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科学少年と文学少女  作者: 黒江 莉茉
罪人
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罪人Ⅲ

 不意に北岡君の顔が私の頭の中に浮かんだ。どうしてかというと、数時間前に遡る。

 私は四時半に目が覚めてしまった。一度目が覚めると私は眠れない。そのお陰で学校には一度も遅刻する事なく、毎日規則正しい生活を送っている。この体質には感謝すらしているのだから。

 そして、そんな朝早くに起きてしまた私は、勉強をしようかと思ったが今日は気が向かなかった。母さんを起こしてはいけないし、私は忍び足で玄関まで向かった。紺色のウインドブレーカーにジーパンという格好。これから散歩に出かけようと思う。

 玄関の扉を開け、外に出る。六月とはいえ少し寒いような気もした。朝焼けが綺麗だと思い、私は携帯で空を撮る。

 カシャリ、と無機質なシャッター音が響いた。何処まで行こうかと迷った末、東小がある辺りまで行こうと思った。

 私が住んでいるこの街には三つ小学校があり、南と東と北だ。南小学校と東小学校は割と近く、登下校中によく見かけたものだ。私は南小学校出身だ。そして、その三つの小学校の生徒達は市内にある二つの中学校に行く。

 清栄中学校が、清栄東部中学校か。小学校の名前も清栄が前にくる。大体の生徒が東部中に来る。理由は制服が可愛いから、部活を発足するのが楽だから、などなど。人それぞれだ。

 私は家が近いからという理由でこの清栄東部中に来た。

 東小学校が見えてきた。この近くには河川敷があり、公園や公民グラウンド、公民体育館などがある。

 河川敷の土手には綺麗に整備された芝生がある。すると、太陽が東の空から登ってきた。芝生にあった朝露が、太陽の光を浴びて光り輝く。その光景も絵に描きたくなり、私は写真を撮る。

 すると、後ろから誰かの足音がした。誰だろうと思い、振り返ってみた。

「え?」

 北岡君だった。この近くに家があるのだろうか。北岡君も散歩をしているのだろうかと考える。 

 彼の髪には寝癖一つない。もう直してしまったのか、それとも元々つかない髪質なのか。北岡君が歩いてくる。

「おはよう、北岡君」

 緊張して声が上擦ってしまった。恥ずかしい。

「おはよう、委員長」

 北岡君は普通に挨拶を返してくれた。よく見ると、北岡君は髪が長い事に気が付いた。首が隠れてしまう程、髪が伸びている。前髪は多少整えてあるものの、目が少し隠れてしまっている。

「北岡君、何してるの?」

「そんな委員長も、何してるの?」

 耳に響く低い声で尋ねられる。私は正直に答えた。

「散歩だよ」

「ふうん……」

 無関心そうに北岡君は声をもらす。

「じゃあ、俺もそういう事。ただの散歩」

 太陽の光が北岡君と私を照らす。こうして間近で見ると、彼も身長が高い。遠くから見ると細くてそう見えないだけなのかもしれない。そして、光のせいなのか、彼の目がとても茶色に見えた。

「委員長さ、もう少し女性っていう自覚持った方がいいよ」

 素っ気なく北岡君が言った。

「えっ?」

「君さ、こんな朝早くに一人で街を歩いてるの?そういうの、危ないよ。酔っぱらったオッサンとか、結構いるからね」

 北岡君に女性としての自覚を持てと言われるとは思わなかった。女性としては普通に振舞ってきたつもりだったのに。

 「じゃあね、委員長。また学校で」

 すれ違い様に彼はそう言った。私は何も言わず、彼の背中を見つめていた。

 家に帰ると、母さんがバタバタしていた。毎朝早くから仕事がある母さん、化粧をしていつものスーツに着替えている。

「ただいま」

「ちょっと月乃!何処に行ってたのよ!?心配したじゃない!」

「ごめんなさい、ちょっと散歩に行ってたの」

 苦笑いを浮かべて私は謝った。すると、母さんはほっとしたように息を吐く。

「全く、女の子一人であんまりうろうろしない方がいいわよ。朝早くって、酔っぱらったサラリーマンとか結構いるんだから。襲われても文句は言えないんだからね」

 その言葉を、私は数分前にクラスメイトの北岡君からもらいました。

「じゃあ、アタシは仕事に行くから」

「行ってらっしゃい」

「行ってくるねー」

 母さんは手をひらひらさせてそう言った。玄関の開く音が響き、母さんの後ろ姿を見送った。

 今は六時。少し早めだが、私はご飯を作り始めた。



 そして今に至る。私も少し早めに家を出て、登校しているわけだ。暇な時間は司書室で潰せられるし、あそこは静かなので勉強もできるいい環境だ。

 読みかけの本が鞄の中で揺れるのを感じ、私は学校へ行く足を速めた。

 学校に着くと、教室には誰もいなかった。鞄一つ置いていない机。私が今日初めて、自分の席に鞄を一番に置いた。

 鞄から本を取り出して、まずは職員室へ向かった。鍵を取りに職員室へ入れば、いつもの先生が鍵をくれる。

「司書室にいつも行ってるけど、何をしているんだ?」

「司書室の本の整理です」

「そうか、いつもお疲れ様」

 先生は笑顔でそう言った。私はお礼を言うと、職員室から出て行く。早くあの場所へ行きたい。一人の静かな時間が欲しい。

 廊下を走り、私は司書室へ向かった。



 朝の自由時間五分前の予鈴と音楽が鳴り響いた。私は鞄に本を入れ、教室へ素早く戻る。

 席に着くと、北岡君が罪と罰を読んでいた。今時、純文学を読む人なんて珍しい。私くらいかと思ってた。

 そして、朝のホームルームが始まった。

「皆さん、大事なお話です。清栄中学校の女子生徒が昨日の部活帰り、六時半すぎの事です。刃物を持った中年男性に声をかけられたそうです」

 先生がそう言うと、教室がざわつき始めた。

「先生、その子は大丈夫なんですか?」

 一人の男子生徒が尋ねると、先生は頷いた。

「大丈夫です、何の被害もなく逃げました。その場にいた男性に助けられたそうです。男性の特徴は黒いズボンに黒い半袖、サングラスにマスクをしていたそうです」

 不審者の服装って、いつも黒いよね。また女子生徒に声をかける時は服装を変えたりするのかな?そうしたら特定なんてもっと難しくなったりするのかな。

 不審者情報が入り、先生はこう言った。

「下校途中は、なるべく複数で帰るように心がけてください」

 それからは、いつものように学校生活を送り、そんな不審者情報を忘れるくらいに皆は学校生活を過ごし、そんな私も、そんな風に過ごしていた。

 放課後、美術室の前で部長が言った。

「顧問の先生が、急に倒れたんだって。だから、しばらく部活は無しね。あー、自主的に描きたかったら私に言って。いつでも鍵を開けるから。じゃあ、解散ね」

 部長がサバサバとした口調で言う。

 放課後が暇になってしまったので、私は携帯を鞄から取り出した時、ある事に気が付いた。

「理科と英語の教科書忘れた」

 誰もいない美術室の前でそう呟いた。教室まで戻って取りに行けばいいだけの事。

 私は教室に戻ったはいいもの、英語の教科書はあったが、理科のノートはあるのに教科書がない。これは困ったものだ。

「うーん」

 心当たりがあるとすれば、最後の授業が理科だったと言う事。恐らく、置いてきてしまったのだろう。

 私は理科室まで足を進めた。そして、理科室のドアの前に来て思い出した。

「鍵、取りに行かないとじゃない」

 思わずため息が出る。今日は無駄な時間を過ごすのが多い。早く家に帰って勉強を進めないといけないのに。とその時、理科室を覗き込むと誰かがいた。

「北岡君だ。何してるんだろう」

 私はノックをしてみた。

「誰?」

 北岡君がゆっくりと私を見る。それはまるでスローモーションで動いているようだった。そして、彼の唇が動いた。

「入っていいよ」

「し、失礼します」

 ガラリとドアを空ける。北岡君は一番前の真ん中の席で何やら実験をしていた。

「北岡君、何してるの?」

「見て分からない?実験だけど?」

「いや、そうじゃなくてさ。この時間って、理科室は使っちゃいけないんじゃ……」

 そう言いかけると、彼は声をもらした。

「理科実験部ってのを作ったんだ」

「理科実験部?」

「そう。本当は入学してすぐにつくろうと思ったんだけど、先生がいい実績を残したら作ってもいいっていうから……委員長、見た?全国実験科学研究大会」

「見てないな……ごめんね」

 そう言うと、北岡君は謝る事じゃないと言ってくれた。

「この部を立ち上げるために、俺はあの大会に出場したんだ」

「そうなんだ。北岡君、すごいよね。全国優勝しちゃうんだもん」

「そう?まあ、二位でも三位でもよかったんだけど」

 素っ気なく北岡君は言った。

「この部を立ち上げる事ができたんだ。俺は今、満足だよ。それで、委員長はどうしてここに来たのかな?」

 私は目的を思い出した。

「ノートを取りにきたの」

「ああ、これ?」

 そう言うと、北岡君は机の下からノートを取り出した。緑色のキャンパスノート。間違いなく私の物だ。

「ありがとう、北岡君」

「どういたしまして」

 少し笑いながら、北岡君は伏せ目で言った。彼の笑顔を、私は初めて見た。彼の以外な一面が見れて、私は少し嬉しかった。

「北岡君、何の実験してるの?」

 机の上にある物は、ペットボトルに入っているお茶だけだった。特にこれといった目立つものはない。

「見てて」

 そう言うと、彼はペットボトルを振りだした。すると、みるみるうちにそのお茶の色が消え、水になっていく。

「すごい!すごい、すごいよ北岡君!……あ」

 私は思わずはしゃいでしまった。恥ずかしい。

「いいよ、別に。恥ずかしがる事でもない」

「でも、すごいね北岡君!どうなってるの?」

「知りたい?」

 彼は妖艶に微笑みながら言う。私はコクコクと頷いた。すると、彼は机の下からまたもや何かを取り出した。

 アルミホイルとヨウ素液、それにから浄化剤だ。そして、彼はペットボトルの蓋を取ると裏側を見せた。そこにはアルミホイルが貼り付けてある。

「このアルミホイルの中には浄化剤がある。分かるかな?」

「それだけじゃ分からないよ。そうしてお茶の色が消えたの?それに、そのヨウ素液は何に使ったの?」

「いいところを聞いてきたね。これはお茶じゃなくて、ヨウ素液なんだ」

「嘘……」

 私は驚きのあまり口を手で押さえてしまった。

「水の中にヨウ素液をお茶の色っぽくなるまで入れただけ。それで、アルミホイルの中に洗浄剤を入れて、シャーペンで洗浄剤が出ない程度にアルミホイルに穴をあける。蓋の裏にくっつけて、ペットボトルを振れば、洗浄剤によって色が無くなっていくだけ。こんなのただの遊びだよ」

 ただの遊び。そう言える北岡君が凄いと感じた。

「北岡君って、本当に凄いよ……。魔法が使えるみたい」

「それはどうも」

 そう言って彼はペットボトルの水を机の横についている流しに捨てた。

「今日はもう終わり」

「そうなんだ。ありがとう、面白かったよ」

 私はノートを片手に持ち、理科室を出ようとした。

「待って、月乃さん」

 ドアの前で振り返ると、北岡君は少し黙ってから言う。

「月乃さん、明日も来てくれない?」

 月乃さん。名前で呼ばれるのは迅君だけだと思っていた。彼はあだ名では呼ばす、私を″月乃さん″と呼んだのだ。少し嬉しかった。

「うん、明日も来る。また面白いもの見せてくれる?」

 そう言うと、彼は頷いた。

「明日は、もっと面白いものを持ってくるよ」

「楽しみにしてるね。じゃあ、さよなら」

 彼はさよならとは言わなかった。

「また、明日」


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