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科学少年と文学少女  作者: 黒江 莉茉
罪人
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罪人Ⅱ

全ての授業が終わり、掃除の時間になった。

 清掃開始のチャイムが鳴り響くと共に、女子はスカートを脱いでジャージになった。

 そのまま各分担場所へ行き、清掃を始める。

 理科室へ行くと、薬品の臭いが鼻を刺激した。ツーンとしたこの感覚にはあまり慣れないものだ。私は掃除ロッカーからバケツを取り出し、水道で水を汲む。

 蛇口を捻り、水道から出る水が止まる。その水面には私の顔が映っていた。ショートカットにしたら童顔が少し際立つようになってしまったのが少し残念だ。

「ツッキー、何してるんだよ」

 突然後ろから宮野君が覗き込んできた。私は驚き、少し声を上げてしまった。

「な、何でもないよ。掃除しないとね!」

 バケツを持ち上げ、床に置いた。雑巾を絞り、床を拭きはじめる。無機質な灰色の床には黒い汚れや実験で零してしまったであろう薬品が付いている。これを完全に拭き取るには相当時間がかかりそうだ。

「ツッキー、私はあっちからやるね」

「ありがとう。お願いね、瑞穂ちゃん」

 真っ白な雑巾で、床を滑るように雑巾がけをする。三列雑巾をかけただけで、真っ白だった布は黒くなる。それだけ汚れが重なり、埃があるのだろう。私の雑巾がけが終わり、瑞穂ちゃんの雑巾がけを手伝う事にした。

 何かをやらないと、私は落ち着かない人間なのだ。

「手伝うよ」

「ありがとツッキー」

 瑞穂ちゃんはやんわりと笑う。彼女は吹奏楽部でフルートという楽器を担当していた。一年生の時、そのフルートという楽器は見かけと音の可愛らしさによらず、とても息と使うと言っていた。この話を聞いた後、背が高く、華奢な瑞穂ちゃんが少したくましく見えた。

 すると、私の頭に何かが飛んできてぶつかった。

「いたっ」

 それがコロンと床に落ちる。小箒だった。どうやら宮野君と濱田君がふざけていようだ。学級委員長として注意しなければならない。

「宮野君!濱田君!」

「まあまあツッキー、そう怒るなよ」

 濱田君がそう諭してくる。坊主頭がトレードマークの彼は野球部。宮野君は見かけによらず書道部だ。

 中学生になって、男子にもあだ名で名前を呼ばれるのはとても恥ずかしい事だ。宮野君は同じ小学校だったから仕方ないとして、濱田君は中学から同じクラスになったのだ。周りがあだ名で呼んでいるから仕方のない事だろう。私は受け入れてしまっていた。

「ツッキー、たまには息を抜こうぜ」

「でも……」

 これでは私の学級委員長と言うプライドが廃れてしまう気がしてならない。あまり感情的に注意したくはない。私は瑞穂ちゃんと目を合わせ、助けを求めた。

 それを察した瑞穂ちゃんは私の隣にズカズカと歩いてくる。

「あんた達ね、掃除くらいしっかりやりなさい。そうじゃないと、宮野の恥ずかしい秘密や濱田のあの子の事、バラすわよ?」

 瑞穂ちゃんは恐らくでたらめを言っているのだろう。しかし、それを二人はすっかり間に受けてしまっている。

「瑞穂ちゃん、ありがとう」

「いいのいいの、困った時はお互い様だよ。ツッキーも大変だよね、クラスをまとめる立場にいるんだもん」

「そうだね。でも、皆きちんと話は聞いてくれるし、私が喋れば静かにしてくれる。とってもありがたいよ」

「ツッキ―あんた……」

 瑞穂ちゃんが驚いたようなまなざしで私を見つめる。私は小首を傾げた。

「いい子だねえ~」

 関心しように瑞穂ちゃんは声を上げた。黒板消しをポンポンと叩きながら小さな声で会話をする。

「そうかな?」

「いい子だって。私があんたの立場だったら、そんな事思ってないかも」

 そうなのかな?この考えが私にとって、正常だと思っている。平凡な人間としての、あたりまえで、当然の思考。それを他人に押し付けようとは思わない。

 他人に自分の価値観を押し付けたら、その人の価値観を自分が自分勝手な都合で変えてしまうようで、私はそれに罪悪感を覚えるからだ。

 人は人、私は私。これが私だ。白井月乃、私である。

 清掃終了のチャイムが鳴った。黒板消しを戻し、皆教室へ戻っていく。瑞穂ちゃんと一緒に教室へ戻り、席に着いた。

 隣の席には既に北岡君が座っており、北岡君が教室掃除だと言う事に気がついた。

 彼が教室掃除だという事が意外だ。教室掃除が一番人が多いし、何より彼がこのクラスに未だに馴染んでいない。自分から馴染もうとしないのだ。どうして彼は、こんなにも一人を好むのか、私には分からなかった。

 そう考えていると、いつの間にかホームルームが終わり、当番の人が起立と声をかけていた。

「さようなら」

 その声と共に、皆が一斉に動き出す。私は鞄に今日勉強する教科の教科書を詰め、美術室へ向かった。




 美術部の部員は数少ない。一年生が三人、二年生は私だけ。三年生は二人と、六人で形成されている。美術室の隣にある第二美術室、そこには漫画研究部と言う部活があり、私が入学した頃に発足された部活だ。

 その人気は絶大で、美術部に入部希望していた人達はほとんど漫画研究部へ行ってしまった。漫画研究部は主にアニメのキャラクターなどを描き、美術部は風景画や抽象画などを描く。

 美術部の伝統行事、フィールドワークと言うものがある。その年の部長が、夏休み中に美術部部員全員で県外、または市外に絵を書きに行くのだ。

 現地の気に入った所で写真を取り、絵を描くのだ。好きな道具で絵を描く。一泊二日という短い間、ほとんど絵の為に時間を使うのだ。余った時間は現地で遊ぶのだが。

 去年は山へ行った。たくさんの緑や花があり、私は時間を忘れて絵を描いていた。お陰で全身を蚊に刺されてしまった。

 今日はどんな絵を描こうか。私は鉛筆をクルクルと回していた。すると、脳裏にあるものが浮かび上がる。青い蝶々、白い紙に、青い蝶々の群れ。

 脳裏にその映像が浮かび上がったら、鉛筆を走らせる合図だ。黙々と私は絵を描いた。夢中になっていたのか、デッサンが終わった頃には下校時間十五分前。皆、帰る準備をしていた。

 私はスケッチブックを閉じ、棚へ置いて行こうとするが、どうしてもこの絵の続きが描きたくてしょうがなかった。スケッチブックを鞄に入れ、急いで下駄箱に向かった。

 校舎を出て、帰ろうとしたその時だった。

「月乃?」

 振り向くと、そこには迅君がいた。タオルを首から提げて、バスパンにTシャツ。いかにもバスケットボール部という感じだ。

「迅君」

「あのさ、久しぶりに……一緒に帰ろうぜ」

 ニカッと迅君は笑って言う。

「うん、いいよ」

 迅君が私の隣に並び、足を進めた。こうして間近で見ると、迅君はとても変わった。幼い頃は私の方が背が高かった。迅君は棒のようにひょろひょろしていた体つきはあの頃の姿を隠すようにしっかりした体つきになっている。

「迅君、変わったね」

「ん?そうか?」

「そうだよ。小さい頃は私の方が背が高くて……。それに、あんなに細かったのに、今はなんかがっしりとした体つきになってる。男の子はまだまだ身長伸びるから困るよ」

「月乃、縮んだよな」

「迅君が大きくなっただけだよ!」

「あはははっ、そうだな!」

 迅君が笑う。それにつられて私も笑ってしまった。

「何だか、一緒に帰るの久しぶりだよな」

 しんみりと迅君は言った。

「小学校以来かな?」

「そうだな。何かさ、中学生になって……月乃と一緒に帰るのが、少し気恥ずかしかったんだ」

照れくさそうに、少し頬を赤らめながら迅君は言う。これは、思春期の恥ずかしさと言うのだろうか。

「そっか……」

迅君も男の子だ。女の子と一緒に帰るなんて、彼女と勘違いされて嫌だろう。私は後ろに人がいないか確認した。誰もいないようだ。

「しかし、驚いたよ。月乃が髪を切るなんてよ」

「ああ、イメチェンって言うのかな?何か変えてみたくなってね」

「そうか。似合ってると思うぞ」

「本当、ありがとう」

 夕日が射し、空を赤く染め上げた。角を曲がると、公園があり、公園に植えてある木の隙間からは迅君の家が見えた。

「じゃあ、また明日ね」

「ああ。……なあ、月乃」

「何?」

 迅君は少し間を置いてから言った。

「いつか、また一緒に帰ろうな」

「うん。じゃあね」

 迅君に手を振り、私は家に帰っていく。空の赤い色が、白いセーラー服をオレンジに染めていた。

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