「分かんない。でも、よかった。竜彦が無事で!」
龍はそう言うと、僕に抱きついてきた。
「あ。」
龍に触れられた部分から体温がなくなる感覚がして、意識が遠のく。
「あ。ごめん、竜彦! 大丈夫!?」
遠のく意識の向こうで、龍が僕を呼ぶのが、聞こえた。