白井 月乃
月曜日の朝、私のベッドの枕元にあるヒヨコの目覚まし時計が六時を指して鳴り響く。見かけによらず、この目覚まし時計は音量が大きく、けたたましく鳴り響く。
私はヒヨコの背中に乗っている割れかけている卵をパチンと叩く。すると、音が止まった。私はベッドの上で体を伸ばし、それから起き上がった。 いつもの制服を着て、鏡の前でチェックする。セーラー服のリボンをきちんと締め、スカートも規定の長さ。校則は完璧に守っている。
「よし」
鏡の前の自分に向かって言う。
リビングへ向かえば、誰もいない。母は先に仕事へ行ってしまったようだ。いつもの光景だが、少し寂しい気もする。
私はトースターにパンを入れ、二分にセットする。コップに牛乳を注ぎ、テーブルの上にあらかじめ置いてあったサラダを食べる。
すると、チーンとパンの焼けた合図がする。パンを取り出し、私はストロベリージャムを塗って食べる。
食べ終えた頃には六時三十分だ。私は歯を磨き、顔を洗い、髪を整える。いつものカバンを持ち、ケータイをマナーモードにする。階段を降り、玄関で靴を履く。そして、誰もいない家に言った。
「いってきます」
登校途中、私は不意に空を見上げた。
六月の空は晴天で、雲一つない。七月になれば終業式があり、夏休みが始まるんだと考えていた。
「ツッキー、おっはよ」
後ろから二人の少女が声をかけてきた。二人ともクラスメイトだ。
「おはよう」
「髪切った?」
「う、うん」
「何か新鮮ー!凄く似合うじゃん!」
「ありがとう」
二人に挟まれ、私は笑顔で二人と会話をする。
すると、あれ、と前を向いた。
「高橋君じゃない?」
前を向くと、確かにそこには迅君がいた。高橋迅。バスケットボール部の次期部長。背が高く、体格がいい。
「相変わらずイケメンだよね」
「美香は相変わらず高橋君のファンなワケ?」
「そう言う和美はどうなのさ?」
「え~!?私は――」
そんな二人の会話に私は入らなかった。迅君を見ていた。中学に上がってから、迅君とはあまり話していない。小学校の頃は、毎日のように一緒に帰っていたというのに……。あの頃が遠い昔に感じる。
「ツッキーはいいよね~。あんなイケメンと幼馴染なんだもん」
「イケメン?そうかな?」
「見慣れてるからそう言えるんだって。高橋君はイケメンだよ!」
私は迅君の後ろ姿を見つめた。
学校に着くと、いつも通りの生活が始まる。私は司書室へ行って本を読むのが日課だ。朝のこの時間は図書館を利用する人がほとんどいない。皆、部活で忙しいだからだ。私は美術部だが、放課後にしか活動がないためこうして司書室で本を読む。図書委員の為、司書室の鍵を手に入れるのは簡単だ。それに学級委員長という肩書まで持っている。こう言う時に肩書は便利だとつくづく思った。
すると、図書室のドアが開く音がする。誰だろうと思い、司書室のドアを開け、図書室へ出る。
「あ……」
図書室へ出ると、ドアの前には男子生徒が一人立っていた。
その顔には見覚えがある。北岡裕也、クラスメイトの一人だ。華奢な体つきで、つい最近全国科学大会みたいなもので優勝を果たした彼は、ニュースで大きく取り上げられてた。
何でも、防犯グッズを作ったそうだ。しかし、彼は教室では目立たない方だ。いつも本を一人で読んでいる。自分の席から一歩も動こうとしないのだ。
どうして北岡君が?
疑問に思っていると、北岡君が私を見た。そして、私に歩み寄る。
「ねえ。罪と罰って本……ある?」
「え?」
「探してるんだけど。あるの?」
彼の声は予想以上に低かった。耳に響く彼の低い声に、私は驚いた。
「あ、ちょっと待ってて」
罪と罰は私も読んだ事がある。司書室へ行き、罪と罰を手に取る。図書室へ戻り、北岡君に手渡した。
「はい」
「ありがとう」
貸出カードに北岡君はボールペンで自分の学年、クラス、名前を書き込む。
その字は繊細で細く、綺麗な字だった。