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第4章 警告

 水曜日。放課後。今日も図書室に向かう僕。悠紀は隣にいない。悠紀はバイトがあるそうで、今日は僕1人で捜索する事になった。

 図書室の引き戸を開ける。カウンターにはいつものように瀬田さんが座って、本を読んでいる。引き戸を開ける音に気づいたのか、瀬田さんが顔を上げる。

「あ。こんにちは。天宮君。」

瀬田さんが何かを期待するような顔で挨拶してくる。

「うん。こんにちは。瀬田さん。」

僕も挨拶を返す。カウンターの前を通り、昨日と同じ棚へと向かう。

「あれ。今日は、南雲君は一緒じゃないんですか?」

瀬田さんが不思議そうにそう聞いてくる。

「うん。悠紀は用事があるから帰ったよ。」

「そうですか。だから、今日は1人なんですね。」

瀬田さんが落胆したようにそう言う。

「うん。今日も失礼するね。」

僕は瀬田さんの落胆した様子には気づかない振りをして、瀬田さんに断りを入れると、昨日の本棚の前に向かった。

 昨日と同じように目星そうな本を取り出しては内容を確認していく。

 3冊ほど中身を確認し終えたけども、有益そうな情報は見つからない。

 今日も駄目か。

 そんな事を思いながら、次の本を手に取ろうとする。

「あの。天宮君。」

と、誰かに声を掛けられた。声のした方に視線を向けると、瀬田さんが立っていた。手を腹の位置で合わせて、もじもじとしている。

「はい?」

取りかけた本から手を離し、瀬田さんの方に身体を向ける。

「あの、その。えっと、その。南雲君と仲いいんですね。」

瀬田さんは何かを言いたそうにしながらそう言った。

「うん。まあ、悠紀とは小学からの付き合いだし。仲はいい方だと思うけど。それが?」

「えっと。その、あの。南雲君の事なんですけど・・・。えっと、その。」

瀬田さんは顔を紅潮させて、顔を俯かせてしまった。何が言いたいのだろう。

「悠紀がどうかした?」

「その・・・。・・・。」

瀬田さんがぼそぼそと何かを言うが、僕には聞こえない。

「え。何て言ったの?」

「あ。その。あの。えっと、何でもないです。」

瀬田さんは顔を赤くしたままぼそぼそとそう言うと、カウンターの方へと戻ってしまった。

 何が言いたかったのだろう?

 カウンターへ戻っていく瀬田さんの背中を見てそう思った。僕は、再び本棚に視線を戻すと、再び、本の捜索に戻った。

 

 もう20冊は見ただろうか。本のページをめくる手が疲れてきた。この本も情報なし。僕は本を棚に戻すと、時計に目を向けた。図書室に来てから1時間半ちかくが経っていた。

 今日も潮時だろう。そろそろ帰ろう。そうだ、今日は悠紀がいないし、帰りに神社に寄って龍に会いに行こう。気にしてるかもしれない。

 そう思い、革鞄を手に取る。カウンターには瀬田さんが座り、相変わらず本を読んでいる。邪魔をしては悪いと思い、声を掛けずに静かに図書室を出る。

「あら。今日も来てたの。」

図書室の引き戸を閉めたところで背後から声を掛けられる。振り向くと、青山さんがいた。

「あ、うん。まだ調べる事があって。」

「そんな熱心に何を調べているのかしら。」

青山さんが首を傾げながら不思議そうに聞いてくる。

「え。その、ちょっと龍泣山の事についてね。」

「あの幽霊騒動の事?」

青山さんの釣り目がちな目がさらに釣り上がり、僕を睨んでくる。明らかに触れてはいけない話題に触れたみたいだ。

「幽霊騒動とはちょっと関係ないかな。」

青山さんの目が怖く、つい嘘を言ってしまった。

「そう。なら、いいんだけど。」

僕の返答を聞いた青山さんは安心したようにほっと息を吐いた。

「何か、幽霊騒動に気にかかる事でもあるの?」

青山さんの反応が気になり、聞いて見る。僕にとっては他人事ではないのだ。幽霊騒動のおそらく元凶である龍に僕は会っているのだから。

「天宮君には関係ない事よ。」

青山さんが声色も強く、睨んでくる。

「そ、そう。何か聞いてごめん。」

思わず、気圧されて謝る。

「そう。だから、幽霊騒動に顔を突っ込もうなんて考えは起こさないでね。特に、南雲君あたりにそう言ってもらえると嬉しいわ。」

青山さんが念を押すようにそう言う。

 ごめんなさい。もう遅いです。でも、何かあるんだろうか。

内心、そう思いながら。

「う、うん。分かったよ。」

そう返しておく。

「そう。分かってくれれば私としても嬉しいわ。じゃあ、またね、天宮君。」

青山さんは僕の返事に満足したのか、そう言うと、僕の隣を抜けて図書室の中へと入っていった。

 後に残された僕は妙な薄ら寒さを感じながら、その場を後にした。


 革鞄片手に僕は龍のいる神社に来ていた。いつもの石段の鳥居の前に立つ。4日間ほど来ていなかっただけなのに、妙になつかしく感じるのは何でだろうか。不思議に感じながら、石段を登る。2つ目の鳥居をくぐり、本殿の建物を見る。

 龍の姿は、いた。本殿の賽銭箱のすぐそばに座っている。本殿の柱に背をもたれかかって、足を板張りの床に投げ出している。僕に気づいていないのか、その場から動こうとしない。

 僕は、黙ったまま龍に近づいていった。賽銭箱のあたりまで来ると、龍が動かない理由が分かった。龍は寝ていた。どんな夢を見ているのか知らないが、幸せそうな寝顔で、うたた寝している。

 起こすのは可哀想だな。

 そう思い、今日は帰ろうかと、振り返る。

 しかし、古くなった板張りの床は僕が体重を乗せた事でギシギシと大きな軋み音をたてた。

「ん。誰?」

しまったと思い、龍の方を見ると、案の定、目を覚ましてしまったらしく、眠たそうに半分だけ目を開けていた。

「大造おじいちゃん?」

龍は焦点の合っていない目で僕の方を見ると、そう言った。

「ん。違う。誰。」

龍は目をこすり、視界をはっきりさせようとしている。僕はしばらく龍が頭をはっきりさせるのを待つことにした。

「竜彦? 竜彦だ。」

龍の目の焦点が合うにつれて、龍の顔がほころんでいく。目の前にいるのが僕だと分かった龍は嬉しそうに僕の名前を呼んだ。

「うん。久しぶり。」

僕は軽く手を挙げて、挨拶する。

「来てくれたの。」

龍は立ち上がると、嬉しそうにそう言った。

「うん。ちょっと報告にと思って。」

僕はそう言って、賽銭箱のそばに腰掛ける。龍も僕の傍まで浮遊してきて、腰を下ろす。

「報告?」

龍が首を傾げる。

「うん。龍に頼まれた刀の事。」

「何か分かったの?」

龍の目が期待に満ちたものになる。残念ながら、朗報は何1つないのだけど。

「ごめん。まだ何も分かってないんだ。学校の図書室で調べてはいるんだけども。」

「ううん。大丈夫だよ竜彦。私が無理言って探してもらってるんだからそんな気にしないで。」

龍は少し申し訳なさそうにそう言う。

 そういえば、青山さんは幽霊騒動について何か知ってそうな感じだったけど、ひょっとして龍の事を知っているのだろうか。

図書室の前での事を思い出す。

「ねえ、龍。聞きたい事があるんだけど。いいかな。」

「いいよ。」

龍は首を縦に振り、承諾する。

「青山さんって知ってる? 僕と同じ年の女の人なんだけど。」

「誰? 私が名前を知ってる人は大造おじいちゃんと竜彦だけだよ。」

「そうなの。」

龍は青山さんの事を知らないのだろうか。少なくとも面識は無さそうだ。

「どんな人なの?」

龍が青山さんに興味を示したのか聞いてくる。

「えっと。背丈が僕より少し低いくらいで、肩甲骨くらいまで黒い髪を伸ばしてる。あとはそうだなあ、目がちょっと釣り目できつそうな美人なんだけど。」

僕が思いつく限りの青山さん特長を並べてみる。

「知らない。私、そんな人見てないよ。この神社に来た人なら私大体覚えてるけど、そんな人見かけなかったよ。」

何故か、ちょっと不機嫌そうに龍が答える。何か怒らせるような事を僕は言っただろうか。

 龍は本当に青山さんの事を知らないみたいだ。じゃあ、青山さんが幽霊騒動に首を突っ込むなってわざわざ言ってきたのは何でだろうか。

青山さんが警告してきた意味が分からず、ちょっと考えてみる。

「ねえ、竜彦。ちょっといい。」

考え事をする僕に横から龍が話しかけてくる。

「ん。何?」

「ちょっとだけ。ちょっとでいいの、手に触れてもいい?」

龍が恥ずかしそうにしながら、そう言ってくる。

 僕は龍の提案を承諾しようか悩んだ。過去に2回、龍に触れられて僕は気絶している。正直に言えば、もうあの感覚は味わいたくない。

「あ、駄目だよね。ごめんね。竜彦。・・・久しぶりに来たから、ちょっと竜彦の温もりに触りたかっただけなの。」

僕が承諾しようかどうか悩んで黙ってしまったのを見て、否だと龍は思ったのか、寂しそうにそう言った。

 そんな言い方は卑怯だ。そんな事を言われたら、承諾しないと悪いように感じてしまう。

そんな事を思いながら。僕は、そっと、片手を龍の方へ差し出した。

「え。」

龍が驚いた声を上げる。

「いいよ。ちょっとぐらい。それで、龍が嬉しいならどうぞ触れて。」

龍を見ながら、そう言う。ちょっと恥ずかしい。

「うん。ありがとう。竜彦。」

龍が嬉しそうにそう言い。両手で、差し出された僕の手に触れようとする。

 龍はゆっくりと両の手でガラス細工に触れるみたいに恐る恐る手を近づけてくる。龍の手がちょっと僕の手に触れて、すぐ離れる。龍の触れた箇所が氷に触れたみたいに冷んやりとする。

「大丈夫? 竜彦。」

龍が心配したように聞いてくる。

「うん、まだ大丈夫だよ。龍。駄目だったら言うから。」

本当はまた気絶するんじゃないかと怖いが、ちょっとだけなら多分大丈夫だろう。

「うん。竜彦。ありがとう。」

龍は笑顔でそう言った。どうやら、怖がっているのを見透かされているみたいだ。

 龍は差し出された僕の片手を両手で包むようにして触った。龍に触られている場所が凍っていくような感じがする。見た目には龍の手に包まれていて、温かそうに見えるのだけども皮膚で感じているのは冷たさだ。

「温かい・・・。」

龍がじんわりと味わうようにそう呟いた。嬉しそうな、安心しきった穏やかな顔で目を瞑り、まるで瞑想しているように見える。一方、僕は今にも、手が凍ってもげるのではないかという恐怖感と気絶しそうな寒気に必死に耐えていた。正直、気が少しでも緩めば、多分気絶するだろう。

 まだか、まだか。龍が僕の手に触れているいる時間が1時間にも2時間にも感じる。

 龍は僕の手を10秒ほど触って満足したのか、両手を僕の手から離した。龍の手が離れた途端に、僕の手に血液が通い、体温が戻っていくのを感じる。手がしびれる。

「ごめんね。竜彦。辛かったでしょ。」

龍が申し訳無さそうに僕を見つめてくる。

「そんな事ないよ。全然、平気。平気だったから。」

本当は全然、そんな事ないのだが、龍に悟られまいと空元気で返事する。

「くす。ありがとう。竜彦。」

そう思ったのだが、僕の大根演技では龍を騙せないみたいだ。

「じゃあ。僕は、そろそろ帰るよ。」

電車の時刻がもう迫ってきてる頃だろう。それに、龍に触れられたせいか妙に寒気がする。もう、今日は家路に着こう。

「え。うん。明日も来てくれる?」

龍が寂しそうに聞いてくる。明日もと言われると、心もとない。悠紀がいないなら来れない事もないのだけど。

「ちょっと。分からない。」

正直、明日は明日である。分からないのが本音だ。

「そう。じゃあ、私、待ってるから。」

龍は寂しそうにそう言った。

「ごめん。じゃあ。そろそろ。行くね。」

僕はそう言うと、革鞄を手に取り、立ち上がった。

「うん。また来て、竜彦。」

龍はそう言うと、僕を見送ってくれた。僕は龍の見送りに手を振って応対すると、石段を降りて、家路に着いた。


 翌日。僕は今日も1人で図書室に向かっていた。悠紀は今日もバイトで行けないとの事だった。

 図書室の引き戸を開ける。カウンターには今日も瀬田さんが座り本を読んでいた。引き戸が開かれる音に気づいたのか瀬田さんが顔を上げる。

「あ。天宮君。こんにちは。」

「うん。こんにちは。瀬田さん。」

瀬田さんに挨拶を返す。

「あれ。今日も南雲君は一緒じゃないんですか。」

瀬田さんが今日も僕1人な事に気づいたのかそう聞いてくる。

「うん。悠紀は今日も用事があるみたいだから、僕1人。」

「そうですか。」

瀬田さんは僕の返事を聞くと、明らかに落胆していた。

「じゃあ。今日も借りるね、瀬田さん。」

僕は瀬田さんにそう言うと、いつもの場所、郷土史の本棚へと歩いていった。

 いつものように本棚から本を取り出し、内容を確認していく。

 有益な情報があればいいのだけども、今日で調査を開始して4日目だ。今まで1つも有益な情報が得られないままだ。本当にこの本棚の中に僕が探している情報があるのだろうか。調査方法を変えたほうがいいのかもしれない。

 そんな事を考えていると、

「あの、天宮君。ちょっといいでしょうか。」

横から声を掛けられた。視線を声のした方に向けると、瀬田さんが立っていた。腹の前に両手を合わせて、顔を少し紅潮させて俯いている。なんか昨日も見た気がする。

「何? 瀬田さん。」

手にした本を本棚に戻し、瀬田さんの方を向く。

「あの、天宮君。その、あの、えっと。」

瀬田さんは手をもじもじとさせるばかりで何を言おうとしているのか全然分からない。急かすのも悪いので僕は黙って瀬田さんが話すを待つ。

「その、な、南雲君の事なんですけど・・・。」

瀬田さんが今にも消え入りそうな声で聞いてくる。

「悠紀の事?」

「その。南雲君って何か好きな食べ物とかあるんでしょうか。あの、その。知っていたら教えて欲しいんです。」

瀬田さんが顔を真っ赤にさせながら聞いてくる。

「悠紀の好きな食べ物? そうだなあ。」

 悠紀の好きな食べ物か。何だったけかなあ。

 言われてみて思い出してみる。

 よく弁当の時間に僕の弁当から優先的につまみ食いされるのはいつも卵焼きだなあ。好きなんだろうか。

「あ。知らないんだったら。いいんです。ごめんなさい。その、あの。」

僕が黙ってしまったので、瀬田さんは不安になったのか、早口でそう言った。

「ん。悠紀が好きな物かあ。多分だけど、悠紀は卵焼きが好きだと思うよ。塩味のしっかり効いた卵焼き。」

弁当の時間を思い出しながら、瀬田さんに答える。

「卵焼き・・・ですか。ありがとうございます。天宮君。」

瀬田さんはそう呟くと、僕にお礼を言い、カウンターの方へと戻って行った。何だったんだろうか。


 それからしばらく、僕は本棚から本を取り出しては内容を確認していった。もう何冊目だろうか。数えるのを途中で止めてしまったので何冊目かは分からないけど、結構な量の本を確認したはずだ。時計を見ると、図書室に来てから1時間ほど経っていた。

 今日も情報なしか。

 そう思いながら。帰る為に革鞄を手に取る。カウンターを見ると、瀬田さんが相変わらず、本を読んでいた。邪魔をするのも悪いなと思い、声を掛けずに図書室を後にする。


 空は曇り空で夕方の太陽を見る事ができず、周囲は薄暗い。僕は石段を踏み外さないように気をつけながら上っていった。昨日はあんな事を言ったけども、結局来てしまった。石段を登りきり、鳥居の下に立つ。

 龍は昨日と同じように本殿の賽銭箱の傍に腰掛けていた。僕の姿を見とめると、立ち上がって、こちらへとふわふわと近づいて来た。

「竜彦。来てくれたんだ。」

龍は嬉しそうにそう言う。

「うん。せっかくだから。」

龍に対して、報告できるような事は未だに何も得られていない。でも、龍が会いたがってくれるんだから、来てもいいだろう。

 賽銭箱の傍まで歩き、板張りの床に腰掛ける。龍も僕の隣に腰掛ける。

「竜彦、刀の事は何か分かったの?」

「ごめん。まだ何も、分かっていないんだ。」

龍にそう答える。図書室の本をずっと調べているけど、何1つ有力な手がかりが得られないままだ。そろそろ、調査の仕方を変えるべきなのかもしれない。でも、手がかりもなしにどうやって調査の仕方を変えればいいのだろうか。結局、情報がなければ調査のしようがない。

「ううん。いいの竜彦。気にしないで。」

龍はそう言ってくれるが、僕としては未だに何1つ手がかりが得られないのが申し訳なく思う。

「龍。刀なんだけど、何か情報はないのかな。」

「竜彦。ごめんなさい。私が知っているのは前に話したことだけなの。気づいたら御神刀が安置されている場所から無くなっていて、この社の中には無いっていう事だけ。ひょっとしたら、他の社に行けばあるかも知れないけど、私にはどこの社にあるかは分からないの。」

龍が申し訳なさそうに言う。

「他の社?」

龍が今、ちょっと気になる事を言ったような気がする。

「え。うん。他の社。ここ以外の神社に御神刀が移されてるかもしれないけど私にはどこにあるか分からないの。」

龍がそう答える。場所までは分からないのか。

「龍、この辺りの神社って分かる?」

なら、自分の足でこの辺りの神社に実際に行ってみるだけだ。

「ごめん。竜彦。私に分かるのはこの社の敷地内の事だけなの。他の神社の事までは分からないの。」

「そうか。じゃあ、自分で探してみるよ。」

「ごめん。竜彦。役に立てなくて。」

龍が申し訳無さそうにそう言い、俯く。

「いいよ。龍。気にしないで。僕が自分で探すからさ。」

「うん。ありがとう。竜彦。」

僕の言葉に顔を上げて、嬉しそうな笑顔を僕に向けてくれる龍。

「じゃあ、今日はもう行くよ。」

早速、近くの神社に行ってみよう。

「竜彦。もう行くの?」

龍が寂しそうに聞いてくる。

「え。うん。早速探してくる。」

善は急げだ。ここから、駅までの間にでも、1つか2つぐらいは神社があったはずだ。

「あの、竜彦。行く前に今日もお願いしたい事があるの。」

「え。」

「あのね。あの、竜彦。今日も手に触らせて欲しいんだけどいいかな?」

龍が手をもじもじとさせながら聞いてくる。また、あの寒気を味わう事になるのか。どうしようか。でも、龍の頼みだし。

「う、うん。いいよ。ちょっとだけでしょ。」

ちょっとだけ。そう、ちょっとだけなら、別に平気だ。多分。

「うん。ありがとう。竜彦。」

龍が笑顔でそう言ってくる。卑怯だ。こんな笑顔を見せられたら断れなくなる。

 僕は龍の方に手を差し出した。龍は昨日と同じように恐る恐る、ゆっくりと両手で僕の手を包むようにして触れてきた。龍の手が触れた途端に僕の手に凍りそうな冷たさと痛みがくる。少し叫びそうになるのを必死にこらえる。

「ごめん。竜彦。辛い?」

龍が両手で僕の手を包んだまま聞いてくる。

「へ、平気だよ。これぐらい、全然。平気。」

空元気で龍に答える。

「うん。ごめんね。竜彦。」

相変わらず、僕の演技は龍にばればれらしい。

「うん。ありがとう。竜彦。もういいよ。」

龍がそう言って、両手を僕の手から離す。龍の触れていたところが霜焼けになったみたいな感じがする。冷たい。

「じゃあ。行くね。龍。」

革鞄を手に取り、立ち上がる。

「うん。竜彦。また来るよね。」

龍が寂しげにそう聞いてくる。

「うん。来るよ。じゃあ、また。」

僕はそう言うと、龍に向かって手を振り、歩きだした。

「うん。竜彦。また明日。」

龍は立ち上がって、僕に向かって手を振り返した。

 僕は龍の見送りを受けながら、鳥居をくぐり、神社をあとにした。


 帰り道。僕は神社の前にいた。神社といっても、龍のいるぼろぼろのあの神社ではなく、道路に面した、大きな赤鳥居を持つ、立派な神社だ。龍のいる神社から駅へと向かう途中、いつも目についていたので、気にしてはいたけども実際に来るのはこれが始めてだ。

 赤鳥居の大きさは僕の身長の3倍はあろうかというぐらいで、神社の敷地を囲う生垣も綺麗に整備してあるし、境内の玉砂利や石畳も綺麗に掃除されてある。もう夕方を過ぎて、夜になろうかという時間帯のせいか、境内に人は見えない。

 とりあえず、参道に沿って歩いてみる。社務所らしき建物と前のほうに本殿と思われる大きな櫓のような建物が見える。社務所は窓も閉められ、中の明かりも消されているようで、もう人は誰もいない様子だった。話を聞こうにも人が誰もいないんじゃ聞きようがない。

 仕方ない。とりあえず、来たんだしお賽銭ぐらい入れてから帰ろう。

 そう思い、本殿の方へと歩いていく。本殿の前には木の柵が巡らせてあって本殿の中には入れないようになっていた。木の柵の前に僕の身長ぐらいの幅がある賽銭箱が置いてあった。

 僕は財布を取り出し、入っていた10円玉を取り出すと、賽銭箱に投げ入れた。そして、2回お辞儀をしてから、2回手を叩き、最後にもう1度お辞儀をした。僕はここら辺に住んでいる訳じゃないから、氏子でも何でもないから、願いを聞いてもらえるかも分からないけどまあ、いいか。

「あら、天宮君。」

背後から声を掛けられた。誰かと思い、振り返ると、青山さんがいた。

「え。青山さん?」

何で、こんな所に青山さんがいるんだ?

 そう思っていると。

「どうしたの? 不思議そうな顔して。」

革鞄を手に制服姿の青山さんはここにいるのが至極当然ような顔をしている。

「え。青山さんも参拝に来たの?」

とりあえず、青山さんがここにいる理由が分からず、そう聞いてみる。

「参拝? 何言ってるの。ここは私の家よ。」

「え?」

事情が飲み込めず、きょとんとしてしまう。

「え? じゃなくて。ここは私の家の神社なの。私の家が神社だって事知らなかった?」

「知らなかった。じゃあ、青山さんはここの神社の人ってこと?」

突然の事に驚きを隠せず、思わず、そう聞いてしまう。

「ええ。だから、そう言ってるじゃない。」

青山さんが頷く。

「そうなんだ。」

 青山さんが神社の娘だなんて、知らなかった。でも青山さんがこの神社の関係者なら、話が通じやすくて助かるかもしれない。龍の神社の刀の事について何か知っているかもしれない。

「あの。青山さん。ちょっといいかな。」

「何? 天宮君。私、忙しいの。これから、巫女舞の稽古があるの。」

青山さんが取り付く島もない返答を返す。でも、ここで、諦めたら駄目だ。何か、成果をもぎ取らないと。

「ちょっとだけでいいんだ。5分だけ。」

僕は青山さんに頭を下げて懇願する。

「んん。そこまで、言うならいいわ。本当に5分だけよ。」

青山さんは僕が頭を下げるのを見て、観念したのか、そう言った。

「ありがとう。青山さん。」

「いいから、早く用件を言って。」

礼を言ったのに、青山さんは辛辣である。

「あの、この神社に刀とかあるかな。御神刀みたいなものなんだけど。」

青山さんに龍が探している刀の存在の有無を聞いてみる。龍はこの辺りの神社にあるかもしれないと言っていた。ここにあるなら、可能性としてはあるかもしれない。

「御神刀?」

青山さんの顔が急に強張る。どうやら、あまりいい話題ではないらしい。でも、聞かなくてはいけない。

「うん。多分だけど、白鞘に収めてあって、刃渡りはちょっと分からないけど。」

短刀も白鞘に収めてあったから、それと対になっている刀も多分、白鞘に収められているだろう。

「天宮君。その話をどこで聞いたの。」

心なしか、青山さんの口調はきつい。

「えと、その、それはちょっと言えないんだけど。」

青山さんには、幽霊騒動に首を突っ込むなと釘を刺されている。幽霊騒動の元凶である龍の事は話さない方がいいだろう。

「いいから。言いなさい。」

青山さんがずいっと僕との距離を詰めてくる。青山さんの方が僕よりも背丈は低いはずなのに、何故だろう、今は僕よりも大きく見える。

「その、ちょっと人に頼まれてるんだ。その刀を探してくれって。」

「その人って誰?」

青山さんがさらに距離を詰める。もう顔が目の前だ。僕は思わず。後ずさろうとした、でも、賽銭箱があり、これ以上下がれない。

「その、それはちょっと神社の人なんだけど。」

青山さんの顔が僕の答えを聞いて、さらに強張る。青山さんの釣り目がちの目がさらに釣りあがり、僕を睨んでくる。

「天宮君。」

「何?」

僕は正直、今、青山さんが怖くて仕方なかった。質問していたはずが、いつの間にか詰問される側になっていたとか色々戸惑う状況ではあるのだけれども。

「もう、止めなさい。」

青山さんはそう言った。

「え。それはどういう意味。」

「言ったままよ。その御神刀探しはもう止めなさい。でないと、天宮君。あなた自身によくない事が起きるわ。」

青山さんは僕を睨んだままそう言った。

「よくない事?」

僕には青山さんの言う事がよく理解できず、思わず、聞き返した。

「そうよくない事よ。その御神刀探しを依頼した人とももう会わない方がいいわ。」

「それはどういう。」

「いい? これは忠告ではないわ。私からの警告よ。」

青山さんは有無を言わさないようにそう言った。

「警告・・・。」

僕は青山さんの言葉を噛み締めるように呟いた。

「そう。警告。天宮君にとっても、私にとっても、その御神刀探しは絶対に良くない結果を招くわ。それを肝に命じておいて。」

青山さんそう言うと、1歩下がった。

「じゃあ、また明日。天宮君。」

そして、そう言うと、身体を翻して、参道を社務所の方へと歩いていった。僕は青山さんの姿が社務所の影に消えるまで、視線で追った。そして、青山さんの姿が見えなくなってから、呆然と立ち尽くした。

「龍。君は何を僕に頼んだの・・・。」

思わず、そう呟いてしまった。青山さんがあれほどの剣幕で言ってくるなんて、龍は僕に何を探させようとしているんだろう。

 僕は、しばらくその場に立ち尽くした後、思い出したように出口の方の赤鳥居の方へと歩きだした。

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