表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
科学少年と文学少女  作者: 黒江 莉茉
罪人
7/7

罪人Ⅴ

 部活終了のチャイムが鳴り、私と北岡君は学校を後にした。途中まで道が同じと言うので一緒に帰る事にした。

 「北岡君って、いつから実験とかやってるの?」

 「幼稚園の時、誕生日に顕微鏡を買ってもらってから。父さんが大学の教授なんだ。科学や理科の授業が専門で」

 「へえー、すごいね」

 「月乃さんはどうなの?」

 「私は、その……お父さんはいないの」

 すると、北岡君は黙ってしまった。よくされる反応だ。私は慣れている。

 「ごめん」

 「大丈夫、慣れてるから。お父さんは中学入る前の春休みに死んだの。心臓病が元々あってね、定期的に薬を飲まないといけなかったの。でも、その日お父さんは薬を飲まなかった。薬を飲む前に、死んだの」

 どうして北岡君にお父さんの話をしているか心底不思議だった。彼にはどうでもいい事なのに、長々と語ってしまった。

 でも、“これでいいんだ。”

 「そうか」

 北岡君は空を仰ぎながら一言、そう呟いた。

 すると、Y字路に突き当たった。北岡君は右へ、私は左へ行く。

 「北岡君そっちなの?」

 「うん。じゃあ、また明日」

 「また明日ね」

 私は北岡君に手を振った。彼は振り返しはしなかったけれど、その変わりに微笑んできた。私は歩き出した。一人で歩くのは慣れているが、やっぱり寂しいものだ。一息ため息をつくと憂鬱な気分が私を襲った。何に憂鬱なのかは分からない。けれども、憂鬱だった。

 「月乃ー!」

 前を見ると、ジャージ姿の迅君が走ってきた。

 「迅君、どうしたの?」

 「あー……実はさ、その、付き合ってほしいことがあるんだけど」

 「何?」

 きっと、私はこの時の事を一生後悔するでしょう。今まで選択を誤った事なんてありませんでした。ましてや、この時。私は迅君の用事に付き合わなければよかったとも、思っています。

 「住宅街の裏の森に、一緒に行ってほしいんだ」

 「え?」

 「いや、そのさ……不審者が出たから行きたくはないと思う。探し物をしててさ」

 「探し物?」

 「ああ。バスケ部の先輩達とそこら辺で遊んでたんだ。今日部活がなかったからな。それで、俺のバッシュケースが失くなってさ。言われて気がついたんだよ」

 「それで、見つからないの?」

 「ああ、ずっと一人で探してたんだ。すぐ見つかると思って。でも、中々見つからないから帰ってたら月乃がいたわけ」

 迅君はニッと笑みを浮かべる。

 「頼む!一緒に探してくれ!」

 迅君は両手を合わせて頭を下げる。断れるはずがなかった。

 「いいよ。じゃあ、一旦着替えてもいい?」

 「いいぜ。待ってるからな」

 私と迅君は私の家に向かい、迅君はリビングで待ってもらう事にした。念の為、部屋の鍵をかけて動きやすい格好に着替える事にした。きっと、その場にいた人の誰かが迅君のバッシュケースを隠した。私はこの時そう思ってました。

 「迅君、行こう」

 「ああ。急がないと暗くなるからな」

 そのまま住宅街を抜けて、森の入口へ着いた。森の辺りに来ると薄暗く感じた。中に入ったらもっと暗いのだろう。

 「入口の近くだったから、この辺りを一緒に探してくれ」

 「うん。ケースはどんな色?」

 「黒で、横にゴールドのラインが入ってるんだ。黒だから見つけにくいかもしれないな」

 「うん、でも探そう。見つかるかもしれないもん」

 「ああ。俺はあっちを探すから、月乃はあっちを頼む。見つかったら携帯で連絡してくれ」

 「分かった」

 しばらく森の近くで探していたけど、中々ケースが見つからない。誰かが間違えて持って帰ってしまった可能性も私は考えた。携帯のライトを使って森を照らすと、少し奥で光を反射していた。

 森の中へ入り、邪魔な草や木の枝を避けていくと、迅君のバッシュケースが見つかった。

 「こんな奥に……誰かがいたずらしたのね」

 バッシュケースに付いている土や草をはらうと、中身を確認した。迅君のシューズは確かに入っている。

 踵を返したその時、ライトで一瞬変なものが見えた。それは、絶対に森の中にないもの。森の中にあってはいけない物と言ったほうが正しいのでしょう。

 それはバッシュケースから3mほど離れたところにあって、人の手だった。

 「っ――!?」

 声にならない悲鳴。見間違いだと思い、もう一回そこを照らすが、手はあった。頭の中で、二つの感情が交差する。恐怖と好奇心が渦巻き、混沌としていた。

 一歩、また一歩と、手に歩み寄る。そして、手意外にもあった。頭と胴体、足。そこに人が死んでいた。服を着ていない男性の死体。うつ伏せになり、頭から血を流している。

 「いっ、いっ……いやぁぁぁああああああっ!!!」

 後ずさり、私は悲鳴をあげた。腰が抜けてしまい、その場にペタンとしゃがんでしまった。逃げようにも足に力が入らない。

 「月乃!!どうしたんだ月乃!」

 遠くから迅君の声がする。

 「迅君!迅君!!」

 私はただ、迅君の名前を呼んだ。携帯のライトで居場所を示すと、迅君が走ってきてくれた。

 「人が、人が死んでる!」

 「っ――!?」

 迅君も声にならない悲鳴をあげていた。驚愕の表情を浮かべ、死体を凝視していた。

 「警察だ!警察を呼ぼう!!」

 迅君は震える手で携帯を握り、警察に通報した。

 「も、もしもし……人が、人が死んで、あの……場所は、高橋総合病院の近くの住宅街の森で、はい、はい……わかりました」

 迅君は携帯を切ると、私を見た。

 「あとで、その……事情聴取、だって。だから、森の入口で待ってろって」

 私は無言で頷いた。声が出なかったのだ。死体を見るのは、これで二回目だった。

 警察は五分ほどでやってきた。私と迅君をパトカーの中に乗せ、事情を聞き出した。

 対応は、ほとんど迅君がやってくれた。

 「どうしてこの森にいたんだい?」

 警察の男性は優しく問いかける。

 「今日は部活がなくて、不審者が出た森に来て、部活の先輩や友達と遊びに行ってたんです。森に入るとき、荷物とか邪魔だから皆置いてって……森から出てきたら、俺のバッシュケースが失くなってたんです」

 「ほう、それで?」

 「二十分くらい探してたんですけど、中々見つからないので帰ってた途中に月乃に会って……一緒に探してもらったんです」

 私は無言で頷いた。

 「そしたら、その……月乃の悲鳴が聞こえて、行ったら死体があって」

 「なるほど。第一発見者は君なんだね」

 「はい」

 「恐らく、その不審者があの人を襲って森に遺棄したのだろう。あとは警察に任せなさい。家まで送るよ。君は確か、総合病院の息子さんかな?」

 「はい、そうです」

 「君の家はどこかな?」

 「すぐ近くなので大丈夫です」

 私がそう言うと、迅君が止めた。

 「月乃、不審者が出たんだぞ!?月乃が次に被害に合わない可能性なんてない!母さんがいないなら、俺の家に来いよ」

 「わ、分かった」

 そのまま私達は迅君の家まで送ってもらった。迅君の家に来るのは久しぶりだった。小学校以来来たことがない。相変わらず大きな家だ。

 「お邪魔します」

 すると、迅君のお父さんが奥からやってきた。

 「迅!?それから月乃ちゃん!大丈夫だったか?!」

 「ああ、大丈夫だ。よかった。父さんはこれから運ばれる死体の解剖に行く。母さんはまだ帰ってこないから、月乃ちゃんをよろしくたのんだぞ」

 「分かった」

 そう言うと、迅君のお父さんは忙しそうに家を出て行ってしまった。

 「まあ、俺の部屋に来いよ」

 「うん……」

 迅君の部屋に入るのも久しぶりだ。部屋は私の部屋よりずっと広かった。白いカーテンに大きな窓。机の上には綺麗に並べられた参考書にノートパソコンがある。

 青いラグにガラステーブル。大きなソファ。学生の部屋ではないみたいだ。

 「ソファに座っていいよ」

 「ありがとう」

 迅君はバッシュケースを机の横に置くと、私の隣に座った。

 「ごめんな、月乃を巻き込んで」

 「そんな……これは想定していた事でもないし、誰のせいでもないよ」

 そう。誰のせいでもない。これは偶然起きてしまった事に過ぎないんだ。

 「月乃、怖くないのか?」

 「……怖いよ。死体を見るのは二回目だもん」

 そうだ。もう二度と私はあんな思いをしないと思っていた。死体を見るなんて、思っていなかった。

 「なあ、月乃」

 「何?」

 その時、携帯の着信音が鳴り響いた。

 「母さんからだ。ちょっとごめんね。もしもし?……今?迅君の家だよ。うん、大丈夫。……分かった、また後でね」

 「なんだって?」

 「迎えに来るって。少し時間がかかるけど」

 「そうか。腹減ってない?何か食べる?」

 「えっ、そんな」

 すると、迅君のお腹がなった。その次に私のお腹がなった。体は正直なものだ。私は空腹なんて感じてなかったのに。

 「お菓子持ってくる!」

 「うん」

 彼の優しさには、いつも甘えてしまう。優しすぎる彼は、とても辛い。悪い事なんて何もしていないのに、罪の意識が生まれてきた。それと同時に悲しさが生まれ、私は涙を流していた。

 「っ……うぅ、ぐすっ」

 「月乃、お菓子持ってきた……月乃……!?どうした?!どこか痛むのか?!」

 私は首を横に振った。違うんだよ、迅君。迅君がいけないんだ。

 「違うの……何だか、よく、わから……ない。でもっ、でも」

 その時、私は迅君にゆっくり抱きしめられて、頭を撫でられた。

 「大丈夫、もう大丈夫だから……」

 泣きながら私は頷いた。不器用で、本当に情けない。

 だから私は、彼に弱い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ