第十一話~鬼竜~
投稿が遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。 赤井葵
日渡:守備型の神の器。普段は病院に勤めているが、神教十字団の医師でもある。謙二に信頼されている。60歳
第十一話~鬼竜~
ー0:00 新木病院ー
「よいしょ。」
病院の駐車場では一人の男が簡易式ベッドに横たわっている女性を車に乗せていた。
この男の名は日渡。そしてベッドで寝ている女性は新庄佳苗。
日渡は佳苗の夫である新庄謙二に佳苗を神教十字団日本支部に連れて行くよう頼まれていた。謙二は自分達の世界にいた佳苗に被害が及ばないように手を打っておきたかったのだろう。
日渡は佳苗を車に乗せ終わると、運転席に乗り、車のエンジンをいれた。広い駐車場では日渡の車以外の車は動いていない。というよりも、駐車場には車は少なかった。
日渡は駐車場の二つある出入り口の病院の裏(病院の正門ではない方)に位置する方から出ようとした。
しかし、日渡の車は出口の10メートルほど手前で止まっている。
「・・・敵さんも大したものだよ。」
日渡は額に汗を垂らしつつ、苦笑いをした。
出口には巨大な槌を手に持った一人の男が立っていた。
「ケケッ、みーつけた☆」
男は舌なめずりをしながらゆっくりと日渡に近づく。日渡もゆっくりと車から降りる。
「その巨大な槌・・・・・魔槌のアルク・・・」
「ケケッ、大正解だぜ、じいさん。」
アルクは日渡に5メートルほど近づくと歩みを止めた。
「ねらいは、佳苗さんだな?」
「ケケッ、またまた大正解だ。んじゃ、さっそく渡してもらおうか。」
アルクは槌を持っていない左手を日渡に向ける。
「どうしてそこまで佳苗さんを狙う?やはりあの魔術書か。」
「ケケッ、あいつは五大魔術書の一つ、ゴエティアを俺らから奪って行ったんだ!ゴエティアを探すのに俺らがどれだけ苦労したか!だから奪い返し、殺す!・・・が、じいさんと先に遊んでやるぜ。」
日渡はアルクの言葉とともに自分に向けられた殺気を身にしみるほど感じた。そして日渡は車から離れるように、駐車場の奥に走り出した。
「ケケッ、鬼ごっこは嫌いじゃないぜ。でも俺は逃げるやつをヤるのが一番好きなんだよ!!」
アルクは巨大な槌を持っているとは思えないほどの速さで日渡を追いかける。
「とりゃあぁあ!!」
アルクは跳び、日渡に向かって巨大な槌を振り下ろす。
コンクリートの地面はひびが入っている。
「ケケッ、ギリギリでよけやがったか。」
日渡は間一髪でよけることができた。
「はあ、はあ、くそっ」
日渡は立ち上がろうとするも、60歳となると少し走っただけで身体が動かなくなってしまう。
「ケケッ、もう立つこともできないか。あ?そういえば、じいさん、神の器じゃなかったか?」
「・・・・。」
「あーーそっか!!じいさんの神術は医療系で戦いに向かないよな!!」
アルクは日渡を馬鹿にするように笑っていた。
日渡はその間に立ち上がり、歩き始めた。
「ケケッ、まだ動くのかよ!!」
アルクは槌で日渡を横から潰すように振り回した。
「!?」
しかし、アルクの槌は直前で止まった。いや、止められたのだ。日渡の周囲にはバリアーのようなものが張られていた。
「なんだよこれ・・・」
「確かに私の神術は医療系が多いが、私は守備型の神の器だ。この程度造作も無いよ。」
日渡は額の汗を拭いながら言った。
「・・・・・ケケケケケッ」
日渡の話を聞いていたアルクは俯きながら笑っていた。
「一体、何がおかしい?」
「ケケケッ、じいさんよ、おれの魔宝、ミョルニルの能力は城壁壊し。壁となるものを壊す能力だ。いってる意味がわかるよな?」
ミョルニルは赤く光りだした。そして日渡が作り出したバリアーは一瞬にして砕け散った。
「!?」
日渡は何か手を打とうとするが、ミョルニルはそんなことを待たずに日渡に直撃した。
日渡しは勢いよく飛ばされ、近くの車の側面に衝突した。
アルクは黙って日渡にミョルニルを向け、上空にミョルニルを掲げる。
「ケケッ、次で終わりだぜ」
ーーカツンーー
「あ?」
アルクの頭に小さな石があたった。アルクはその石が飛んできた方向を見る。そこには点滴器具を持ち、ほぼ顔全体を包帯に包んだ少年(?)が鬼の様な目でこっちを見ていた。
「ケケッ、俺の邪魔すんのかよ?」
アルクは笑いながらも殺気をその少年に放つ。
「随分と楽しそうなことやってるじゃねいか、じじー。俺も混ぜろよォ。」
口も包帯に包まれているせいで少し言葉がこもっている。
「ケケッ、選手交代ってか?」
アルクは殺気を放ちつつも楽しそうに笑う。
「・・・鬼竜か、怪我人は病室で休め・・・」
日渡はかすむ視界の中でも、少年、鬼竜を見ることができた。
「はっ、笑わせんなよじじー。てめぇなんて瀕死じゃねえか。どっちかって言うとてめぇの方が病室送りだろ。」
「ケケッ、鬼竜とかいったな。その様子じゃまともに戦えねーだろ? あ、もしかしてヤられにきた?
まあ、ヤってほしいんだったらヤってやるぜ?Mは嫌いじゃねーよ。」
相変わらず笑っているアルク。鬼竜はアルクを視線で殺すように睨みつけるが、アルクはそれでも話し続ける。
「俺はてめぇみたいな怪我人の雑魚でもちゃんと相手してやるぜ?ま、雑魚のレベルに合わせることはできないけどよ。雑魚のレベルに合わせるって結構大変なんだよなぁ。」
「おい、死ぬ覚悟はあるんだよなァ?」
今まで睨みに徹していた鬼竜は低い声で言った。
「あ?何言ってんだよ・・・!?」
アルクが聞き返したときにはアルクの真下は暗い闇に包まれ、アルクの足が飲み込まれかけていた。
「くそっ!!」
アルクはミョルニルで地面を突き、なんとか脱出した。
(魔槌のアルクのやつめ・・・鬼竜を怒らせたな・・・)
日渡は鬼竜のことをよく理解していた。それは一番鬼竜と過ごした時間が長い人物だからなのかもしれない。鬼竜は幼い頃に両親を家に入ってきた強盗に殺され失った。鬼竜は幼い頃から周りの人間とは違った行動をとる子だったためか、引き取ろうとする者が誰もいなかった。そこに現れたのが日渡だった。日渡は鬼竜を自分の子供のように育てた。鬼竜は周りの人間から嫌われていたせいか、誰も信じようとすることはなかった。しかしそんな鬼竜も日渡だけには少しづつ気を許していった。しかし、鬼竜は見た目のせいか、よく絡まれていた。絡まれるたびに相手をぼこぼこにしていた。なぜか生まれつき神の器であった鬼竜にとってヤンキーのようなやつは相手ではなかった。そしていつしか鬼竜は日渡のもとを離れていった。その理由は鬼竜にしか分からない。
「ケケッ、怪我人だからといって油断してたぜ。」
アルクはそう言って鬼竜との間を空ける。
「さっさとこいよ。てめぇがもってるそれはただの玩具かァ?」
「ケケッ、玩具じゃねーよ!!」
アルクは鬼竜に向かってミョルニルを振り回す。
鬼竜は暗黒世界でミョルニルの呑み込もうと試みるが、さすがに点滴をしたままだと動きに邪魔になって無理だと思ったのか、点滴を無理やりはずした。
「ケケッ、俺の攻撃を防ぐとはな!!なかなかやるじゃねーか!!」
そう、鬼竜はアルクの攻撃を防いでいるのだ。いや、防ぐことしかできないのだ。鬼竜がミョルニルを呑み込もうとするときには、ミョルニルは暗黒世界から抜け出されているのだ。
アルクは更にミョルニルの動きを速める。
「ケケッ、さっきから守りしかしてねーぞ!!!」
アルクは余裕の笑みを見せる。
「くっ・・・」
鬼竜はアルクの言葉に苛立つも今は逆転のチャンスがなく、守りに徹しているのは事実だったので反論しなかった。
(一瞬でいい。あいつの攻撃に乱れを生じさせられれば・・・)
鬼竜の頭の中では逆転を狙う策のことで一杯だ。
そこに一台のワンボックスカーが鬼竜の視界に入ってきた。
(ちょっと借りるぜェ)
鬼竜はそのワンボックスカーの真下に暗黒世界を出現させ、そのままワンボックスカーを呑み込んだ。
「ケケッ、負けを認めるってのもいいぜ!!」
アルクはあいかわらず鬼竜を馬鹿にした様子だ。
「負けるのはてめぇだ。」
「何言って・・・ !?」
アルクの頭上にはさっき鬼竜が暗黒世界で呑み込んだワンボックスカーがあった。もちろんそのワンボックスカーは空中にあるので重力の関係でアルクへと向かって落下する。
「なんだよこれ!!」
アルクは自分の予想外のことで驚いていたが、しっかりと自分に向かってくるワンボックスカーをミョルニルで叩き落とした。それはつまり、アルクは鬼竜への攻撃を止めたということだ。
「これでてめぇの敗北は決定だ。暗黒時代。」
「!?」
アルクの気が鬼竜から逸れた時に鬼竜の頭上に造りだされた丸い闇が鬼竜の声とともに広がっていく。
あっという間に闇は二人を包み込んだ。
「くそっ!!何も見えねーぞ!!」
アルクは真っ暗になった自分の視界に動揺している。
「この暗黒時代では光を一切通さず発生させねェ。つまりてめぇの目は使い物にならねェってことだァ。見えるのは術者のみ。」
真っ暗な世界の中で鬼竜の声が響き渡る。
「なんだよそれ・・・」
アルクは鬼竜の言葉に絶望を感じた。この状況下では自分は一切反撃することが出来ないのだ。それは自分の敗北を意味していると分かっていた。
「終わりだ。」
「っっっっ!?」
突如アルクの背中から激しい痛みが感じられた。アルクはすぐさま持っているミョルニルを後ろに振るうが、当然遅すぎる。すでに後ろには何もない。
「まだまだァ!!」
次は足、そして次は腕、腹・・・と次々にアルクの身体は傷ついていく。
「くそくそくそくそ!!!」
アルクは反撃出来ないと分かっていても、ミョルニルを振るう。今のアルクにはそれしか出来ないのだ。
「どうだァ?散々馬鹿にしてきたやつにやられる気分はよォ?」
「・・・・。」
「はっ、声もでねェほど最悪ってか。まあ、俺は最強だから負けるのは仕方ないことだから気にすんなよ。」
「くそ・・・」
アルクはもう諦めかけていた。
「さて、次ぐらいで終わりにす・・・ !?」
鬼竜の言葉が途中で途絶えた。そして暗黒時代が徐々に消えていく。
「?視界が戻ってきた・・・?」
アルクは状況が把握できずにいた。
暗黒時代は完全に消え、元の世界、駐車場に戻った。
「一体何が・・・」
アルクがあたりを見回しても特に変化はない。一つだけ言えば、15メートルほど離れたところで鬼竜が倒れていることだ。しかしアルクはこれは自分にとってチャンスだということはすぐに分かった。
「・・・くっ、こんな時に・・・」
鬼竜はケイとの戦闘で破れたあと日渡に運ばれてこの病院に入院していた。鬼竜はそのときのダメージで身体が痺れて上手く手足を動かすことが出来なかった。いずれ治るはずだが、応急処置として日渡の神術で造り出したあらゆる症状を緩和する液体を体内に取り入れていたのだ。しかし、その液体を体内に取り入れるための点滴器具を先ほどはずしたのだ。鬼竜はもう少し保てると思っていたようだが、その予想は外れ、こうして倒れる羽目になってしまった。
「ケケッ、なんだか知らねーが形勢逆転みたいだな!」
アルクはそう言って鬼竜に近づく。
「ケケッ、俺を攻撃してたのはサバイバルナイフか。さっさと俺を殺してればよかったのによっ!」
「ぐっ!!」
アルクは鬼竜の腹に蹴りを入れる。
「おらおら!!さっきの威勢はどうした!!」
「ぐっ!!・・・」
更に蹴りを何発も何発も入れる。最初は蹴られる度に鬼竜は声を上げていたが、徐々に声を上げなくなってきた。
「ケケッ、こんなんじゃもう勝負にならねーな!!」
最後に渾身の力で鬼竜を蹴り飛ばす。鬼竜はそのまま飛ばされ、地面に転げ落ちた。
「ケケッ、んじゃあ、あの盗人殺して帰るか。」
アルクはそうつぶやくと、佳苗がいる車に向かう。が、その足は途中で止まる。止めざるを得なかった。
アルクは背後から計り知れない殺気を感じたのだ。殺し屋が焦るほどの殺気を。
「・・・なんだ?」
アルクが振り向くとさっき倒したはずの人物、鬼竜が立っていた。
「・・・お前、何もんだよ・・・」
アルクは全身から冷や汗がでるほど恐怖していた。あれほど傷つけたはずの鬼竜がこっちを睨んで立っていた。しかもその睨む目は人間の目ではなかった。その目は黒く、赤く光る瞳なのだ。そう、表現するならば、それは『悪魔』の目だった。
「グアアアアァァァァァァァァ!!!!!!!」
鬼竜は獣のような声で空に向かって叫ぶ。すると鬼竜の身体は黒い霧のような闇に包まれ始めた。
完全に闇に包まれた鬼竜はアルクを一瞬見ると、消えた。ここでは移動したと言うべきだろう。鬼竜は一瞬でアルクの背後に回ったのだ。
「!?」
アルクはそれに気づき後ろを向こうとするが、鬼竜の拳がそれを封じる。鬼竜はアルクの頬を抉るように
拳を放つ。
「ぐはっっっ!!」
防御すらできなかったアルクは飛ばされ車に激突した。車はその勢いに横転した。
鬼竜はアルクに休む暇さえ与えず、次の行動に出る。鬼竜は再び瞬間移動でアルクの目の前に現れた。そしてアルクの腹目掛けて手を槍のように突き刺した。
「ぐっっっ!!」
「ウウゥゥゥ・・・・」
鬼竜は腹を抉るように腕を動かす。
「・・・ケケッ、まさかこんなところで悪魔の血胤に会うとはな・・・俺も不幸だぜ・・・」
アルクの表情は苦しみながらも最期まで笑っていた。そしてアルクの身体は鬼竜の腕を覆う闇に吸い込まれて消滅した。そこにはアルクが持っていた、ミョルニルだけが残された。
鬼竜の目は徐々に元に戻っていく。それに伴って身体を覆っていた闇も消えていく。いままで悪魔の血胤の力で動いていた鬼竜はその力がなくなると、その場に倒れこんでしまった。
「悪魔の血胤・・・悪魔の力を持つ者・・それが鬼竜だというのか・・・」
鬼竜とアルクの戦闘の一部始終を見ていた日渡は倒れた鬼竜を見て呟いた。